よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2020年03月

マスクのこと。

最近、近所の薬局にマスクがよく入荷しています。18時ごろに「緊急入荷ですー」ってやってるんですけど、たぶん朝に売ると並べる人しか買えないから、お勤め帰りの人が出始める時間帯に売ってくれてるのかなと思ったり。

65枚で税込600円の箱なんで割と良心的です。中国製ですけどを

また、今日仕事帰りに秋葉原のオノデンで5枚入りマスクが大量に売ってるのを見かけました。お値段は500円。日本製なのかなぁ、それにしても高い。50枚で5000円ですからね。

まぁ不当な値段ではないのでしょうが、幸いまだあと2ヶ月戦えるだけのマスクを確保できているので(花粉症なので常にマスク買い込んでた)、そのお値段はちょっとなーと。

しかし、一時期はほんとうに見かけなかったマスクを割と見るようになったので気持ちが落ち着きます。売り方が変わったのか、生産が追いつき始めたのか。

供給体制が少しでも早く整ってほしいですね。

ようやくエロゲー買いに行った話。

月末金曜日が「外出自粛」だったので、今日ようやくエロゲー引き取りに行ってきました。『恋楯』『アルスマグナ』の2本のみだったのですが、勢いで『俺の知らぬ間に彼女が』も買っちゃいました。

しかし、月末イベントもなかったしキャララも中止だし、コロナのおかげで寂しい3月末になりましたね。年度末だというのに……。

そしてコミケも中止。ハチサマも中止。しょんぼりです。

とりあえず今から小池知事の会見見まーす……。

結局明日から。

「瀬戸際」の週末が終わろうとしています。都民として外出の自粛にも応じてきたつもりだし、世間的にも相当人の動きは止まっていたように感じたのですが、結局のところ明日からまた通常運転に戻って良いのでしょうか。

金曜日の時点では、「21日間程度の自粛」を呼びかける向きもあったようですがその日数は明記されませんでしたし、政府方針、都の方針の効果についてどう考えるかということ、近隣諸県の動向を踏まえて経済活動をどのように運んでいくかということは、未だ示されていません。

週明けから、仕事が始まります。

当然、東京から外に出て行く人もいるでしょうし、それ以上に周辺の県から東京に入ってくる人がいます。彼らが都心からウィルスを持ち帰ったり逆に持ち込んだりということは当然考えねばならないわけで、いよいよ1日の感染判明者が70人を超えようとしている現在、早急に手を打たなくて良いのですか? という疑問はつきまといます。

よしんば、明日新規感染者が100人に届いたとしましょう。そうなってから明日の夜にロックダウンが宣言されたとして、その1日の遅れや状況判断の甘さがもっと深刻な事態を引き起こすかも知れないわけです。いま、対応しなくて良いのか。警戒レベルはどの程度なのか。そのことを、都民(ならびに近隣の県の人びと)が共有しなくて大丈夫なのかな、と。

危機感を煽ってばかりいても仕方ないのですが、都知事からの強い要請があった以上、それに対する総括というか、応えた都民に対する反応をやはりこの29日のうちにしてほしい。するのが当然ではないのか、という気持ちがあります。別に、「お疲れ様でした、明日はちょっと様子見をしましょう」でも良いんですよ。新しいことがなくても、新しいことをしません、というメッセージを発することには意味があるはずです。

まあ、この時点で何もないってことは今日はもう発表とか会見はないのかなぁ。都庁の会見予定は組まれてないし。うちの社は、明日から来いってことになりましたけど、ほんとうにそれで良いんでしょうかねぇ……。

嵐の前の。

コロナ騒ぎでこの週末は人出が減り、しかも明日関東は雪が降るということで、なんかもう完全に外に出られない感じになってきました。

まあ、週明けに出張行けとか言うわけのわからない話(しかも他県ですからね!)が来たんですが、それを除けば非常に落ち着いた、平穏な時間を過ごしています。

今週は自宅からのテレワークになって、ほんとうにゆったりした仕事環境、生活時間を思い出しました。案外これで何とかなるなら、今後ものんびりとした仕事を続けたいなぁ。そういう方向にシフトしないですかね。

