よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

エロゲー (まじめな話)

ぱすちゃ3の悲劇と、アリスさんの対応

先日からエロゲーマー界隈を賑わしている、『パステルチャイム3 バインドシーカー』(以下、「ぱすちゃ3」)のデータ不正アクセス流出事件。

《関連リンク》
・アリスソフトBlog「不正アクセス被害の報告
・アリスソフトBlog「パステルチャイム3 データ流出の件について

予想を超えた大騒ぎとなり、色々な噂や憶測が飛び交っていますが、現状、信頼できそうな情報をまとめると以下の流れのようです。

(1) まず、2/5にアリスソフトさんの「取引企業」のサーバーにあった「ぱすちゃ3」の本体データが不正アクセスを受けて流出したとの報告があった。

(2) アリスさん側が確認すると、「一般に非公開であった弊社契約企業様のDL用データアップサーバーのアドレスと、ダウンロードしたデータをクラックしての起動方法が記された改造手順テキストが確認」された。

※ピンポイントでサーバーに不正アクセスしてデータ狙い撃ちとか、どんだけ凄いんだ……と思ったら、このアドレスが「一般に非公開」なだけで、Google検索にも引っかかるうえ、アクセス制限もかかっていない状態であった、という話もありました。実際どうなんでしょうね。

(3) HIRO氏がBlogで公表した段階では、「ダウンロードサイト様のサーバーが不正アクセスを受け」という表記になっていた。これによって、「DMM.comさんから流出したのではないか」という憶測が飛び交い、DMMさんが突如としてサーバーメンテナンスに入ったこともあって、ツイッターなどを通して「DMMが流出させた」というデマが広がった。

(4) HIRO氏が文言を「取引企業様のサーバーが不正アクセスを受け」に変更。また、「ダウンロード販売を行なっているサイト様からデータが流出したものではございません。」という特別な追記を行なう。どうやらDMMさんではなかった、ということでいったん沈静化。

(5) 「発売日の前倒し」及び「発売日変更のお詫びとして新たな購入特典の追加」という2つの対応を行うことが決定し、Blogに経緯が書き込まれる。

という感じ。

DMMさんは本当に何もしていないのにいきなり火が飛んできた感じに見えます。アリスソフトさんもお気の毒。「取引企業」さんとやらはちょっとセキュリティどうなのという気はしますが(管理責任問題とかにならないのかな)、まあ誰が刑罰の対象かというと、不正にアクセスしてデータを盗み出したうえ、プロテクトを解除する方法を流した人なわけで、「何故このような行為をするのかと、本当に悲しい気持ち」というHIROさんのことばがしみじみと思われます。

んで今回のアリスソフトさんの対応ですが、個人的には非常に好感度高いというか、事前に予知でもしていたのかと言いたくなるほどのスムーズさと、ユーザーへの配慮に頭が下がります。

正直、今回の件についてはアリスさんが直接責任をとるべきことって余り無い気がする。もちろん「任命責任」みたいなのはあるのかもしれませんが、取引先の企業が狙い撃ちされてそっちから出ちゃったというのは、もう不可抗力としか言い様がない……。それでも、誰かを責めるでもなくメーカーとして責任を取ろうとする姿勢には心打たれるものがある。

ぶっちゃけ言えば、販売の影響を心配しているのであろうことはわかります。ツイッターでこの話をした時に、何人かの方もおっしゃっていたのですが、「被害を食い止める」意味での発売日前倒し、というのは狙いとしてありそうですね。

時間が経てば経つほど、不正流出したデータが「出回る」可能性は高くなり、そうすると購入ユーザーが減るかもしれない。それは避けたいので、発売日を前倒しにするという部分はあるのでしょう。しかし同時に、このような「ケチ」がついてしまったことをユーザーに申し訳なく思う気持ちが無いわけではないのだとも思いたい。発売日を前倒しにして一日でも早くプレイできるようにしてくれたり、特典を追加してくれたりというところに、そういう申し訳ない気持ちを載せてくれているのも事実なのではないでしょうか。

実際、発売日変更によって小売や流通にかける面倒を考えたり、特典追加によってかかる負担を考えると、やはり今回のような対応は一朝一夕でできることとも思われません。それを、一晩で決めて実行してしまったわけですから、それだけ「本気」の行動であるということはわかる。カッコイイなあっていう感じです。

唯一ひっかかるのは、発売日を前倒しにする理由で「正規ユーザーの皆様が不利益を小さく留められるよう可能な限り発売日を調整させて頂きたくこの度の変更となりました」と記載しているところ。今回の流出で「正規ユーザー」が被る不利益って何かというのはいまいちわかりません。「俺たちより早くプレイしてる人がいる!」とか、「非正規ユーザーが先行でネタバレしてる!」といって怒る人ってあんまりいない気もする。

いや、不正ユーザーが得してる! って怒る人もいるのでしょうし、文言が悪いというわけではありません。こんなことでユーザーが不利益を被ったと思うなど、ユーザーをバカにしてる! と怒るつもりもない。ただ、この対応の凄さってユーザーに何か直接的な不利益がでたわけでもないのに、アリスさんが非常に誠実な対応をとった、というところにあるような気がするんですね。

「ユーザーが不利益を被った」というのは抽象的でどんな不利益かわかんないんですけど、なんか不利益があったのかなー。じゃあ今回のサービスはその補填だからフツーに受け取ればいいのか、となっちゃって、なんかもったいない。「お騒がせをしたお詫びに」くらいのほうが正確だし、アリスさんの誠実さも伝わりやすいのではないかなぁ、などと思ったのでした。

まあ何にしてもこんなことは二度と起こって欲しくはないし、こんなつまらないことで「ぱすちゃ3」の名前に傷がつかないことを祈るばかりです。むしろ今回のピンチをチャンスにかえて、「対応も内容も良かった稀代の名作」と呼ばれる作品であることを期待したいですね。

あ、そういえば「ぱすちゃ3」の前倒しとはたぶん何の関係もなく、『レミニセンス』が2ヶ月延期の運びとあいなりました。



次の発売予定日は、5月31日だそうです(´・ω・`)。なんとなく予想はしていましたが、こうまで延びると意欲が……。無事に発売されることを祈るしかない……。

公式がタイトル間違えてることには突っ込まないほうが良いのかな。……ハッ、まさか別のゲーム……Σ(゚д゚||)。

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げっちゅ屋さんのレビューが始まった件について

PCゲームをはじめとするグッズの大手通販サイト・げっちゅ屋さんのサイトにレビュー機能が搭載されることになりました。

参考リンク:げっちゅ屋・「レビューコーナーについて

レビュー書き込みには「でじたるげっちゅ倶楽部会員登録」と「ニックネーム登録」が必要だそうです。また、開始2週間のキャンペーンということで、投稿者にコムポイントの加算が行われる模様。「レビューが投稿されていない商品は、初めて掲載される方に100ポイント、2回目以降の掲載でも50ポイントをプレゼント」してくださるのだとか。100本書けば、最低でも5000円ぶんのポイントになるわけで、既にレビューの蓄積がある方などは狙ってみてもいいのかもしれません。エロゲーだけじゃなくて各種グッズやCDなんかも含まれますから、割とポイントを貯めやすいハズ。

特徴的なのは、「レビューサポート担当者が内容を確認し、問題がなければ掲載が開始されます」という部分でしょうか。同人ソフト販売を行なっている一部サイトさんなどでは取り入れられている手法(検閲)。この手の商業サイトさんとしては珍しいパターンという気がします。

あと、「一度投稿したレビューは削除・修正ができませんので、よく確認した後で投稿してください。」というのと「会員を退会された後でもレビューは削除されません。同意の上、ご投稿ください。」というのも注意が必要かな? 事実上、投稿した感想については丸投げになるみたいです。

気になるガイドラインは、以下。

エロゲーと複数ライターの話

昨今のエロゲーでは当たり前になってきた、複数ライター制度。賛否両論ありますが、どちらかといえば否定派のほうが多いような気がします。とりわけシナリオを重視する層の中には多数。

理由はいくつかあって、たとえば好みの合うライターさんとそうでもないライターさんの差が激しい場合、「前者で統一されていたらもっとたのしめたのに!」という不満が出る。まあこれは当然といえば当然。

あとは、ルート単位でライターさんが書き分けを行なっている場合に、ルートによってキャラクターの扱いが全然変わってきて違和感バリバリだとか。いまでも話題になる『遥かに仰ぎ、麗しの』(PULLTOP)では、本校系VS分校系みたいな内ゲバが局所的に勃発しちゃったりなんかして、そういうナナメ上45度な方向に発展する例もあります。

それを避けるために、全体をコントロールする指揮官が置かれてチェックを入れたりするわけですが、まあ実際問題スケジュールやらメンツやらの問題もからみ合って、なかなか簡単にはいかないところもある。そこで極端な場合、個別ルートに入ると他のヒロインは一切出てこなくなる、みたいな処置がとられたり。そこまでいくと問題は回避できたとしても、それはそれで別の問題の火種にもなり得るので、あちらを立てればなんとやら。難しいところです。

ともあれ、「どうも複数ライター制度は微妙……」と思っているエロゲーマーは少なからず存在するでしょうし、かく言う私も、かつては「ライターは一人に限る」みたいなことを主張していました。

今も、ライターさん一人のほうが好き、という基本ライン自体は変化していないのですが、ただ、最近複数ライターという制度を別の角度から、もっと肯定的に捉えることはできないかな、と思っています。

そう思うようになったきっかけは、とある友人に「なら小説読めば良い」(エロゲーにこだわる理由がわからん)と言われたから。

もちろん彼のことばは極論です。けれどもまあ、その通りだという部分もありまして、「複数ライターはダメだ」というのをどこまでも強く押し出すなら、複数ライターの作品はやるな、という話になるわけです。それでもやってるからには、複数ライターに感じている不満というのは、エロゲーをやりたいという欲求には勝てない。その中でクオリティを求めていくという優先順位の問題にはなるとしても、エロゲーの大半が複数ライターを起用しているいま、それをどのように受け入れるかということも現実問題考えていく必要はあるのだろうという気になった。もっと言えば、私の中ではエロゲーをやめるという選択肢はなかったので、それなら現状を楽しめるように切り替えたほうが生産的だろうか、と。

あと、これは私自身の問題として、「複数ライターの何が問題か」ということを、きちんと突き詰めて考えていなかったというのもあります。

私はよく、「統一感に欠けるので良くない」みたいな言い方をして批判に用いていたのですが、つらつら考えるに、「統一感に欠けることの何が問題か」というところまで煮詰めてはいなかった。自分が不満に思った要素を言語化するときに、「統一感」って言えば何かそれらしくて使い勝手が良いので使ってお茶を濁していただけじゃないか、という反省があったのですね。きちんと対自化していなかったと言うか。

たとえば、「単に読みにくい」だけなのか、「キャラ像が破綻してる」のか、「一部超絶面白い時があるから全部そっちで統一してくれたらもっと良かった」なのか。どれも、複数ライターを起用したことによる統一感の問題と言えますが、内実はそれぞれに異なります。当然、対処法も違う。そこは便利な語にすぐ頼らず、自分が感じた違和感の内実を、きちんと捉えなおしてみようと。

「統一感」のようなことばを使わない、というわけではないです。そうではなくて、そこはもうちょっと厳密に使おうという話。せめて、どこがどう不統一で、その何が問題なのかということはきちんと説明しようと思いました。出すメーカーさん側としては、複数ライター制で問題ない、少なくともそれでひとつ、なにかタイトルを冠するに値する作品になったと思って出しておられるわけでしょうから(納得してないという人もいるのかもしれませんが)、私なりの誠意としてはそこに応答したい。

実際、ちょっと目線を変えてやると、複数ライターを起用することによって広がっている可能性って少なからずあると思うんですよね。

とんでもない力量のライターさんならともかく、普通の人なら4キャラも5キャラも、タイプの違うメインキャラを書き分けるというのは結構骨が折れると思います。1作品だけなら何とかなっても、それが4本、5本となると1人で何キャラ担当するのかという話になる。たぶん無理ゲーです。ライターさんを複数立てるということは、そういう「飽和」を未然に防ぐ効果が、これはたとえばの話ですけれども、あるかもしれない。

また、読み手の側からすれば、次のようなことが言えると思います。ルートごとにキャラの言動がブレているのは、実は付き合っている相手が違うのだから当然なのだ、と。ぷりちーなみやびちゃんとの付き合い方と、シリアナな栖香さんとの付き合い方は異なるはずで、司てんてーの表面的な変化というのは、ヒロインの性質にひっぱられて生じているにすぎない……とかなんとか。

「主人公はヒロインを映す鏡」じゃありませんが、そのヒロインが最も輝きを放つ相手(ヒロインに最も相応しい相手)になるように主人公が表面的な性質を変化させているのだ、というのは、ひとつの解釈としてはありえると思っています。「表面的な」とことわりをつけているのは、全部変わっているのならオムニバスで良いだろうという話になるからで、やはり根っこの部分ではなにか共通する性質があるべきだからです。逆に言えば、(ルートごとに変化している部分というのはその主人公の本質的な部分ではなくて、そこを取り払った後に残るのが主人公の本質なのですから)かえって主人公がどんな存在か、見やすくなるのかもしれません。

また、抜きゲーの場合だともっと端的に、「その道のプロ」が得意分野を分割担当することで、よりHシーンのクオリティが上がるということは考えられます。「ロリならまかせろー!」とか、「触手ビョルビョル」とか。こっちはストレートに影響が出そうですね。

ちょっと長くなってきたのでそろそろ〆に入りますが、言いたかったのはなんというか、「複数ライターの弊害」っていうのは実際にあると思うし、簡単にスルーできるものでないとは私自身も思っているのですが、それはやっぱり作品のもつ可能性の、「最低ライン」なんですよね。

最低の可能性を考えるなら、同時に最高の可能性も一応考えてみて、そのうえで最低を選ぶか、マックス汲み取った可能性を拾うか、両方勘案して平均値をとるかという選択肢が出る。でも、最初から最低しか見ないよ、というのではこれから先、エロゲーを楽しめる可能性を自分で放棄しちゃうというか、そんな気がしたのです。

もちろん理想とする完成度があって、それを追い求める(やはりライターさんは一人であるべきで、そうやって構築された物語をこそ楽しみたい)のも大事だとは思うのですが、もともとグラフィックや音楽といったさまざまな人が関わりあって作られているエロゲーというジャンルにとっては、シナリオもまた、分担で作られるということがそれほど不自然であるとは思われません。

ならばいっそ、複数ライターという制度を採用するからこそ拓かれる可能性に目を向けて、そちらを伸ばしていくという選択肢もあるのではないかな、と、そんなことを考えたのでした。

……まあこんなことゆうても、統一感無くて良くないとか、ブレてて微妙とか、使いますけどね(爆)。

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エロゲーの「購入感謝イベント」に思う

ゆず茶さんがブログで、こういう面白い記事を書いておられます。

◆「店員さん、バターはいつ入荷しますか?」(「すときゃすてぃくす」2012年12月26日)

最近イベントに通い始めたOYOYOとしては、開き直って「いいだろー。げへへ」と言うしかないですな!

