エロゲー批評空間さんでahatoさんという方の『かみデレ』レビューに対し、3件の「投票」が寄せられていました。ただ、普通は好意的な作品に対してなされる「投票」が、今回は「反対表明」に使われていたようで、その件についてツイッターで少し話題になっていました。

投稿と投票コメントはこんな感じ。
短いのでahatoさんの感想を全文引用しておきます。
(1) このサイトでの平均70を割り込むような点数は作品には相応しくない。
(2) メインヒロインがヒスという批判は多くの人にとって妥当だが、70点は超えて良い。
(3) 自分の点(86点)は高いかもしれないが、バランスをとる意味でこの点数にした。
この感想に対して批判的投票を寄せておられるお三方は、皆『かみデレ』の感想を投稿していて、その中で「ヒロインがヒス」であるということを言っておられます。私自身は作品をプレイしていないのでどんなものかわかりませんが、現象だけ見れば「ヒロインがヒス」だから低評価した人たちに対し、「ヒロインがヒス」だけど他に良いところがあるじゃないかとahatoさんが言った、という図式。ただし論点は、ヒスだから駄目かヒスでも良いか、という話ではなく、「得点工作」の是非という方向に進んでいます。
今回はこの件について少し考えてみることにしましょう。
▼平均点を下げる為の採点行為の妥当性
このようにアンチであることを表明するために「投票」が使われることは、これが初めてではないようです。ただ、「投票」というのは本来「レビューへの賛意を示す」為に設けられた機能。それを晒し上げという意図しない用途でもちいるのは、管理人さんとシステムに対して失礼である、という主張がありました。
これはなるほどもっともに思われます。でもシステム的な話をするなら、エロゲーについて点数をつけるというこのサイトにおいて「作品の評価」ではなくて「他の人の評価」を気にして点数をつけるのは許されるの? という疑問も当然起こるでしょう。ただこれには、どうやら答えが出ているようです。
批評空間さんの管理人・ひろいん氏は「基本情報」のところでこう述べておられます。
後者は良いとして、前者はちょっと解釈が微妙です。たとえば、「平均点を下げるために5点つけました」と公言する人がいたとして、しかし、本当にそれは「真意」なのでしょうか。
いやしくも今回の投票コメントでドーパ氏が「これに対抗して0点入れる輩が出てきたりして逆効果になること考えたことないんじゃないの?」と述べておられるように、「工作です」と宣言して露骨な工作を行えば、反感も買うし、逆効果になることが多い。まして、作品が注目を集め、これをきっかけにプレイしようという人が出てくる可能性だってあるわけです。自分の嫌いな作品を持ち上げる結果にもなりかねない。
別の言い方をすれば、ちょっと頭の回る人が本気で平均点を下げたいと思っているなら、ストレートに相手を罵倒するというのは少々短絡的です。せめてものカモフラージュに、まっとうな感想を書いて30点・40点くらいをつけるとかするでしょう。それをわざわざケンカ腰というか、煽るような態度で「平均点下げのために5点つけます」などと書くというのは、余程ストレートな考えの持ち主であるか、あるいは真意は逆――つまり「低得点工作が行われている」という印象操作をすることで、作品を擁護しようという意図があるのかもしれません。
いや、でも悪目立ちするから、そのことで他の人が「どうでもいいけどウザイ」と萎えて、作品に対する興味を失う可能性がある。そういうことまで視野に入れて、あえて騒いでみせるのだ。やっぱりこれはアンチの工作だ、とも言えそうです。
あるいは、本当に5点をつけたのがアンチの人で、工作だと言っていたとしても、それを含めて自分が妥当だと思って5点をつけられるような作品であった、ということは言えます。たとえば90点平均の作品が、85点くらいがせいぜいだろうと思ったからと言って、その人は5点をつけるでしょうか? まあまずつけないと思います。つまり工作だろうがなんだろうが5点をつけられるということは、その点数が妥当だと思えるラインが存在する、ということです。その意味では5点というのも、あながち単なる工作でとは言えない。
