本日は、昨晩遅くに投下されたライトノベル作家&シナリオライター健速氏の、この発言についてのお話。

 最近難しいと思うのが、現在のユーザーさんがほしがるものと、以前からのマニアの人達がほしがるものの乖離。株価で例えると株価の年平均がマニア層の評価で、今日の終値が今のユーザー層の評価。だから価値観のシフトが行われた時などにマニア層は全体と意見がずれてしまう。

 だからこなかな、かにしのときて、明日の世界よりを出すのはマニア視点では正しいんだけど、あの当時のユーザー層全体が全くそれを求めていなかった。あれ未だに私のゲームの売上ワースト記録で、褒めてくれたのはマニア層のみ(笑) 
あ、私のゲームってのは、企画からやったやつってことね。お手伝い結構あるから、その辺は除いてと。

 そのまったく逆の結果が六畳間と置き場がないかな。この二つはマニア層が全然褒めてくれなかったけど、売り上げではこの二つが一位と二位。

 だからどこに重点を置くかって事になるんだけど、そのバランスのとり方をどうしたいのかを、毎回クライアントの企業と頭を悩ませている訳です。今はどこのメーカーも出版社も、その辺苦労してると思います。
だそうで。『こなかな』(『こなたよりかなたまで』2003,F&C)、『かにしの』(『遥かに仰ぎ、麗しの』2006,PULLTOP)、『明日の世界より』(『そして明日の世界より――』2007,etude)という、懐かしい名前が。私の中ではかなり好きな作品群です。おお、私はマニア層になるのか。

健速氏はこの後、「老舗が依頼してきた時と、全くの新規メーカーが依頼してきた時で、同じ商品作ってちゃダメよー、という感じかな。」と述べ、クリエイターらしい目線で話を締めくくっておられました。しかし、この話って実はそれほど単純な二項対立的問題ではないですよね、たぶん。

▼最初に考えておかねばならないこと
氏の発言の裏とりは、本当はすべきなのでしょうが、とりあえず『そし明日』が売上伸びなくてワースト記録。『置き場がない!』(2010,あかべぇそふとつぅ)、『六畳間の侵略者!?』(2009~,HJ文庫)は比較的売れている、という前提で考えます。いちいち発言を疑っても仕方ないし、嘘つくメリットがそもそも無いでしょうし。ちゃんとやりたい、という方は、メーカーなりショップなりに問い合わせるなどして売上の裏をとってみてください。そして私にも教えてください(他力本願)。

さて、 氏の発言で気になるところが、さしあたり3つあります。
  1. 「売上ワースト」と「売上一位二位」の間には、どのくらい差があるのか。
  2. 株価の喩えはどういう意味か(あんまりぱっとわからない)。
  3.  どうして売上が低いほうの作品群を褒めているのが「以前からのマニア層」だと言えるのか。
「1」については、 気になるんですがさすがに正確なサーチをしづらいので、とりあえず「微差ではない」と考えておきます。また、そもそも単価の違うエロゲーと、シリーズで出ているラノベを単純に比較はできないと思いますので、『六畳間の侵略者!?』は今回の話から外そうと思います(私がエロゲーのほうが好きだからとかではなくて、単純に「ワースト」のほうがエロゲーだから)。

「2」は……割と頑張って考えたんですが、ぶっちゃけよくわかりません。誰かうまく解釈できた方がおられたら教えて下さい。

とりあえず健速氏の発言を見ると、「以前からのマニアの人達」「現在(当時)のユーザーさん」という対立構造を用意し、その説明だと言っておられます。これが結構クセモノというか。だって、普通に考えたらこの対比って時間的というか、「古参ユーザー vs 新規ユーザー」の話じゃないですか。でも、「年平均」と「今日の終値」ってあんまり新旧の話じゃないですよね。つまりこの比喩には、単純な新旧の対立図式だけじゃない何かがあるんだと思うのですが、それが何で、どう繋がってるのかがよくわかんない。何が言いたい喩えなのか……。以下想像ですが、「年平均」というのは長いスパンで行われている評価で、蓄積がある。「今日の終値」というのは、その時々の時流にあった一時的な評価=流行、みたいなニュアンスが含まれているのでしょうか。「価値観のシフトが行われた時などに」のような発言から察するに、それほど外れてはいない気がするけど、どんなもんでしょうね。