まあそれは冗談といたしまして。

ゆず茶さんのお話というのは、「購入感謝イベント」や「発売延期お詫びイベント」に対しての記事。

実質的には一部の人しか受けられないサービス内容なのに、それがユーザーの全てであるかのように振る舞うという態度への批判となっています。この議論は非常に明快であって、正直はぐれメタルも真っ青の急所突き。メーカーさん側としてはグゥの音も出ないくらいの致命的な一打だと思うのですが、同時に「アキバでばっかりイベントやって差別だ!」という議論への絶妙の牽制球というか、その問題との切り分けを宣言するという見事な防衛ラインを構築しているわけです。

ただ、最初のイントロとか全体的な論調としてやはり、アキバ一極集中への批判みたいなものは少なからずあるのでしょうし、そのあたりは私も気になっていたところではありますので、私なりに思うところを書いてみることにしました。

▼東京から遠く離れて
私は元地方民です。電車で1時間行かないとエロゲー売ってる店なんか無かった(この前『ガクトゥーン』のイベントしてた某ショップです)。そんな身からすると東京だけユーザーイベントがあるっていうのはまぶしく見えるし、地方にいたときは、自分たちはブランドの想定する「ユーザー」には入ってないのかな、なんてヒネたことも考えていました。

信心が足りないと怒られるでしょうか。

実際、凄い人いますからね……。発売サイン会イベントのために鹿児島から来ましたとか(『つり乙』のイベント)、石川から来ましたとか、仕事休んで高知からみたいな人も結構いて「マジすげぇな……」というのが度々ありました。そりゃメーカーさんとしては嬉しいだろうなぁ。

しかし冷静に考えてみると、その交通費でソフトもういっぽん買えちゃうんじゃないかっていう。え、身も蓋もない? そりゃそうなんですが、やっぱり現実問題、時間もお金もかかるぶん、東京のイベントってそれ以外の地域の人間には行きづらいんですよ。

▼大消費地・秋葉原
一方この記事ではゆず茶さんもイベントそのものは否定しておられないわけでして、メーカーさんにとってのイベントの重要性というのも確かにある。実際現場を見ると、「ああ、派手なイベントやると売れるんだ」っていうのは解るんですね。

私が友人とバカやった『魔女庭』イベントでは、その日の秋葉だけで恐らく(整理券的に)、サイン会目当てで1000本くらい新品売れてました。(1500番くらいまでいってるはずですが、一部は通販等と考えて)

話題になったすみっこさんの『はるくる』が3000本程度ですか。コミケで3rdEyeの方が「1万本売るのが夢」みたいなことを仰っているのを耳にしました。市場規模が小さいエロゲー業界では、数百本でも売上が変わることがどれだけ重要か。

集客力ある秋葉で「エサで釣る」というとイメージ悪いですが、興味無かった人も買いたくなる、また複数本買っても良いと思えるようなイベントをすることが、メーカーの生存のためにも重要なのかなあ、と。それをサービス不足だとか差別だとか、簡単には言いづらい現実もあるのでしょう。

当たり前の話ですが、イラストペーパー配布をはじめとする「発売イベント」というのは製品のコマーシャル目的もあって行われています。月末金曜日に押しかける「熱心な」エロゲーユーザーをなんとか引っ張り込もうという客引きです。予算とか市場規模を考えても一番売れるところで大々的に宣伝やるっていうのは必然の成りゆきでしょう。

そう考えると、秋葉原をメインにイベントやるっていうのは、ある意味もう仕方がない。他の都市でサイン会イベントやって、一日で1000本のゲームが売れるとはとても思えませんもの。

▼集金システム
しかし、そういう「メーカーの都合」が必ずしもユーザーにとって良いことだとは限らない側面もあります。

私は地方と東京(秋葉原近辺)との両方を体験しました。秋葉原近隣以外のユーザーにとって疎外感を味わわされるものであるということは既に述べた通りですが、肝心の秋葉原近隣ユーザーにとっても、微妙な点はある。

秋葉近辺に来て思ったのは、イベントに行ける、限定グッズを手に入れる可能性があるというのは素直に嬉しい。しかし、かつて憧れたほど良いことばかりでも無いなぁという。多くのイベントは結構お金がかかるんですよね……マジで。

限定グッズの手に入るイベントや、抽選で参加できるイベントの激増というのはつまるところ、「買ってください」「予約してください」というメーカー側の切実なメッセージ。イベントに参加するということは、それに応える=買うと言うことです。秋葉原がイベントの中心であるということは、そういうメーカーからのメッセージに対して、いまのところ秋葉原だけがかろうじてメーカーさん側にとって満足のいく応答ができているということなのでしょう。つまり、秋葉原の人々はメーカーさん側がお金をかけてイベントをやるだけの大量消費をしている。

それは、一種の集金システムみたいになっているということと同義です。その対象になっているのは秋葉原に足繁く通うユーザーである。一面ではそういう見方も可能であろうと思われます。

もちろん、贅沢なことではあります。コメントのほうでゆず茶さんが、「(秋葉原のイベントの)経費が商品価格に乗せられているのなら全国のユーザー全員が負担している」と述べておられる通り、同じ8800円を払っても秋葉原近隣だと追加サービスが受けられる。秋葉原が特権的にメーカー側の投資の対象となっているわけで、その分他のユーザーより恵まれた世界にいるのは事実です。

ただし、「もっとお金を使え」とも言われ続ける。そういう刺激というか圧力というかがのしかかってくる場所でもある、ということです。

▼エロゲー閉塞の現状
ともあれ。

居心地の良し悪しは別として、秋葉原が消費の一大中心地であることには違いありません。そして私は日々行われているイベントを楽しませてもらっているし、その準備をしてくださっているスタッフや出演者の方々には大変感謝しております。

しかしぶっちゃけた話、いまの過剰なまでの「一極集中」には問題点が少なくないとも思います。

理由の一つは、ユーザーの財力も無尽蔵ではないから。今のシステムって基本的に新規参入者を取り込む動きというより、既存のユーザーをどんどん深みに誘おうという感じがしています。限られた一部のユーザーに多くを頼るスタイルでは、いつか息切れするのかなぁ、と。

視点をメーカーさんの方にむけると、あんまりにも消費が秋葉原に集中しすぎると、東京以外のメーカーさんって厳しいかもとか思うわけです。毎度東北・関西や中国地方から東京へ行くとなると費用もバカになりませんし。そもそも、スタッフ少数で忙しいところなんかは気軽に毎回こられない。東京から近いか遠いかだけでブランド力が決まるようなことになったら、やっぱりちょっと寂しいじゃないですか。

あと、言い方がまた悪くなりますが、いわゆる「客寄せ」になるような原画家さんや声優さんを起用してイベントをひらけば作品の内容と関係なくゲームが売れる……なんてことにもなりかねません。とりあえずジャニーズと有名女優だせば客が入る邦画みたいな。それは、少なくとも業界の将来が良くなる方向には向かわないと思うんですよね。むしろいい笑いものです。

▼どないせえっちゅうねん
じゃあどうすべきか。うーん。難しいですね……。

問題を広げようとした上にぐるっと回ったわりに、落ち着く先はゆず茶さんのご意見と大きく変わるところは無いかもしれませんが、私が言いたいことは次のような感じです。

・ イベントやファンサービスは否定しない。やってほしい。(売上伸ばして欲しい)
・ ただし、ユーザー全体に還元できる形でサービス(ペーパーのメール配布とか)も増やしてほしい。(一極集中打開)
・ 地域限定の宣伝イベントをやるなら、それを「ファンや購入者の全て」に向けたものであるかのような言い方はしないでほしい。(誠実でない)
・ イベントだけで売り上げを稼ぐノリにならないようにしてほしい。(クオリティの問題)

イベントをやるなと言っているわけではありません。むしろ、そこで需要と供給がバランス良く成り立っているなら積極的にやっていくべきでしょう。ただ、やり方や内容はもうちょっと考える余地があるのではないか、ということです。

実地のサイン会やライブイベント、トークイベント等は参加者の都合や会場のセッティング等があるから仕方ないにしても、サイン色紙の配布などリアルタイム性が薄いものについては全ユーザーに開かれても良いと思います。そういうものも秋葉原限定でやるというのは、やはり「過剰な優遇」ではないでしょうか。イラストペーパーは、ユーザーアンケートにメアドを書いてくれた人全員に画像を送付するとか、やりようはあると思うのです。アキバで配るのは、購入者じゃなくてもOKのビラで良いんじゃないかなぁ。

秋葉原でいっぱい売れるからといって、秋葉原だけ「優遇」するのではなく、むしろそこで得た力を全国に振り分ける道筋もきっちりつけてほしいかな、と。

また、とにかく最低限のこととして、メーカーさんには「誠実な」イベントなりサービスなりを展開してほしいと切実に願います。ユーザーに対してもまたゲームに対しても「誠実」なサービスを。

記事で話題になっていたような、延期にたいしてお詫びでグッズ配布するというのは、単なる「お詫び」だけではなくて延期したぶん(開発費がかかるから)追加で予約する人がいて欲しい、という思いというか願いというかも籠もっているんだろうなと思います。そういう諸々の「オトナの事情」を覆い隠すために、どうしても「お詫び」とか「感謝」のような、「ユーザーのために」やっていますという形になるのでしょう。しかし、地域や場所限定で「感謝」とか「お詫び」としちゃうと、おいていかれる人がいる。そういう人を放置してどうするんだという。

「やるなら単にイベントやります! だけでいいのですよ。」というご意見は至言で、私もまったく同意です。

ゆず茶さんが「建前」が大事と仰っている通り、本当に購入ユーザーに「感謝」したいなら地域や場所を限定したサービスではなく、購入者に平等にチャンスのあるサービスをしてほしい。そうでないなら、「感謝」という言い方はやめるべきだと私は思います。まだ「発売記念」とかが良いですよね。メーカーさんが勝手にお祝いをするから、行ける人だけ行く、みたいな。

▼参加者としての私の立場
じゃあ参加者としてはどうしましょうか、という問題も当然あります。素直に楽しんで良いのやら悪いのやら。

以上を踏まえたうえで私自身のスタンスを申しますと、変な言い方になりますが、私は踊らされているのを覚悟である程度乗せられようと思っています。もちろん、自分が楽しめることを重視していますけれども。

メーカーさんが用意してくれたイベントで、物欲を存分に煽られれる。できるだけゲームを買う(※もちろん自己責任)。んでもって、イベントを楽しむ。楽しんだらツイッターで言ったりレポート書いてみる……。

そうやって「買って良かった、行って良かった」と思えるようにしたいし、それをたまたまでも見てくれた人の中に、イベント目的でもゲームを買っても良いなと思える人がいれば、それはそれでまた悪いことではないだろうと。ニュースサイトさんや情報系ツイッターさんみたいに広汎な収集はできませんが、せめて手の届く範囲で。

あああと、通販も、できるだけメーカー直通を使うとか……。

そうやってお金落として、メーカーさんが潤えば、最終的にはユーザー全体に還元されるようなサービスにも繋がるのかな、なんて大それたことも思うわけです。そこはもう、メーカーさんへの信頼です。私にできるのはせいぜい、作品を購入することと、ユーザー葉書を書くことくらい。あとは信じて待つのみです。

とはいえ、そういう皆に還元されるサービスの中で最高のものは何かというと、それはイラストペーパーでも感謝イベントでも初回特典でもなくて、やっぱりゲームの内容でしょう。他はどこまでいっても、あくまでオマケ。

結局のところユーザーにとって一番のサービスというのは、面白くて心に残ってたっぷり抜ける、そういう作品を届けて貰えること。これに尽きるのだと私は思う。ですから、メーカーさん側にイベントのあり方などについて一定の配慮は求めつつも、用意されたイベントがあって、自分がそれを楽しめる状況にあるのなら、素直に参加して楽しんで、少しでも次の作品が良くなるよう応援をしたいなと、まあそんな風に考えておるわけでございます。

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工作投票(?)に思う

エロゲー批評空間さんでahatoさんという方の『かみデレ』レビューに対し、3件の「投票」が寄せられていました。ただ、普通は好意的な作品に対してなされる「投票」が、今回は「反対表明」に使われていたようで、その件についてツイッターで少し話題になっていました。

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投稿と投票コメントはこんな感じ。


短いのでahatoさんの感想を全文引用しておきます。
このサイトでの評価が不遇だと感じた。おそらくメインヒロインのヒスっぷりが多くのユーザーの癇に障たのではと思う。少なくとも70を切るような作品ではないと考えているので少々高めに評価しました。
普通に見れば、言われていることは以下の3つです。
(1) このサイトでの平均70を割り込むような点数は作品には相応しくない。
(2) メインヒロインがヒスという批判は多くの人にとって妥当だが、70点は超えて良い。
(3) 自分の点(86点)は高いかもしれないが、バランスをとる意味でこの点数にした。

この感想に対して批判的投票を寄せておられるお三方は、皆『かみデレ』の感想を投稿していて、その中で「ヒロインがヒス」であるということを言っておられます。私自身は作品をプレイしていないのでどんなものかわかりませんが、現象だけ見れば「ヒロインがヒス」だから低評価した人たちに対し、「ヒロインがヒス」だけど他に良いところがあるじゃないかとahatoさんが言った、という図式。ただし論点は、ヒスだから駄目かヒスでも良いか、という話ではなく、「得点工作」の是非という方向に進んでいます。

今回はこの件について少し考えてみることにしましょう。

 ▼平均点を下げる為の採点行為の妥当性 
このようにアンチであることを表明するために「投票」が使われることは、これが初めてではないようです。ただ、「投票」というのは本来「レビューへの賛意を示す」為に設けられた機能。それを晒し上げという意図しない用途でもちいるのは、管理人さんとシステムに対して失礼である、という主張がありました。

これはなるほどもっともに思われます。でもシステム的な話をするなら、エロゲーについて点数をつけるというこのサイトにおいて「作品の評価」ではなくて「他の人の評価」を気にして点数をつけるのは許されるの? という疑問も当然起こるでしょう。ただこれには、どうやら答えが出ているようです。

批評空間さんの管理人・ひろいん氏は「基本情報」のところでこう述べておられます。
私には例えば5点がつけられた時に、「本当に5点なのか」「平均点を下げるために5点をつけているのか」わかりません。(中略)私は「80点のゲームなんだけど、みんなにやってもらいたいから高めで90点をつける」とか「80点のゲームだけど、これ人を選びそうだら、70点」という点数のつけ方はありだと思っています。むしろ、そんな得点のつけ方の方がみんなが幸せになれると思っています。
ここでは、2つのことが言われている。まず、採点の真意というのは分からないと言うこと。次に、平均点を下げるという目的(自分が考える適正点数に近づけるため)の採点はアリだと思うということです。

後者は良いとして、前者はちょっと解釈が微妙です。たとえば、「平均点を下げるために5点つけました」と公言する人がいたとして、しかし、本当にそれは「真意」なのでしょうか。

いやしくも今回の投票コメントでドーパ氏が「これに対抗して0点入れる輩が出てきたりして逆効果になること考えたことないんじゃないの?」と述べておられるように、「工作です」と宣言して露骨な工作を行えば、反感も買うし、逆効果になることが多い。まして、作品が注目を集め、これをきっかけにプレイしようという人が出てくる可能性だってあるわけです。自分の嫌いな作品を持ち上げる結果にもなりかねない。

別の言い方をすれば、ちょっと頭の回る人が本気で平均点を下げたいと思っているなら、ストレートに相手を罵倒するというのは少々短絡的です。せめてものカモフラージュに、まっとうな感想を書いて30点・40点くらいをつけるとかするでしょう。それをわざわざケンカ腰というか、煽るような態度で「平均点下げのために5点つけます」などと書くというのは、余程ストレートな考えの持ち主であるか、あるいは真意は逆――つまり「低得点工作が行われている」という印象操作をすることで、作品を擁護しようという意図があるのかもしれません。