何が言いたいかというと、ひろいん氏が5点をつけた意図を「わからない」というとき、その意味は割と深いだろうと。よしんば「これは工作です」とハッキリと書いて採点してあったとしても、それが真意か否かはやはりわからないということです。まあ、工作なんてものはそれがわかると思っているような平和な人同士でやりあうものなのかもしれませんが、それはさておき。
以上の内容から判断すると、今回のahatoさんのレビューは「エロゲー批評空間」的には何一つ悪くない。まっとうな採点をし、自分の感想(ヒロインがヒスというのはその通りだけど、70点切るような内容じゃなかった)を述べた普通の感想ということになります。それに対して採点方法がどうだとか言ってるほうがおかしい、ということになりそうです。
▼アンチ投票行為の妥当性
しかし、ここから更に考えを進めてみましょう。
アンチ投票行為が良いか悪いかを判断する前に、そもそもこのお三方の投票は、本当にこの感想に対するアンチなのでしょうか?またOYOYOが意味不明なことを言い出した……と思われそうですが、まあちょっと聞いてください。
先ほど私は、「「これは工作です」とハッキリと書いて採点してあったとしても、それが真意か否かはやはりわからない」と述べました。結果として5点という点数があるだけ、というのが「データを通して」観測される唯一の事実です。だとすれば。同様に投票も、アンチ的なコメントをしつつ、実は心の底で深く同意している可能性もあるとは言えませんか?
通常の感性なら――そして事実そうなっているわけですが――こんなに乱暴なコメントをつけて、しかも批評空間さんのルールとしてはOKとなっていることに噛みついてみせたとしたら、片方の印象だけ良くなることがあるか。どう考えたって、投票で罵倒しているほうの印象も悪いに決まっています。よしんば「工作で採点するなんてけしからん!! 素晴らしい投票だ!!」という人がたくさんいたとしても、そう言う人は批評空間さんのルールを読んだり、意見を相対化することのない人なわけで、ぶっちゃけ味方になってもらってあんまり頼りになる気がしません。喩えるなら国会で後ろからヤジを飛ばしている議員さんに味方について貰って喜べるのかという話。
であるにもかかわらず、敢えてこのような投票を行うと言うことは、実は「アンチ投票です」と言うことでかえってahatoさんのコメントに対して擁護をしているのではないか。少なくとも無反応でいれば「また工作投票しやがって……無視だな」と思っていたであろう人たちが、「いやいや、これアンチ投票してるほうも微妙でしょ。ahato氏の考えだって、一理あるかもしれない」と思い直すきっかけは提供しているように思われます。
してみると、お三方の投票というのは、本来はするっと流されても仕方なかったようなahatoさんの感想を敢えて拾い出し、その可能性を多くの人に考えさせたという意味で、まさにシステムが目指すとおりの「投票」の効果を発揮しているではないか……!! と、そのように言うこともできる。というか、ネタのつもりで書いていたんですが、段々ホントにそんな気もしてきました(笑)。
実際、もしこの感想自体を消したいなら「ネタバレ」投票すれば良さそうなものですし。あ、でも「ネタバレ」投票は上書きで消される可能性があるのと、トップに上がらないという欠点があるからちょっと微妙か。ま、まあ何が言いたいかというとですね。「理由」に何と書いてあるにしても、結果としては投票によって感想がトップにあがり注目を集めることになるということです。
最初のほうで紹介した「システムを本来の意図と違う使い方で使うのは失礼」というのは一理ある意見なのですが、裏を返せば、システムというのは「表明されている意図」を切り離す形で成立しているものです。ならば、そのシステムを使った時点で意図はシステム側に回収される(つまり、アンチだろうが何だろうが「投票」したら、賛成している要素のほうが強くなる)とは言えないでしょうか。事実感想はトップに何日か釘付けになったし、コメントなど見ない人からすれば「おお、3票も投票されてる。このゲームに70点未満は不当な評価なんだな」と考えるほうが圧倒的に可能性が高いのではないかと思います。
