よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2017年07月

魔王のはじめかた、始まりの終わり?

WEB(エロ)小説から多方面のメディア展開をしていた『魔王のはじめかた』。DMMのゲームにもなっていたのですが……。ついさっきすんげー告知が。




maohaji

7月19日に緊急メンテ告知 → 20日にメンテ延長告知 → 21日になってメンテが長期になる告知+お詫びとしてDMMポイント変換の告知。

これは「何かあった」と考えるほうが良いような気がします。実はちょこっと始めていたところでまったく課金とかしてなかったんですけど、始まる前に終わった感。連打バグとかその辺の対応でこんがらがったのかなぁ。7月11~19が対象になっているので、下手すれば大規模ロールバックとかあるのかもしれません。

はじめたばっかりでホントにアンテナ低い状態なので、もし詳細ご存じの方がいたら是非教えてほしい……。何にしても続報待ちですけど、運営さんはがんばってくださいまし。

コレジャナイ感。

DMMで『Dragon Knight5』の配信が始まったのですが……。なんだろうな、なんか違う感じ。上手く言えないけれど。

DK5

 ▼「ドラゴンナイト5」(DMMゲームズ)

なんとなく、ソシャゲー的なスタイルとかみあってない感があるんですよね。あ、私はスマホゲー好きだから、別にソシャゲーやらスマホゲーやらで出るってことに対してそこまで抵抗があるわけじゃありませんよ、念のため。

ただ、好きなときに好きなだけプレイできない(ゲーム内の制限がかかる)ことに不満はあります。たとえばアリスソフトの『ママトト』や『かえるにょぱにょ~ん』、『戦国ランス』のようなゲームを想像してもらえれば良いと思うのですが、プレイ回数に縛りがついていたら、そりゃ面白くないだろという。

あと、竹井正樹先生描き下ろしってマジですかこれ(マイナスのほうの意味で)?

DK52

1994年のナターシャ(竹井氏画)がこれっすよ。

DK53

23年の間にまったく別人のようになっていてちょっとどうかと思います。コスプレした別人って言われたほうがまだ納得できるっていうか。

話が飛びました。戻します。「DK5」がゲームとしてどうなのか、プレイしてないので全くわかりません。面白ければいいなぁとは思うし、別に思い出を汚しやがって! という怒りを持ってるわけでもない。過去のドラゴンナイトのイベントを網羅してゲーム内で見られるようにしてくれているというのも、それはそれでありがたい話だと思う(ホントにエルフの版権はDMMに行ったんですねぇ)。

ただ、「DK5」にしても『Yu-no』のリメイクにしても、どうもわくわくしないんです。「きたぜー!」っていう感じがない。たぶん、メーカー側のやりたいことがわからないからだと思います。

今回の『DK5』は、『ドラゴンナイト』シリーズが好きで好きでしょうがなかった人が現代にあの世界観の思い出を蘇らせたかったようには見えないし、シリーズを引き継いで新しいことをしたかったようにも見えない。ただ名前を利用して内容を水増ししたり、話題性をちょっと付け加えているようにしか見えないわけです。

たとえば、いまから30年くらい経ってスクエニから『ドラゴンクエスト』の版権買い取った会社が、「あのドラゴンクエストの世界が蘇る!」とか言って適当に設定借りてきただけのシューティングゲームに「ドラゴンクエスト」って名前付けてあったとしても、やろうかなという気にはならんと思うわけです。

このDMM版『ドラゴンナイト』には、何というか決定的に「ドラゴンナイトらしさ」が欠けている気がする。たぶんそれは没入感というか、ユーザーと主人公の一体感というか、ゲームをしているのではなく物語に入っている感じというか、そういうたぐいのものかなと思っています。

elfのゲームは、特にその辺がうまかった。遺作さんにしろ琢麻呂くんにしろ、強烈なキャラクターが登場してぐいぐい引き込まれ、その世界の中に自分が入っているあの感じ。ゲームとしてどうかっていう問題ではなくて、物語を立ち上げてきちんと終わらせ、1つの完成された世界を作り出すという部分が、完結しないことで利益を生み出していくソシャゲーのスタイルと決定的に噛み合ってない感があるのです。

まだあまり頭のなかできちんとまとまっていないことをネタにしてしまって失敗したなぁと反省しているのですが、なんとなく言わんとすることは書けたかなぁ? ちょっと1ヶ月ほど寝かせて、落ち着いたら改めて考えてみるつもり。今回のは覚書というかメモみたいなところで残しておきます。

本屋が消える

近所の本屋がまたしても閉店して、これで本当に近隣で本を売ってるのがコンビニだけになりました。

小売店はもう生きていけない時代になったんですかねえ。少し寂しいです。 

ヒアリの誤報?