いや、でも悪目立ちするから、そのことで他の人が「どうでもいいけどウザイ」と萎えて、作品に対する興味を失う可能性がある。そういうことまで視野に入れて、あえて騒いでみせるのだ。やっぱりこれはアンチの工作だ、とも言えそうです。

あるいは、本当に5点をつけたのがアンチの人で、工作だと言っていたとしても、それを含めて自分が妥当だと思って5点をつけられるような作品であった、ということは言えます。たとえば90点平均の作品が、85点くらいがせいぜいだろうと思ったからと言って、その人は5点をつけるでしょうか? まあまずつけないと思います。つまり工作だろうがなんだろうが5点をつけられるということは、その点数が妥当だと思えるラインが存在する、ということです。その意味では5点というのも、あながち単なる工作でとは言えない。

何が言いたいかというと、ひろいん氏が5点をつけた意図を「わからない」というとき、その意味は割と深いだろうと。よしんば「これは工作です」とハッキリと書いて採点してあったとしても、それが真意か否かはやはりわからないということです。まあ、工作なんてものはそれがわかると思っているような平和な人同士でやりあうものなのかもしれませんが、それはさておき。

以上の内容から判断すると、今回のahatoさんのレビューは「エロゲー批評空間」的には何一つ悪くない。まっとうな採点をし、自分の感想(ヒロインがヒスというのはその通りだけど、70点切るような内容じゃなかった)を述べた普通の感想ということになります。それに対して採点方法がどうだとか言ってるほうがおかしい、ということになりそうです。

 ▼アンチ投票行為の妥当性 
しかし、ここから更に考えを進めてみましょう。

アンチ投票行為が良いか悪いかを判断する前に、そもそもこのお三方の投票は、本当にこの感想に対するアンチなのでしょうか?またOYOYOが意味不明なことを言い出した……と思われそうですが、まあちょっと聞いてください。

先ほど私は、「「これは工作です」とハッキリと書いて採点してあったとしても、それが真意か否かはやはりわからない」と述べました。結果として5点という点数があるだけ、というのが「データを通して」観測される唯一の事実です。だとすれば。同様に投票も、アンチ的なコメントをしつつ、実は心の底で深く同意している可能性もあるとは言えませんか?

通常の感性なら――そして事実そうなっているわけですが――こんなに乱暴なコメントをつけて、しかも批評空間さんのルールとしてはOKとなっていることに噛みついてみせたとしたら、片方の印象だけ良くなることがあるか。どう考えたって、投票で罵倒しているほうの印象も悪いに決まっています。よしんば「工作で採点するなんてけしからん!! 素晴らしい投票だ!!」という人がたくさんいたとしても、そう言う人は批評空間さんのルールを読んだり、意見を相対化することのない人なわけで、ぶっちゃけ味方になってもらってあんまり頼りになる気がしません。喩えるなら国会で後ろからヤジを飛ばしている議員さんに味方について貰って喜べるのかという話。

であるにもかかわらず、敢えてこのような投票を行うと言うことは、実は「アンチ投票です」と言うことでかえってahatoさんのコメントに対して擁護をしているのではないか。少なくとも無反応でいれば「また工作投票しやがって……無視だな」と思っていたであろう人たちが、「いやいや、これアンチ投票してるほうも微妙でしょ。ahato氏の考えだって、一理あるかもしれない」と思い直すきっかけは提供しているように思われます。

してみると、お三方の投票というのは、本来はするっと流されても仕方なかったようなahatoさんの感想を敢えて拾い出し、その可能性を多くの人に考えさせたという意味で、まさにシステムが目指すとおりの「投票」の効果を発揮しているではないか……!! と、そのように言うこともできる。というか、ネタのつもりで書いていたんですが、段々ホントにそんな気もしてきました(笑)。

実際、もしこの感想自体を消したいなら「ネタバレ」投票すれば良さそうなものですし。あ、でも「ネタバレ」投票は上書きで消される可能性があるのと、トップに上がらないという欠点があるからちょっと微妙か。ま、まあ何が言いたいかというとですね。「理由」に何と書いてあるにしても、結果としては投票によって感想がトップにあがり注目を集めることになるということです。

最初のほうで紹介した「システムを本来の意図と違う使い方で使うのは失礼」というのは一理ある意見なのですが、裏を返せば、システムというのは「表明されている意図」を切り離す形で成立しているものです。ならば、そのシステムを使った時点で意図はシステム側に回収される(つまり、アンチだろうが何だろうが「投票」したら、賛成している要素のほうが強くなる)とは言えないでしょうか。事実感想はトップに何日か釘付けになったし、コメントなど見ない人からすれば「おお、3票も投票されてる。このゲームに70点未満は不当な評価なんだな」と考えるほうが圧倒的に可能性が高いのではないかと思います。

つまり、システム的には賛成しているものとして恩恵を受けている。実質的には賛成票を投じているのと、ほぼ変わらないという見方も可能です。言いたかったことをまとめると、こうです。「どのような採点でもシステム上のデータとして認める」という方針を徹底するならば、「どのような投票であってもシステム上のデータとして認める」というのが筋なのではないか。なぜなら、投票者の「真意」というのは(たとえコメントに書いてあったとしても)判らないものなのだから

 ▼枠からはみ出る問題 
ただこの件については、他にも問題点を拾う視点があるのも事実でしょう。その意味で、複雑な様相を見せる面白い事件だと言えます。

「得点工作」に絞った話をしてきましたが、投票コメントに書かれているように、たとえば、「感想に対する感想を書くことはどこまで許されるのか」問題というのがあります。

エロゲー批評空間さんは基本エロゲーの作品内容について議論する場ですが、エロゲーの批評に対する批評もOKというのが伝統だった。その反映が投票システムだったりコメントシステムだったりする。ですがなぜか、一行コメントについてはコメントレスをつけることができませんでした。

このため一行コメントに何か意見を言おうと思ったら、同じ人が書いている別の感想の長文にレスをつけたり、あえて自分が書いた感想の中で言及したり、あるいは直接メールや何やらを送ったりしていた。それが、「投票」のコメントによって代用可能になった。ならば「同意」に限らず「反対」であっても、感想に対する意見を書く為に投票するというのは許されても良いのではないか。そのように「投票」機能の拡張にともなうルールの解釈の拡大という側面が見えてきます。

加えて今回の「投票」を正当化する立場としては、感想本文はなるべく作品そのものについて述べるべきではないか。少なくとも、作品について具体的なことは全く述べずに、作品の感想に対する意見だけを書いた「一言感想」はおかしいのではないか、ということも考えられるかもしれません。

もう一つ、工作的な採点を本当に際限なく認めて良いか、ということもある。

確かに批評空間さんはひろいん氏の個人サイトであり、そのルールは尊重すべきです。しかし、ひろいん氏とて当然万能ではないし、あまりにも野放図な状態が蔓延していたら、たとえ自治厨と呼ばれようとも参加者が有志でストップをかけるというのが悪いとは必ずしも言い切れない。

私自身はそのような立場をとることには反対ですが、そういう考えで行動する人がいてもおかしくないし一定の説得力があると思います。あからさまな工作票やステマはひろいん氏が取り除いてくれるとはいえ、余計なデータは混入しないほうがよりデータベースとしての質を高められる。単に大量のデータを集めるだけでなくその質も問うべきだ、と。

こうした問題系は、制度やルールを巡る問題としてひとりエロゲー批評空間さん内部でのことに止まらず、より一般的なテーマとして扱うことが可能なものだと思います。ただ、そこまで話を拡げるのは具体的な事柄からの離陸が甚だしくなって今回の場合不本意なのでここでは言及しません。

ともあれたぶん、今回の投票に対する「賛同者」の多くはこのように直接的な現象の「枠の外」の問題意識によって動いているのではないかと私は睨んでいます。最も好意的に考えれば、この作品のヒロインたちの「ヒス」具合が70点を切るレベルかそうでもないかという内容の程度を論じているのだとも言えそうですが、そうだとするとちょっと具体性に乏しく、残念な議論ですね。

どの考えが正しいとか間違っているとか、それは私には判りません。判らないけれど、でも、どの考えもあって良いと思う。むしろ色んな意味で自由な言説ができるということが、理想的な状態でしょう。

私個人としては、今回投稿されていた感想はahatoさんがどのような判断基準で「70点以上」だと考えたかが解らない内容ですので、まずはそこを確定させるべきだったと思います。たとえば、「なぜ70点をラインにしたのか」。「ヒスさを補っている『かみデレ』の魅力とは何か」など、重要な点が確認されていません。

どうせ投票してコメントをつけるなら、まずそこを確認する――たとえば、「自分の考えと真逆で興味を持ったので投票しました。私はヒスっぷりで随分悩んだので70点より下だと思ったけど、どこでプラス評価をしたかもう少しハッキリと教えてください」というコメントをつけても良かったんじゃないかなあと思います。やはり最低限の敬意や対話への態度を示すべきではないかと。

また、私はどちらも(ahatoさんのご感想も、それに対する投票行為での反対表明も)それに読むべき価値があるかどうかとは無関係に、発言は許されるのが良いかなとは思っています。見たくない人は自分で見ないことを選べば良い。ただ、発言することを許さないというのはやりすぎです。ツイッターでは、そういった不寛容・多様性の否定の行き着く先こそが「規制」だと述べているかたがおられました。私もそう思います。

私の立場を端的に示してくれるものとして、以前にも紹介した、ヴォルテールの次の言葉を引用して結びといたします。「私は君の意見に賛成しない。しかし、君がそれを言う権利は、命にかえても守ろう」。

意見を主張し、議論する自由はある。しかし、その結果「意見を主張する自由」そのものを奪ってはならない。加えて言えば、意見を主張し、議論していくことを拒否するような乱暴な態度や言葉遣いもまた、避けるべきである――私は、そういうスタンスが好きです。

それでは、また明日。

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「古色迷宮輪舞曲」という現象に思うことなど

目下、今年の話題作の一つとなっている『古色迷宮輪舞曲』。しばらく品切れ状態が続いていたのですが、再入荷も始まり入手の機会があったようです。先日『白神子』の話をしていた友人もその機会に購入・プレイしたそうで、ちらちらと感想の言い合いをしました。その時に彼が、「こっちのほうが(『白神子』より)、90年代のエロゲーっぽいけどな」と、そんなことを口走った。これのどこが90年代!? と一瞬ぎょっとなったのですが、話をきくうちに、その言い方が果たして正しいのかどうかはともかく言わんとすることが分からないでもないな、と思いました。

※割とどうでも良い追記:会話をしていた友人であるM氏から物言いがつきまして、曰く「僕は(インターフェースの悪さが)DOS時代を思い出すとしか言って無くて、90年代がどうこう言い出したのはOYOYO君のはずだ」と。どうも私とM氏のクオリアが違っているようです。私の記憶ではこのままなので、訂正はしませんが、一応そういう話があったということだけ。(2012.08.24)

『古色迷宮輪舞曲』というこの作品は、確かに古いかもしれない。ただしそれは、絵柄とかシステムとかそういう問題ではなくて、底を流れる精神の話として。

「古い」と言ったのはむろん、貶したいからではありません。この作品のタイトルは「古色迷宮輪舞曲」(ふるいろめいきゅうロンド)。ですが、舞台となる喫茶店「童話の森」の店主・舞がアンティーク趣味であることなどを考慮すれば、「古色」はむしろ「こしょく」(patina)と読みたくなる。「古色蒼然」や「古色古香」の、「古色」です。古びた建物や焼きものや街並みが、張りつめた美しさをたたえ、匂い立つような色気を孕むことがあるように、古さというのは必ずしも新しいものに劣ることを意味しないでしょう。むしろ、古き良き時代、というイメージで語られることも多いものです。

では、友人や私が感じた、本作の精神の「古さ」とは何か。なかなか言葉にはしづらいのですが、敢えてひとことで言うならそれは、「挑戦的」というのが近いでしょうか。

もちろん他の多くのブランドも創意工夫を繰り返し「挑戦」しているということは理解しているつもりです。「古色」だけが特別ではない。そりゃそうです。ただ、今回は「古色」が売れた理由分析とか作品のレビューのつもりじゃないのでご容赦下さい。「古色」の売れ方とか認められ方、自分の抱いた感想なんかをもとにした雑感みたいな感じで書いていきます。

繰り返しになりますが、90年代のエロゲー的という言い方が必ずしも適当かどうか、私には分かりません。80年代には黎明期の熱気があったのだろうし、2000年以降もさまざまな形で力の入った作品が世に送り出されている。そもそもまだ30年ほどしかないエロゲーの歴史を、10年単位で区切って何か述べるのは大ざっぱに過ぎる、という人もいるでしょう。そりゃあまあ、ごもっともな話です。それに、あんまり90年だ何だと言うと、懐古厨乙、と一笑に付されるかもしれない。

ただそれらを勘案しても、90年代はPCゲームにとって、技術的に激動の時代だった。そのことは事実としてあると思います。

8ビットから16ビットへ、フロッピーからCD-ROMへ、そしてMS-DOSからWindowsへ。プラットフォームが大きく動くということは、それだけやれることが増えるということです。もちろん、客層だって変化する。その中で各エロゲーブランドは、どんなゲームを作ればいいか暗中模索の状態でした。(16ビットは正確にはもうちょっと前ですが、定着し始めたのがこの頃ということで大目にみてください)

けれど、「何をして良いかわからない」ということは、裏を返せば「何をしても許される」空気でもあったわけです。また、まだまだ生まれたてだったこのジャンルにおいては、ぶっちゃけ何をやっても新しかった。そんな事情が重なったこの時代、後のエロゲーに多大な影響を与えるような名作と呼ばれる作品はもとより、あまりの奇抜さゆえに全く後に遺伝子を残すことなく消えていくような作品まで、数々の「意欲作」が雨後の筍よろしく生みだされていました。私がエロゲーを買い始めた頃には、80年代後半から90年代前半のそういう激動の「余震」が、時代依存的な独特の熱気が、思い返すと確かに存在していた。(※1)

一山あててやろうという野心とか、面白いものを作りたいという情熱とか、人と違ったものを作ろうという個性主義とか。言い方はいくらでもあって、まぁたぶん、どれでも良いでしょう。私自身は全てをリアルタイムに経験したわけではないけれど、熱量を肌で感じる機会には恵まれたのだと思います。そして本作から友人と私が感じたのは、たぶん「そういうもの」。

実際のところどうなのかという客観的なデータ無しに語るので、随分いい加減な印象論ではあるのだけれど、古いエロゲーマーの方と話しをしていると、最近のエロゲーが「停滞」している感じがある、という話を多く耳にします。人によって言葉はさまざまですが、どれも売上的に行き詰まっているというような単純な意味ではなく、ノベル形式や三行ウィンドウで選択肢を選んで文章を読むだけのADVゲームの勢力が強くなりすぎだという感じ。共通するのは、マンネリズムに陥り業界の多様性や推進力が失われつつある、という危機感のように私には聞こえます。

ただの懐古趣味。そう言われればそうかもしれません。ですが、私の感覚に照らしあわせても否定しづらい。今の主流は間違いなく読みもの系のADVで、その生産はさながら自動作用によって成されているのではないかという錯覚を覚える時が、ままあります。