つまり、システム的には賛成しているものとして恩恵を受けている。実質的には賛成票を投じているのと、ほぼ変わらないという見方も可能です。言いたかったことをまとめると、こうです。「どのような採点でもシステム上のデータとして認める」という方針を徹底するならば、「どのような投票であってもシステム上のデータとして認める」というのが筋なのではないか。なぜなら、投票者の「真意」というのは(たとえコメントに書いてあったとしても)判らないものなのだから。
▼枠からはみ出る問題
ただこの件については、他にも問題点を拾う視点があるのも事実でしょう。その意味で、複雑な様相を見せる面白い事件だと言えます。
「得点工作」に絞った話をしてきましたが、投票コメントに書かれているように、たとえば、「感想に対する感想を書くことはどこまで許されるのか」問題というのがあります。
エロゲー批評空間さんは基本エロゲーの作品内容について議論する場ですが、エロゲーの批評に対する批評もOKというのが伝統だった。その反映が投票システムだったりコメントシステムだったりする。ですがなぜか、一行コメントについてはコメントレスをつけることができませんでした。
このため一行コメントに何か意見を言おうと思ったら、同じ人が書いている別の感想の長文にレスをつけたり、あえて自分が書いた感想の中で言及したり、あるいは直接メールや何やらを送ったりしていた。それが、「投票」のコメントによって代用可能になった。ならば「同意」に限らず「反対」であっても、感想に対する意見を書く為に投票するというのは許されても良いのではないか。そのように「投票」機能の拡張にともなうルールの解釈の拡大という側面が見えてきます。
加えて今回の「投票」を正当化する立場としては、感想本文はなるべく作品そのものについて述べるべきではないか。少なくとも、作品について具体的なことは全く述べずに、作品の感想に対する意見だけを書いた「一言感想」はおかしいのではないか、ということも考えられるかもしれません。
もう一つ、工作的な採点を本当に際限なく認めて良いか、ということもある。
確かに批評空間さんはひろいん氏の個人サイトであり、そのルールは尊重すべきです。しかし、ひろいん氏とて当然万能ではないし、あまりにも野放図な状態が蔓延していたら、たとえ自治厨と呼ばれようとも参加者が有志でストップをかけるというのが悪いとは必ずしも言い切れない。
私自身はそのような立場をとることには反対ですが、そういう考えで行動する人がいてもおかしくないし一定の説得力があると思います。あからさまな工作票やステマはひろいん氏が取り除いてくれるとはいえ、余計なデータは混入しないほうがよりデータベースとしての質を高められる。単に大量のデータを集めるだけでなくその質も問うべきだ、と。
こうした問題系は、制度やルールを巡る問題としてひとりエロゲー批評空間さん内部でのことに止まらず、より一般的なテーマとして扱うことが可能なものだと思います。ただ、そこまで話を拡げるのは具体的な事柄からの離陸が甚だしくなって今回の場合不本意なのでここでは言及しません。
ともあれたぶん、今回の投票に対する「賛同者」の多くはこのように直接的な現象の「枠の外」の問題意識によって動いているのではないかと私は睨んでいます。最も好意的に考えれば、この作品のヒロインたちの「ヒス」具合が70点を切るレベルかそうでもないかという内容の程度を論じているのだとも言えそうですが、そうだとするとちょっと具体性に乏しく、残念な議論ですね。
どの考えが正しいとか間違っているとか、それは私には判りません。判らないけれど、でも、どの考えもあって良いと思う。むしろ色んな意味で自由な言説ができるということが、理想的な状態でしょう。
