レベルはさまざまですが、私たちが生きているうえでは何度か取り返しのつかないことに出くわします。

極論を言えばもちろん、この世のあらゆることは取り返しのつかないことでありだからこそ人生は尊いのですが、いま言いたいのはもうちょっと卑近なレベルの話。たとえば大事にしていた花瓶を割ってしまったとか、部活の引退試合で県大会一歩手前でやらかして負けたとか、麻雀オーラスで親に振り込んで逆転負けしたとか、これで最後と決めていた大学入試に落ちたとか、会社を潰してしまったとか、そんな話。

自分がそういうことの主役だったときというのは言うまでもなくたいへんでひんどいのですが、親しい人が主演している現場に出くわしたときというのもまた、違う意味のたいへんさがあります。

というか、目下私がその見ちゃった人の立場です。

はて、何と声をかけたものか。励ますべきか慰めるべきか、はたまた叱咤すべきか。当人との距離感次第というところもあるのですが、なかなか厄介な問題で、こたえを決めかねています。

外野が何を言ったところで結局のところ所詮他人事なわけですし、自分で何とか折り合いつけるしかないよなとは思うものの、放置して潰れられてもなぁという気持ちもあり。

また、おせっかいを焼くと相手を信頼していないんじゃないか自分で立ち直ると信じて任せてるべきではないかという声が聞こえてくるし、かといって放置すると単に関わるのが面倒くさいからそうやって言い訳しているんだろうという気もしてくるし、まぁ難しいです。

いや、分かってはいるんですよ。解答なんてないんだから、探すだけ、悩むだけ無駄なんでしょう。なるようにしかならん。ただ、見つからないにしても決断は下さないといけないわけで、それが難しい。だから、こたえが「わからない」のではなく「決めかねている」んです。

何もしないにしても、なにかするにしても、覚悟が必要でしょう。そして、結果いかんによっては今度は私が、取り返しのつかないことの主役になるのかもしれません。