他人事にあんまり首を突っ込むのもどうかと思いつつ、ちょっとした疑問が予想外の方向に転がって、ツイッターの凄さとか怖さを思い知ることになりたいへん興味深かったので、経緯もろともメモを。

ことの発端はこのツイート。

これがタイムラインで回ってきたのですが、出典はなんだろう? と。この方が続けてツイートしているのは、『日本之下層社会』でした。横山源之助の超有名作です。

ただ、『日本之下層社会』は明治32年刊行です。まえがきその他は、明治31年の記載になっていました。「明治28年」という表記はめちゃめちゃ引っかかる。それに、『日本之下層社会』ってそもそもこんな話じゃなかったような……。もっとデータみっちり、下層民のことバリバリみたいな感じで、「書生」と詐欺みたいな話題は出てくる余地がなかったような気がします。

で、気になりだすととまらない。手元の岩波文庫、国会図書館のデジタルコレクション(これ)、あと全集の目次(これ)をざっと確認しました。でも、「名の美、実の醜」なんて話はどこにも出てきません。う~ん?

文章自体は素人がすぐ書けるようなものでもないからなにかからの引用であることは間違いないにしても、これホントに『日本之下層社会』なの? という疑問と、違うのなら何からの引用なのか知りたいという欲がむくむくとわいてきました。

明治28年頃の横山は毎日新聞でルポ記事などを書いていたので、もしやそれではないかとアタリをつけてツイートをしてみます。すると、さっそくフォロワーさんからの反応が。



はお~ん、なるほど……。というか、ツイッターに投げた途端、一瞬で悩みが解決しました。持つべきものはフォロワーさん。集合知の凄さを身にしみて感じました。ありがとうございますm(_ _)m

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閑話休題、どうやら『日本之下層社会』ではなく立花雄一が横山源之助の著述を編集した『下層社会探訪集』(『下層社会探訪』という本はありませんでしたので、誤記だと思われます)からの引用だった模様。コミックシーモアのサイトから一部を無料で試し読みできたので(こちら)、目次をサーチしてみると、確かにありました。

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ただこれ、『日本之下層社会』を編集したものではありません。その前後年代の横山源之助の文章を編集したものです。『日本之下層社会』の文章も含まれていますが、それ以外のものも混ざっている。そして本文の構成や引用の仕方から見るに、スクリーンショットで引用されているのは、毎日新聞に書いていた記事ですね。

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この「同」は明らかに『毎日新聞』のことですし、「名の美、実の醜」は新聞掲載のものだった、ということでほぼ間違いなさそう。

つまり「名の美、実の醜」の文章は、『日本之下層社会』からの引用ではなく『下層社会探訪集』という本からの引用だった。ただし『下層社会探訪集』は横山源之助の著作ではなく(編者がつけたもの)、横山が毎日新聞に書いていた記事からの引用であるというのが最も適当な言い方になるでしょう。

で、そうなると今度はどうして@rikei0danshi氏がそんな不正確な引用もとを示したのかが気になるのですが……。



なんかこんな(上ツイート)話が出ていました。5chで別の人がアップロードした画像を拾って使ったのだ、と……。まあ実際に自分がその本を持っていれば手間を省くためにそういうこともあるかもしれません。ただ、事態はもうちょっとフクザツ。

というのは、5chのこの(下画像)カキコ。

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最初のツイート主 (@rikei0danshi氏) のツイートが14日の7時で、5chのスレが13日の18時。どうも5chのほうが先に同じ内容のことを書いています。田端大学、ホリエモン、イケハヤ……と内容もまんま同じですね。要は@rikei0danshi氏が5chのスレから内容を「パクった」という主張のようです。

ほんとうに@rikei0danshi氏が「パクった」のかについては、自体真偽は定かではありません。もしかすると、この書き込みをした人が@rikei0danshi氏本人かもしれない。あるいはこの前に@rikei0danshi氏が同じことを主張していて、この書き込みのほうが「パクった」のかもしれません。そこはわかんない。