私個人としては、今回投稿されていた感想はahatoさんがどのような判断基準で「70点以上」だと考えたかが解らない内容ですので、まずはそこを確定させるべきだったと思います。たとえば、「なぜ70点をラインにしたのか」。「ヒスさを補っている『かみデレ』の魅力とは何か」など、重要な点が確認されていません。
どうせ投票してコメントをつけるなら、まずそこを確認する――たとえば、「自分の考えと真逆で興味を持ったので投票しました。私はヒスっぷりで随分悩んだので70点より下だと思ったけど、どこでプラス評価をしたかもう少しハッキリと教えてください」というコメントをつけても良かったんじゃないかなあと思います。やはり最低限の敬意や対話への態度を示すべきではないかと。
また、私はどちらも(ahatoさんのご感想も、それに対する投票行為での反対表明も)それに読むべき価値があるかどうかとは無関係に、発言は許されるのが良いかなとは思っています。見たくない人は自分で見ないことを選べば良い。ただ、発言することを許さないというのはやりすぎです。ツイッターでは、そういった不寛容・多様性の否定の行き着く先こそが「規制」だと述べているかたがおられました。私もそう思います。
私の立場を端的に示してくれるものとして、以前にも紹介した、ヴォルテールの次の言葉を引用して結びといたします。「私は君の意見に賛成しない。しかし、君がそれを言う権利は、命にかえても守ろう」。
意見を主張し、議論する自由はある。しかし、その結果「意見を主張する自由」そのものを奪ってはならない。加えて言えば、意見を主張し、議論していくことを拒否するような乱暴な態度や言葉遣いもまた、避けるべきである――私は、そういうスタンスが好きです。
それでは、また明日。
ツイート

投稿と投票コメントはこんな感じ。
短いのでahatoさんの感想を全文引用しておきます。
このサイトでの評価が不遇だと感じた。おそらくメインヒロインのヒスっぷりが多くのユーザーの癇に障たのではと思う。少なくとも70を切るような作品ではないと考えているので少々高めに評価しました。普通に見れば、言われていることは以下の3つです。
(1) このサイトでの平均70を割り込むような点数は作品には相応しくない。
(2) メインヒロインがヒスという批判は多くの人にとって妥当だが、70点は超えて良い。
(3) 自分の点(86点)は高いかもしれないが、バランスをとる意味でこの点数にした。
この感想に対して批判的投票を寄せておられるお三方は、皆『かみデレ』の感想を投稿していて、その中で「ヒロインがヒス」であるということを言っておられます。私自身は作品をプレイしていないのでどんなものかわかりませんが、現象だけ見れば「ヒロインがヒス」だから低評価した人たちに対し、「ヒロインがヒス」だけど他に良いところがあるじゃないかとahatoさんが言った、という図式。ただし論点は、ヒスだから駄目かヒスでも良いか、という話ではなく、「得点工作」の是非という方向に進んでいます。
今回はこの件について少し考えてみることにしましょう。
▼平均点を下げる為の採点行為の妥当性
このようにアンチであることを表明するために「投票」が使われることは、これが初めてではないようです。ただ、「投票」というのは本来「レビューへの賛意を示す」為に設けられた機能。それを晒し上げという意図しない用途でもちいるのは、管理人さんとシステムに対して失礼である、という主張がありました。
これはなるほどもっともに思われます。でもシステム的な話をするなら、エロゲーについて点数をつけるというこのサイトにおいて「作品の評価」ではなくて「他の人の評価」を気にして点数をつけるのは許されるの? という疑問も当然起こるでしょう。ただこれには、どうやら答えが出ているようです。
批評空間さんの管理人・ひろいん氏は「基本情報」のところでこう述べておられます。
