このところ、世間でやけに「葬式ビジネス」みたいなものに対する反感とか批判みたいなものが高まっている感じがします。昔からそういう声はありましたが、なんかあちこちで、「葬式に金をかけるのは馬鹿らしい」みたいな言説がメディアに乗っているのを見かける。

私も、祖父が亡くなった際に法外な「戒名料」をとられ、葬儀だけで何百万かかったという話を聞いて、正直アホらしくてやっていられませんでした。その金があれば、何本エロゲーを買えるか。実にもったいない(違)。

匿名のうえに週刊ポストがソースなのでまったく信憑性がないのですが、こんな記事もありました。

 ▼「戒名の持ち込み 「タブー漢字もあるのでプロに依頼を」と僧侶」 

 葬儀といえば、戒名が高額なものというイメージもあるが、値段はどのように決まるのか。自らの寺院を持つ住職・副住職が一堂に会し、匿名を条件に暴露した。登場するのは甲信越地方の浄土宗の副住職A(43)、関西地方・浄土真宗の住職B(63)、関東地方・曹洞宗の住職C(50)の3人である。

曹洞宗C:戒名は宗派や寺の格によって大きく異なりますね。うちだと「居士(大姉)」で15万円ぐらいですが、他の寺や宗派だと倍以上することもある。

 ただ、その金額は「お布施」と同じようにあくまで寄付。そもそも昔は、寄付のお礼という意味で戒名をつけていた。それがいつの日からか、「居士はいくら」という話になってしまった。

(中略)

浄土宗A:最近は島田裕巳さんの『戒名は、自分で決める』(幻冬舎新書)という本の影響もあってか、戒名を持ち込んでくる人もいる。

 その中には「戒名の代金は払わない」といってくる檀家さんもいらっしゃいます。そういう人に限って、使ってはいけない漢字を入れてしまった「タブー戒名」をつけてきたりする。

 差別につながる言葉なのでここでは伏せますが、常用漢字にもそういう“落とし穴”があるので、プロに任せてほしいんですけどね。

※週刊ポスト2015年10月16・23日号

ほうぼうで突っ込みが入っていましたが、禁止文字があるとか言うなら、その辺気をつけるべきところをリストアップしてネットで公開でもしてくれって話ですよね。それはまあその通りだろうと。

ただ、おそらく実際の「まっとうな」お坊さんを呼んでとったコメントではないようにも見えます。というのは、このように「プロ」の仕事として戒名があり、それをつける技術料として(あるいは知識に対する報酬として)お礼を払うというのは完全にビジネスの発想で、宗教というのはそういう気配を隠すのが基本だから、こういう言い方はまずしないのではないかなと。そんなボロを簡単に見せるようなら、とっくの昔に消えていたはず。

まあそんな憶測はともかく、個人的に気になっているのは、葬式と仏教って何時頃からどうやって接近したんですかね。

もともとの仏教というのは先祖崇拝みたいなことはしないですし、教科書的な理解では「儒教と仏教が結びついて現在の日本の葬式仏教ができあがった」みたいな説明がされるけれど、現世利益を追求する密教系の呪術仏教と儒教がひっついたというのならまだしも、浄土宗みたいなのと儒教がひっついたってのは違和感があります。たとえば儒教は、「怪力乱神を語らず」と言われるように現実を離れたものを考慮しない現実的な思考を基本としますが、浄土宗や浄土真宗は、往生や極楽浄土といった他界に対する観念がその中心にあると言えるからです。

どちらかといえば儒教云々より、明治維新後、廃仏毀釈等の影響が大きいような気もする。浄土真宗とか国家神道との擦り寄りを問題にしていましたし、あのへんでごちゃごちゃしたんじゃないのかなあ。

素人考えとしては食合せが悪いようにも思えるのですが、なんかの儀式を媒介にしてひっついたとかなのかな。ちょっと本腰入れて調べてみようかしら。既に研究がきちんと進んでいる分野なのかもしれませんけれど。