少し前に話題になった、救急救命士が「勝手に」処置をして患者さんの命が助かったという話。

 ▼「医師の指示なく、強心剤2回投与 救急救命士3人 /長崎」(毎日新聞) 
 佐世保市消防局は9日、救急救命士3人が心肺停止の30代男性を病院に搬送する際、医師の指示を受けずに強心剤アドレナリンを2回投与したと発表した。救急救命士法に抵触するとして3人の業務を停止。県の専門機関に適切な救命措置だったか検証を求める。

これは本当に難しい問題で、たとえばマニュアル(今回の場合は救急救命士法)通りのことをやって命が救われなかった場合、誰も責められないわけです。マニュアル外の対応をすれば助かったかどうかは誰にもわからないから。いっぽう、マニュアル外のことをやって助かった場合、マニュアル通りのことをやっていたら助からなかったかどうかは分かりません。したがって、誰にとっても安全なのはマニュアルを外れない対応です。

しかし、現実にはマニュアルが完璧でありえないわけで、その場その場に応じた「現場判断」こそが重要になってきます。というか、それができないと「融通がきかない」と怒られる……なんてことは日常茶飯事なわけです。

たとえば、震災地に食料を運んでいて、途中で被災者の集団生活場があったとする。水や食料が不足して危機的な状況だったその生活場に、輸送中の食料の一部を譲ったとしたら、その輸送責任者は業務上横領かなんかに問われて処分されるでしょう。実際、それに近い話を何度か聞いたことがあります。

こうした「難しい問題」が発生するのは、現実と原理の対応がうまくいっていないからということもありますが、制度の運用方法がまずいからではないかという気が最近しています。というのも、日本は細かいルールを決めたりあるいはその細かいルールにしたがったりすることをあまり好まず、どちらかといえば根本的なルールを定めてあとは運用で何とかしよう、というのが国家としても個人としても得意な国だと思います。しかし、何かアクションを起こす時には、「これをやってはいけない」という最低原則を定めるのではなく「これをしましょう」というやるべきことリストを周知して、それ以外のことをやるのを禁止する傾向があります。要するに、応用が効きにくいルール設定をしたがっている感じがする。

救急救命士法が実際にそうなのかどうか分かりませんので上は与太話というか、今回の事件をタネに話を適当に膨らませているだけなのですが、とりあえず原則をきちんと定めておおざっぱな運用をするなら、「こういうことをやりましょう」路線は避けたほうが良いというのはあながち的外れではないでしょう。その辺をあまり分かっていない人が組織のトップだと苦労しますね。