今日、数年来お世話になっていた職場の方がご病気で急逝されたという報を受け取りました。

ショックを受けるとともに、昨年ごろから体調を崩されていて、今年のはじめに脳梗塞にもなったと聞いていたので、来るべき時が来たかという感じもあり。 

友人の職場でも立て続けに似たようなことがあったそうなので、夏場に入ってきて体力が衰えるとか、そういうことが関係しているのかなとちょっと思ったりもしています。 実際には単なる偶然でしょうけど。

さて、人がこうして「いなくなって」みると、どうも後悔ばかりがおとずれます。もっとあの時会っていればよかったとか、もうすこし話をしたかったとか。

体調が悪くなったとうかがったころ、お見舞いに行こうという話が何度かあったのですが「いまお疲れのときにおしかけたらかえって迷惑じゃないか」と遠慮してしまったり、退院して自宅療養されていると聞いたときも、こちらで集まりがあってもお呼びをするとかえって気を使わせるのではないかとか考えてしまい、どうにも連絡を取りづらく、疎遠になってしまったのでした。

また元気になったらお話しましょう、と言っていたらこうなってしまいました。

ご存命のうちは、あたりまえのように「次」があるという意識でいたのですが、ほんとうに、いつその機会がなくなるかわかりません。恐ろしいものです。

ふと、自分の両親にもあまり孝行していないなぁということに思い至りました。私は両親とそんなに仲がよくはないのですが、最近よく電話がかかってきたり、なにかものが送られてきたりします。親にあんまり気を使う必要もないだろう、と結構邪険に扱っていたんですけど、いまあたりまえのように「次」があると思っている彼らも、ふとしたことで、もう二度と会えなくなる時がくるのかもしれません。孝行したい時分に親はなしとはよく言ったものですね。

なんだかんだ言って、「そのとき」は必ず訪れるものです。私も30を半ば近くすぎました。幸いにして今まであまり経験したことのなかった、親しい人との別れというものと無縁ではいられなくなるときが、おそらくは刻々と近づいているのでしょう。両親にかぎらず。

そうなった際、少しでも後悔をせずに済むように、心を整えておこうと、そんなことを思ったのでした。

とりあえず、まずは自分が死んだときにこの大量のエロゲーとグッズをどうするか考えとかないとな……。