ヒアリに絡んで朗報と言うべきか、環境省が「ヒアリによる死亡例は確認されていない」ということで、文言を削除したようです。

 ▼「ヒアリ「死亡例」確認できず環境省が表現削除」(東洋経済オンライン)

国内で相次いで発見されているヒアリについて、海外での死亡例は確認できなかったとして、環境省はホームページから表現を削除した。

ヒアリの毒性について環境省は、アメリカ農務省の報告などに基づいて「アメリカで年間100人程度の死亡例もある」などとしてきたが、専門家からの指摘で死亡例が確認されていないことが分かったという。死亡例は台湾や中国でも確認されておらず、環境省は該当する表現をホームページなどから削除した。

一方、先週、横浜港の本牧ふ頭で700匹以上のヒアリが見つかった神奈川県は18日、ヒアリ相談専門のコールセンターを開設した。ヒアリを見つけたと思ったら、刺激せずに連絡するよう呼びかけている。

アナフラキシーショックを引き起こすということなら危険なことに変わりはない気もしますが、当初考えていたほどヤバくないというのが本当なら喜ばしい。

ただ、逆にこのドタバタを見ていると、「専門家や担当部署の人間でもいまひとつよくわかっていない」というのが浮き彫りになっているようにも見えます。だとすると、まだ「安全」だと決めつけるのも早いかもしれず、正直ちょっとめんどくさいことになったなぁという感じですね。

最近の面白かった物語のことなど。

拍手でコメントを頂いたので、ここ2,3年の個人的なあたり作品を、ラノベ・漫画・ゲーム等問わず……となると面倒なので、漫画とラノベに絞って並べておきます。


1.石塚真一『BLUE GIANT』(ビッグコミックススペシャル)
bluegiant

ひとことで言うと、「か~っけぇ」漫画。あらゆる理屈をこえて、「好き」ということの本質を訴えかけてくる。一切セリフのないページに異様な迫力と情報が詰まっていて、読んでいて身震いした。漫画にしかできない表現のひとつの極北だと思う。作品自体にものすごく強い主張があるのだけれど、それが決して独善的にならないよう、さまざまな人の生き方や想いが丁寧に描かれている。個人的には9巻の玉田のソロが死ぬほど好き。

2.漂月『人狼への転生、魔王の副官』(アース・スターノベル)
jinrou02

「小説家になろう」発の作品。この前紹介したので詳細は省く。異世界転生モノということで拒否反応を起こす人も少なくないかとは思うが、ほどよい加減で転生のネタを盛り込みつつ、実質的にはファンタジー戦記ものとしてすぐれた内容になっている。飛び抜けてどこかが良いという作品ではなく、文章力も構成も展開も、全てがバランス良く高レベルな(逆に突っ込もうと思えばどこも何らかの弱点は抱えている)作品。WEB版が本編・外伝とも先日完結。毎週のお楽しみがなくなって非常に寂しい。


3.冬目景『イエスタデイをうたって』(ヤングジャンプコミックス)
yesterday03

これも完結したときに書いた。長く引っ張ってきてその終わりかよ、という声もあったが、私はアリだと思った(榀子先生派としての悲しみはともかく)。きわめて個人的な感想になるが、この作品が面白いのは、誰もが「恋愛なんてしなくてもいい」ことを自覚しながら、なぜか皆恋愛に戻ってくるところ。最後のハルの姿が象徴だと思う。恋愛というのが何かを(人を好きになること、とはまたちょっと違うというのを、読んだ方には分かってもらえるだろうか)静かに問い直している作品だ。その意味で、『LUNO』や『羊のうた』とは少し毛色が違うだろうか。『サイレンの棲む海』に近い気がする。冬目景の作品は、主人公の優柔不断さやモラトリアム特有の現実を棚上げした青臭さがよくもわるくも注目されるが、誤解を恐れずに言うならば、冬目景の主人公たちを好くのでも嫌うのでもなく「断罪」する人というのは、自分の中の価値観と社会をとりまく価値観との間にズレを感じたことのない幸せな人なのだろうと思う。