そんな中登場した『古色迷宮輪舞曲』は、非読みもの系のADVとして、斬新なシステムとその難度がまず話題になりました。選択肢を排したキーワード入力、運命量の増減によるシナリオ分岐とは関係のないキャラクターの生死、並行世界の現象を移動してチャートを埋めていく運命図……。ADVでありながらただの読みものではない、というのは、上に述べたような問題意識を持つユーザーにとってなかなか刺激的な、思わず手を叩きたくなるような魅力に満ちています。

けれど、たとえばキーワードの入力ウィンドウは操作しづらく、入力のタイミングは異様に分かりにくく、しかもシビア。また、キーワードが初出のシーンを見ると既読判定がリセットされるのも不親切。(※2)作品を貶したいのでも、評価している方の揚げ足をとりたいわけでもないのであげつらうのは止めますが、とにかく私は本作のシステムがそれほど良いとは思いませんでした。(※3)

しかし、にもかかわらず私は、本作を簡単には切り捨てたく無い気持ちを抱きました。何というか、妙に愛嬌がある作品なのです。

本作を不親切に感じた、あるいは少なくとも洗練されてはいないシステムだと感じた人が少なからずいることは、WEB上に出ている感想を見ていれば分かるでしょう。それでも本作は、口コミで評判が広がり、メーカーの在庫がすっからかんになるくらい売れた。他の人の評価の真意は想像の域を出ませんが、私と似たような気持ちを抱いた人もいたのではないかと思います。実際、「エロゲー批評空間」のレビューの中には、作品の出来映えそのものの完成度は低いという留保をおいたうえで、作り手の「情熱」やPCゲームにおける「意義」といった視点で本作への評価を行っているものが少なくない。それはこの作品が、単に完成度という一点から機械的に切り捨てられることを惜しいと思う、そういう愛着の為せる業と言って良いはずです。本作には、ユーザーにそういう思いを抱かせるような熱が籠もっている。

なぜ本作が売れたのか――私の興味は、そういうマーケティング戦略的なところには無いし、分析する能力も持ちません。注目したいのはむしろ、不満があるのに何となく許したくなってしまうような――不満にもかかわらず楽しいと思えるような、「愛嬌」の部分です。私はそれが、新しいこと、他と違うことを盛り込んでいこうという気概に依るものだと思う。「挑戦的」と最初の方で言ったのは、そういう意味です。何か、「これおもしれーだろ!」とか、「この発想は無かったでしょ、どうよ!」みたいな、新しいものを目指しつつ自分たちも楽しんでいる、そういうノリがある。

もちろんこれは憶測です。実際は全くかけ離れた拝金主義的欲望や、間に合わせの手抜き企画であるかもしれない。けれど、もしそれだけならわざわざこんな七面倒くさいシステムを組んで出す必要はなかった。普通のADVを出せばいくらでも誤魔化しが効いたし、それが嫌ならどっかのブランドがやっているネタを拝借すれば良かったわけです。でも、そうならなかったという事実はやはり、重く受けとめたい。

何より、本作のシステムは基本的につぶしが効かない。これがヒットしたからと言って、何シリーズも似たようなのを出すわけにはいかないことくらい、すぐに分かります。いやまあ、あと1本2本はアリかもしれませんが、汎用性は明らかに低い。システムをウリにする必要のないADVでこういう設計をすること自体、効率や商売っ気を飛び越えてやっているということなのではないかと。もし打算だったとしても、ここまでやってくれたら満足ですし。

本作の前にYatagarasuというブランドが作っていた『ObsceneGuild』や『闇夜に踊れ』、『テンタクルロード』(処女作の『ココロの住処』はプレイしていません)といった作品もまた、「普通の」ゲームから距離を取ろうというさまざまな工夫が詰まっていました。私がプレイしてきたYatagarasu作品にはどれも、何か新しいものを作ろうという姿勢が貫かれていた。姉妹ブランド48Teの新作はボロクソ言いましたが……。ともあれ『テンタクルロード』までさほど面白いと思わなかったこのブランドの作品を、なおも買い続けたのはそのためです。

ちょっとしたことであっても、「工夫」した新しい作品を出すというのは難しい。考え、作るのに手間も時間もかかるし、そもそも自分が面白いと思うビジョン、やりたいことが無いとなかなかアイディアも出てきません。そのくせ、必死にひねり出して自信満々で送り出しても、ウケる保証は無いときている。自分も文章を査読されることがあるので気持ちはわかるのですが、決められたフォーマットに沿って書くときのほうが、よほど楽です。他と違ったものを書き続けるというのは、簡単なようでいて実はかなりの精神力を要求される。

ただ同時に、それでは自分が面白いとはなかなか思えない。少なくとも、自分が書きたいものを書いている時ほどの勢いは無いし、逆に言えば書きたいものを書いているからこそ、うまくいかないのが悔しくて悩むし、受け入れられないのが怖くて怯えるわけです。フォーマットに沿って適当にこなしていればなんとかなる文章というのは、そういうプレッシャーが無いかわりに、気持ちのノリも無い。書いているうちに楽しくなってくることもそりゃあありますが、まあ基本的には作業のように処理していく感じになります。私はゲームを創ったことが無いので確かなことは言えませんが、およそ創作である以上、似たようなところがあるのではないかと想像します。

だから、敢えてその困難を引き受けるブランドというのがあっても全然驚かないし、むしろ応援したくなる。そして業界を眺めてみると、新しいものを創ろうとして成功した――たとえばエウシュリー、ソフトハウスキャラ、九尾のようなブランドもあれば、見向きもされずに消えていった有象無象もあるわけです。というよりも、圧倒的に後者の方が多いですね。正直、Yatagarasuもそんな消えていくブランドの一つになるかな、という危惧はあったのですが、今回のブレイクによって風向きは変わるかも知れません。否、変わって欲しいと願いたいところです。

ヒットするブランドと消えていくブランドの差がどこにあるか。それは分かりません。良い物を創れば必ず売れる、という世界でも無いでしょう。ただ、「新しいもの」を創ろうとしているブランドが、チャンスを掴み、自分たちのやりたいこと、やってきたことが評価されるというのは、作り手・ユーザーを含めて歓迎すべきことのようにも思います。他にもそういうブランドは、どんどん注目されてほしい。

誤解のないように断っておきますが、私は本作が単に、選択肢形式の読みものゲームで無くしたから良い、と言っているわけではありません。ノベル系ADVを創っているブランドでも、ういんどみるやLatte、HOOKのように次々と新しい試みをしているブランドというのはある。読みもの系のゲームか否かということは確かにシステムを巡って大きな議論が期待されるし重要な問題をいくつもはらんでいるところではありますが、そこに問題を落とし込むことは、今回の記事を書いた私の本意ではない。

『古宮迷宮輪舞曲』は、ノベル形式のエロゲーに飽き、ゲーム性重視のものを待ち望む人にとっては福音に見えるかも知れません。けれど本作を単に手法やスタイルの問題に還元しても、本作のもつ可能性や魅力の説明としては足りないようにも思われます。本作に業界の停滞を打ち破り、発展をもたらす力があるとするならば、表にあらわれているシステム故にではなく、その精神故にではないでしょうか。そしてそれは、この作品だけではなくYatagarasuというブランドの底を流れているものと考える方がいいかもしれない。たとえ本作が一代限りのパイオニアで、この後に似たようなシステムのものが根付かなかったとしても、作品の持つ力は変わらない。私はそんな風に思うのです。

というわけで今回は、普段あまりしない作品外在的な(内容とは直接関係のない)ことを喋ってみました。きっかけは、「なんでこれをそんなにプッシュするの?」と訊かれたことで、まあ作品の内容も好きと言えば好きだけど、推す理由はそれだけでも無いかな、と。作品のデキとか内容の話ではないので、だからこのゲームが良いんです! という話では全然ないんですけどね。お薦めする理由でもないし。単に、ブランド好きですみたいな感じでしょうか。

文章を圧縮するためにカットした部分がだいぶあるので、蛇足かも知れませんが以下にちょっと註釈的なことを書いて補足しておきます。

暑い日があと二週間は続くということなので、皆さまくれぐれもお体にはお気を付け下さい。それでは、本日はこの辺で。また明日。

《補足》
※1……たとえば、エロゲーのRPGシリーズとして有名になる『ドラゴンナイト』一作目は89年。『闘神都市』が90年。かの『同級生』が92年。格ゲーというジャンルは『人形使い』(92年)、『V.G. -ヴァリアブル・ジオ-』(93年)あたりのヒットで軌道に乗った感じがある。94年には『愛姉妹』(シーン回想の導入)、『Libido7』(抜きゲー、エロ声CD)、『EVE burst error』(ザッピング)や『学園ソドム』(時間制限)など、その後のジャンルの礎となるような作品が出た。そして、『野々村病院の人々』、『鬼畜王ランス』、『雫』、『Pia キャロットへようこそ!』、『この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO』はどれも96年。今みると凄いラインアップ……。以前紹介した「パニックドールズ」もこの年。都市経営SLGという一風変わったチャレンジをした『めい・king』(98年)というのもあった。そして、今もトリッキーなシステムが話題にのぼる『書淫』がでたのが丁度2000年のことである。知っているソフトをずらっと並べただけ、といわれそうだが、一応それなりに系統の違いは見えるのではないかと思う。

斬新なんだか奇抜なんだか良くわからない路線としては『あゆみちゃん物語』(実写版)や、まさかのグロ系18禁『ネクロノミコン』(クトゥルー神話が題材です。20年早かった……)。プレイしたことはないが『吉永サユリがやってくる』、絵柄もさることながら工事現場でひたすらクリック連打を強いられる『Theガッツ!』のような(今度新作がでるようだが、やはり多くの人が驚いている)、脳みそのどの回路を使ったらこういうデキになるんだろう? という作品もこの頃は大量に溢れかえっていた。

明確に「90年代的」という区切りをつけることは難しいし、そもそも意味がないとは思うものの、今とはだいぶ雰囲気を見てとることはできないだろうか。特に、システムとシナリオを連動させる、というのはこの時期多くのブランドが意識したテーマだった。それだけに、マルチシナリオの中で矛盾無く流れが解決できる、といったような整合性・ギミックの巧みさなどに評価が偏ったゲームもあった。

一部の上澄みは別として全体としてはお世辞にも洗練されていたとは言えないし、もちろん平均的なクオリティーは今と比べるべくもない。だが、フリーダムというかカオスというか、意味不明な勢いと活気があった、と私は思う。まあ、本当にただの印象論以上のものではなく、懐古厨のたわごとと言われても仕方がないので、あまり真に受けないほうが良いかもしれない。
※2……私が評判を見る限り、「難しい」と不満が多いのがキーワード。「わかりにくい」というのが運命量。そして「無駄に煩雑」だと不評なのがチャート移動というところ。

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公式HPのシステム紹介。

チャート移動で特に問題視されているのは、「各ブロックの移動には必ずリスタートポイントを通らなければ」ならないというルール。なるほどこのせいで、事象移動が飛躍的に面倒になっている。ちょっと下に図を描いてみたのだが、要するにポイント(1)からポイント(2)に移動するには、「ポイント(1)→リスタートA→リスタートB→ポイント(2)」というふうに、合計3回の移動をしなければならないということである。

0cba054d.jpg

移動のイメージ図。

しかも、リスタートポイントを必ず経由する意味があるかというと、これがシステム的には余り無い。リスタートポイントを経由する移動と、普通のイベントポイント間の移動コストの違いというのは確かにあるのだが、それなら差を織りこんだ移動コストを設定すれば良いだけの話で、ワンクリックで飛べない理由にはならない。これが、リスタートボタンからイベントポイントへ飛べないというのなら、不便さはますもののまだ意図が理解できなくもないのだが。

ドラクエで言えば城と城の間でルーラを一回、その城のある大陸の街に移動するにはもう一回ルーラを使わないといけない、という感じ(距離によってMP消費量が変わるから厳密には少し違うのだが)。それなら最初からルーラの消費MPを倍に、城に行くときは半分で済むようにして一発でどの場所にでも飛べるようにしてほしい。城を経由するワンステップに何の意味があるのか……そう考えればまあ、不満はとても納得できるだろう。

※3……もちろんこれらのシステムにはある種の必然性があり、それを踏まえれば美しい完成度を誇っていると言えなくはない。そのような主張があることは承知しているつもりだし、なるほどと唸らされる部分は多々ある。だが、敢えて踏み込んでみると二つほど看過できない疑問が出てくる。

まず、必然性があるシステムが「ゲーム」にとって必ずしも良いことだとは限らないということ。たとえばの話、剣を振り回してモンスターを倒す行為のリアリティを追求するために、重さ10kgもある鉄製の剣の形をしたコントローラーを振り回さないとクリアーできないRPGがあったとしたら、そこにはなるほどシステム的「必然性」はあるかもしれないが、誰も喜ばないだろう。あるいは、「魔王の賢さを強調したかった」といってアリアハンからアークデーモンが襲いかかってくるドラクエだったら、ユーザーはコントローラーを投げ捨てるしかない。ゲームはエンターテインメントである。このイロハを忘れて「作り手の意図」の名のもとにユーザーに過度な負担を強いてしまっては、身も蓋もない。果たして本作のシステムは、良き「ゲーム」たり得ていただろうか。

もう一つは、この完成度が言うほど美しくもないのではないか、ということ。たとえばキーワード入力のタイミングが異様にシビアなのは、「行人」の視点に沿った話として解釈すれば納得はできる。だが、「行人」に寄りそうならば各人の「運命量」は見えないはずで、そこに齟齬が生じる。また後半、ある事象へジャンプすることが求められたとき、リスタート地点を経由しなければ事象を移動できず、作中では無かったことになる無駄なワンクッションが挟まれてしまう。


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TGFさんのその後の話

以前紹介した、最強美少女ゲームレビューサイト「TGフロンティア」さん(以下、TGFさん)の件で少しだけ動きがあった模様。あのような記事を書いた手前、追跡の義務が多少あるだろうということで記事にいたします。

関連記事:「「TGフロンティア」と転載の問題について」(2012年6月29日)

くだんの記事の直後、6月30日になりますが、Media Clipさん(以下MCさん)に、このような記事が掲載されていました。短いので、全文を引用させていただきます。
「TGフロンティア」への記事提供
(2012/06/30)

記事を転載させてほしいとの要請がありまして、Media Clipで記事を書いているライターが許可をしたものについては記事の転載が行なわれています。しかしながら、転載処理および許可確認の過程で問題があり、許可していない記事も多数転載されてしまいました。未許可の記事は順次削除処理が行なわれ、最終的には転載許可済みの記事のみを提供することとなる見込みです。

このたびの記事提供につきまして、連絡不備により開始日などを把握することができず、事前にMedia Clipで告知ができませんでした。読者の方々にご心配をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

各ライターがそれぞれ個々にWebサイトやBLOGを立ち上げると、読者視点では巡回の手間がかかることから共同で立ち上げたWebサイトがMedia Clipです。そのため、各ライターはそれぞれ独自行動が基本となっています。考え方の違いがあるので、事前に関係者全員で打ち合わせをして合意しない限り、今回のように各員の判断が分かれることは珍しいことではありません。
なるほど、「転載処理および許可確認の過程で問題」が発生し、未許可の記事も掲載されてしまった。それについては「転載許可済みの記事のみを提供」する形で決着した、ということのようです。双方に問題があった、ということで決着したのでしょう。ひとまず何よりです。