おとなしく寝よう。

とりあえず、家でおとなしくしている。

それがいちばんだいじ。

Amazonとか宅配ピザは頼んでもいいのかな……。

混迷を避けるために必要な、たった1つのこと。(たぶん)

コロナを巡る情勢は混迷を極めてきたなぁという印象です。

よく、いまの学校教育は「答えのない問いに立ち向かう力を養う」などと言われますが、まさにいまそれが要求されているのでしょう。

同時に、そうはいっても私たちの多くは「答え」を求め続けているということも透けて見えます。あるいは答えではなく結果、というべきでしょうか。要するに自分の周りがうまくいけばいい。それが大多数の本音かもしれないなぁと、見ていて思います。

正直言えば、どのような対応をとろうが被害は止められません。被害ゼロは不可能です。また、あちらを立てればこちらが立たないのも自明で、ある部分で成功すれば別の部分では失敗という評価を受けるというのも明らかです。そうじゃない、八方丸く収まる可能性があるなら是非世界に向けて発信すべきです。ノーベル賞だって夢じゃ無いかもしれません。

こうした状況下において必要なことは何か。

私は、「ゴールを明示すること」だと思います。

いま、私たちは「感染の爆発的増加」を防ぐためにさまざまな自粛(という名前の我慢)を強いられています。しかし、どうすれば押さえ込むのに成功したと言えるのでしょうか。専門家なり政府が終わり、といえばそこで終わりなんでしょうけど、ゴールが見えないんですよね。

たとえば、昨日東京都の新たな感染者数が40名をこえました。これが、3月いっぱい100名にならないようにしましょう、とかだと分かりやすい(実際には効果がでるのは10~14日後だそうなので、もう少し長期的な目標設定になると思いますが)。毎日うまくいってるなとか、やばいな、とか、そういう感覚も分かるので先が見えない不安からは解放されます。また、設定した目標が妥当なものであったかどうかということも明確に検討・反省することができます。

ただ、これは政治家にとって勇気がいることです。なぜなら、その試みが成功したか失敗したかもハッキリしてしまうからです。

ふつうの感覚からすれば、成功か失敗かがハッキリするのは良いことでしょう。しかし、政治家は失敗したら責任をとらなければなりません。責任を追及されたら困るんです。

たとえば、先日の「学校休校要請」。これもいきなりやりましょう、と言われて、期限はなんとなく見えてきましたが(次の専門家会議までかな? という)、どういう結果を狙っているのかが明確になっていませんでした。たとえば「10日後に、全国の感染者数の増加率を10%未満に抑えることを目標に」のように言っていたらどうでしょう? 10%未満におさまったところは解除、そうでなかったところは継続、という指針がハッキリしますので混乱は避けられます。また、その10%という数値が妥当であったかそうでなかったかも、後で振り返ることができます。

しかし、そういう具体性がない、なんとなくやりましょうみたいな話しかないとあの試みが成功だったと言い張ることは容易です。同時に、失敗だったと攻撃することもできるわけですがそれはもうただの水掛け論にしかなりません。極論、その後で感染の大爆発が起こっても「あの試みは成功したが、その後でまずいことがおこった」とか「あの試みがなければもっと酷いことになっていた」のような後出しじゃんけんが可能なのです。

というか、具体的な数値目標や期限を定めないというのは、そういう逃げ道を作ることです。それでは、責任ある政治家とは言えないのではないかと私は思います。相当難しいことは分かりますし私は政治に関わっている人間ではない気楽さで言っているだけではあるのですが、でも責任ある立場ってそれをやるからこそ意味があるはずです。会社の上司とかも同じじゃないですかね? 「頑張ってください」だけ言われても困るわけです。何を目指していつまで頑張れば良いの? っていう。で、後でそ設定値の妥当性についての吟味(PDCAサイクル)が可能になる。

行う施策について、具体的な数値・期限目標をつける。

これだけで全体の動き方は全然変わってくると思います。今からでも遅くないので是非やっていただきたいし、それができる人が指揮棒を振るってくれるのが望ましいのかなぁと思うのですが、どんなもんでしょうね。

