雨月さん(@udk91)を通して紹介して頂いた『2次元メディア・コンテンツ研究』Vol.2を、ようやっと読了しました。お礼も兼ねて感想など書いてみます。

3本の論考から成っていました。構成は以下。

 1.紙媒体最終話最速評論『結城友奈は勇者である』 ――タカヒロとStudio五組の勇者論―― (雨月)
 2.『楽園追放』 ――虚淵玄の問いかける楽園と人類の限界―― (雨月)
 3.ライトノベルの成功論2 ――小説家になろうから作家デビューして売れる本を書くための方法論―― (無想)

どれも興味深く拝読しましたが、『結城友奈は勇者である』と『楽園追放』は視聴していないので(ネタバレは気にしない)、「3.ライトノベルの成功論2」についてのみ言及します。

◆「ライトノベルの成功論2」 について
著者は無想さん(@musou_k)。

▼「1.はじめに」 (p.15~)
まず、全体の「前書き」や論考のサブタイトル、「はじめに」から、本書は研究・考察を狙ったものであり、基本的に「論」であるとみなして読みました。

論考冒頭の辞によれば、Webサイト「「小説家になろう」のランキング上位になるための必要な要素や、書籍化の成功に必要なことを考察し、最後に電子書籍の可能性について考えていく」のが狙い。結論は、「異性として異世界転生した俺は、異世界最強ハーレム人生を目指す!」になるのだとのこと。

▼「2.なろうランキングの上位になるための必要な要素」 (p.15~)
「小説家になろう」(以下「なろう」)のランキング上位になるために必要な要素として、論者は「なろう」累計ランキングBEST10を挙げ、そこから幾つかの要素をピックアップしていきます。たとえば、「転生前の経験・知識による無双」、「ステータスの表示」、「強大な魔力」、「ハーレムの形成」などです。リサーチ系の基本ともいえる方法ですが、しかし、私はここでけつまずきました。

理由は3つあります。(1)どういう判断基準で要素が選ばれたのかわからない。(2)その要素の中に挙げられている具体的な作品が適切だと思わない。(3)ほんとうにその要素が「ランキング上位になるための必要な要素」なのかについて根拠が書かれていない。

(1)についてですが、たとえば「ステータスの表示」という要素。累計ランキングTOP10の中(※『2次元メディア・コンテンツ研究』Vol.2 の時点では10位が『フェアリーテイル・クロニクル』だったが、2015年1月14日現在では10位が『転生したらスライムだった件』に変わっている。他は順位変更なし。ここでは論者が参考にしている『フェアリーテイル・クロニクル』を10位として話をすすめる)で、論者が触れているような意味でのステータス表示を採用しているのは、3位『異世界迷宮で奴隷ハーレムを』、5位『ありふれた職業で世界最強』、6位『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』、7位『盾の勇者の成り上がり』の4作品くらい。「ステータスかそれに類する要素を導入している」という程度ならわかるのですが、論者が言うように「体力や魔力などの数値、どのようなスキルを保有しているかを確認することができ」、そのわかりやすさがウケているのだ、というのはいささか乱暴に見えます。ついでにいえば『フェアリーテイル・クロニクル』は、「これが現実だと確信した理由の一つが、ゲームの能力を使えるくせに、ステータスの参照が出来ない事である」(第一話)と、ステータスの表示ができないことをリアリティの梃子として用いているので、ランキングを用いて証拠とするならそのあたりのことにも触れなければアンフェアでしょう。

また論者は、「『ありふれた職業で世界最強』や、年間ランキング35位の『神眼の勇者』などでは……」と、折角ランキングを引用したにもかかわらず、ランキング外の『神殿の勇者』を突如として引用しています。なぜ他のランキング内作品ではなく、『神殿の勇者』を敢えて採用したのか。この辺りにも若干、論の運びに疑問を覚えました。書籍化が決まったからでしょうか? しかしランキング中の2位を除き、すべてが書籍化しているのでやはり35位から召喚する意図がいまひとつわかりません。

他の要素についても、概ね似たような感じです。妥当性が高そうに見えるのは、「ハーレムの形成」くらいでしょうか。

続いて、(2)。「周囲を見返す展開」の例として『八男って、それはないでしょう!』(以下、『八男』)が挙げられていますが、これは正直どうかと思います。『八男』はたしかに「貧乏貴族の八男で、立場は低かった」けれど、「周りを見返す」という展開には到底読めません。むしろ幼い頃から「神童」扱いで、実家ではその力を見込まれて「家の乗っ取り」を持ちかけられたり、隠そうとしていたのに大魔法使いの弟子であることがバレて士官させられたりと、どちらかと言えば過大評価されて本人もノリノリ、という物語です。この例ならば、最初は理不尽な罠にはめられ迫害を受けつつ戦闘の活躍で次第に受け容れられていく『盾の勇者の成り上がり』のほうが妥当であると思うのですが……。(また、この要素についても『神眼の勇者』が出てきます)