しかし、TGFさんでなくMCさんに告知が出るんですね。

media_clipさんの投稿記事数ですが、こちらをご覧いただければお判りの通り、総レビュー数が623本に減少しています(2012年7月8日現在)。6月29日時点では899本のレビューが登録されていましたので、実に300本近くが削除された計算。たとえば前回記事で紹介した伊織舞也氏による『淫薬依存学園』のレビューは既に削除されており、上記MCさんの告知通りになっている。まずもって迅速な対応だと思われます。

ただ、ちょっと首を傾げるのはやはり、この件に関してTGFさん側からはコメントらしいコメントが出ていない(多分。出ていたら誤報です。教えて頂けるとありがたいです)こと。私も追加で記事を書くつもりだったので、憶測や、一方からのコメントだけで記事を書いてはいけないと考え(それで以前ご迷惑をおかけしたこともございますので)、TGFさんに2012年6月30日にメールで問い合わせを行いました。内容としてはだいたい、以下のような感じです。

[1] media_clipさんの投稿記事は、Media Clip(サイト)さんからの公式な転載なのか。
[2]
私的な転載ではなく、公的な転載ならば、どういう形で転載が決まったのか。
[3]
レビュー内容が一部TGFさんのサイトフォーマットと合致していない部分があるが、転載の主導はMCさんか、TGFさんか。

個人的にMCさんにやや肩入れしている部分があるのは自覚していましたので、最低限これだけは確認しておかないといけない(MCさんへの問い合わせ内容を鵜呑みにはできない)だろう部分を質問したつもりです。ただ、やはりユーザーのプライバシーに関わる内容のためか、あるいは迂闊に返答をすると誤解が広まる可能性がある微妙な問題のためか、現在もTGFさんからお返事は頂けていません。
※一週間が経過したので、一応返事待ちはしました、ということで今回の記事を書くことにしました。
情報がありませんので、私としては(あくまで事情を余り詳しくは知らない第三者としては)これ以上の深入りは出来ないと思いつつ、やはり疑問は残ります。

これが、完全に1ユーザーの転載問題であったなら、TGFさんがノータッチというのはありえる対応でしょう。ただ今回、MCさん側が何度か書かれている、TGFさんから「転載させてほしいとの要請」があった、ということは無視できない。別に他のサイトから転載するのが良くない、というつもりはありません。そういう戦略を採ったなら、データ数も増えるしアリだとは思う。

しかし、もし今回の件が「自分で蒔いた種」なら、TGFさんから告知等による説明が行われないのはMCさんにも、また閲覧していたユーザーにも不誠実な対応でしょう。あるいは事実関係は全く異なっていて、TGFさん側としては非がないということかもしれませんが、それはやはり、言って貰わないとわからないわけで……。

MCさんとの件は既に決着しておられるのでしょうし、質問したことに対するTGFさんからのコメントが無い以上、私としてはもうこの問題について言うべきことは残されていないのですが、いまいちスッキリした感じはしませんでした。

なお、TGFさんの公式ツイッターアカウントは、こちら。レビューの投稿をうけて告知を呟いてくれるのは面白いと思うのですが、現状他には何も喋らない完全なBOTなので、フォロワー数も少ないですね……20人か……(2012年7月8日現在)。ちなみに紹介しておいてなんですが、OYOYOもフォローしていません。ごめんなさい(;´д`)人。

あれこれ書きましたが、転載問題については概ね決着を見たと思いますし、規約運用のガイドラインについても確認できました。前回記事とあわせてご覧いただければ、TGFさんのスタンスもぼんやりと見えてくるはず。とりあえず、無許可の転載は一切認めない。また、第三者からの通報であってもきちんと調査し、対処してくださるということ。その辺がわかっていれば、投稿もしやすくなるのではないかと思います。

綺麗事と思われるかもしれませんが、本当にTGFさんへの告発とか、そういうニュアンスではないです(TGFわろす、的なエア返答も頂きましたが、私の意図がそういうものでないのはお返しした通りです)。レビューサイトや情報サイトが増えて、エロゲー界隈が盛り上がるのは基本的に歓迎というのが私のスタンスだし、その意味でTGFさんを応援しているのは本当。もちろんMCさん寄りのバイアスがかかっていることまでは否定しませんが、だからといって単純にTGFさんを馬鹿にしたりこき下ろすつもりは無いです。というか、TGFさんを叩くメリットが私には今のところまるっきり無い。特に盛り上がってる案件でもありませんし……。

私としては、無条件に双手をあげて賛同するばかりが応援ではないし、応援する・薦めるにはある程度責任も伴うと思っているので、ユーザー視点で不安なこと、疑問に思っていることなどを記事にさせていただきました。別に伝わらなくても構わないのですが、全面賛成でも全面反対でもない、微妙なところにいる人間の書いた記事だ、ということを最後にお断りしておきます。

本当は実際に投稿して利用した感想とか書ければ良いのでしょう。ただ現状、TGFさん向けに新しい投稿内容を考えるというのは、リアル事情的に時間が足りないです(´・ω・`)。どなたか、投稿しておられる方の感想などが見られれば良いのですが。

というわけで、本日はおしまい。お疲れさまでした。

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「「TGフロンティア」と転載の問題について

既にご存知の方も多いでしょうか、エロゲー界屈指のメジャー誌、『テックジャイアン』さんがレビュー投稿サイトを立ち上げました。その名も、最強美少女ゲームレビューサイト「TGフロンティア(Tech Gian Frontier)。以下、「TGF」さんという略称で呼ばせて頂きます。

関連記事:「TGFさんのその後の話」(2012年7月8日)

▼「最強」の利用規約
非常に特徴的なのがその利用規約 ※本記事の末尾に全文を引用しておきます。

何と言っても目を引くのは、権利帰属に関する第8条。「無期限かつ無償で、「投稿情報」の全部または一部を翻訳・翻案のうえ複製、出版、販売、頒布、展示、公衆送信(自動公衆送信可能化を含みます)等することができるほか、当該行為を第三者(以下「再許諾先」といいます)に許諾することができるものとし、会員は、この旨予め異議なく承諾する」――。どうも、掲載されたレビューについては《投稿者の名前だけ残して好き勝手に使う》(悪意ある翻訳ではなく、わりとそのまんま書いたつもりです)ということのようです。

TGFさんの狙いとしてはおそらく、雑誌掲載を展開を考えつつ、それをモチベーションとしてレビューを書きに来てくれる人を探す……読者投稿欄の出張というか、そういうイメージで考えておられるような気がします。うがった見方をすれば、無料で雑誌のネタを集めようみたいな感じかもしれません。少なくとも、独自のランキングデータには利用できるでしょう。また利用者が大規模になれば当然、広告媒体としての価値が出てくるし、市場への影響力も強くなる。業界での地位は今よりも向上します。そのあたりが狙いかな、と。

良いレビューを集めて出版する気じゃないか、みたいなことも囁かれていましたが、たぶん素人のレビューをかき集めてできあがった本を買う人はそう沢山いないので、その可能性は薄いと思います。

もし自分のレビューが雑誌に載れば嬉しい。そう思う人も多いでしょう。しかし一方、レビューが勝手に使われることに不安を覚える人も少なくないハズ。さまざまな規約、特に第9条「会員の義務」によってトラブルを防ごうという配慮は見えるのですが、ちょっと怖いところもある。

たとえば、「会員が本条の義務に違反したことにより、エンターブレインに損害が生じた場合、当該会員はエンターブレインに対し、その損害を全額賠償するものとします」という文言。きちんと義務を守れば良いわけですが、その義務には「その他、エンターブレインが適当でないと判断した行為」を行ってはならない、などとある。これは何というか、非常に曖昧です。具体的な運用の実態が見えないだけに、無茶なことを言い出さないか不気味。

そもそも、この手のサイトとしては私程度でも投稿している程メジャーな「Erogamescape」さん(以下、ES)があるのに、どうしてわざわざ類似のサイト立ち上げるの? とか、データ数が分散して足の引っ張り合いになるんじゃないの? とか、いろんな疑問が沸いてきます。ただ、折角新しい投稿サイト、しかも企業が運営母体であることから、軌道に乗りさえすれば潤沢で安定したサービスを受けられる(かもしれない)場が提供されたわけで、積極的に参加・利用して快適なエロゲーライフを構築したい、という想いもあります。

そうなると当然、TGFさんという特殊な環境のルールを理解し、メリット・デメリットを考えて投稿していくほうがよさそう。何も考えずにESさんと同じことをやっても芸がないし、ついでにトラブって大けがでもしたら馬鹿馬鹿しいですから。

とはいえ、「見えない不安」について想像を逞しくしていても仕方がないので、ちょっとTGFさんにからんで現在進行形で発生している問題についてピックアップしてみようかと思います。

▼投稿者、media_clipさん
当初皆が「様子見」をしてほとんど投稿が無かったTGFさんですが、6月19日から20日にかけて、突如として大量のレビューが登録されました。その数、実に899件。投稿者は全て、「media_clip」さん。

……ん? 何か聞いたことのある名前……。そう、「Media Clip」さん(以下、MC)といえばまっ先に連想されるのは、アダルトエンターテインメント情報の発信を試みている情報サイト。複数のライターさんがそれぞれに書いたエロゲーの攻略やレビュー記事を、集めて掲載しておられるところです。レビューの内容を幾つか対照させてみたところ、どうもTGFさんの投稿記事はMCさんから転載されたものでした。一部では、MCのスタッフがもともとエロゲー雑誌関係者であった(経歴はスタッフ紹介に載っています)ことなどから、「提携関係にあるのではないか」といった憶測が流れていました。

ところが、先日『姉と俺はナカが良い』の記事を書いておりまして、その途中でMCさんに立ち寄ったところ、意外なコメントを発見します。面倒なので、全文掲載。なお、太字は私が勝手につけたものです。
かなり急ぎの仕事をしているときに限って面倒ごとが起こるという不幸……。この記事は1日寝かせてしまいました。TwitterのTLで記事が転載されていることを知り悩んでいたからです。記事を追加すると某所に転載されるおそれがあるため、どうしたものかなと。とりあえず読者の方も何が起こっているのかわからないと思うので、自分が把握している状況を記しつつ、今回は記事を掲載しておきます。某所の件は3月頃に記事を転載させてほしいと問い合わせがあったことを聞いていましたが、その後は現時点(2012/06/23)まで自分は先方に会ったことも話したこともないので、Webサイトのコンセプトも記事の転載に許諾を与えた際の条件なども一切聞いていません。そもそも判断できる状態にもなっていないため、少なくとも自分の記事に関しては今のところ転載を許可していない状態です。Media Clipは記事数が多いから記事の取得はScriptを書いて一括処理だったと思うので、(先方だけでなくこちら側も含めて)どこかで情報の錯誤があって手違いで自分の記事も誤って公開設定にして掲載されているのかもしれません。先方にはできるだけ早く自分のように許可を出していない人の記事は削除していただき、許可した人の記事だけにするよう願いたいところです。もちろん、この作品の記事を転載することはお断りします。

記事を書かれたのは、伊織舞也氏。ここで氏は、過去のレビューが「某所」に転載されているが許可は与えていない、とおっしゃっています。状況的にこの「某所」、TGFさんのことかなと思ったのですが、確証も無い。著作権がらみの複雑な問題となりえるだけに憶測は怖かったので、とりあえずメールで問い合わせてみました。

問い合わせた内容は、以下の三点。
 1.伊織氏の言われる「某所」とは、TGFさんのことか。
 2.media_clip名義での投稿は、MCさん公認なのか。
 3.公認であった場合、記事の権利帰属はどのようになっているのか。

これに対して伊織氏は非常にご多忙な中、即座に丁寧なお返事をくださいました。1ユーザーの些末な質問に真摯に向き合っていただきましたこと、この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

で、ご回答は要約するとこんな感じ。(「某所」=TGFであると公開することについては、伊織氏よりご許可を頂いております)

まず、「某所」とはTGFさんのことで間違いがない。次に、「Media Clip」は複数のスタッフが関わって作ったもので、「各ライターは独自行動」である。Media Clip全体として仕事を受けることもあるけれど、非常にレアケースで、今回はそうではないつもり。現在引退して連絡がとれないスタッフもいるので、投稿されたレビューの全ての許可が取られているということは無い(少なくとも伊織氏は許諾をしていない)。ただし、全員ではないだけで個別に転載を許諾しているスタッフはいる。最後に、権利帰属については「聞いていないので現状においては不明」だそうです。

誤解を招かないようにあらかじめことわっておきますがこの記事は、TGFさんが無断転載した、権利侵害だ、と言うための記事ではありませんし、事実関係としてもそんな単純な話では無いと思われます。これは、妙な「TGF叩き」が発生しないよう、大きな声で言っておきます。

伊織氏も「(先方だけでなくこちら側も含めて)どこかで情報の錯誤があって」と書いておられる通りです。というのも、MCのスタッフの中には現在、『Tech Gian』誌で仕事をしておられる方が2名おられ、そのお2人は、きちんと転載の許可を出しておられるとのこと。恐らくはそこからMC全体の記事の転載許可がでたものと早合点し、他の方のレビューも掲載してしまった、というのが実状ではないでしょうか。1人1人のライターの方の記事を、サイトの記事と混同してしまったために生じた行き違いのように思われます。先方(TGFさん)に伝われば、すぐに対処がなされるのではないでしょうか。

伊織氏ご自身がお忙しい状態のため、まだ正式にエンターブレインさんに問い合わせをしていないようですし、TGFさんがお2人以外の方が書かれた記事を取り下げていないのもむべなるかな。この件に関して当事者でもない人間が出しゃばったり、これ以上憶測をするのは止めておきたいと思います。

ただ、個人的にちょっと首をひねりたくなるのは、転載に際して行われている改変。

たとえば、『淫薬依存学園』のレビュー伊織氏の書かれた元記事ではプレイ時間が「1play50分」。これが転載後は「0.8時間」となっています。50分と48分は違う! 細かすぎますか。では、これはどうでしょう。

TGFでは「40点」となっていますが、元々の伊織氏の点数は、「☆☆」です。これは氏の評価基準を参照すると、「過去1年程度の作品と比較した結果で、コストパフォーマンス的に15%以上劣っているんじゃないかと感じた場合に付けているスコア」ということです。ちなみに「☆☆☆」は、「過去1年程度に発売された作品と比較して、クォリティーが平均から±15%以内に収まっていると感じたら付けています」とある。つまり、「☆=20点」では全く無い。そもそも、絶対評価でなく過去1年を参照にした評価です。伊織氏の、おそらくはさまざまな条件を勘案した末に導かれたであろう採点基準を、無造作に「40点」としてしまうのは移植作業としては雑だし、ご本人の許可を得ていないものであるというならば尚のこと、疑問を感じます。

勿論これとて、転載許可を出されたお二人についてはそれで良い、という風に言われたためにこうなったという、不幸な行き違いから生じたことなのかもしれません。ですが、そうだとしても書き手が違うことには気づいて欲しいし、書き手によって採点基準が違うかもしれないことは意識して欲しい、というのは贅沢でしょうか。

900近いレビューを2日で転載したのだから……というのはあるのかもしれませんが、それだと移植を優先するあまり、一つずつのレビューを雑に扱ったということになってしまいます。少なくとも「利用規約」でうたわれている「全部または一部を翻訳・翻案のうえ複製、出版、販売、頒布、展示、公衆送信」が今後、このようなレベルで行われるのであれば、ちょっとレビュー書くのを躊躇ってしまうのが正直なところです。レビュアーが、1つ1つのレビューと真剣に向き合っているということを、せめて認めて欲しいですから。