桜の花が咲き乱れ。

そしていつか大人に変わる、そんなことに気がつかないんですよねー。

何だこいつ何言ってるんだという人は、Leafボーカルコレクションを聴きましょう、ええ、是非。

それはさておき、だいぶ華やかに桜が咲き誇っています。絶好のお花見日和ですが、昨今の情勢考えるとなかなかやりづらい感ありますね。

最近本当に暖かい年が続き、3月末には桜はほとんど散ってるみたいなことが増えました。

入学式の頃には散ってしまっているかもしれません。桜舞う中新学年、という風物詩的な描写も過去のものになるのかなぁ。卒業式が桜の中になってますしね。

神も仏も。

イタリアの聖職者がたいへんなことになってるそうで。

 ▼「イタリアの聖職者らが相次ぎ死亡、患者の臨終に立ち会い」(AFP BB NEWS)

【3月23日 AFP】
イタリアで、危篤に陥った新型コロナウイルス感染者らの臨終の際、祝福を与えた聖職者らが、次々と命を落としていることがわかった。

 カトリック系日刊紙「アベニーレ(Avvenire)」は19日、同国北部の主要な産業都市ミラノ(Milan)の北東に位置するベルガモ(Bergamo)教区で、新型コロナウイルス感染症により少なくとも10人の聖職者が死亡していると報じた。同教区は、新型ウイルスが最も猛威を振るっている地域とされている。


 同紙は、聖職者や教会員の死者数は「あまりにも多く、数えるのは難しい」と述べている。

 さらには、パルマ(Parma)で新たに5人が死亡。ブレシア(Brescia)、クレモナ(Cremona)の他、ミラノでもさらに多くの聖職者らが、新型ウイルスに関連して亡くなった事実が明らかになった。

 これらの教区はすべて伊北部に集中。この地域は、4週間前に同国で初の死者が報告されて以来、流行の中心地になっている。

  同国では、聖職者は医師と同じように、重篤な状態にある感染者らと接触する。

 伊ANSA通信による19日時点の集計では、新型ウイルスによって死亡した医師の数は13人。

 だが同国では、これまでに少なくとも聖職者18人の死が報じられており、現地メディアが伝えた数字では、聖職者の死者数が医師よりも多いことが示唆されている。

 伊通信社ADNクロノス(Adnkronos)の取材に対してある神父は、「われわれ聖職者は、マスクと帽子と手袋とローブ、そして防護用の眼鏡を着用し、聖堂の中をゾンビのように歩き回る」と話した。

中世ヨーロッパでペストが大流行したときも、ペストの原因は空気中の悪魔の力だと思われていたせいで、「聖職者なら信仰の力で悪魔を撃退できるからマスクとかしなくて大丈夫!」という理屈でいっさいの防御なしにペストの戦場へ送り込まれ、バタバタ倒れていったというエピソードがあります。

キリスト教って大変ですね……。

まあ、ゆうて当時のマスクって例のペストマスクですけど。

pest

とんがってる鳥のくちばしみたいなところに薬草つめて、空気を清浄化しようとしてたらしいですね(もちろん何の意味もない)。中世のウィルスガードみたいなもんか……。

ローマ法王が「教会閉鎖するな」といった話とかもあって、割と混沌としてきました。宗教的な救いが無意味だとは思いませんが、そのために現実的な医療アプローチに支障をきたしているんだと本末転倒という気がします。うまいこと科学と融合していかないといかんのじゃないでしょうか。

ソフトハウスキャラを想う。

ソフトハウスキャラが解散する、という情報がTwitterで飛び込んできたのは、今日の昼過ぎだった。驚き、暫し呆然とした。正直、ワニの100日を追うくらいならキャラの100日を追いたかった。

chara

驚きは、私だけのものではなかっただろう。1時間も経たずに3000近いリツイートをされていたことが、エロゲーユーザー界隈にとっていかに衝撃的な事件だったかを物語っている。



