よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

コミック (レビュー)

藤崎ひかり『のぞえもん』の話。

先日サンクリ(イベントレポートそのうち書ければいいな……)の帰りに池袋のメロンに立ち寄ったのですが、そこで見かけたいかにもやばそうなこちらのご本。

その名も、『のぞえもん』。

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いかんでしょ。

「21世紀☆代表! 幼女型SF(すこし☆ふぁっきん)ラブコメ、爆誕!」って書いてあるけど、すみません。まったく意味がわかりません。どういう作品なのか皆目見当がつかない……。ただ、何がやりたいかは痛いほどよくわかります。

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雑誌表紙バージョンのほうがヤバさが際立ってますね。青いボディ(スク水)に首輪+鈴の幼女。いろいろアウト。アウトすぎます。

本の裏に書いてある内容紹介は次の通り。

主人公・たかしは、幼馴染でJKグラドルのあすかに想いを寄せる冴えない高校生。とある日、突然パソコンが光り、未来の自分が開発した幼女型ロボット「のぞえもん」が現れたのであった!

背中の“四次元ランドセル”からは 未来のオモチャが飛び出すぞ! 「あすかと結婚できる」未来を目指し、幼女(ロボ)との魅惑の日々が始まる……!!

帯の「シモの願いみんな 四次元ランドセルで叶えてくれる」というフレーズの破壊力がすさまじい。全力で青狸に挑戦状叩きつけてる感じがします。ブラヴォー(結局褒める)。

いやまあ、エロゲーでもありましたけどね、『未来ドーター ムスえもん』とか、『ぱちもそ』とか。『ぱちもそ』なんか「未来のネコ型ロボットが活躍する国民的キャラクターマンガ(アニメ)をモチーフにしたエロティックパロディAVG。」ってモロに書いちゃってたからあっちのほうが問題っちゅや問題かもしれませんけど、あれはなんだかんだで18禁。本作みたいに、一般向けコミックで出すのはヤバい気が。

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『ぱちもそ』のぱち。犬なのでセーフ?

内容は、正直ネコ型ロボットの某漫画とはあんまり関係なくて、ことばが喋れない+股間から液体を漏らしまくる人型ロボット「のぞえもん」ことのぞみちゃんとエロいことをしたり、幼なじみのグラドルとのエロイベントが発生したりして、とりあえず頁をめくれば脱いだり揉んだりしてる典型的なエロパロ漫画。

一応本家(?)っぽい内容もありまして、「ボックス内の電話に「もしも~だったら」と話すとシモの願いをちょっとだけ叶えてくれる」、「『もシモ』ぼっくす」とか、「吹いている笛の音を聴いた人間は性欲が刺激されエロい気分が盛り上がってしまう」、「せく★ろすリコーダー」とか、「ブザーの音を聴いたいじめっこは急激に性欲を刺激されて欲情したメス猫になってしまう」、「いじめっこ撃退ブザー(バイブ機能付)」とか、凄いのか凄くないのかよくわからないひみつどうぐが出て来ます。

あ、あと妹。のぞみちゃんの妹でひかりちゃんってのも登場しました。当然幼女。

パロディとして見た場合は原作との接点が単なるうわべだけなので正直いまいちな感じがするのですが、ただのエロギャグ漫画として見ると、絵は可愛いしネタは変な方向に振り切れてるし、結構面白いかなという印象です。

しかしまあ「これ一般で出すとかほんとにいろいろ大丈夫?」(褒)的なことは誰しも思うようで、「おたぽる」さんにこんな記事が。

 ▼「キャラ設定はもろ『ドラえもん』…法的には“問題なし”でもヤバすぎるギャグエロマンガ『のぞえもん』」(おたぽる)

掲載誌でも超人気を誇っているという、この作品。しかし、誰がどう見ても元ネタは藤子・F・不二雄の名作『ドラえもん』(小学館)。いやいや、国民的名作になんの意図があっての挑戦なのか……? というか、ここまでやって「パロディです」って誤魔化せるのか? 読んでいて心配になったので、まずは専門家の意見を聞いてみた。

 回答してくれた弁護士法人AVANCE LEGAL GROUP LPCパートナー弁護士の山岸純先生は、次のよう話す。

著作権に詳しい法律家の方のお話ということで内容も興味深かったんですけど、この漫画を弁護士センセイに読ませて大真面目のコメントとってくるっていうのがちょっとおもしろすぎますね。バカは大まじめにやってこそ面白いという典型パターン。