※今回の「転載」がTGFさん主導で行われた、という前提でお話ししていますが(というか、それをTGFさんに聞けば良かった。でも、他のユーザーのプライバシーにあたるのかな……)、事実が全く異なっていて、それこそ第三者のイタズラの可能性も勿論あります(900も転載する暇な人がいれば、ですが)。もしそうであれば上の話は的を外した失礼な内容ですが、以下述べることはそれとは別に、述べることができる内容だと考えます。

▼持ち上がる、「転載」と規約との問題
さて、話を戻しましょう。今回の伊織氏とTGFさんの間に生じた件から、私たちには一つの重大な問題が見えてきます。それは、転載主に関する問題です。

伊織氏はご本人が現役で活動しておられたので、手違いで転載されてもすぐに気づくことができました。しかし、これがもしずっと更新が止まっているホームページからの、第三者による「転載」だったらどうでしょうか。

転載した本人は、「こんな良いレビューが埋もれているなんて勿体ない!」と思って、善意で転載したのかもしれません。しかし、TGFさんに投稿した瞬間、そのレビューは自動的に改変されて別物になる可能性が出てくるのです。これは、非常に厄介な問題です。

善意ならまだしも、明らかな盗用の意図をもって書いた本人とは別の名義で転載を行ったり、悪意をもって本人になりすましてIDを作成し、レビューを投稿しまくる、といった可能性は当然ありえる。そこからTGFさんの改変を経て妙な拡散をして、トラブル発生……なんてことも想像に難くありません。

そもそも、「なりすまし」は非常に発見が困難です。たとえば私が、5年前に某サイトに寄稿したレビューを「OYOYO」名義で投稿したとして、当時使っていたHN(たとえば、「ポヨヨ」とでもしておきましょうか)は全然違います。だから、いざ同一人物だと証明しろと言われても困る。

「ポヨヨ」名義で、私の過去のレビューを投稿する偽物があらわれたとして、私自身はもはや、自分が「ポヨヨ」であることを証明する術がほとんどありません(当時の関係者をしらみつぶしにあたる、ということを除けば、せいぜい文体くらいです)。ネット上で勝手に名乗られるくらいなら放置でも構いませんが、それが「一部を翻訳・翻案のうえ複製、出版、販売、頒布、展示、公衆送信」されるかもしれないとなると、ちょっとイヤだなあ、と思ったりもします。まあ、私のレビューを転載する物好きはいないと思いますが、魅力的なレビュアーさんや有名なレビュアーさんだとそういうことがあるかもしれません。

このパターンで厄介なのは、既に述べた通り「当人が引退している」場合。大手レビューサイトのESさんなどでも、引退した方のレビューが今でも可読状態で残っていることは多々あります。そういうものを、本人になりすましたり、あるいは別名義で投稿されたとしたら……? この場合、「無断転載だ」と訴えるべき本人がそもそもTGFさんを見ていない可能性がある。

では、TGFさんは全く無関係な第三者からの「通報」を頼りに、記事の差し止めをしてくださるのでしょうか。まあ聞いてみないとはじまらん、ということでこちらも問い合わせをしてみました。お返事は以下。
ご本人様以外からご連絡いただいた場合につきましても
ご指摘箇所を調査いたしました上で然るべき対応をいたします。

なお、対応の進捗・結果につきましては、お知らせいただいた方へ
個別にご報告はしておりませんので併せて予めご了承ください。

第三者からの通報(非親告)もOKだそうです。

これなら、さしあたりの問題はクリアーされそう。よかったですε-(´ー`*)。しかし今度は逆に、気に入らないレビューを潰すために、「あれは無断転載だ」のような悪意あるデマを流す人が出てこないとも限らない。たとえばですが、ある作品に異常なまでの愛情を注ぐ人が、思いあまってDis記事を消しにかかる。可能性は、高くもないけれど笑って流せるほど低くもない気がします。

やりようなんて(書きませんが)いくらでも思いつくし、ガチの工作員でなくても、愉快犯ならば時々出てきてもおかしくない。そしてそんな事態になったとき、調査にはマンパワーが求められる。確認のメール送ったりする程度でも、10件とか発生すると面倒な量になります。

企業がついているサイトとなるとサポートのよさに期待したくなるのですが、こういった個別の複雑な案件が重なったときどこまで対応できるのか、いささか不安です。何が不安って、これ一応「お仕事」でTGFさんはやってくださっているわけですから、余りに割に合わないとすぐ撤退、という可能性もあるんですよね……。かといって放置すると叩かれるのは目に見えていますし、痛し痒しというやつです。まあそれはどんなサイトでも同じかもしれませんが、何をするにも人件費がかかるというのは、とりわけ企業であることが足枷になりやすい部分にも思われます。

不安点を整理すると、以下の2点。
 1. 転載を巡るトラブルが予想されるが、転載者の身元調査は可能なのか。
 2. この手のトラブルに対応できるだけの準備(主に人員的な)があるのか。

心配のし過ぎでしょうか。そうかもしれません。ただ、ユーザーとしては心配したくなる事情があるのも理解してほしいな、とは思うのです。

▼第8条は誰がために?
投稿型レビューを採用しているところでは、こんな問題、当然のようについてまわります。それこそAmazonレビューにだってあるでしょう。全て承知のうえで、レビューサイトに転載されるだけであれば目くじらをたてなくても良い、という寛容な人もおられると思います。ただ、普通以上にTGFさんでこれが重要な問題となるのはたぶん、「なりすまし」がどうこうというよりも例の規約に起因するものだと思われます。

TGFさんが投稿されたレビューを自由に扱って良いという第8条。これがやっぱり凄く特殊な効き方をしてくる。自分の書いたものが、自分の知らないところで誰かにいじられていたら、誰だっていい気はしない。まして、商用利用されるかもしれないとなると尚更です。そして、「無断転載」だったことに商用利用された後で気づいても、後の祭りです。

いっそ、一切の転載を禁止して、転載・あるいは一定以上の引用が発覚した時点でアカウント停止にすれば良いのではないかと思うのですが、それだと現状、レビューの数が集まらないんでしょうね。なんせあんまり新規投稿は無いし、転載がほとんど。この記事を書いている6月28日現在、サイトの公式ツイッターもフォロワー数50人未満という寂しい状況です。レビューがないレビューサイトなんてギャグにしかならないので、まずは集めたいのが本音だろう、と。

TGFさんがどういう意図でこの第8条の規約を作ったのか、その辺ははっきりわかりません。しかし普通に考えれば、レビュー書いたり読んだりを楽しむうえでは全く不要の規約です。つまり、ユーザーのための規約ではなく、TGFさんのメリットに繋がる規約なのだろうと推測できます。そしてその規約のせいで、投稿者の作品を扱う姿勢がいい加減なものになっては本末転倒。ましてTGFさんは雑誌が主体のサイトであり、この手の問題には最も気を遣う立場のはず。そう考えると、かなり苦しい条項に思えてきます。

粛々と自分の書いたレビューを投稿してさえいれば問題ないと言われればその通りです。ただ、自分の書いたモノが使われるかもしれない(そんな可能性はほとんど無いと思いつつも)となると、その書いたモノがどの程度大事に扱って貰えるか――レビューの取り扱いに対するサイトさん側の姿勢が気になるのは人情ではないでしょうか。ことと次第によっては、普通の投稿型サイトさん以上に投稿者の素性を巡る問題が起きやすくなるようにも思われます。現実問題として既に、その辺の権利関係を巡る「事件」も起こっているわけですし。

他にも色々気になることはあるのですが、TGFさんというサイトの魅力とか意義とか、戦略であるとか、そういうものはひとまず度外視して、現実に生じた問題(転載を巡る権利関係の問題)に基づき、今後TGFさんに自分が投稿すると考えた場合、気になることを限定的に述べてみました。結局、(おそらくは必要以上に)敏感にならざるを得ないのは、規約の第8条の得体が知れないからではないか、という気がします。一体何に、どんな風に使うのか。私に限って言えば、あれさえなければ普通に書き込んでました。

まあ誰もお前のレビューを何かに使ったりしないよ、と言われそうですし私もそりゃそうだよねー! と思いますが、全文でなくてもたとえばその作品に寄せられた全員の感想を「切り貼り」して1つの感想を作る、という(PULLTOPさんが最近『この大空に、翼をひろげて』のレビューコンテストで行ったような)ことも考えられる。ああいうのがガンガンされるとなると、やっぱり躊躇います。少なくとも自分の感想は、そんな風に「パーツ」にしてほしいとは思わない。

もちろん今後、何か凄く魅力的なコンテンツが生まれて、あの規約がものすごく重要な意味を持つようになったら、手のひらを返すと思いますが(笑)、現時点ではちょっと様子見したい気持ちが勝っています。

何にしても折角できた新しいレビュー投稿サイト。エロゲーライフを楽しむ為に、有効活用出来ればと思います。結局、レビュー投稿するサイトなのか、情報を集めて購入の参考にするためのサイトなのか、いまひとつはっきりしないのも使いづらさの一因かもしれません。

まだまだ超えるべきハードルは多そうですが、面白そうなアイディアもあると思うので、サービスが軌道に乗って欲しい。ただやっぱり、投稿したレビューの処遇をTGFさんに任せるかどうかは、せめて投稿者に承諾をとって選ばせる形にして欲しいなあ。

今回の記事では、新しい投稿サイトを使ってみたいけれど使うのを躊躇っている1ユーザーの不安というか懸念というか、そういうのを書き起こしてみました。TGFさんに有意義な内容かはさておき……。

うーん、あんまり批判的な内容にしないようにしたかったのですが、ちょっと偏っているでしょうか。でも何というか、許可出ていないレビューを転載してしまったのはミスだとしても、よそのレビュー内容をまるっとベタ移植するのはなんかかっこよくないし、そのノリのままで投稿されたレビュー勝手に使いますというのはやっぱり印象あんまりよくないですよね……。そこは包み隠さず申し上げておきます。

というわけで本日はこれまで。お疲れさまでした。最後に参考として、TGFさんの会員利用規約全文を掲載しておきます。

▼TGフロンティア会員利用規約

第1条(本規約の適用)

・ この規約(以下「本規約」といいます)は、株式会社エンターブレイン(以下「エンターブレイン」といいます)が提供する本規約第2条の「本件サービス」を、同条に定める「会員」が利用する場合の一切に適用されるものとします。

第2条(定義)

・ 本規約において使用する次の用語は、次の内容を有するものとします。

・ 「本件サイト」とは、エンターブレインが主催・運営する情報サイト「TGフロンティア(TG FRONTIER)」のことをいいます。
・ 「本件サービス」とは、エンターブレインが「本件サイト」を通じて「会員」に提供する本規約第6条第1項記載のサービスを総称していいます。
・ 「会員」とは、本規約を承認の上、本規約第3条の登録手続を完了した個人をいいます。
・ 「パスワード」とは、本件サービスを利用するために必要となる英数字からなるアカウントのことであり、会員1名に対して1アカウントずつ発行され、個人を識別する指標と なるものをいいます。
・ 「投稿情報」とは、エンターブレイン所定の方法により、「会員」が「本件サービス」を利用して投稿する情報をいいます。
・ 「ユーザーID」とは、会員が本件サービスを利用する際に使用する名称をいいます。

第3条(登録手続)

・ 本件サービスの利用を希望する者(以下「登録希望者」といいます)は、エンターブレイン所定の方法により、本件サービスの利用を申し込むものとします。
・ 会員は、登録事項に変更が生じた場合には、エンターブレイン所定の方法により速やかに変更の届出をしなければなりません。

第4条(パスワードの保管)

・ 会員は、パスワードを善良なる管理者の注意をもって保管・管理するものとし、会員以外の第三者に開示・漏洩してはならず、若しくは当該第三者をして使用させてはならないものとします。
・ エンターブレインは、パスワードの喪失、盗難、漏洩、会員及び/又は第三者による不正使用、その他の事由により会員に生じた損害については、エンターブレインに故意・重過失のある場合を除き、会員に対して何等の責任も負わないものとします。万一、当該事由によりエンターブレインに損害が生じた場合には、エンターブレインは会員に対し、当該損害を全額賠償請求することができるものとします。

第5条(個人情報の取り扱い)

・ エンターブレインは、登録希望者及び会員から提供された個人情報については、エンターブレインのプライバシーポリシーの定めるところにより、適正かつ適法に取り扱うものとします。
・ 前項に定めるほか、エンターブレインは、会員から提供された個人情報について、自己の営業に関する連絡(執筆依頼等)のために利用することができるものとします。

第6条(本件サービス)

・ 本件サイトにおいて、会員が利用できる本件サービスは、次の各号に定めるサービスをいうものとします。
・ レビューログサービス(ユーザーレビュー投稿サービス)
・ 本件サービスの対価は、無償とします。

第7条(会員による投稿)

・ 会員は、本件サービスの利用にあたっては、本規約に定める会員の義務を遵守し、適正かつ適法に利用するものとします。
・ エンターブレインが投稿情報の内容等につき、本規約第9条第2項各号のいずれかに該当すると判断した場合には、当該投稿情報を投稿した会員の事前承認を得ることなく投稿情報(当・ 該会員の投稿情報の全部又は一部)を削除・公開停止等する措置を講ずることができるものとします。
・ 前項の場合、エンターブレインは会員に対し、投稿情報の削除・公開停止等の措置に先立って、真偽・内容確認等の目的で問合せをすることがあります。会員が当該問合せに対して、7日以内に回答を行わない場合には、エンターブレインは投稿情報の内容の如何に関わらず、投稿情報(当該会員の投稿情報の全部又は一部)につき、削除・公開停止等の措置を講ずることができるものとします。また、エンターブレインは、会員へ問合せを行なった場合であっても、会員からの回答を待たずに、また、回答の内容の如何に関わらず、前項の措置を任意に講ずることができるものとします。
・ 会員は、エンターブレインによる前二項の措置に対して、如何なる請求・異議の申立て等もできないものとします。

第8条(権利帰属)

・ 「投稿情報」に関する著作権、その他の権利は、当該会員に帰属するものとします。
・ 前項にかかわらず、エンターブレインは、無期限かつ無償で、「投稿情報」の全部または一部を翻訳・翻案のうえ複製、出版、販売、頒布、展示、公衆送信(自動公衆送信可能化を含みます)等することができるほか、当該行為を第三者(以下「再許諾先」といいます)に許諾することができるものとし、会員は、この旨予め異議なく承諾するものとします。
・ 前項の場合、エンターブレイン及び再許諾先は、当該投稿情報を投稿した会員のユーザーIDを明記・明示して利用することができるものとし、会員は、この旨予め異議なく承諾するものとします。

第9条(会員の義務)