『八男』については他の参照部分でも、「かなり頑張らないとそうは読めないんじゃ……」というところがあります。たとえば、「転生前の経験・知識による無双」の項目でも引き合いに出されています。たしかに指摘される通りの事実はあるものの、『八男』の主人公ヴェンデリンの特徴は現世の知識より異様な魔力のほうにあり、その力は幼少時から自覚的に訓練したことであるということが最初から繰り返され、最近になって異界からの転生者の持つ特徴というのも加わっています。そちらがメインであって、この作品については経験や知識は帝国内戦時くらいしか本格的には役に立っていないと言えるのではないでしょうか。

せっかく、「ランキング上位」の作品をピックアップしたのに、それらについてあまり適切な分析・解釈がされていないなぁという印象を受けました。参考文献も偏っており、資料として挙げるからにはせめてTOP10の作品には全て目を通し、言及があってもよかったのではないかと思います。

最後(3)についてですが、これはそのままです。『神眼の勇者』を引っ張ってきたこともそうですが、なぜそう言えるのか、という部分の説明がほとんどありません。たとえば「色々な亞人族」というのが人気要素として記載されていますが、亞人族を登場させている作品というのは、それこそ星の数ほどあるはずです。しかし、『謙虚、堅実をモットーに生きております!』や『八男』(最近魔族が出てきましたが長い間亞人はいなかった気がします)、『理想のヒモ生活』あたりには亞人はほとんど出てこない。「亞人」が「なろう」での人気要素だと言うには、たとえば「なろう」小説全体では5割~6割の亞人率だけど、TOP50では7割を越えている、というような比較が必要なはずです。そのあたりの手続き的な部分があまりよくわかりませんでした。

その他の要素も概ねそうですね。俺TUEE無双やリベンジ展開、ステータス表示などは「なろう」小説の特徴として挙げるなら分かる気がしますが、「上位になるために必要な要素」かと言われると、むしろランキングTOP10が示すのは、「なくても上位になれる」ということのように思われます。

この辺り、単に「なろう」小説の特徴を書いただけだったのか、「なろう」小説の特徴だからそこを強調した方がいいという考えなのか、それとも根拠はないけれど論者がそう思っているということなのか、はっきりしません。はっきりしないので読んでも判断を保留するしかなく、感想も言えない、という感じです。

それとは別に、これは書き方の問題として、「ライトノベルの成功論」という論のタイトルともかかわる部分でちょっとした引っかかりを覚えました。具体的には、「主人公の性別は男性に設定すべき?」(p.17)という要素(主人公の性別要素)についての言及の箇所です。

これ、「なろう」小説でランキングTOP10に来ている作品は圧倒的に男性主人公が多い、という話として読めば、それなりに納得はできます。ただ、先日よりまとめていた「なろう小説オススメ」でも触れた通り(この記事)、女性主人公の作品自体は決して少ないわけではないし、ランキング上位にまったくいないわけでもありません。また、アリアンローズ文庫などいわゆる「女性向け」レーベルで積極的に書籍化されています。

論者は、「ライトノベルの主な読者層は男性」であり、「ライトノベルにおいては、男性を主人公に設定する方が無難である」と述べていますが、この部分はもう少し慎重に扱ったほうが良いのではないかと思います。いわゆる少女小説のようなものを、「ライトノベル」の中に入れるのか否か。入れるのであれば「ライトノベルの主な読者層は男性」というのはやはり乱暴な議論ですし、「なろう」小説だけで「ライトノベル」全体を引き受けた語り方をしていいのか、というのが問題になるでしょう。

たとえば『ライトノベル・スタディーズ』(青弓社、2013年)所収の論文・山中智省「ライトノベル史再考」では、「ライトノベルとSF作品、あるいは少女小説との関係をめぐる動向など、取り上げるべき課題はまだ数多い」(『ラノスタ』p.65)のように書かれており、「SF」や「少女小説」とひとまず区切った形で「ライトノベル」というものを慎重に定義しています。しかし本論考では、「なろう」小説の話をしていたはずがいきなり(どういう範囲を想定しているのかよくわからない)「ライトノベル」全体の話へと移ってしまっており、いささかとんでいるな、という感じを受けました。

「なろう」小説とライトノベルを享受する層は同じなのか。両者をそのまま重ねてしまって良いのか。「論」としてあるいは「研究」として考えた場合、対象となるものが何であるかを明示するのは基本であり、その範囲に関する先行の議論を踏まえていないというのは物足りない感じがします。


▼「3.書籍化の成功に必要なこと」 (p.18~)
ここからはマーケティングというか、「なろう」小説が書籍化されていくうえで「売上」を伸ばすにはどうすればいいか、という話がなされています。
・本のサイズと価格を適切にしよう!
・萌えるイラストにしよう!
・WEB上の公開コンテストの課題
という3項目について言及され、それぞれ文庫サイズ・1000円以下にする、萌えるイラストにする、「編集者の評価と読者の評価は違う、というふうに、論者が考えるマーケティングの理想が書かれています。