ちなみにアマゾンのレビューを見ると、こんなこと書いてあるんですけどホントかよ(笑)。

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「作者は本家からきちんと許可をもらって発行してます。」とのことですが、どういうソースがあるんでしょうか。作者の方が雑誌でコメントとかされてんのかな? ちょっと調べがつかなかったので真偽の程は不明ですが、本当なら別の意味で色々凄いなぁ。

ちなみに何ごともなければ2巻は2016年春に発売されるとのことなので、期待して待ちたいと思います。



あ、でもコミックスの最後のページに描いてあった、このロゴはいろいろヤバいと思いますぜ、藤崎先生(笑)。

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レビュー: ゆうきまさみ『でぃす×こみ』1巻

月刊のほうのスピリッツで連載中のゆうきまさみ先生『でぃす×こみ』、とうとう単行本が発売されていたので買ってまいりました。

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万年選外ながら、漫画家を目指す女子高生・渡瀬かおる。しかしある日、ビッグな新人漫画賞を受賞! だが授賞式で仰天&顔面蒼白―――。それもそのはず、「あたしが描いた漫画じゃないっ!!」!!

なんと、かおるの名前を騙って、しかも“BL漫画”を応募したのは―――実の兄だった!? 

笑劇必至、ゆうきまさみの新境地!! 努力の妹×天才の兄が織りなす、凸凹漫画家コメディー!
 (小学館サイトより)

 公式サイト(1話試し読みができます)は、こちら

ゆうきまさみがBLを!?」というコピーで脚光を浴びた本作ですが、読み終わってみればゆうきまさみ先生らしい深みのあるコメディでした。

苦しんで苦しんで、それでも認められない漫画家のたまご・かおると、就活に失敗しまくる社会不適合者ながら、彼女の漫画を手伝う中で妹が「楽しそうだったから自分もやってみよう」という理由で生まれて初めて描いた漫画が賞を受賞してしまった兄・弦太郎というでこぼこコンビ。順風満帆に見える作家「渡瀬かおる」のバタバタした内側を描いています。

タイトルには、ディスコミュニケーションだけでなく(英語タイトルはDiscommunicationとなっています)、コミックへのdis、のようなニュアンスも込められているのでしょうか?

漫画が大好きでたまらないのに才能がない凡人と、その道にまるで興味がないのに誰よりも優れた天才というのは、喜劇のようでいて悲しくもあり、このあと2人がどんな壁にぶつかり、どうそれを乗り越え、最後にどんな結論を出すのか、というのがとても楽しみ。

また、ゆうきまさみ先生といえば『じゃじゃ馬グルーミンUP! 』のようなラブコメ路線が個人的にはかなり好きなのですが、今回はそれを期待できるのではないかな、と。たとえばですが、BL漫画を描く渡瀬先生の家におしかけのアシスタントやライバル少女漫画家が押し寄せて一悶着……なんて展開が目に浮かぶようです。

ストーリー的なウリとは別に、毎回4P、カラーでゆうき先生のBLっぽい漫画が載っています。そしてこの部分、「作中作のBLを描かにゃならんのだがどーやっても普段と違う絵なんて描けん」のだけど「なんとか「いつものゆうきの絵とどことなく違う」ところまで持って行けないか」ということで、他の作家さんに着色をしてもらっているそうです。そのせいか、確かに毎回雰囲気が一寸ずつ違っていて面白いですね。

1巻はまだ大きな問題もおこらず、かおるも弦太郎も現状にあわてふためいて、勢いだけで必死にいろんなことを取り繕おうとしている段階ですが、これが落ち着いてからどうなるのか。2巻を心待ちにしています。

聖闘少女の話

先月くらいからちょくちょく話題になっていた、『聖闘士星矢』のスピンオフの話。とうとう連載がスタートしていた模様です。

▼「聖闘士星矢 : 少女版「セインティア翔」が連載へ アテナ守る少女たちの物語」(毎日新聞デジタル、2013年07月19日)


レビュー:『海街diary』

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吉田秋生『海街diary』(小学館)flowers コミックス、1~5巻(続刊)

ふらっと出かけた三省堂で超プッシュされていたので、吉田秋生『海街diary』を買って読みました。

いやあ、超良かったです。

鎌倉に住む三姉妹の一家(香田家)が話の中心。彼女らを捨てて再婚した父親が死に、葬式の場で、異母姉妹を引き取るところから一巻の物語は始まります。エロゲー的な軽いノリではなく、父親の浮気や再婚という現実を伴って描かれる一連の出来事は、ポップでやさしい絵柄に反して、重たく、とてもドロドロしている。