ただ、驚きと同時に、来るべきものが来たかという率直な印象もあった。ここ数年、キャラのゲームはあまり勢いがあるとは言えず、古参ユーザーからの根強い支持こそあれ、店舗に並ぶゲームの状況を見ていると昔日ほどの売り上げがあるとはとうてい見えなかったからだ。

それでも。

私にとってキャラというブランドは特別な位置を占めるブランドであり、「休止」ではなく「解散・廃業」という事態のもたらすインパクトは到底筆舌に尽くしがたいものがある。

そんなことを言うならば、お前がもっとキャラのゲームを買えば良かったのだと言われるかもしれない。だが、それに対しては胸を張って言おう。私は、すべてのキャラの作品を購入してきた。Wikipediaの情報を転載すれば、これだけの作品がある。発売日当日に買っていないものもあるが、『南国ドミニオン』から『その大樹は魔界を喰らう!』までは全て予約で買ったし、ユーザーカードも結構送った。

2000年2月25日 - 葵屋まっしぐら
2000年9月22日 - うえはぁす 〜お姫様は今日も危険でした〜
2001年4月20日 - 海賊王冠
2001年10月26日 - 真昼に踊る犯罪者
2002年7月12日 - アルフレッド学園魔物大隊
2003年3月28日 - ブラウン通り三番目
2003年12月12日 - レベルジャスティス
2004年6月25日 - 巣作りドラゴン
2005年2月18日 - 南国ドミニオン
2005年9月30日 - ダンシング・クレイジーズ
2006年6月16日 - グリンスヴァールの森の中 〜成長する学園〜
2007年6月29日 - 王賊
2008年5月30日 - ウィザーズクライマー
2009年3月27日 - DAISOUNAN
2009年12月18日 - 忍流
2010年7月30日 - BUNNYBLACK
2011年6月24日 - 雪鬼屋温泉記
2012年1月27日 - BUNNYBLACK 2
2012年9月28日 - 門を守るお仕事
2013年6月21日 - BUNNYBLACK 3
2014年6月27日 - アウトベジタブルズ
2015年2月27日 - 悪魔娘の看板料理
2015年12月18日 - その古城に勇者砲あり!
2016年6月24日 - プラネット ドラゴン
2017年3月24日 - 呪いの魔剣に闇憑き乙女
2017年8月25日 - 領地貴族
2018年4月27日 - その大樹は魔界を喰らう!
2018年11月30日 - 悪魔聖女~デーモンガール・ステップ~
2019年12月20日 - 巣作りカリンちゃん

電気外祭りに出店していた際には当たらぬと知りつつくじに参加もしたし、相応の「買って応援」はしてきたつもりである。それでも愛が足りないのだ、もっと金を落とせば良かったのだと言われれば返すことばもないが、惜しむ気持ちが本物であることは私自身の矜持にかけて主張しておきたい。ただ、その割にグッズとかキャンペーンの景品とか一切、ほんとうに一度も当たらなかった。そういう意味では片思いにおわる運命のメーカーだったのかもしれない。(ninetailとかは当たりまくってる。色紙だけで3回かな。やはり触手との相性は最高なのだろう)

さて、私にとってのキャラは「遊べるゲームを作る」メーカーだった。

コンシューマゲームが華やかなりし90年代、パソコンゲームには「亜流」のコンプレックスがあったように思う。ファルコムやKSS、TGLのようなパソコンゲームメーカーはあったが、どれもコンシューマゲームのような大ヒットを飛ばすことはなかった。今にして思えばそれもそのはずで、パソコンなど当時はまったく普及していなかったし、そのせいでコミュニケーションツールとしてのゲームの役割を果たすことができなかったのだ。要するに、学校に行って友達とドラクエやFFの話はできても、『英雄伝説』や『Brandish』や『ぽっぷるメイル』や『ファーランドストーリー』の話は、まあコンシューマに移植されたとかそういうのは置いといて、できなかったのである。

