久慈光久先生の漫画『狼の口』最終巻が発売されていましたので購入。

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非常に満足です。スイス連邦の独立と、それにまつわるハプスブルク家と農民たちとの確執を描いており、血なまぐさい独立戦争が舞台。案の定全巻通してバタバタ人が死に、残虐グロ描写が飛び交う漫画でしたが、それにふさわしいカタルシスを得られました。

もちろん、細かな不満はあります。

ラスボスにあたる公弟レオポルトの出番が遅く、ほとんどスポットライトがあたらなかったためヴォルフラムに比べて迫力不足だったこと。

一応主人公らしき人物はいるもののひとりの卓越した人物による英雄譚という体裁ではないので、テーマは伝わってくるけれど感情移入がしづらいこと(エンターテインメントというよりは史書を読んでいる感覚になってしまう)。その割に「主役」であるモルガルテン同盟側の主要人物のほとんどがチョイ役&使い捨て状態だったせいで、起きたことの説明は分かるけど通底する流れのようなものは見えてこないこと、などです。

ただ、読んでいるとそんなもの気にならないくらいワクワクする。それは、一本ブレない軸が作品の中心にしっかりと通っているからでしょう。あらゆる描写がきちんとそこ向かっている漫画でした。その軸というのはたぶん、何かを勝ち取るために戦うヨーロッパ的な「魂」みたいなもの。

私たちはいま、「個人」か「社会」か、というような政治思想的な対立をよく議論します。けれどこの時代、個人の自由を得るために人びとが集まり、同盟を結び、国家を作った。個人と社会は地続きにつながっており、個人の生のために社会があり社会のために個人が死ぬという互恵的関係があったわけです。それこそが、ヨーロッパ的国民国家や民主主義の原型の1つでしょう。

そんな小難しい話は抜きにしても、理想を信じ、自分たちの後に何かを残すことを誓い、その目標を一途に目指して戦ったスイス農民の姿は、私はスイス人ではないので勘違いかもしれませんが、憧憬を抱くにじゅうぶんなもの。いまの価値観からどう見えるかはともかく、描かれた世界のなかで間違いなく存在した英雄――それは誰か特定の個人としてではなく理想や態度としてあらわれる――の姿に心が震えます。

本作『狼の口』はと中で打ち切りの憂き目に遭うこともなく、連載開始当初の打ち合わせ通りの形で完結させることが出来ました。

と「あとがき」で久慈先生が述べておられますが、読んでいて「そうだろうな」というのが伝わってくる、読者にとっても幸せな漫画でした。