先日Twitterでこういう記事が出ていまして。

 ▼「あまり本を読まない中学生・高校生が、夏休みに何か一つ小説を読んでみようと思ったときにお薦めしたい厳選10作」 

この記事自体には特にどうということもありません。おもしろそうな本をありがとうございます、くらいです。ただ、タイトルにある「あまり本を読まない中学生・高校生」 というのが私の意識を捉えました。

この方が「基準としては、「小説」であることと、あまり長くないこと、比較的入手しやすいこと、そして、読みやすくて、面白いこと」と書いておられる通り、要するに読みやすくエンターテインメント要素が強い、ということを象徴的に表現したフレーズだというのはわかるのですが、教育産業にタッチしている身分から言わせてもらうと、どうすれば「あまり本を読まない中学生・高校生」に本を読ませられるか、というのは冗談抜きに深刻な問題です。

いや、べつに無理やり読ませなくてもいいのかもしれませんけれども、私が関わったことのある「本を読まない中学生・高校生」というのは、「あまり」どころか「ぜんぜん」であり、その内実も私の想像を絶しているところがあった。

以下実体験や知人・友人から聞いた話に少しイロをつけて(内容からバレないよう)具体例を書いてみます。

・高校3年生で国立大の理系を受験しようという男子学生、あまりに国語ができないのでどのくらい本を読むか訊ねたら、 それまでの人生で教科書以外に読んだことのある本は『ハリー・ポッター』だけと言われた(しかもたぶん、あんまり読んでない)。

・某予備校の私立文系受験希望者クラスで小論文の講義をしていたら、「本文からの抜き書き」をまともにできない学生がクラスの半分以上だったため、話をすると中高の間に活字だけの本を1冊も読んでいないという学生が10名以上いた。

・都内の中学で、朝「読書の時間」というのを設けているが、本当に「読めない」のではなく「読まない」学生というのは多い。強制するスタイルが反感を買っているのかもしれないが、三年間一度も本をひらかなかった生徒が何人もいる。

・間接話法が読めない学生が増えた。たとえば「ドラえもんが、のび太くんキミは本当にダメだなぁと言っていたよ」という文章が出てくると、主語がドラえもんなのかのび太なのかキミなのか分からなくて混乱する。中学の国語の時間にこれで問題を出すと、クラスの半分くらいが間違える。

他人から聞いた話については嘘かホントかわからないのですが、ぶっちゃけどれも「えぇ……」となるような内容じゃないかと思います。あるいはこんなもの生ぬるくて、もっと酷い話をご存じの方もおられるやもしれませんが。

これが最近の学生に特有のことなのか、あるいは目立たなかっただけで昔からこんなものだったのか、そのあたりのことはわかりません。自分の狭い経験や適当な印象で話をして良いことだとも思わないので控えますけれど、文章を読む、という経験をあまりしないまま成長する学生が少なからずおり、しかも大学へ入れてしまうというのは、個人的には驚くべき事態という感じがします。

読書をしている人が偉いとか偉くないとか、そういう議論にはあまりしたくないのですが、少なくとも「読む」ことからさまざまな情報をひきだしたり、書かれてあることからものごとをイメージしたり、ということの内容が、そうとう異質なものになってきている印象は拭えません。たぶん、コミュニケーションのありかたとかも、そうとうの違いがあるんだろうと思われます。

こういうのって、「本を読まんのはけしからん」とか「本を読むようにしよう」とか言ったところでどうこうなる話でもないので、何をどうすることもできません。ただ、文化ってどうなっていくのかなと若干微妙な気持ちもします。まあ、それはそれで新しい文化が生まれてくるものなのかもしれませんが。

機会があれば、このあたりのことについてはもう少し詳しく書こうかなと思っています。