だから、どれほどおもしろいと思っても人気が出ない。当時よく耳にした「コンシューマに負けないくらいおもしろい」とか「コンシューマには無い」といった表現こそ、そうしたコンプレックスの表出だっただろう。エウシュリーが『幻燐の姫将軍』(2001年)を出したとき、「エロゲー版のファイアーエムブレム」という呼び方が公式HPの掲示板にも数多く見られた(それも、ヘヴィユーザーが他人に「おすすめ」をするときに使っていた)。私はそれを見て、「エロゲーにしかない、エロゲーだけの面白さがあるはずなのに、どうしてコンシューマと比べなければならないのか」と歯がゆく感じたものだった。

それまでの作品群が決して劣っていたとは言わないが、ソフトハウスキャラを有名にしたのは『巣作りドラゴン』の成功だったことは、おそらく多くの人が同意してくれるのではないかと思う。私自身は『無人島物語』が好きだったという理由で(つまりはコンシューマの二番煎じを味わいたいという理由で)『南国ドミニオン』を購入したのだが、そのときに「ああ、このメーカーはコンシューマを相手にしていないのだ」と感じた。そこからさかのぼって、評判の良かった『巣作りドラゴン』に触れ、その思いをさらに強くした。キャラというメーカーは、エロゲーとして遊べるゲーム、エロゲー独自の価値に挑戦していたメーカーだった。

私は、その誇り高い姿勢が好きだった。正直『南国ドミニオン』はゲームとして見ればそこまで洗練されているとは言えず、シナリオはぶっちゃけいまいちだったが、それでも私が嫌いになれないのは、そういう姿勢を感じさせるからである。

以降、試行錯誤を繰り返しながらキャラの作品は成長してきた。その精華と言うべきは『ウィザーズクライマー』と『BUNNY BLACK』だろう。

キャラ作品の魅力の1つは「やりこみ」だと言われる。絶妙のバランスで少しずつキャラクターを成長させていき、仲間を増やし、できることの幅が広がっていく。そして1度クリアすると、その育成したキャラクターを使ってさらに難度の高いステージに挑戦していける……。いろいろなトライを繰り返しながら無限にゲームを遊び尽くすことができるのだ。

上記2作品はそのバランスが非常に優れていることに加え、ゲーム部分の成長がシナリオ面と連動していた。主人公が成り上がっていき、他に認められるというストーリー展開がゲームパートのキャラクターの成長する過程と重なり非常に爽快感があった。キャラの出世作・代表作といえば『巣作りドラゴン』であることに異論はないが、キャラというメーカーの完成形といえば、私は上記2作を挙げたいと思う。(ちなみに、一番好きなのは『王賊』だったりする)

私の見方が絶対に正しいと主張するつもりはない。ただ、いま述べてきたような私の感覚にしたがえば、2010年以降10年間、キャラはそれらを超える作品を出せなかったということになる。もちろん、いろいろな試みはあったことは心得ている。しかし、周回要素を削り、ゲームバランスをライトユーザー向けにし、反復要素を簡略化した結果ただの作業に落としてしまったのが最近のキャラだった。

どうしてそうなったのかは分からない。あるいは私のような感覚はもう「老害」と呼ばれるべきもので、いまのライトユーザーに向き合った結果こうなっているのかという思いも持っていた。だが、解散・廃業という結果を見るにそのシフトチェンジにも失敗したのだろう。

今や、「ゲーム」を重視して作るメーカーはほんとうに少なくなった。アボガドパワーズやelfも今は亡く、アリスソフト、エウシュリー、アストロノーツ・シリウス、ninetail、時々戯画といったところだろうか。もちろん同人ゲーム界隈を見れば意欲的なところは数多あるにしても、20年に亘ってエロゲーを支えてきたメーカーが失われることに、曰く言いがたい念を抱く。ほんとうに惜しい。

地理的に、関西(大阪)のメーカーであったことも残念だ。これでキャラが消え、アリスソフトも消えたりしたら大阪からエロゲーの火が失われるのではないかという懸念もある(そもそもあったのかという話もあるが)。イベントの東京一極集中の問題などを考えれば、全国にエロゲーブランドが散っていることは意味があると思うし、近隣のゲームショップへの働きかけなどもあればその地方でエロゲーを盛り上げることも可能になる。キャラほど名のあるメーカーが失われることは、エロゲーの地方分権にとっても痛手となることは間違いないだろう。