で、「3」。これは、実際にアンケート等で調査した結果とかもあるのかもしれませんが、直截的には恐らく「2」と関わっています。 どういうことかというと、実際に「以前からのマニア」かどうかとは関係なく、ある種の傾向を持った人びとの想定が先にあって、それに「以前からのマニア」という名前をつけたのではないか、ということです。

おそらく健速氏の言う「マニア層」というのは、老舗ブランド (最後の「老舗が依頼してきた時」から)についている固定ファン、みたいなイメージなのかなぁ。でもetudeさんは当時2作目ですから、そこから敷衍させて、長年ヲタクをやっている年齢層高めの人、という感じ。そして「現在のユーザー」というのは、大多数の流動的ユーザー。特に、購買層の主力である若い世代の新規ユーザーをイメージしているのではないかと思われます。

▼健速氏の発言内容のまとめ
私の説明が拙いせいもあってずいぶんグネグネした話になりましたが、 健速氏の発言を図式的にまとめると、以下のようになるかと思われます。
  • 古参ユーザーと新規ユーザーで作品の好みは違う(評価基準は違う)。
  • 古参ユーザーにウケる作品は評判にはなるがいまいち売れない。
  • 新規ユーザーにウケる作品は売れる。ただし、古参ユーザーの評判は悪い。
  • (※正確には、「評判の悪い作品のほうが売上が良いのは新規ユーザーにウケたためだと推測される」)
  • メーカー(や出版社)の抱えるファン層に応じて作る作品を変えていく必要がある。
 こんなところでしょうか。メーカー的には売上でるほうが良いんだろうけど、固定ファンの多いところは古いユーザーさんの割合が高いから、そういった人たちの満足度を上げることも重要だから、メーカーによって方針変えなきゃね、というのが結論ですね。あるいは、声の大きい人たちからはこのところ迷走気味に思われてるかもしれないけれど、マーケティングリサーチの結果意図的に路線を切り替えているんですというファンへの説明か。

ただ、氏の言っている内容にはちょっと疑問も残ります。まず、この古参ユーザー(「以前からのマニアの人達」)がどうこうというのは、健速氏が推測で語っておられる(もちろん、アンケートやらご自分の作風とかの根拠はあるのだと思いますが)だけで、確たる話ではないでしょう。『かにしの』でエロゲーにハマったという人は少なくないし、I'veの音楽イベントなんかに参加しておられる若いエロゲーマーの方と交流を持つと、『こなかな』をものすごく愛している人が少なからずいます。むしろそういう人から高い評価を聞くことのほうが多いような……。『そし明日』もその流れで手を出した方が多かったかもしれません。

まあ今の話も私の体験談なので統計的参考にはならないにしても、とりあえず健速氏の今回の話は、「マニア層」とか「以前からの」とか「現在の」とかいう話は取っ払って、「評判がいいことと売れ行きがいいことがリンクしない場合があって、その原因はユーザーの好みの違いにある」くらいに限定して読むのが良いんじゃないかと思います。 エロゲーマーなりラノベ読者なりの世代間の趣味趣向の差の話は(用語としては使っているけど実質的には)ほとんどしていないので、混ぜるといらん方向に飛び火するうえにあんまり実りある話にはならないでしょう。

 ▼評価と売上の解離(1) タイムラグ
で、評価と売上が結びつくかどうかという話なんですが、これはなかなか難しい問題。特に評価のほうは、どんなバイアスかかってるかわかんない。

たとえば、分かりやすいのは「タイムラグ」です。音楽CDなんかではよくあることだそうですが、あるアーチストの「一番売れた歌」が「一番人気の歌」と一致しないことというのは時々あるんだそうです。その原因は、タイムラグ。

どういうことかと言いますと、新人なり無名なりのアーチストがある曲で大ブレイクした場合、コマーシャルとかが活発になるのは次の曲からです。ゆえに、ブレイクした有名な曲の次に出た曲の売上が一番伸びるんだとか。まあもちろんブレイクした曲が化け物じみていたらそのルールにはあてはまらないのでしょうが、こういうタイムラグが発生したとも考えられます。

 ▼評価と売上の解離(2) サイレント魔女
もう一つ、健速氏とは別の角度から「母集団」について考えておく必要があります。そもそも、「マニア層が褒めた」って、どこのマニア層だよって話もありまして……。