私には例えば5点がつけられた時に、「本当に5点なのか」「平均点を下げるために5点をつけているのか」わかりません。(中略)私は「80点のゲームなんだけど、みんなにやってもらいたいから高めで90点をつける」とか「80点のゲームだけど、これ人を選びそうだら、70点」という点数のつけ方はありだと思っています。むしろ、そんな得点のつけ方の方がみんなが幸せになれると思っています。ここでは、2つのことが言われている。まず、採点の真意というのは分からないと言うこと。次に、平均点を下げるという目的(自分が考える適正点数に近づけるため)の採点はアリだと思うということです。
後者は良いとして、前者はちょっと解釈が微妙です。たとえば、「平均点を下げるために5点つけました」と公言する人がいたとして、しかし、本当にそれは「真意」なのでしょうか。
いやしくも今回の投票コメントでドーパ氏が「これに対抗して0点入れる輩が出てきたりして逆効果になること考えたことないんじゃないの?」と述べておられるように、「工作です」と宣言して露骨な工作を行えば、反感も買うし、逆効果になることが多い。まして、作品が注目を集め、これをきっかけにプレイしようという人が出てくる可能性だってあるわけです。自分の嫌いな作品を持ち上げる結果にもなりかねない。
別の言い方をすれば、ちょっと頭の回る人が本気で平均点を下げたいと思っているなら、ストレートに相手を罵倒するというのは少々短絡的です。せめてものカモフラージュに、まっとうな感想を書いて30点・40点くらいをつけるとかするでしょう。それをわざわざケンカ腰というか、煽るような態度で「平均点下げのために5点つけます」などと書くというのは、余程ストレートな考えの持ち主であるか、あるいは真意は逆――つまり「低得点工作が行われている」という印象操作をすることで、作品を擁護しようという意図があるのかもしれません。
いや、でも悪目立ちするから、そのことで他の人が「どうでもいいけどウザイ」と萎えて、作品に対する興味を失う可能性がある。そういうことまで視野に入れて、あえて騒いでみせるのだ。やっぱりこれはアンチの工作だ、とも言えそうです。
あるいは、本当に5点をつけたのがアンチの人で、工作だと言っていたとしても、それを含めて自分が妥当だと思って5点をつけられるような作品であった、ということは言えます。たとえば90点平均の作品が、85点くらいがせいぜいだろうと思ったからと言って、その人は5点をつけるでしょうか? まあまずつけないと思います。つまり工作だろうがなんだろうが5点をつけられるということは、その点数が妥当だと思えるラインが存在する、ということです。その意味では5点というのも、あながち単なる工作でとは言えない。
何が言いたいかというと、ひろいん氏が5点をつけた意図を「わからない」というとき、その意味は割と深いだろうと。よしんば「これは工作です」とハッキリと書いて採点してあったとしても、それが真意か否かはやはりわからないということです。まあ、工作なんてものはそれがわかると思っているような平和な人同士でやりあうものなのかもしれませんが、それはさておき。
以上の内容から判断すると、今回のahatoさんのレビューは「エロゲー批評空間」的には何一つ悪くない。まっとうな採点をし、自分の感想(ヒロインがヒスというのはその通りだけど、70点切るような内容じゃなかった)を述べた普通の感想ということになります。それに対して採点方法がどうだとか言ってるほうがおかしい、ということになりそうです。
▼アンチ投票行為の妥当性
しかし、ここから更に考えを進めてみましょう。
アンチ投票行為が良いか悪いかを判断する前に、そもそもこのお三方の投票は、本当にこの感想に対するアンチなのでしょうか?またOYOYOが意味不明なことを言い出した……と思われそうですが、まあちょっと聞いてください。
先ほど私は、「「これは工作です」とハッキリと書いて採点してあったとしても、それが真意か否かはやはりわからない」と述べました。結果として5点という点数があるだけ、というのが「データを通して」観測される唯一の事実です。だとすれば。同様に投票も、アンチ的なコメントをしつつ、実は心の底で深く同意している可能性もあるとは言えませんか?