そういう人間関係の現実を厳しい目で描きながら、人の想いそのものは綺麗に描いているというのが、本作の特徴でしょうか。傍から見ると不誠実な関係、どうしようもない行為、しょうもない葛藤を描きながら、その底に流れている人間の純粋な気持ちを取り出している。そんな感想を抱きました。

個別の話として見ると、いろいろ深刻な「事件」は起きているものの、大きな枠組として見ると、彼女たち一家の「日常」が描かれているだけの話です。でも、ちっとも退屈ではない。

ストーリー仕立てで進行する作品というのは、ドラマチックな部分ばかりがクローズアップされ、そうではない部分は切り捨てられてしまいがちです。しかし、私たちの生活というのは2割の劇的さより、8割の平凡さから成り立っていて、その平凡さの中にこそ生きている実感があるものだと思います。

本作は、事件を切り取っているようでいながら、実はその裏側にある平凡な暮らしの連続を描いている。「diary」というタイトルが、実に相応しい作品です。

出産の話はまだあまり無いけれど、人が暮らしていくこと、恋すること、別れること、老いること、死ぬこと……。人生の「イベント」に直面したときに見えてくる日々の生活のありようと、そこに流れる人間の情念が、1ページ1ページから伝わってきます。

いささか各キャラを「わかりやすく」描きすぎかなという気がしないでもないですが、関係の複雑さを描く上では、かえってこのくらいのほうがすっきりまとまって良いのかもしれません。不定期連載ということで次がいつになるかは分かりませんが、続きが楽しみです。

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レビュー:『天にひびき』no.7

天にひびき07
やまむらはじめ『天にひびき』no.7 (少年画報社、2013年4月)

大好きな『天にひびき』の新刊が出ていたので、遅ればせながら久々のコミックレビュー。

今回は、前回からの続き。主人公である久住秋央(表紙右側の男の子)がヴァイオリンコンクールにでるお話から始まります。コンクール編がトータルで三話。

ひびきとの再会によって、ひびきのコンマスになりたいという具体的な目標を持つようになった久住は、これまでフラフラしていたのが嘘のように力をつけはじめます。もともと榊教授(音大の先生)のもとで学んでいた秋央はしっかりした基礎があったので、目的意識と自信によって良い演奏ができるようになった。

秋央の指導教授である如月風花は、秋央と南条(秋央の同級生)をステップアップさせるために「あまりメジャーでない」都内の小さなコンクール(東都音楽コンクール)に協力なライバルはいないとふんで送り込んでいたのですが、これなら大丈夫だろう……と一安心。

ところが、優勝賞金が規模の割に高いこともあってか、このコンクールに、現在日本の若手ヴァイオリニストの中でも注目株が2人も参加。秋央らと賞を争うことになってしまいました。「個性的なタイプに影響され易い」せいで自分の演奏が定まらず、あちこちにフラフラしていた秋央は、案の定これに影響されて、予選で大打撃をうけてしまいます。また南条も、圧倒的な実力差を前にして、勝手に自分の限界を決めてあきらめる、「必要以上に自分を守る」癖が出てしまう。

さてさて、本戦はどうなることやら……。

という感じのお話がメイン。静かながら迫力のある展開で、終わりも良い感じでした。

あとは、秋央と美月、美香(波多野さん)の三人で病院にチャリティーコンサートに行く話が一つ、ひびきが指揮者としてステップアップしていく話が二つ。

このコンクール編がとにかく良かった。何が良いって、自分の身と重なるのが良い(笑)。音楽とは違いますが、なにかを表現するという分野では、否応なく人と比較されますし、また自分とその比較対象の「圧倒的な差」みたいなのを感じてしまうというのは、私のような天才ならぬ身には、とにかくありがちです。

「上手い人間なんてゴロゴロいる。この世界にいると事あるごとに思い知らされるこの事実」

「キチンと曲が弾けたとしても、とてもあの2人に勝るとは思えない」

「なぜ同じ楽譜を見て演奏しているのに、あれ程差が出るのか……」

「単に僕が下手なだけと言ってしまえば簡単なんだけど、自分の方向性も見極めずに只、闇雲に上手くなりたいって思ってても、ああはなれないだろう」

上のような感じで秋央くんは悩むのですが、「いやー、わかるわかる!」って思ってしまったわけです。超わかる。文章で言えば、深く読める人間・鋭いことが書ける人間なんてごまんといる。そういう人たちの中で、自分が少しでも彼らより勝っているといえるところがあるのか。その世界で生きていこうと思ったら、圧倒され、劣等感に苛まれ、誰よりも自分で相手との差を自覚しながらも、戦っていかなくてはならないわけで。