また、キャラは「ゆかり教育」の指定推薦校でもあった。特定ラインの作品では必ず、メインヒロイン級に青山ゆかり嬢(嬢?)を起用しており、キャラといえば青山ゆかり! みたいな印象を持っている人も多かっただろう。同様のブランドにAXLがあったが、こちらも全作品で原画をつとめてきた瀬之本久史氏が退社し、出世作となった『恋楯』を戯画に委ね、今や開店休業状態になっている。ゆかり教育の代名詞とも言うべきこの2メーカーが力を失っていくことに、時代の変化を感じざるを得ない。その変化は悪いことばかりではないのだろうけれど、寂しさはどうしてもついてくる。

ともあれ、山のようにある語るべきことをすべて語るわけにもいかない。そろそろ3,000文字もこえてキリが良くなったので、この辺で想い出語りを締めくくって追悼としたい。


ソフトハウスキャラさん、20年間ほんとうにお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

コロナ拡散不安。

本日、K1の大会がSSAで開催されました。

開催にあたって、SSAを保有する自治体とイベント主催者との間で何度もやりとりがあったようですが、費用のことなどを鑑みての実施となったようです。実際、ここで中止したら主催団体は立ちゆかなかったのではないかという声も聞かれます。真偽のほどはさだかでありませんが、その情報がただしいのだとすれば、自らの死と社会的なバッシングを天秤にかけて後者を甘んじて受け入れよう、ということだったのかもしれません。

 ▼「K―1、自粛要請も開催 埼玉県知事「残念」」(Yahoo!ニュース)

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、埼玉県と国が開催自粛を求めていた大規模格闘技イベント「K―1 WORLD GP」が22日、さいたま市で予定通り行われた。大野元裕知事は同日、会場前で報道陣の取材に応じ「要請に強制力はなく、あくまでお願いだったが、聞き入れていただけなかったのは残念」と話した。

 同県川越市から観戦に訪れた30代の男性会社員は「払い戻しができないと聞いて来場した。試合は楽しみだが、多くのイベントが中止になる中、特別扱いのようにも感じる」と複雑な表情を見せた。

 会場のさいたまスーパーアリーナを保有する県は複数回にわたり主催者側に自粛を求めた。

実際、先日の政府見解発表以降、「これでコロナは一段落」みたいな雰囲気が流れているように感じます。宝塚歌劇団も、本日から興業再開を発表していました。判断する自治体が異なるとはいえ、K-1関係者からすれば、「宝塚は良くてK-1はダメなのかよ」ということになるでしょう。

 ▼「宝塚歌劇、東京公演を22日再開 県内大劇場は27日から」(神戸新聞NEXT)
宝塚歌劇団は21日、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため中止していた公演を、東京宝塚劇場(東京都千代田区)で22日から再開すると発表した。宝塚大劇場(兵庫県宝塚市)の公演中止期間は26日まで延長し、花組公演「はいからさんが通る」の初日は27日に変更する。

 東京宝塚劇場では22日に雪組公演「ONCE UPON A TIME IN AMERICA」を行う。予定していた全75館での「千秋楽ライブ中継」は中止し、同劇団のCSチャンネル「タカラヅカ・スカイ・ステージ」で生放送する。東京宝塚劇場は27日、星組公演「眩耀の谷~舞い降りた新星~」と「Ray-星の光線-」も実施する。 
今日、お茶の水から秋葉原、末広町のあたりを歩いていても人出が多くなったという印象を受けました。休日だからというのもあるでしょうけど子ども連れの人が凄く増えたし、何よりマスクをしていない人が目に見えて多くなりました。もし保菌者がいれば、広がる可能性が高くなってきたと思います。

正直、先日の政府見解会見はそれほど安心できるものではなかったと私は考えています。現実問題として感染が抑えられているように見えるから大げさなことにはできないけれど、爆発的な感染拡大の可能性は常にすぐそばにあって、油断するとアウト。ぎりぎりの綱渡りをしているんだ、という切迫感を強く感じました。