通常の感性なら――そして事実そうなっているわけですが――こんなに乱暴なコメントをつけて、しかも批評空間さんのルールとしてはOKとなっていることに噛みついてみせたとしたら、片方の印象だけ良くなることがあるか。どう考えたって、投票で罵倒しているほうの印象も悪いに決まっています。よしんば「工作で採点するなんてけしからん!! 素晴らしい投票だ!!」という人がたくさんいたとしても、そう言う人は批評空間さんのルールを読んだり、意見を相対化することのない人なわけで、ぶっちゃけ味方になってもらってあんまり頼りになる気がしません。喩えるなら国会で後ろからヤジを飛ばしている議員さんに味方について貰って喜べるのかという話。
であるにもかかわらず、敢えてこのような投票を行うと言うことは、実は「アンチ投票です」と言うことでかえってahatoさんのコメントに対して擁護をしているのではないか。少なくとも無反応でいれば「また工作投票しやがって……無視だな」と思っていたであろう人たちが、「いやいや、これアンチ投票してるほうも微妙でしょ。ahato氏の考えだって、一理あるかもしれない」と思い直すきっかけは提供しているように思われます。
してみると、お三方の投票というのは、本来はするっと流されても仕方なかったようなahatoさんの感想を敢えて拾い出し、その可能性を多くの人に考えさせたという意味で、まさにシステムが目指すとおりの「投票」の効果を発揮しているではないか……!! と、そのように言うこともできる。というか、ネタのつもりで書いていたんですが、段々ホントにそんな気もしてきました(笑)。
実際、もしこの感想自体を消したいなら「ネタバレ」投票すれば良さそうなものですし。あ、でも「ネタバレ」投票は上書きで消される可能性があるのと、トップに上がらないという欠点があるからちょっと微妙か。ま、まあ何が言いたいかというとですね。「理由」に何と書いてあるにしても、結果としては投票によって感想がトップにあがり注目を集めることになるということです。
最初のほうで紹介した「システムを本来の意図と違う使い方で使うのは失礼」というのは一理ある意見なのですが、裏を返せば、システムというのは「表明されている意図」を切り離す形で成立しているものです。ならば、そのシステムを使った時点で意図はシステム側に回収される(つまり、アンチだろうが何だろうが「投票」したら、賛成している要素のほうが強くなる)とは言えないでしょうか。事実感想はトップに何日か釘付けになったし、コメントなど見ない人からすれば「おお、3票も投票されてる。このゲームに70点未満は不当な評価なんだな」と考えるほうが圧倒的に可能性が高いのではないかと思います。
つまり、システム的には賛成しているものとして恩恵を受けている。実質的には賛成票を投じているのと、ほぼ変わらないという見方も可能です。言いたかったことをまとめると、こうです。「どのような採点でもシステム上のデータとして認める」という方針を徹底するならば、「どのような投票であってもシステム上のデータとして認める」というのが筋なのではないか。なぜなら、投票者の「真意」というのは(たとえコメントに書いてあったとしても)判らないものなのだから。
▼枠からはみ出る問題
ただこの件については、他にも問題点を拾う視点があるのも事実でしょう。その意味で、複雑な様相を見せる面白い事件だと言えます。
「得点工作」に絞った話をしてきましたが、投票コメントに書かれているように、たとえば、「感想に対する感想を書くことはどこまで許されるのか」問題というのがあります。
エロゲー批評空間さんは基本エロゲーの作品内容について議論する場ですが、エロゲーの批評に対する批評もOKというのが伝統だった。その反映が投票システムだったりコメントシステムだったりする。ですがなぜか、一行コメントについてはコメントレスをつけることができませんでした。