南条が「その他多勢」になってしまう自分の演奏に、何の意味があるのか悩んだのも、凄く共感できるところがある。もちろん彼らの悩みと私の感じた悩みは違うのでしょうけれど、具体的なシチュエーションから伝わってくる「迷い」が、凄く身近に感じられました。

あとはどうやって秋央がそれを克服するかだったんですが、このハードルの超え方も、納得の一言。本巻はこれまでのように恋愛描写が強いことも、できごととして派手で面白いことが起こるでもなく、ひびきのあたりも含めて一部登場人物の内面を掘り下げていくタイプの話が続いていて地味です。

ですが、やまむらはじめさんの真骨頂は、やっぱりこの辺りの描写の力にあると思う。「カムナガラ」や「ドォルズ」が流行ったぶん、アクションがないと物足りないと感じる人は多いのかもしれないけれど、私は人間ドラマが好きです。

やまむらはじめさんの描くキャラクター心理の魅力の一つは、やっぱりそれが、キャラの「今後の物語」を連想させるところです。ドラクエでレベルアップしたら次の街に行くのがわかるように、キャラの心理が変化したり、成長することで、次のステップが見えてくる。心理をベースにして物語をつくるのがとても上手だな、と。

恋愛話が少なかったのが物足りないと思いつつ、不幸になることが目に見えてるけど波多野さんには頑張ってほしい私としては結構ご褒美も多かったので、トータル大満足。非常に読み応えのある巻でした。

次も楽しみです。

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レビュー:『罪と罰』3巻(漫F画太郎版)

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漫F画太郎 『罪と罰』 第3巻
新潮社、2012年10月15日

一巻を読んで唖然とし、二巻を買って大笑いした挙げ句読まずに放置。そしてこの三巻を買ってきたのであるが、もう認めるしかあるまい。

漫画太郎は天才である。

あ、割とマジで言ってます。というかそんなの前からわかってましたよね。ただ、今回のこれは凄いなー。「乞うご期待」だけで見開きぶちぬいて使ったり(「乞う」で1頁、「ご期待」でもう1頁)、完全コピーで7頁済ませたり、フリーダムここにきわまれりという感じです。それでいて、ちっとも損をしたという気がしない。画太郎先生の芸風だとかそういう話ではなくて、これら全ての行動に意味があるように思えてくるから不思議です。

……たぶん気のせいだと思いますけど。

ま、まあオビで板垣氏も言っていますしね。「この手法、怠慢なのではない。無謀な”挑み”なのだ」とかなんとか。そんなこともあるかもしれません。

しかし、ょぅι゛ょの売春婦の名前とか、これ大丈夫なんですか。本宮先生だけでは飽きたらず、スタジオジ○リにまでケンカを売って無事で済むとはとても思われないのですが……。いやもう、ホントにある意味で命かけて描いておられますよね。すごい。

なお、例の如く巻末には吉田大助氏(文春のライターさんかな?)による「超読解 罪ト罰」なるコラムがついています。小さい文字でびっしりと、原作とこの漫画との対応や、表象分析を行っている。大まじめなようでいて勘所をはずしまくっている感もあるんですが、たぶんそういうの全部含めて壮大なネタとなっていて、かなり完成度が高いです。お薦め。

なんたってラストに「ドストエフスキー様からのお告げにより突発的に本編の内容が変更されたため、一部コラムの内容と食い違う点がございます。何卒ご了承ください。【編集部】」って書いてあるくらいですから、コラムニストの方も大変です。

まーでも今回は凄かった。何が凄いってなかなか口では言えないので、もうこれは買ってくれと言うしかないんですが、すごい。唸ります。何か含蓄がありそうで何もないように見えるけど、何もないと思って読むと何かありそうという、この地獄巡り。

真面目に言えば一番平板な解釈としては「漫画業界を含む既存の文化社会をコケにしまくってる」んだと思いますが、そのバカにするという行為自体もバカにして、結局行き着く先はいつものオチという。色々考えさせて最後全部うっちゃるまでのプロセスが余りに秀逸でした。これほどキレてる画太郎先生は久々です。

こう言うのを読んだ後に『美味しんぼ』とか読むと楽しいだろうなあ。

ちなみにトップに写真を載せたリーフレットは、K-BOOKSさんで購入特典として頂いたものです。普段リーフレットはかなり丁寧に扱われるのですが、今回は店員さんがもの凄く乱暴な手つきで袋に入れてくれたのが印象的でした。