とりあえず、『こなかな』や『かにしの』、『そし明日』のようにテーマ性で押すタイプの物語というのは、やりおえた後に積極的に語りたがる人がプレイすることが多いでしょう。 また、そもそも評判を聞いてプレイしようという人も、そういうタイプが多いハズ。実際、エロゲー批評空間さんの投稿データ数を見れば一目瞭然。

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『こなかな』1528、『そし明日』1262、『かにしの』2427、『置き場』391。(※2014年1月5日現在)

点数なんかを見る限り、「マニア層」がエロゲー批評空間さんに投稿しているような層だと仮定すれば、確かに評価がわかれてますね。『そし明日』は評価高いし、『置き場がない!』は中央値にして10点以上低い。

で、『こなかな』や『そし明日』、『かにしの』のような作品は、もちろん肌に合わなかった人も多数おられるでしょうが、広範囲のエロゲーマーにではなくて、エロゲーの感想を書いたり点数をつけたりして情報を発信したがる人を中心にウケた、ということが言えそうです。発信好きであるということはデータ的に言っていいと思う。(点数入力しているユーザーの平均年齢とかSQLで割り出したら、「以前からの」かどうか分かるかもしれませんね)

そもそも売れ行きの少ないゲームというのは感想を言う人も一握り。その一握りの人たちの大部分が好意的に見るわけですから、良い評判がどんどん出回る、ということがありそうです。逆に、『置き場がない!』のような作風のゲームは、特に「発信したがる」人にはウケない。ウケなかったから発信したがる人はマイナスの評価を発信する。そういう可能性もあります。

実際、挙がっていた4作品の中で一番売れているはずの『置き場がない!』が、「エロゲー批評空間」さんに書き込んだ人が一番少ないのですから、プレイしたけれど特に声をあげない「サイレントマジョリティ」がたくさんいるわけです。彼らは、もしかすると感想や採点をする気力も奪われてガッカリしているのかもしれませんが、実はものすごく面白かったと思っているかもしれない。単に発信しないだけで。

こうなると、健速氏が分析を試みておられたように、表に出てくる作品評価と、ユーザーの性質との、密接な繋がりが問題となりそうです。ただ、それが氏の言うような「以前からのマニア」とかなのかどうかは分かりませんが。

 ▼評価と売上の解離(3) とくてん! 他
また、エロゲーなら「特典」の問題なんかも考えねばなりません。『置き場がない!』は特装版にフィギュアがついてきたし、ショップごとの特典に布モノが入っています。あと、主題歌が福山芳樹氏。そういう、ゲーム外の話題で購買力が底上げされていた可能性にも目を向ける必要があるでしょう。

あとは単純に絵の問題とかもありますし。有葉さんに比べて植田亮さんが不人気だ! とまでは言わないにしても、よく耳にする「エロゲーの売上は初動でほとんど決まる」というのが事実なら、買ってみるまで分からないシナリオの性質より、買う前にわかっている部分で差がついている、という話も通るのではないかなぁ。

そういった要素については、特典、原画にえとせとら、えとせとら。考え始めるとキリがありません。

▼まとめ
クリエイターの方がおっしゃることですから、私のようなユーザーよりは「実感」のともなったことなのでしょうが、分析として読んだ場合はやはり、ちょっと首を傾げざるを得ないかなぁ。こんなふうにクリエイターさんが、「こういう理由なんだよ!」って言っちゃうと、多くの人が参照したり引用したりで「定説」のように広まっていくけれど、やっぱり余りに無批判なのは怖いし、軽く待ったをかけるようなことも書いてみました。そんなの、私に言われるまでもなく分かってるよという方には大きなお世話ですのでごめんなさい。

とりあえず今回の健速氏の一連の発言を扱うなら、次の2パターンくらいかなと思います。
  1. マーケティング用のデータとして、「『置き場がない!』は売れたけど『そし明日』は売れなかった」という部分だけを取り出す。
  2. 健速氏が、ご自分の作品を古くからの「マニア層」に向けた『こなかな』、『かにしの』、『そし明日』路線と、現在のユーザー層に向けた『置き場がない!』、『六畳間』路線に分けて考えている。または、その両者の評価と売上が別れた原因を、ユーザーの趣向の問題であると考えている。という部分を取り出して、健速氏の作家性について考える。
長々と考えて書いてみたけれど、私には余り上手に使いこなせそうな情報ではなかったという印象です。