このため一行コメントに何か意見を言おうと思ったら、同じ人が書いている別の感想の長文にレスをつけたり、あえて自分が書いた感想の中で言及したり、あるいは直接メールや何やらを送ったりしていた。それが、「投票」のコメントによって代用可能になった。ならば「同意」に限らず「反対」であっても、感想に対する意見を書く為に投票するというのは許されても良いのではないか。そのように「投票」機能の拡張にともなうルールの解釈の拡大という側面が見えてきます。
加えて今回の「投票」を正当化する立場としては、感想本文はなるべく作品そのものについて述べるべきではないか。少なくとも、作品について具体的なことは全く述べずに、作品の感想に対する意見だけを書いた「一言感想」はおかしいのではないか、ということも考えられるかもしれません。
もう一つ、工作的な採点を本当に際限なく認めて良いか、ということもある。
確かに批評空間さんはひろいん氏の個人サイトであり、そのルールは尊重すべきです。しかし、ひろいん氏とて当然万能ではないし、あまりにも野放図な状態が蔓延していたら、たとえ自治厨と呼ばれようとも参加者が有志でストップをかけるというのが悪いとは必ずしも言い切れない。
私自身はそのような立場をとることには反対ですが、そういう考えで行動する人がいてもおかしくないし一定の説得力があると思います。あからさまな工作票やステマはひろいん氏が取り除いてくれるとはいえ、余計なデータは混入しないほうがよりデータベースとしての質を高められる。単に大量のデータを集めるだけでなくその質も問うべきだ、と。
こうした問題系は、制度やルールを巡る問題としてひとりエロゲー批評空間さん内部でのことに止まらず、より一般的なテーマとして扱うことが可能なものだと思います。ただ、そこまで話を拡げるのは具体的な事柄からの離陸が甚だしくなって今回の場合不本意なのでここでは言及しません。
ともあれたぶん、今回の投票に対する「賛同者」の多くはこのように直接的な現象の「枠の外」の問題意識によって動いているのではないかと私は睨んでいます。最も好意的に考えれば、この作品のヒロインたちの「ヒス」具合が70点を切るレベルかそうでもないかという内容の程度を論じているのだとも言えそうですが、そうだとするとちょっと具体性に乏しく、残念な議論ですね。
どの考えが正しいとか間違っているとか、それは私には判りません。判らないけれど、でも、どの考えもあって良いと思う。むしろ色んな意味で自由な言説ができるということが、理想的な状態でしょう。
私個人としては、今回投稿されていた感想はahatoさんがどのような判断基準で「70点以上」だと考えたかが解らない内容ですので、まずはそこを確定させるべきだったと思います。たとえば、「なぜ70点をラインにしたのか」。「ヒスさを補っている『かみデレ』の魅力とは何か」など、重要な点が確認されていません。
どうせ投票してコメントをつけるなら、まずそこを確認する――たとえば、「自分の考えと真逆で興味を持ったので投票しました。私はヒスっぷりで随分悩んだので70点より下だと思ったけど、どこでプラス評価をしたかもう少しハッキリと教えてください」というコメントをつけても良かったんじゃないかなあと思います。やはり最低限の敬意や対話への態度を示すべきではないかと。
また、私はどちらも(ahatoさんのご感想も、それに対する投票行為での反対表明も)それに読むべき価値があるかどうかとは無関係に、発言は許されるのが良いかなとは思っています。見たくない人は自分で見ないことを選べば良い。ただ、発言することを許さないというのはやりすぎです。ツイッターでは、そういった不寛容・多様性の否定の行き着く先こそが「規制」だと述べているかたがおられました。私もそう思います。
私の立場を端的に示してくれるものとして、以前にも紹介した、ヴォルテールの次の言葉を引用して結びといたします。「私は君の意見に賛成しない。しかし、君がそれを言う権利は、命にかえても守ろう」。
意見を主張し、議論する自由はある。しかし、その結果「意見を主張する自由」そのものを奪ってはならない。加えて言えば、意見を主張し、議論していくことを拒否するような乱暴な態度や言葉遣いもまた、避けるべきである――私は、そういうスタンスが好きです。
それでは、また明日。