というわけで『罪と罰』画太郎版、おすすめ……ではないけど、画太郎先生のノリがいけるなら楽しめると思います。たぶん。

それじゃ、また明日。

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レビュー:『僕らはみんな河合荘』3巻

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宮原るり『僕らはみんな河合荘』3巻(少年画報社、平成24年8月30日)

関連記事: レビュー:『僕らはみんな河合荘』(2012/04/18)

『河合荘』の3巻が発売されたので早速購入。良かったです! 「コミックナタリー」さんの記事によれば、「ヤングキングアワーズ10月号(少年画報社)では単行本3巻の発売を記念して、巻中カラーページにて「僕らはみんな河合荘」の特別企画を実施。同誌の表紙や単行本のために執筆されたが、使われることのなかったラフイラストを一挙に公開している。」とのこと。人気出てきてるのかな……。気になっている方はこれを期にチェックしてみるのも良いかもしれません。

ぱっと見は何というかもう、ラブコメと言って良いのかどうか微妙な内容になってきました(笑)。宇佐くんと律先輩の仲は一応描かれるものの、進んだような進んでないような、実に微妙な感じ。むしろ、二人を取り巻く人々の日常というか生態が話の中心となっている巻のようにも思われます。特に今回は、河合荘の中でも特に謎おおきあのお方の過去が少し明らかになります。まさかアッチ系の人だったとは……。

あと、前巻でちょっと後腐れの残りそうな別れ方をした宇佐くんのお友達も再度登場し、一応大団円のような形を迎えていました。優しい展開ですね。

ただ、「ぱっと見」と変なことわりを付けたように、どれだけ周りの人々が出てきてもそれはスパイス。やっぱりこの物語の中心は律と宇佐――というか律でしょう。

今のところは、ですけど、律の「一人でいたい」というのは臆病であり甘えであると思います。基本的には寂しがりだし、構って欲しい。けど必要以上には構って欲しくない。彼女が一人でいたいのは、結局そういうの考えるの面倒だから。

でもやっぱり根っこの部分は寂しいから、時々無性に人恋しくなる。それで、自分の都合の良い時だけコミュニケーションとれる(必要以上に踏み込んでこないし、踏み込まなくてもやっていける)宇佐や河合荘の住人が好きなんだけど、それってただのワガママじゃないか、という自覚もあって、そういう自分に自己嫌悪……みたいなめんどくさいメンタリティ。これが外れていないのだとすると、私にはとても良くわかる……気がする。

自分が求めるもの、欲しいものがあるけれど、それを手に入れようとしたときの面倒くささや、自分が傷ついてしまうことを考えて結局求めるのをやめてしまう。律はたぶん、そういう生活を送ってきた。彼女が本を好きなのは、そこに何か求めるものがあるというのも確かなのでしょうが、それ以上に、本は能動的に彼女を傷つけることが無いからだと思います。少なくとも律は、そんな風に本を「利用」している。

対する河合荘の住人たちはどうか。彼らは律と比べるとバカをやっているようにしか見えないけれど、自分が求めるものに正直で、そして傷つくことを恐れない。彼らはノー天気なお馬鹿さんに見えるけれど、でもそれは何も考えていないからではなくて、自分自身に対してバカ正直だからじゃないかなあ。傷ついても傷ついてもまっすぐ向かっていく「かわいそう」な住人たちと、傷つくことを恐れて立ち止まっている「かわいそう」な律と。どちらも「かわいそう」ではあるのだけれど、その意味は微妙に違っている。そんな風にも思います。そして、そんな律の微妙な変化がこの巻でははっきりと描かれていて濃密な内容。

いずれにしても、まったり日常系でありながら俄然面白くなってきた3巻。あんまり密度が高くなりすぎると長期連載は難しいかもしれませんが、ダラダラやって盛り上がる話でもないと思うので、引き続きこの調子で引き締まった展開を期待したいです。

といったところで、本日はこれまで。また明日。

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レビュー:『センゴク』

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宮下英樹『センゴク』
(集英社、2004年~)
 第1部「センゴク」 全15巻
 第2部「センゴク 天正記」 全15巻
 第3部「センゴク 一統記」 続巻
 外伝 「センゴク外伝 桶狭間戦記」 全5巻

アニメ化した影響もあってか、『織田信奈の野望』が私の周りでは大流行しておりまして、昔から細々と布教活動をしてきた身としては、嬉しいような「ニワカどもめ……」と斜めから見たいようなフクザツな気持ちではございますが、まあ姫様にならって「デアルカ」と言っておくのが穏当でしょうか。