ただ、経済的な問題もあって危機感を煽りすぎることもできない。一斉休校をしたことで批判を浴び、しかもその効果はハッキリ目に見える形で示せるものではないため、政府が弱腰になったこともあるんじゃないかと思います。

今回のK-1の対応も、宝塚の再開も、大規模イベント運営サイドとしてはまさに死活問題として出てきたのでしょうし、政府や自治体はそれを止められない。いや、本音を言えば止めたいのだろうとは思いますが、止めろと言って責任をとれない。補償金などを出す余裕はないわけです。

まして、国や都はこれからオリンピックがあります。オリンピックはやりたい。そのためには今のイベントを控えさせて感染を抑えたい。しかし、イベントをやめろと言えば「そんな危険ならオリンピックも中止しろ」と言われてしまう。結果、主催側の自己判断にゆだねるというかたちをとらざるを得ない。そんな矛盾も透けて見えます。

国や自治体がそんなだから、一般人は拘束が緩まった、峠を越えたと感じるわけです。これまでの閉塞感にうんざりしていたでしょうし実際にいろいろなところで動きが出てきた。学校も、一斉休校措置が解かれることになっておそらく都内でも4月から小中高の学生の姿が見られ始めることでしょう。

これによって、クラスター感染が一気に発生する可能性が高まるんじゃないか。この3連休の社会の様子を見ていて、また今日実際繁華街を歩いてみて、個人的にはこれがめっちゃ不安になりました。

コロナの感染経路に関する詳細な説明をしつつ、上で私が書いたような不安をもっと具体的に書いておられる記事があったので、紹介しておきます。弁護士の方のお話なのですが凄く分かりやすい。私の記事を読むよりはっきり、そして的確に私の言いたかったこと(とそれ以上のこと)を言ってくれてる感じが……。私これ書く必要なかったですね(汗)。

 ▼専門家会議の「クラスター対策」の解説 ――新型コロナウイルスに対処する最後の希望(note)

安倍首相の一斉休校は、専門家会議・クラスター対策班の意見を聞かずに決定されたものです。専門家会議メンバーもかなり辛辣に批判していますし、中澤教授も「愚策」と評価しています。ただし、専門家会議の記者会見等では、それほど踏み込んだコメントはありません。政府と喧嘩するわけにはいきません。

私は、社会の意識を「これは大変な事態だ」と変えたのは意味があったのかもと思っていました。ところが、逆に一斉休校を延長しない決定が報じられたことで、「もう安心だ」と危機意識が弛緩してしまったようです。天気もよかったし、三連休の人出はかなりのものでした。大規模イベントも開催されるようです。

このような、自粛ムードの弛緩に伴い、新たなクラスターが続発するかもしれません。三条件はそれなりに普及したようですが、どこまで厳密に運用する必要があるのか、経験とデータが足りません。

専門家会議・クラスター対策班の戦略の神髄は、「密室・密集・密接」の三条件の特定と、三条件の周知徹底による市民の行動変容という解を見出したことです。

このクラスター対策の理論が正しければ(さらにデータで検証されるでしょう)、我々一般市民が三条件を守ることができるかどうかに、日本の文字通り浮沈がかかっています。また、専門家会議・クラスター対策班の側から見ると、成功のカギを握るのは、一般市民とのリスク・コミュニケーションということになります。
なるほどなぁ、という感じです。

知識は武器です。この方の記事の内容が理解できるということは、やはりそれなりに今回の件に関心を持って自分で調べている人なのだろうし、そのことは記事の内容が完全に正確なことばかりではなくても、意味のあることだと思います。

しかし、世の大多数はそんな風に情報を追いかけられるほどの時間がない人なわけで、だからこそ強いトップダウンでの情報発信が必要なのかもしれません。正確な情報とともに、正確さをそぎ落としても分かりやすい(それでいて、間違っているとは言えないようなバランスの)発信を、いかに継続できるかも勝負の鍵を握っているのではないでしょうか。

少なくとも、今日私が町中で見てきたような無頓着な人の群れによる行動がこれからも続くようだと、やばいんじゃないかなぁと思っています。




《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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