読売新聞がこんな記事をあげていました。
いわゆるメディアリテラシーの話で、「日本人は一次資料にあたらない」というのが結論。ソリューションの1つとして、「新聞を読むやつはちょっとマシで、ネット頼りのやつはバカが多い」という結論になっています。
▼「日本は米・韓より「偽情報にだまされやすい」、事実確認をしない人も多く…読売3000人調査」
ですが、この記事こそが日本のメディアのレベルの低さを皮肉にも体現し、この記事を鵜呑みにすることこそが、リテラシーのなさを露呈している気がします。
まず、一次資料に当たれと言っているのに一次資料を載せていない。論文へのリンクを貼れないのだとしても、アクセスできるような示唆をすべきです(この論文集に載りますよとか)。
また、調査対象とした各国の3,000人がどういう層なのかが不明です。インターネット調査で、インターネットを日頃から使っている層であるとしたなら、日本より諸外国のほうが使い慣れている可能性はありますよね、特に韓国。その時点でベースとなるリテラシーが異なります。
誤情報に騙されていないかの確認として「正しい」「わからない」「誤り」の三択で回答を求めたところ、「誤り」と見抜くことができた割合」を見たとしていますが、日本人は「わからない」と答えていたかもしれない。「誤り」と「わからない」の違いがそこまで明確にわかるような出題だったのでしょうか。「正しい」「正しいとは言えない」の2択問題だったら結果は違っていたかもしれませんよね? あるいは、「わからない」という慎重な姿勢こそリテラシーが高いと言う可能性もあるわけです。
少なくとも、具体的にどういう調査内容だったのかがわからなければ、この実験が妥当かどうかわからない。複雑な知識が必要な化学反応とかではないのだから、そういう論理的な部分をきちっと埋める記事を書いていく必要があるのではないでしょうか。これだと、〇〇大学の先生が調査したから、という権威にすがった内容にしかなっていません。
他にもまぁツッコミするならきりがありません。
調査が嘘だ、と言っているわけではないですよ。真偽の判断ができない、考えるきっかけもないと言っているのです。
要するにこの記事は、記事として重要な正確性に関わるロジックが欠如しています。それをもって、リテラシーを問うという噴飯ものの行為が横行しているということが、日本のリテラシーを下げている根本原因だと(もし本当に低いのだとすれば)思いますけど、いかがなものでしょうか。
いわゆるメディアリテラシーの話で、「日本人は一次資料にあたらない」というのが結論。ソリューションの1つとして、「新聞を読むやつはちょっとマシで、ネット頼りのやつはバカが多い」という結論になっています。
▼「日本は米・韓より「偽情報にだまされやすい」、事実確認をしない人も多く…読売3000人調査」
日本、米国、韓国の3か国調査を読売新聞と共同して行った国際大の山口真一准教授が、日本のデジタル空間の現状を分析した。国際比較調査で、日本の弱点が明らかになった。情報やニュースにどう接しているかをみると、日本は受け取った情報を別のソースで確認する検証行動をすることが少ない。デジタル空間を特徴付ける「アテンション・エコノミー」などの概念を理解している割合も低かった。偽情報を示して真偽を判断する設問では、日本は「正しい」と信じていたのが37%、「わからない」が35%だった。自ら情報を確かめず、受動的に漫然と過ごしている層が多いと解釈せざるを得ない。日本は中立で信頼できるマスメディアから受動的に情報を得る時代が長く続き、その意識のまま玉石混交のデジタル空間で情報を摂取するようになったことが一因と考えられる。米韓では「情報は何らかの意図を持って発信される」と考える傾向がある。日本より、政治的な分断が進んでいるからだろう。日本でも今後は生成AI(人工知能)の発展で、偽情報が選挙に影響を与える可能性があり、混乱を招きかねない。傾向が判明したことで、対策を講じる際、どこに力点を置けば良いか見えてきた。それは、デジタル空間の成り立ちについての教育の充実だ。ファクトチェックの強化や、AIが作ったコンテンツの表示義務化なども欠かせない。AIが社会に与える影響に関しては、韓国は肯定的な人が多かった。IT産業で発展してきた国だからだ。米国では肯定派と否定派が 拮抗きっこう している。現実にAIで職を失う事例がすでに起きている一方、生産性が向上していることもあり、評価が二分したのではないか。これに対して日本は「どちらともいえない」が44%を占めた。AIに関する法律の議論も欧米に比べて進んでおらず、現実の「遅れ」が評価に反映したといえる。メディア別の信頼度を調べると、日本で新聞やテレビなど伝統的メディアは、丁寧に取材して真偽を見分けて報道しているため、信用されていた。ただ、どのような取材をしているか知らない人も少なくなく、それが一部の情報消費者の不信感にもつながっている。丹念に取材している様子を伝えることが、信頼を保つ一助になるのではないか。それがひいてはデジタル空間の健全化へとつながっていくだろう。
ですが、この記事こそが日本のメディアのレベルの低さを皮肉にも体現し、この記事を鵜呑みにすることこそが、リテラシーのなさを露呈している気がします。
まず、一次資料に当たれと言っているのに一次資料を載せていない。論文へのリンクを貼れないのだとしても、アクセスできるような示唆をすべきです(この論文集に載りますよとか)。
また、調査対象とした各国の3,000人がどういう層なのかが不明です。インターネット調査で、インターネットを日頃から使っている層であるとしたなら、日本より諸外国のほうが使い慣れている可能性はありますよね、特に韓国。その時点でベースとなるリテラシーが異なります。
誤情報に騙されていないかの確認として「正しい」「わからない」「誤り」の三択で回答を求めたところ、「誤り」と見抜くことができた割合」を見たとしていますが、日本人は「わからない」と答えていたかもしれない。「誤り」と「わからない」の違いがそこまで明確にわかるような出題だったのでしょうか。「正しい」「正しいとは言えない」の2択問題だったら結果は違っていたかもしれませんよね? あるいは、「わからない」という慎重な姿勢こそリテラシーが高いと言う可能性もあるわけです。
少なくとも、具体的にどういう調査内容だったのかがわからなければ、この実験が妥当かどうかわからない。複雑な知識が必要な化学反応とかではないのだから、そういう論理的な部分をきちっと埋める記事を書いていく必要があるのではないでしょうか。これだと、〇〇大学の先生が調査したから、という権威にすがった内容にしかなっていません。
他にもまぁツッコミするならきりがありません。
調査が嘘だ、と言っているわけではないですよ。真偽の判断ができない、考えるきっかけもないと言っているのです。
要するにこの記事は、記事として重要な正確性に関わるロジックが欠如しています。それをもって、リテラシーを問うという噴飯ものの行為が横行しているということが、日本のリテラシーを下げている根本原因だと(もし本当に低いのだとすれば)思いますけど、いかがなものでしょうか。