さて、「信奈の野望」に限らず最近は戦国ものが色々ブーム。いろいろと面白い作品がたくさんでている中、個人的にイチオシなのは、ヤングマガジンで連載中の宮下英樹『センゴク』。おそらくこれまでほっとんどスポットが当たってこなかったであろう武将、仙石秀久(権兵衛)を主人公にするというウルトラ思い切った漫画です。

本編は現在、甲斐の武田家が滅亡。毛利遠征のところまで来ています。本編もさることながら、『センゴク外伝 桶狭間戦記』が滅茶苦茶面白い。今川義元が足の長い超絶イケメンなのが気になるものの、「大名」とは何かということを全く別のアプローチから問い続けた二人の英雄という構図は斬新で、それぞれの施策や法律を通して描かれる信長と義元(および太原雪斎)像がとても魅力的です。

この漫画は要所要所で、戦国時代の文書を簡単に紹介しながら、「だがこの通説には疑問が残る」と独自の解釈を展開します。某NHKの「その時歴史が~」は、胡散臭い史料を平気で混ぜて(たとえば源平合戦では創作物を事実の中に混ぜたりしていた記憶があります)、さも「これぞ歴史の真実」のような語り方をしますが、それとはまったく逆。「一般的にはこうだっていわれてるけど、でもそれだとここ説明がつかないよね。じゃあ、この史料ってこう読んでみたらどう?」という感じで新説が提示されます。

宮下氏自身はこの手の話に対しては素人だそうですが、考証自体は東大の史料編纂所・本郷和人氏らの協力を得ており(コミックスあとがき)、またきちんと出典も明記されていることからそれなりの信憑性を期待しても良いとは思います。ただ、この漫画の魅力はそこではないだろう、と。

私たちは歴史(あえて曖昧な言い方をします)を見るとき、「信長の狙いはこうだった」とか、「こういう事情で小早川は裏切ったんだ」というような話を好んでします。ただ、それは現代の視点、現代の知識から導いた「説明」であって、できごとそのものではない。『センゴク』という漫画の大きな魅力は、この「説明」を相対化し、私たちを歴史というできごとの中に誘ってくれるところにあるように思います。

かつて森鴎外は、「歴史其儘と歴史離れ」という小論を書き、次のように述べていました。
わたくしは史料を調べて見て、其中に窺はれる「自然」を尊重する念を発した。そしてそれを猥に変更するのが厭になつた。これが一つである。わたくしは又現存の人が自家の生活をありの儘に書くのを見て、現在がありの儘に書いて好いなら、過去も書いて好い筈だと思つた。これが二つである。
 わたくしのあの類の作品が、他の物と違ふ点は、巧拙は別として種々あらうが、其中核は右に陳べた点にあると、わたくしは思ふ。
鴎外の言う「歴史其儘」が何であるかということは、それはそれとして大きな問題ですが、少なくとも「説明」とは異なっているのは確かでしょう。近代の学問を経て、私たちは容易に現実のいろいろなことを「説明」できるようになりました。林檎が木から落ちるのは万有引力であり、雷は静電気であり、地震は地殻変動によって生じるのであり……と。けれど、そのことは実際に生じたできごと「其儘」ではない。阪神淡路大震災のメカニズムをどれだけつぶさに究明し、マグニチュードと死傷者数を正確に並べてみせたところで、それはあの災害の総体ではない。私のDNAをどれだけ解析し、綿密なデータを重ねたところで、そのデータの束が私自身であるということはない。

勿論、「其儘」を取り出すことなど可能なのか、ということは改めて問われねばなりません。しかし、私たちの悪い癖は、「説明」ができたらそのできごとの全てを理解できたような気になってしまうというところでしょう。言葉にならない感情も、言葉にすると何かわかったような気になって安心してしまう。ことがらの「説明」も同様です。「説明」がはあることがらの切り取りであり、それによってそのことがらが見えやすくなるのは確かであるにせよ、それは同時にあることがらのもつ奥行きを説明によって消してしまうことでもある。

たぶん、私が『センゴク』という作品に感じる面白さというのは、鮮やかな「説明」に起因するものではありません。むしろその逆で、ある鮮やかな「説明」が見落としていたもの、切りとばしてしまった余白や深みを拾ってきて、それを見せてくれる。そのことによって、「もっとこんな解釈もあるんじゃないか」という思いを抱かせてくれる。津本陽や隆慶一郎の小説がそうであるように、私たちには容易に理解できないもの、あることがらの「説明」からはみ出していく部分を描き出しているところに、この作品の魅力があるように思います。