・ 登録会員は、本規約に定める一切の義務を誠実に履行するものとします。
・ 登録会員は、本件サービスの利用にあたり、次の行為を行なってはならないものとします。
 ・ 公序良俗・一般常識に反する行為
 ・ 虚偽の事実を投稿する行為
 ・ エンターブレイン及び/又は第三者の権利(著作権、商標権、名誉権、肖像権等)、利益、名誉、感情を害する行為、若しくは害する恐れのある行為
 ・ 個人情報(本名、住所、電話番号、メールアドレス、銀行口座等)を公開する行為
 ・ 営業行為、及び営利を目的とした販売・譲渡、及びこれらを勧誘・斡旋する行為
 ・ 特定の個人・団体等を誹謗・中傷する行為
 ・ なりすまし行為(特定の人物・団体等を装う行為)
 ・ 選挙の事前運動、選挙運動又はこれらに類似する行為、及び公職選挙法に抵触する行為)
 ・ 犯罪行為を助長・促進する行為
 ・ 宗教活動又はこれらに類似する行為
 ・ 寄付を呼びかける行為
 ・ 犯罪行為を助長・促進する行為
 ・ コンピュータウィルス等の有害なプログラムを、本件サービスを通じて利用・提供する行為(スパム行為を含む)
 ・ 本件サービスのシステムに損害を与え、またはその運営を妨げる行為(不正アクセス行為、スパム行為を含む)
 ・ 法令・法律・規則・命令に違反し、または違反する恐れのある行為
 ・ 登録会員及び/又は第三者が管理・運営するサイトへのリンクを設定する行為
 ・ エンターブレインの承諾を得ずにアフィリエイトのリンクを設定する行為
 ・ 他の会員及び/又は第三者の個人情報を収集する行為
 ・ 1人の会員が複数のパスワードを取得する行為、もしくは1つのパスワードを複数人で使用する行為
 ・ その他、エンターブレインが適当でないと判断した行為
・ 会員が本条の義務に違反したことにより、エンターブレインに損害が生じた場合、当該会員はエンターブレインに対し、その損害を全額賠償するものとします。

第10条(本件サービスの停止等)

・ エンターブレインは、会員が以下の各号のいずれかに該当する場合には、当該会員による本件サービスの利用を一時的に停止し、あるいは会員資格を取り消すことがあります。
・ 本件サービスの申込に際して虚偽の事項を申し出たことが判明したとき
・ エンターブレイン、他の会員、その他の第三者に損害を与え、又は与える恐れのある行為をしたとき
・ 本規約に違反したとき
・ 本件サービスの健全・スムーズな運営・利用を妨げる行為をしたとき
・ 本項各号に定める行為を、教唆・幇助・助長する行為をしたとき
・ 合理的な理由なく、エンターブレインからの本人確認に応じず、あるいはこれを拒んだとき
・ その他、エンターブレインが登録会員としてふさわしくないと判断したとき
・ エンターブレインは、前項により本件サービスの停止又は会員資格の取消をするときは、エンターブレイン所定の方法により会員に事前に通知します。但し、違反の程度が特に甚だしく、緊・ 急を要する場合、あるいはエンターブレインがやむを得ないと判断した場合には、この限りではありません。

第11条(本件サービスの中止・中断)

・ エンターブレインは、次の場合には、本件サービスの提供を中止・中断できるものとします。
・ 本件サービスを運用するための設備及び/又はシステム等の保守・点検をするために必要であるとき
・ 天災、戦争、停電、通信事業者の設備障害等により本件サービスの提供ができないとき
・ その他エンターブレインが必要であると判断したとき
・ エンターブレインは、前項の理由により本件サービスの提供を中止・中断する場合には、中止日・中断日の1ヶ月前までにエンターブレイン所定の方法により、その旨を会員に通知するものとします。但し、緊急止むを得ない場合は、この限りではありません。

第12条(本件サービスの廃止)

・ エンターブレインは、営業上の理由若しくはその他の理由により、本件サービスを廃止することができるものとします。この場合、エンターブレインは会員に対し、廃止日の1ヶ月前までにエンターブレイン所定の方法により、その旨を通知するものとします。

第13条(期間)

・ 本件サービスの利用期間は、本規約第3条第1項により登録希望者が本件サービスの会員となった日から、会員が本件サービスから退会し、若しくは会員資格を取り消されるまでとします。

第14条(規約の変更)

・ 本規約は、エンターブレインにより、会員の承諾を得ることなく変更されることがあります。この場合、エンターブレインは会員に対し、エンターブレイン所定の方法により当該変更について通知するものとし、変更後の本件サービスの利用条件は、変更後の規約によるものとします。
・ 変更後の規約は、変更事項を本件サイトに掲載した時点、またはエンターブレインが別途指定した期日から効力を生じるものとします。
・ 変更後の規約に同意することのできない会員は、エンターブレイン所定の方法により、本件サービスから退会することができます。

第15条(退会)

・ 会員が本件サービスを退会しようとする場合には、エンターブレイン所定の退会手続をとるものとします。
・ 前項の場合、会員は、エンターブレインが退会を受理した日をもって退会したものとします。

第16条(本人確認)

・ エンターブレインは、本規約第3条第2項により登録会員の登録内容を変更する場合、及び本規約第15条第1項により登録会員の退会を受理する場合、事前に登録会員の本人確認をさせていただく場合があります。又、「なりすまし行為」を防止する等の目的の為、登録に際し、あるいは本件サービスの利用期間中において、登録会員の本人確認をさせていただく場合があります。
・ 前項により、エンターブレインが登録会員の本人確認をする場合、登録会員本人であることを確認できる身分証明書(ex.運転免許証・住民票・健康保険証・パスポートの写し)をご提出いただくことがあります。なお、登録会員が身分証明書等の提出を拒んだ場合、又はその他の理由により、本人であることが確認できない場合には、登録内容の変更、退会の受理、その他の請求・連絡等には応じることができない場合があることにつき、登録会員は予め承諾するものとします。

第17条(免責事項)

・ エンターブレインは、本件サービスを利用することにより登録会員に生じた損害については、エンターブレインに故意・重過失のある場合を除き、一切賠償の責を負わないものとします。
・ エンターブレインは、投稿情報の正確性、特定の目的への適合性については一切保証しないものとし、登録会員は本件サービス並びに当該投稿情報を、自己の責任と負担にて使用するものとします。また、エンターブレインは登録会員に対し、投稿情報の保存・管理について如何なる保証もしないものとし、投稿情報が消失・毀損等したとしても、賠償等に応じることは致しません。
・ エンターブレインは、登録会員が本件サービスを利用することにより第三者との間で生じたトラブル・紛争等に関しては、一切責任を負わないものとします。

第18条(準拠法)

・ 本件サービスは、日本法に準拠し、日本法に従って解釈されるものとします。

第19条(合意管轄)

・ 本件サービスの利用に関して、エンターブレインと登録会員間に生じる一切の紛争については、東京地方裁判所を第一審の専属的管轄裁判所とします。

以上

最終改定日:2012年5月1日

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otoQtさんのご感想に触れて思うことなど

ツイッターをしていたら、タイムラインで興味深い感想が紹介されていました。otoQtさんのブログ、「自動再生」さまの「プレイヤーを殺すための物語――『White Album 2』」。ご本人に色々と質問をさせて頂き一応内容を消化できた感があるので、今回「感想の感想」を書いてみたいと思います。

この論の序盤の軸は三つ。
 (1) 本作で、「死にたい」と思うほどのつらさを味わった。[体験]
 (2) エロゲー(ギャルゲー)というのは主人公との同一化を目指す。[原理]
 (3) しかし本作はその同一化を拒む。[作品]

主人公への共感?」の段ではこれを受け、『WA2』では主人公とプレイヤーとの同一化を拒むシステム的な仕掛け(主人公のヴォイス、視点の頻繁な入れ替え)が多くほどこされていること。そして、そのような場面こそがなぜか「いたたまれない」のだと展開していく。つまり、同一化ができない場面においてこそ、プレイヤーはつらさを味わう、という定式化がなされます。

続く「書かれないセリフ」では、「難聴主人公」と「ヒロイン視点」を例にとり、実は同一化を拒む原理は『WA2』に特殊な事態ではなく、エロゲー一般の特徴であることが示されます。エロゲーにおいてある程度定着したこの手法によって、プレイヤーはシステム的(内容とはさしあたり関わりなく)に「主人公から引きはがされる」。これは上記の論の裏付けです。そして新たな立場として、同一化を拒まれたプレイヤーが能動的に作品世界を構築する必要にせまられる、という主張が出てくる。

そこから「プレイヤーはどこにいるか」のトピックとして、物語の内部から排除されつつも「物語へはより深く関わる」ことを強要される、「宙づり」なプレイヤーの立場が論じられます。

そして最大の難所、「〈自己〉と〈わたし〉」。ここは少々難しすぎて混乱していたのですが、ツイッターで直接お話をうかがい、何となくですが理解しました。
【補注】 私の混乱は主に、「実際に肉体を持ち、ディスプレイに向かい、マウスをクリックする、ゲームの内には何ら関わることができない〈自己〉」という表記から窺われる〈自己〉の身体性が問題なのか(だとしたら、精神的な〈わたし〉が傷つくことで身体が物理的に傷つくというのは明らかに飛躍である)、それとも〈自己〉というのは〈わたし〉とは違う精神的なものなのか(だとしたら今度は、〈わたし〉との質的な差が不明瞭に思われた)というところだったのですが、otoQtさんの説明によると、「ベルクソンによる意識の反省による自己分裂」を念頭に置きつつ、さしあたりは「メタとオブジェクトぐらいの意味」で書かれたとのことでした。この辺は管見の及ぶ限りになりますが、当時流行だった量子物理論の絡みなども意識しておられるのでしょう。
観察者としての〈自己〉と、実際に世界の中に存在する〈わたし〉の立場の分裂。そして更にその〈わたし〉が複数に分裂してしまう。これらの「分裂」をotoQtさんは、重層的な自傷作用だと指摘しています。すなわち、「〈わたし〉が物語の中に巻き込まれ傷ついている」だけでなく、更にその〈わたし〉を統御する〈自己〉も「自らが〈わたし〉達を傷付けている」状態を引き受けねばならず、傷つく。現場の〈わたし〉と、それらを統御する〈自己〉が共に傷を負っていく。それゆえ「この作品、White Album 2は「恋愛ゲームで〈プレイヤー〉を傷付けるにはどうすればよいか」という問いへの現時点で最良・最悪と思われる答えを提示している」と結論される。

ではなぜ、〈わたし〉は傷つくのか。それは、この物語が「恋愛」だからだ。そうotoQtさんは考えている。恋愛という一つの〈世界〉の構築過程の中で、複数の〈わたし〉は一旦排除されるが、それが「分裂」したものである以上、その〈世界〉と関わらざるを得ない。だから、「〈わたし〉の〈世界〉から排除された他者が〈世界〉の内に侵入してきたとき、〈わたし〉は傷つく」のだ、と。(※ここは私の読み込みです。なぜ〈わたし〉が「他者」として侵入してくるかは、本文にはハッキリとは書かれていなかったように思います)

以上が、私が読み取った限りのotoQtさんの主張であり、恐らくそれほど大外しはしていないのではないかな……。誤読しているところや、解釈が通っていないところがあれば指摘していただけると嬉しいです。


さて、私はこのように読んで幾つかの不満や疑問を覚えました。疑問としては、「〈自己〉と〈わたし〉」が良くわからないというところが一番大きかったので直接質問にうかがったのですが、他にも幾つかある。そして、不満はもう少し、この感想に対する本質的な問題を孕んでいる……と私は考えています。

まず、疑問の方から参りましょう。otoQtさんはプレイヤーが「宙づり」になったということから敷衍させて、次のように述べておられます。「どのキャラクターとも十分に同一化できないということはつまり、それぞれ場面においてそれぞれのキャラクターに同一化しうるということでもある」。

これは、〈わたし〉の「分裂」へと繋がる重要な箇所ですが、どうもうまくいっている感じがしない。なぜなら、はじめはそもそもプレイヤーがあるキャラクターに同一化することそのものが常に妨げられる(音声で主人公が相対化される/視点が順繰りに描かれてどちらにも同一化できなくなる)という意味での「宙づり」さが問題だったはずが、いつの間にか「それぞれの場面において」キャラと同一化できるが物語全体を通しては無理だという「宙づり」さ――すなわち、物語内で一貫したキャラクターに同一化できるか否かという一貫性(統一性)の問題にすりかわっているからです。何らかの方法で繋がる気はするのですが、現状書かれている内容からだけでは、アクロバティックになる気がする。どんなキャラにも同一化というと、作中の千晶が思い出されますが、やっぱりあれはあれで特殊な才能と言えます。質の違う「宙づり」をどう繋ぐのか。ここはこの感想の謎の一つです。
【補注】 この部分はPalantir_Kさんが「プレイヤの立ち位置は流石に本とかと変わらんと思うけどなぁ。」と呟いておられたのが参考になりました。本の場合、そもそも「それぞれの場面」でキャラに同一化をしないパターンもあるわけですから、一人のキャラ(主人公)に同一化できないということと、各場面でどのキャラにでも同一化できるということは、さしあたり分けて考えるのが良いのかな、と。
また、疑問はもう一つ。otoQtさんが感じた「いたたまれなさ」が本当に「分裂」の痛みなのか、ということも問題です。この感想で示されたのは、両者が同じ局面で発生する痛みであるというところまでで、本当に同質のものであるかまでは言及されていません。そんな細かいこと、と言われるかもしれませんが、初発の問題が「こうも死にたくなるのは何故なのか」というところから出発している以上、こちらのほうが本質的な問題という風にも思います。

つまり、〈わたし〉が傷つくということは、果たして死を希求するほどの痛みを伴うのか。痛み・傷つくことがあるのは認めるとしても、それから「逃げたい」というのと、「死にたい」と思うほどの苦しみとは、ただちに同一なのか。もしかするとそれとは別の何かがあるのではないか。別の言い方をすれば、otoQtさんが感じられた痛み・辛さは、主に作品の内容よりも形式に依存してもたらされる「痛み」と同質のものであるということで良いのか。この感想を拝読して、やはりそのことは気にせずにはいられないところでした。

次に、不満(疑問と分ける為に便宜上こういう言い方にしました。大きな負のイメージはありません)について。私のメインの主張はむしろこれ以下になります。

第一に、ここでotoQtさんが「理由」として述べておられる内容の大半はシステム的な問題です。少なくとも、物語の内容そのものとはほとんど関係が無い。そしてまた、そのシステムは多くのエロゲーに共通するものです。真意はともかく、そのようなものとしてotoQtさんは述べておられる。たとえば、「主人公に音声」は数は多くないにしても時々見かけるレベルですし、視点がころころ切り替わるというのも同様。それは、「難聴主人公」や「ヒロイン視点」という形一般的特徴として表現されていることからも明らかです。

いや、その「程度」こそが『WA2』の凄さだ、ということが主張であったことは理解しているつもりですが、それはつまり、ここで扱われている問題が『WA2』に固有の問題ではなく、エロゲー一般で共有可能なことがらの「程度問題」だということになります。事実、結論である「最良・最悪と思われる答え」という言い方も、「最」という比較の形に落ち着いている。

で、あるならば。形式としてはその「程度」の内実が『WA2』の感想として論じられるべき問題であるはずです。たとえば、普通の主人公音声アリと、『WA2』の主人公の音声はどう違うのか。「癖がある」という形で触れられていましたが、まさにその「癖」がどのようなものであるかというところにこそ、この作品のオリジナルな部分がある。otoQtさんの今回とられた論述スタイルならば、そこに踏み込んでこそ読者は満足できるのではないか、と。「程度」の内実に踏み込まず、一般的・原理的な話に終始したせいで、『WA2』でなくても通じる話との区別が不明瞭なまま。