ただ、この書き込みと『下層社会探訪集』の名前を書いていた5chの書き込みとIDが一致しているのはたしかです。ということは、これを5chに書いた人はこのスクリーンショットが『下層社会探訪集』からの引用だということを知っていたのは間違いありません。

プロフィールからすると@rikei0danshi氏、文筆業的なこともしておられるようなのでそんなにいい加減なことをなさるのか疑問ではあるのですが(やったら信用を失うわけですし)、出てきている情報から考えると、自分で読み、調べたものをネタとして利用したわけでないのは間違いないように思われます。本当に読んで画像の切り抜きまでしたなら、少なくとも書名を間違えるということは無いはずです。

なにかの勘違いだったとしても(勘違い説は考えにくいシチュエーションですが)、多くの人に誤った知識を植え付けているという責任は発生するでしょうか。

結果的には、「名」と「実」を主題に他人を揶揄するようなツイートをしている本人が、かえって「名」にこだわって「実」を落としているというなかなかパンチの効いた皮肉というか、攻撃力の高いブーメランになっているのかもしれません。


さて今回の件、ツイッターで発信したことで私は瞬時に自分の疑問を解消するヒントを得ました。一方で、ツイートを鵜呑みにしたせいで誤った知識(あれが『日本之下層社会』からの引用だという)を身に着けてしまった人もたくさんいます。下手をすれば、学校や大学で知ったかぶりをして大恥かくかもしれません。ンなことになったら大怪我です。ツイッターこわい。

また、ツイートがバズったせいで「事実と違うことを言っている」、「パクったかもしれない」ことが発覚しています。私はまったくこれが明らかになるプロセスに参加していませんが(5chとご本人のツイートのみで完結している)、雑にやっていたにしろ倫理観が欠如していたにしろ、狭いコミュニティの中でなら通用していたことが大きな世界にいきなり引っ張り出されて破綻する。これもまた、ツイッターの怖さと言えるのではないでしょうか。(幸か不幸か炎上案件にはなっていないのでこのままフェードアウトしそうな気もしますが。このブログの読者の方には、放火しにいく人もいないでしょうし)

私も、こんな偉そうな記事書いてますがそのうちテキトーに知ったかやらかしてブーメラン自爆する可能性が高そうです。ほんと気をつけよう……。



あと1点引っかかることがありまして。それは、「しかして」の使い方。「しかして」って順接表現なんですよね。実際横山源之助は『日本之下層社会』で「而して」を順接で使っています。

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「屑によって値段が違うとはいえ、日本紙の屑の代価は1貫目につき17銭、ボロ屑は(1貫目につき)10銭、洋紙の屑にいたっては1貫目につき7銭、薪や炭の破片は立場に持っていかず自分のものとして使い、陶器の破片のようなものは10貫目につき12銭である。そして(而して)、屑拾いが1日に拾うのは2貫目を上回ることはめったになく、たいてい1貫目と500目前後であり……」(抄訳)
てな具合ですね。他にもいくつかありますが、基本順接の接続詞として使われています。

……なのですが、「名の美、実の醜」では「しかして」が逆接のように見える。

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そのことばは美しく、その名(見かけ)は実によくみえる。しかし(しかして)、その中身を見れば、1つとしてことばの美しさに伴うものはなく、すべて言いようもなく醜く穢らわしいものであふれかえっている。(抄訳)

この「しかして」は逆接だと思うんですよ。頑張れば順接=「そして」で読めなくはないけど、かなり無理があります。

明治28年時点の横山が「しかして」を誤って使っていたのか、「しかして」を順接としても逆接としても使っているのか(そういう使い方があるのか)、編集の時点で何か変な操作が加わって誤記が生じたのか……専門家ではありませんからそこまで調べようとは思わないし実際に調べる力もないのですが、どうなんでしょう。

こっちのほうは残念ながらツイッターでは助けが得られませんでした。私、気になります。