馬場美濃守(信春)が長篠の戦いで何を思って敵の鉄砲隊の中に飛び込んでいったか。武田勝頼が見据えていたものは何だったか。吉川経家がどうして鳥取城に籠城し、自害にこだわったか。そういう部分を「説明」ではない「物語」として描いている。現在から切り取ったできごとを無造作に提示するのではなくて、当時に寄りそいながら、抑制された描写の中にあるできごとの奥行きを浮かび上がらせている。「わかった!」という気にさせて満足を与えてくれるのではなくて、「もっと知りたい」という気にさせてくれる、そういうタイプの漫画です。

そんなわけで、本日は『センゴク』のお話でした。この流れだと、明日まっ先にプレイするのは『平蜘蛛ちゃん』(※リンク先18禁)かな! 抱いて爆死!

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レビュー:『ひとりぼっちの地球侵略』

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小川麻衣子『ひとりぼっちの地球侵略』
(小学館、2012年7月17日)

(あらすじ)
高校に進学した男子学生・広瀬岬一(ひろせ・こういち)。入学式へ向かう彼の前に、奇妙なお面の女子生徒・大鳥希(おおとり・のぞみ)があらわれる。

――「お前の命を、もらいに来た」

彼女はそう告げると、突然岬一に襲いかかる。逃げる岬一、追う希。希は常人離れした身体能力であっという間に岬一を追い詰め押し倒す。しかし、その手が心臓に触れた瞬間、彼女は岬一を殺すことをやめてしまった。

翌日再会した希は、自分が宇宙人であることを告白し、岬一の身体に関するある秘密を明かす。そして彼女は言う。

「二人で一緒にこの星を征服しましょう!」

こうして、二人の地球侵略がはじまるのだった。

『ゲッサン』で連載中の漫画、『ひとりぼっちの地球侵略』。作者は、『とある飛空士の追憶』コミカライズを手がけた小川麻衣子氏。内容はほぼノーチェックだったので、タイトルと表紙に惹かれて購入したのですが、これが大当たり。

オルベリオという星からやってきた希は、「一人で生きて、一人で闘って、自分の星のために全力を尽くす」少女。ある事情によって生まれたときから一人、「死ぬまで一人で」闘うはずだった彼女が、はじめて岬一という「仲間」と出会います。

二人は目的は違うものの、他の宇宙人を倒すということで共闘を約束し、地球を侵略に来た宇宙人との戦いに挑みます。バトル描写はいまのところほぼ無いに等しい状態だし今後もあまり期待はしませんが、描写を見ている限りグロもいけそうな方かもしれません。よくわかんないけど。

岬一にとっては何気ない一言だった「仲間」という言葉は、彼女にとっては全く別の意味と重みを持っていて、その差の描写が面白い。彼女の過去や岬一との出逢いにはまだまだ謎がありそうで、その辺をどう扱うかで今後の評価は大きく変わるにせよ、一巻時点(1~4話)ではもの凄く良い感じ。傑作の匂いが漂っています。

絵柄はかなり可愛らしい感じで、線がしっかりしていて見やすく綺麗。背景の描き込みなどは少なめ。とはいえ人物の表情や身体の動きは丁寧で、読み応えがあります。今のところ女の子は希ちゃんくらいしか出てきていませんが、かわええのう……。普段無愛想なのに、時々無防備に笑ったり泣いたりするのが凄く心に残ります。この娘の表情がこれからどんどん豊かになっていくことを想像すると、胸が高鳴る。

先読みをすれば、こういう異なる存在との交流は「ドラえもん」のリルル(鉄人兵団)をはじめ、一方の離脱に伴う別れによって想いが結晶化されることが多いんですよね。昔はその切なさに惹かれていた部分がありましたが、最近はそれが必ずしも有効な手だとは私は思わなくなりました。視点が片方に偏りやすい短編なら効果的でも、ずっと二人の関係を積み重ねる中・長期連載の作品になった場合、一方に視点を固定しての別離は、かえって逆効果という気もする。

本作もこの二人は最後に別れるのは既定路線という感じがするのですが、その際は是非双方の視点を描いて欲しい。でもそれ以上に、願わくは彼らに幸せな未来を、と思わずにはいられません。まあ、楽しみが減るので余り先のことは考えないようにしよう……。

私が大騒ぎしているのを聞きつけた友人が一言、「ということは、俺には面白くないな」と呟いており、何だこの野郎無礼な奴だ実に怪しからん読みもせずに判断するなど言語道断四の五の言わずにマァ読んで見給え、と言いたくなったのですが、確かにちょっとモヤッとした感じが全体に漂っておりまして、彼にはあわないかもしれないなと考えて思いとどまりました。

そんなわけでまだ始まったばかりの本作ですが、これから先を楽しみにしていきます。

では、また明日お会いしましょう。

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『イエスタデイをうたって』の話

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冬目景『イエスタデイをうたって』 8巻
(集英社、2012年7月19日)

新 刊 キタ━━(゚∀゚)━━!!!