ただ、これについては業界の事情などもあるので私はよくわかりませんし、またそのよくわからない部分についてこの論で、しっかりした調査が行われていたり説得的な議論が展開されているとも思いませんでした。

たとえば1000円B6版というサイズについて否定的な意見がありますが、これはまあ感覚的にそうだろうな、という感じはします。B6版で出ているのは論者が指摘するとおり1冊あたりの利潤の大きさ、というのを想定しているのだと思われますし、富士見ファンタジアや電撃文庫、最近ではモンスター文庫のようなもともと文庫からデビューしている作品は当然文庫サイズで出版され、『白の皇国物語』や『ゲート』はそれなりに人気が出たと見るや、B6版につづいて文庫化が進んでいます。おそらく文庫の方が売れるのでしょう。

また絵についても、そりゃあ「絵買い」などということばがあるくらいですから、絵のクオリティが高いほうが売れるに決まっています。しかし、その絵の善し悪しの基準は何なのか。

論者は次のように書いています。

例えば、電撃文庫の「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」や、MF文庫Jの「僕は友達が少ない」のイラストは非常に可愛くて萌えるイラストであり、これらの作品はメディアミックスに成功している。一方、なろう累計ランキング1位の『無職転生 ~異世界行ったら本気だす』のイラストは確かに上手くて綺麗なイラストではあるが、萌えイラストではない。

「萌えイラスト」と「上手くて綺麗」だけどそうではないイラストの違いは何なのか。いち読者としては、そこが気になるのですが、言及はありません。『フルメタル・パニック』や『狼と香辛料』の絵は、萌えなのでしょうか。そうではないのでしょうか。また、イラストはどのくらいセールスと結びつくのでしょうか。そもそも、メディアミックスについては出版社の事情などもあるので、一概に「萌えイラストかどうか」が売上の決め手になるという話にもしづらいでしょう。「絵買いというのがあるから萌え絵のほうが良い」というだけならそれは誰でも言える当たり前のことにすぎないので、何か数字を伴った根拠のようなものがあれば、より興味深く説得的な話になったのではないかと思われます。

▼「4.電子書籍の可能性」 (p.20~)
この部分については、数字なども使って興味深い内容が書かれていました。電子書籍の現状や将来の見通しについて、勉強になった、という感じです。

ただ、「なろう」小説とのつながりについてはほとんどないというか、ものすごく唐突に出てきた感じがあります。偉そうで恐縮ですが、別々のテーマとして分けても良かったのではないか、と。

むしろこちらの視点で掘り下げた内容をいろいろ拝読したかったですね。

▼「5.まとめ」 (p.21~)
一応、電子書籍にするには……という内容を盛り込んで、これまでのまとめとなっています。「男性主人公にするほうが無難」と言っていたはずなのですが、男性がTS(トランスジェンダー)して「異性として異世界転生」するのが売れる秘訣だ、となるのはどうしてなのか、いまだによくわからないままでいまひとつスッキリしませんが、世間一般のテンプレート的な「なろう」小説像に着地させて終わり、という感じでした。

◆総括
ううむ……。同人誌として出されているもの、しかもお知り合いの本についてこういう感想を書くのはどうなの、というコメントになってしまった気もするのですが、忌憚のないところを書くのが「論」に対してはむしろ礼儀かなと思うので、できるだけ細かく根拠を付して書いたつもりです。

上を読んで貰えば分かる通り、失礼ながらあまりクオリティが高い内容とは思いませんでした。私の未熟ゆえに論者の意図を汲み取れていない部分もあれば、「なろう」小説の世界に足を踏み入れたばかりの私が、ちょっとかじった程度の知識と経験で色々指摘しているのもどうよという感じもありますので、勘違いや誤解等があればご叱責のうえお教えいただければ幸いです。

言い訳じみて聞こえるかもしれませんが、お断りしておきたいのは、私にはこの論を非難したりする意図はありません。むしろこういった論を積み重ね、クオリティをあげていくことによって、「なろう」小説をめぐる言説というのがより成熟したものになっていくのだと思っています。だから、とても意味があると言いますか。

現状、ごく一部でしか存在しない「なろう」小説に関する論考をお書きになるということはとても大変なことだし、それだけで、(上から目線ですが)何もせずにケチをつけているだけの私なんかよりはるかに重要なお仕事をしておられると思います。だから私は、その生産性に参与させていただく、あるいはおこぼれにあずかるというくらいのつもりでいます。

ただ、このままではやはり調査・研究としては良質なものとは思い難く、気になった点を指摘させていただくことで、次の刊行物に何らか反映できる部分が出てくるかもしれないと考えてこうした記事を書きました。

次回、コミケや文フリ等で刊行物が出たとき、許されるならまた購入させていただきたいし、「なろう」小説に関して引き続きご所論を拝読したいと思っています。