そして第二。第一とも繋がるのですが、今回の話はつまり、ほとんど全てのエロゲーは「プレイヤーを傷つける」ものだということになる話だと思います。他のエロゲーと原理的に違いがない(程度の差である)部分で『WA2』の「痛み」が成立しているのですから、他のエロゲーは徹底できていないだけで、徹底するとどれも皆、プレイヤーを傷つけるものになりうる。この感想のロジックをきちんと突き詰めると、そうなるはず。

だとすれば、これはとても斬新な――otoQtさんがそこまでラディカルな意図でお書きになったかはわかりませんが――意見です。普通エロゲーは、「オタクの現実逃避」だの、「優しい妄想」だのと言われていますが、それと全く異なる「オタクは実はドM」説を唱えていることになる。賛否は措くとしても、あまり聞かない。

しかし斬新とは言っても、それは結局の所、ただ単に担ぐ御輿を換えているだけという気がしないでもありません。「エロゲーの、都合良く自己投影できるシステムによって、オタクは逃避している」という主張が、「エロゲーの、都合良く自己投影できるシステムによって、オタクは傷ついている」になっただけ。これが「オタクは社会参与している」になるか、「オタクは承認を求めて悲鳴を上げている」になるか……。最終的には解釈を巡る論争が待ち受けているでしょう。
【補注】 加えてこれだと、更なる問題が残ります。エロゲーユーザーの大半が自分を傷つける行為を喜んでやっているなら、じゃあなぜ自殺しないの? とか、そもそもなんで喜んでやってるの? という問題。これは「普段のエロゲーは極限化されていないから気づかないだけだ」のような答え方ができますが、帰結としてエロゲーを楽しんでいる人間は鈍感なバカであって、本当はエロゲーなんてやめたほうが良い、ということにもなりかねないので、個人的には乗っかりにくい議論かなと思います。
エロゲーというシステムに関する解釈をすることがが悪い、という話では全然ありません。ただ、その路線の先ではotoQtさんの出発点にあった問題意識――「こうも死にたくなるのは何故なのか」――が消えてしまう。それは、とても勿体ない、残念なことに思われるのです。


otoQtさんが一貫してとっておられる手法は、エロゲー一般に共通するシステム、あるいは構造上の問題として作品を扱うという態度です。一部で言及される作品(『WA2』)の個別的要素も、全て一般性に回収されています。故にそこからは、一般的なユーザーと一般的なエロゲーの関係が浮き彫りにされてくるしかない。

いやもちろん、そもそも言いたいのは一般的なことだ、ということなのかもしれません。この感想の主旨はつまり、「『WA2』というのは既存のエロゲーの性質を極限に高めたものである」と。それでも、その性質の極限とそうでないのを分ける規準はどこかといった前述の問題点が残るとはいえ、それなら判る。この作品に内容的オリジナリティなんてものは基本無くて、要素面からエロゲーを突き詰めた、きわめて記号的な作品である。最初からその地点が目指されていて、「エロゲーはユーザーを傷つけるもの」という結論が出たというのならすぐれて論理的な、社会学チックな議論という感じがします。

しかし私の直観では、この感想が取り出そうとしていたものは、そういう要素的な話では無い。振り返るに、otoQtさんの感想は「《こうも》死にたくなる」というきわめて個人的な衝撃から始められていました。一般的な人間なんかではない「otoQtさん」と「『WA2』」という、それぞれに固有の存在の交わりの問題こそが出発点だった。実際、otoQtさんが書いておられる他のご感想もちらりと拝読しましたが、そちらでは作品の具体的な内容をotoQtさんの個性が捉える様を表現しておられる。とても面白かった。

今回の感想も恐らく、初発の時点ではそのようなものだった。けれど手法としてシステム分析的な手法を持ち込んだが故に、かえって『WA2』の個性も、otoQtさんが切実に感じた「痛み」も、どこかへ消えてしまっているように私には思われました。少なくともこの感想から、『WA2』の具体的な像はほとんど見えてこない。そして私は、最初の書き方からその書かれていない方を期待してしまったし、今でも読みたいと思っている。そういうことです。

システム的な話で通すなら、「死にたい」というつらさも『WA2』という作品も、最初から具体例の一つとして扱うほうが妥当だったでしょう(そしてそうなると、一つの作品に対する感想・批評と言えるか問題が発生する)。逆につらさや作品自体に寄りそって行くなら、具体内容にほとんど踏み込まない、今回とっておられるような手法はマッチしないのではないか、と。

私が過去の記事で述べてきた、「言わんとすることと言えていることのズレ」あるいは「主張とそれに適した手法(切り方)」という問題が、非常に具体的に、かつ端的にあらわれていたように思われたので、今回ご本人に失礼を承知でお願い申し上げて、「感想の感想」を書かせて頂きました。恰も議論の素材のように使ってしまい、礼を失することになっていないかと危惧がないでもありません。

otoQtさんのご感想を私は興味深く拝読したし、また私なりに全力でその内容を読み取ろうと試みたつもりです。本記事は一概に私の主張のためのものではなく、最初にも述べた通り、あくまでも本旨は感想を拝読しての感想です。そして傍目になんと見えても私のような人間からすると、曲がりなりにもこういう形で感想を書くというのは、それだけ本気で敬意を払っているのだ(片手間でやったつもりもありません)と言うことはお断りしておきます。

とは言い持って、大変失礼なことや憶測じみた発言も多々。お気に障られた部分などあり愛想を尽かされるかもしれませんが、この場を借りてお詫びと、取りあげることを快諾いただいたことに感謝を申し上げます。otoQtさん、本当にありがとうございました。

ちなみにこれまた毎度の繰り返しになりますが、システム的・エロゲー一般的な話と比べて、作品個別の話のほうが良いというつもりはありません。「勿体ない」と申し上げたのはあくまで、切実な初発の問題意識が回収されずに進んだ気がするからで、むしろ一般的なことこそが最初から目指されていたということなら、私が初発の問題を重く取りすぎたということなのでしょう。

しかし、私がここで述べたかったこと――感想で言おうとしていることと、実際に何が言えているかということの違い――は、多少なりとも伝えられたのではないか。今回はそのようにうぬぼれてみます。そうして、これは敢えて論争的な書き方をしますが、その辺についてきちんと考えずに作品の感想を書いたり読んだりしていることが、私たちは余りにも多い(自分を含めています)のではないか。自嘲もこめて、そんな風に思うのです。

作品を楽しめれば良い。難しいことを考える必要なんて無い。それはそうかもしれません。でも難儀なことに、私たちは――少なくとも私自身は、感想を書いたり、その感想について語ったりすることもまた、エロゲーを楽しむという行為の一貫に組み込まれてしまっているのです。であれば、せめてそのことと真摯に向き合っていきたい。バカにされてもうっとうしがられても、そのスタンスは貫いていこうと思っています。少なくとも、自分が何を言いたいのか、他の人が何を言おうとしているのか、それをきちんと読み・考えられるようにはしたいな、と。

なお、私ならばどうしたか、というのはここでは直接の問題ではないので文章化しませんが、クソ長い過去の記事が不十分ながらも一応の説明ということにさせてください。

なんかまた長い話をしてしまいました。まあ台風だしそれもアリ(意味不明)。それでは、また明日。

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サブヒロインの愛し方?

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サブヒロインなのに『明日の君と逢うために』人気投票ダントツ1位の七海美菜嬢。


※以下、『明日の君と逢うために』のネタバレが一部含まれます。

昨日のこと、ちょっと仕事が一段落したので友人と飲みにいきまして、そこで例の如くエロゲーの話になりました(おい)。で、どういう経緯だったか余りハッキリとは覚えていないのですが(確か『この大空に、翼をひろげて』のほたる嬢の話から始まったような)、「なんでええ娘ほど攻略できなかったりするんや……」という感じで、サブヒロイン談義に花が咲きました。

特に厳密な語句設定も必要ないかと思いますが、アニメやら漫画の話もあるので、ここで言うサブヒロインというのは、主にエロゲーで個別ルートの無い、いわゆる「攻略対象外」のヒロインキャラのこととしておきます。

最初のうちは、「良キャラは攻略させてほしいよね、真奈先輩とか」(※『春季限定ポコ・ア・ポコ』)、「いやー、俺は彩乃っちやわ」(※『もしも明日が晴れならば』の委員長)、「彩乃さんは一応ルートあるやん……委員長なら三嶋さんでしょ」(※『遥かに仰ぎ、麗しの』)、「氷室屋ェ……」(※『恋愛0キロメートル』)……という感じで個別のキャラについての話が進んでいたのですが、しばらくしてその友人がポツリと、「でも、攻略できないから魅力的ってのがあるかもしれへんなあ」と言ったのです。私はそれを聞いて、なるほど、と。

確かに、ファンディスクや何やらで、攻略できるようになったのは良いけれど、思っていたほど盛り上がらない。そんなサブヒロインも結構いる。単純にFDのデキの問題かとも思っていたけれど、もし友人が言うように、私が「攻略できないヒロインだからこそ」そのサブヒロインに思い入れを抱いていたのだとしたら、攻略対象になったら魅力が損なわれたように感じるのも、ある意味当然だったということになります。

ちなみに私と友人とで、「ぱっと思いつく魅力的なサブヒロイン」を10人ほどお互いに挙げあったのですが、完全にカブったのは『明日の君と逢うために』の七海美菜嬢だけでした。七海は、攻略不可だったにもかかわらずオフィシャルの人気投票で並み居る正ヒロイン勢をおさえて1位に輝いた強キャラ。組織票が動いた説もありますが、それでも圧倒的だったと思います。私も七海に入れました! そのあまりの人気ゆえ、『明日の七海と逢うために』というスピンオフ作品ができあがったという伝説の持ち主です。

で、「攻略できないからこそ」という話。

サブヒロインに惚れるというとき、ニュアンスは色々あると思います。「このサブヒロインのHシーンみたい、一緒になりたい(攻略したい)」というのがストレートなパターンで、この場合は攻略できるのが良いにきまってる。ただ一方で、「手が届かないからこそ愛おしい」みたいな マゾ的 逆説的な愛情もあるかもしれない。つまり、手に入らないから輝いて見えるものもあるし、もっといえば、主人公と一緒になれないサブヒロインであるということが魅力の要件になっている場合もあるかもしれないわけです。

七海(「七海」は名字ですが、彼女の一人称が「七海」なので)の場合、まさにそんなタイプのヒロインの典型だったのかもしれません。

というのは、彼女はあるルートで、主人公に告白する。結果、見事に玉砕するのですが、このシーンがもう凄く良いんです。私としては、このシーンで七海が全てのヒロインを食っちゃった。別のシーンの主人公のことばを借りれば、「それはきっと恋じゃない。けれど……愛には似ているかもしれない」。そんな感じ。もう、七海に幸せになってほしくてしょうがなかった。

でも、FDで七海が攻略対象になってみると、どんなに七海が嬉しそうにしていても、その振られるシーンにかなうものがなかった。普段おちゃらけている七海が、真剣にじっとこちらを見ていた7月13日の雨の日曜日のシーンに、七海の全てが詰まっていたように思えたのです。

いや、やっぱり主人公と一緒になれたほうが良かった、という人がいるのはわかります。別にそれを殊更、否定しようとかそういうつもりはありません。ただ、あの告白してきたときの七海が一番よかったと思う。それは事実です。でも、物足りなさが残ったのも本当。じゃあ、私はどんなFDを望んでいたのかなぁ、と。

私は、七海が振られるシーンを見て、七海に幸せになって欲しいと思った。でも、じゃあ七海は振られて幸せではなかったのでしょうか。それはまあ、想い人と一緒になれるのがベストだと言われたら返す言葉もない。でも、あの作品の中で七海自身は、振られたことをもちろん辛いとは思っているけれど、でも決して後悔もしていなかった。それは間違いありません。

多分、ふられた七海の前に神様があらわれて、「やりなおし」ができると告げても、彼女はそのやりなおしをしなかったんじゃないかと思う。私が幸せになってほしかった七海は、自分の告白をやり直すことより、その想いと痛みを抱えて明日へ歩こうとしたんじゃないかと。

そう考えると、私が七海に向かって「こっちのほうが幸せだよね」と別の幸せの形を用意するのは、全然彼女にとって救いにはならない。ふられた七海を全否定しているようなもので、それはとても彼女に対して失礼かもしれない。私が考える「ベスト」な結果を、あの時の七海に押しつける必要は全然無くて、あの七海はあの七海で完成されていた。哀しくて切ないけれど、幸せな恋をしたのではないか。なら私は(あくまでも私は)、それを全部認めるところから出発しなくてはいけなかったのでしょう。

そして、私はそんな七海が好きでした。おかしな言い方になりますが、ふられた七海が好きだった。ふられた七海に幸せになってほしかったのであって、あるいはふられた七海が実はきちんと幸せだったことを確認したかったのであって、ふられたのを無かったことにしてやりなおしをして欲しかったわけでは無かったのだと思います。もちろんFDで、想いを遂げる七海を見るのはそれなりに楽しかったですが、どうしても深い満足感が得られなかったのは、そのせいだろうと。もっとこの子と一緒にいたい、もっとこの子が幸せになるところを見たい、という気持ちは普通のサブヒロインと同じなのですが、七海の場合はその幸せが作品のほうで半ば完成してしまっていたせいで、追加された「別の話」は蛇足のように思われた。

だから、もし私にとって最高の、七海FDがあるとすれば、それは七海が攻略可能になる話ではなくて、あの物語の後日談か、もしくはあの物語の最中、七海がどんなことを考えてどんな気持ちで主人公と一緒にいたのかを丁寧に追いかけた、掘り下げ型のFD。そんな感じになるでしょうか。

これは直観ですが、私がサブヒロインに感じる「物足りなさ」は、攻略できるとかできないとかそういう話だけではない。ある物語の中の、あるキャラのことをもっと知りたいという想いみたいなものが、「物足りなさ」の正体という気がします。サブキャラの場合描写が少ないせいでそれが暴走しやすい(=もっとこのキャラの話入れてよ!)けれど、メインのキャラであってもそれは一緒。このキャラのこともっと知りたい! というときには、やはり「ファンディスクほしいなー」と思ったりする。ただしメインキャラの場合、だいたい後日談が多いせいで満足しちゃえる。

ところがサブヒロインの場合、ブランド側が気を遣って「メイン昇格」みたいなことをやるせいで、そのサブヒロインを魅力的に感じた世界から、そのキャラが切り離されてしまうことが時々ある。私自身はそういうとき、特に強く物足りなさを感じているように思います。もちろん、初めからあまり主人公に絡んでいないようなサブヒロインなら、FDで主人公とひっつこうが違和感無く楽しめるのですが、七海みたいに明確にふられていて、しかもそのシーンが異様に良かったりすると、むしろ「ふられた七海」のことをもっと知りたかったなぁと、そんな風に思ったりもします。

FDのあり方というのは色々あるし、特にサブヒロインの場合、とにかく主人公とひっつけばいいというコースに載せる風潮は比較的根強いのですが、そのキャラの魅力を掘り下げるというか、本編との繋がりの中で魅力を拾い上げていく、そういうコンセプトで扱われることって意外と少ない気がします。小説とかを含めれば、結構あるかもしれませんが。まあ何にしても、個人的にはそんなのがもっと増えたら良いなあ、なんてことを思ったのでした。

というわけで、本日はこの辺で。なんか新しいトンデモ法案が国会通過したりとか、色々世の中動き始めていて、またついていくのが大変になりそう。

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エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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