というわけで、私が大好きな漫画のひとつ、冬目景さんの『イエスタデイをうたって』、待望の新刊が発売されました。

7巻がでたのが2010年11月。6巻が2008年11月でまるまる2年かかったことを考えると、ビジネスジャンプ誌の休刊などがあった中で無事に発売されたことを喜ぶべきなのでしょう。ちなみに、1巻が出たのは1999年3月19日。もう13年も続いているということより、13年経ってもまだ巻数が1ケタであるということのほうがオドロキです。

さて今回、8巻の内容の話はいたしません。

本作はあらすじには何の意味も無いと同時に、あらすじが全てでもあるからです。

「あらすじに何の意味も無い」というのは、本作では登場人物たちの具体的なエピソードとそれにまつわる心情描写こそが面白さなので、その具体性に踏み込むこと無しに語られる筋は抜け殻のようなものであるということ。

一方「あらすじが全て」というのは、この作品の筋立てはそれぞれに片思いをする登場人物たちがどういう関係を結ぶか、というところにあるので、「誰と誰が良い感じになってデートしたけど結局別れた」みたいなことを書いたら、ほとんどネタバレ状態になってしまうということです。

しかも、大変な遅筆に加えて物語の展開も亀の歩みなので、何巻かまとめて買う、という人がリアルにいる。そういう人にとっては、7巻読んでるのが前提となるようなことを言ってしまっても大変なことになりかねないわけで、そんなの気にするなと言われてもそれこそ4年、5年待った楽しみをおじゃんにするというのはさすがに寝覚めが悪いし……などと考えているともうめんどくさいから具体的な話はせずに「とりあえず読め」でいいや、と。

シリーズをご存じない方の為にちょっとだけ説明すると、この物語の軸となる登場人物は、フリーターの魚住陸生(うおずみ りくお)、リクオの大学の同級生で都内で化学教師をしている森ノ目榀子(もりのめ しなこ)、陸生を好きな少女・野中晴(のなか はる)の3人。ちなみに、表紙はずっとハルちゃん(7巻のみ陸生が登場)。

これまでの展開を見ると、この3人「友達以上恋人未満」の関係の中に周囲の人が入ろうとしたり、あるいは3人の外で起こっている恋愛が描かれたりする中で、結局陸生たちが自分の心の在処を探る、というような話になっています。

単に恋愛だけの話というわけでもなく、それぞれ自分がどう生きるか(リクオはカメラの仕事をやりたい、ハルは家庭の事情、榀子は他界した想い人のことで、それぞれ彼らなりに深刻な事情を抱え、「前にすすめ」ずにいる)ということも同時に描かれています。

ただ、私が本作を好きなのはやはり恋愛絡みの部分。

奥華子さんの名曲「恋」ではありませんが、「どうして あたしじゃ駄目なの? どうして あなたでなくちゃ駄目なんだろう」という感じです。あきらめることもできた。自分を好きだと言ってくれる人もいる。それでも、「あなたでなくちゃ駄目」という想い。それを、燃え上がるような強烈さとしてではなくて、本当に些細な日常の1場面だったり、あるいは他の人との付き合いの中で感じる違和感だったりという小さな感情の揺れとして捉えているのが、たまらなく魅力的です。

燃え上がるような恋というのは、「この想いだけは本物だ!」という勢いで押し切れるところがあるのですが、本作のように静かで微妙な心の動きとして描かれる恋というのは、「この想いって勘違いかもなあ……」という感覚が常にまとわりついている。そうやって疑いを積み重ねながら、やっぱりどうしても消えない想いを手探りで見つけようとする。

「万葉集」を研究した伊藤博は、「恋ふ」というのは目の前には存在しないものを求める気持ちだと説明しています。そして、「恋」は「孤悲」(コヒ)と書いた。誰かを想う気持ちは、その相手がいない孤独・悲しみの中においてこそ、最も強く見出される。「恋」の観念ってそんなものかもしれないなあ、と思います。だからこそ、「この人じゃない」ということによって自分の想いを確かめているリクオたちの煮え切らない不器用な「恋」が、逆に強く輝いて見えるのかもしれません。

というわけで、本日は『イエスタデイをうたって』の話でした。また明日。

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