慶大生が放火。最近こういうの多いなぁ……。

 ▼「空き家に放火 慶大生を逮捕 「眠れずムシャクシャした」」(FNNプライムオンライン)
東京・世田谷区で発生した空き家放火事件。

放火などの疑いで逮捕されたのは、慶応大学2年の村松 葵容疑者(20)だった。

村松容疑者は2021年11月13日未明、東京・世田谷区の世田谷記念病院が管理する空き家に侵入。

床など数カ所にライターで火を放ち、約60平方メートルを燃やした疑いが持たれている。

火災発生直後をとらえた映像には、懸命の消火作業を続ける消防隊員の様子が映っていた。

警察の調べで、この現場で村松容疑者がとった“ある行動”も明らかになった。

警視庁によると、村松容疑者は放火したあとに、自ら火災を知らせるため現場付近から110番通報。さらに、消防による消火活動の様子を見ようと現場に戻っていたという。

犯行の目的は何だったのか。

村松容疑者の供述「不眠症で眠れずムシャクシャした。体調が悪くイライラして、衝動的にやってしまった」

村松容疑者はこのように話し、容疑を認めている。
「不眠症でいらいらした」のが動機というのは身勝手というか何というか。自分で通報しているのは、それによって大慌てする人の様子を見たかったということのように思え、「衝動的」というのとはちょっと違うようにも思われます。

別件で、こういうのもありました。

 ▼「散歩中に放火を目撃 近隣住民が取り押さえる」(テレ朝news)
 散歩していた人が偶然、放火の瞬間を目撃して同居人と協力して男を取り押さえました。埼玉県八潮市で住宅の植木に火を付けたとして、50歳の男が逮捕されました。

 ▼バッグに火を付けた男

 警察によりますと、31日午前3時半すぎ、八潮市の住宅街を近くに住む人が散歩していました。その時、その人が不審な動きをする男を見つけました。男は自分のバッグに火を付けていたのです。散歩をしていた人は自宅に帰り、同居人に今見たことを話しました。

 ▼植木から炎が…。

 同居人が外に出ると住宅の植木から炎が上がっていました。同居人は立ち去ろうとする男を見つけて声を掛け、そこに散歩をしていた人も駆け付けて2人で男を取り押さえました。「放火した男を確保した!」2人の110番通報で警察官が駆け付けました。男は無職の伊藤進一容疑者(50)で、放火の疑いで逮捕されました。「植木に火を付けたことは間違いありません」と容疑を認めているということです。

 ▼3日前にも同じ家が…。

 今回、被害に遭った住宅は、実は3日前にも植木が燃やされていました。そして再び起きた放火事件。警察は伊藤容疑者が2つの放火に関わった可能性を視野に捜査しています。

家を燃やすつもりはなかったのかもしれませんし、そのくらいまで被害が拡大することを期待していたのかもしれませんし……。これが初めてではないみたいですから、「つい魔が差した」わけではないでしょう。

最近、例の「ジョーカー」事件(映画の『JOKER』凄く良かったのであまりこの呼び方好きじゃないんですが)を例に出すまでもなく、自分の境遇に対する不満や社会への不満などを、過剰な加害行為として表現する事件が増えている気がします。統計を取っているわけではないのでまったく気のせいの可能性もあります、もちろん。

ただ、こういうことを言うと人間性を疑われるかもしれませんが、何か気持ちが分からないでもないんですよね。ほんとうにどうしようもなくて、やりきれなくて。言い方は難しいのですが、それで誰かを傷つけたくなるのではなくて、「誰かを傷つけた自分」になりたいんだと思います。取り返しのつかない自分になりたいというか……。

いや、だから大目に見ろとかそういう話ではなく、この手の事件って起きたことに対処するのはもちろんですが、未然に防ぐことも大事だと思うわけです。だから、いったいどういうメンタリティで事件を起こしたかを分析することは必要だし、そうならないようにするために、どういう呼びかけ(これは成人してからというより、小学校とか中学校くらいの教育で地道に変えていく部分だと考えていますが)が必要なのか検討したりすることも大事じゃないかなと。

最近の犯罪に関する報道を見ていると、その部分が全然なくて心配になります。私には子どもがいませんが、もし親なら、自分の子どもがそうならないようにするためにどんなことに気をつけて育てるべきなのか、どんな声かけを日々すべきなのか。そういうことを知りたいと思うだろうなと。

マスメディアは、適当な芸能コメンテーターや大して取材も勉強もしていないのにそれっぽいことを語るうさんくさい社会学者じゃなく、ちゃんと教育心理学を研究している専門家を呼んできたりして、ひろく指針を共有できるようにするとか、そういう「未来」に繋がる役割を担っていけばこれからも重宝されるだろうし、むしろそこにこそメディアの価値ってあるんじゃないかと思うんですが、どんなもんでしょうね。