4.蝸牛くも『ゴブリンスレイヤー』(GA文庫)
gobslayer02

一切登場人物たちの固有名が出てこない(「女神官」や「妖精射手」のようなジョブ名で呼ばれる
)特殊な小説。それでいてキャラクターはしっかりと立っている。完全に独立した世界で、魔王も悪魔もそっちのけ、ひたすらゴブリンを狩り続ける冒険者の姿を描いたハイ・ファンタジー。世界観が非常にしっかりしており、おとぎ話のような勇者たちの活躍の影で、いかに一般村人がゴブリンに被害を受け、それを討伐に向かった新人冒険者たちが惨たらしい死を迎えているか……という様子が淡々と綴られている。アイディアも面白いが、ファンタジーの世界の「現実」を緻密に練りこみ、しかもメリハリのある物語として仕上げているのが素晴らしい。これを読むと、「でんせつのゆうしゃ」より「むらゆうしゃ」や「まちゆうしゃ」こそが生活者にとっての英雄なのだろうなという気がしてくる。たしかこれもWEB(なろうではない)系が起点だったはず。


5つくらい挙げようかと思いましたが、個人的にはこの4つが頭一つ抜けてるのでこの辺で。


赤ちゃんに塩水

先日話題になったこのニュース、保育施設でこういうことが起きるとか怖いですよねぇ。

 ▼「食塩中毒で1歳児死なす、元保育所経営の女逮捕」(読売オンライン)

 盛岡市の認可外保育所で一昨年8月、預かり保育中の1歳女児に食塩を入れた飲み物を与えて死亡させたとして、岩手県警は11日、元保育所経営者の同市北飯岡、衣料品店従業員、吉田直子容疑者(33)を傷害致死容疑で逮捕した。

 発表によると、吉田容疑者は2015年8月17日午前10時半頃~18日午前0時頃、同市菜園のビル一室で、預かっていた同市の下坂彩心あこちゃん(当時1歳)に食塩を入れた飲み物を与え、食塩の過剰摂取による中毒で死亡させた疑い。

 調べに対し、吉田容疑者は「(彩心ちゃんの)体調が悪くなったので食塩入りの飲み物は飲ませたが、具合を悪くさせるつもりはなかった」という趣旨の供述をしているという。

 彩心ちゃんは父親に引き取られた直後に体調が急変。18日午前0時半頃、両親が市内の病院に運んだが、約4時間15分後に死亡した。18日は彩心ちゃんの1歳の誕生日だった。子どもの預かり保育中は保育士が常駐する必要があるが、当時、施設内は保育士資格のない吉田容疑者と彩心ちゃんの2人だけだった。

 盛岡市などによると、保育所は「スマイルキッズ」で、吉田容疑者が15年7月に開設した。市への届け出では、保育士は常勤1人、臨時2人の計3人だった。保育所は事件後の8月31日付で閉所した。

 彩心ちゃんの両親は11日、代理人の弁護士を通じてコメントを発表し、「もう何があっても娘は帰ってきません。せめて真実が明らかになり、二度とこのようなことが起きないようにしてもらいたいと切に願っています」と訴えた。

 盛岡市子ども未来部の石橋浩幸次長は「大切な子どもを預かる施設で事件が起きたことを重く受け止めている。今後、市内すべての保育施設に対し、注意喚起を呼びかける」と話した。


まずそもそも「認可外保育施設」って何だという話から入ります。知らない人も少なくないと思うので。これは別にヤミ保育施設というわけではなく、施設やスペースといった設置基準などを理由に、国の認可を受けていない保育施設のことです。国から許可が出ていないだけで、国とは別の基準によって「認可外保育施設」に対して審査を行い一定の基準を設けている自治体も多くあります。

いっぽう「認可保育所」というのは、国の設定した基準をクリアすることで認可を受けている保育所です。

これだけ聞くと「認可保育所」のほうが絶対いいだろうと思うかもしれませんが、「認可保育所」は公的な補助金をもらう関係で、入所者の選り好みができないなど、独自のカラーを出すことがあまりできません。厳しい審査と高額な利用料があるかわりに、行き届いた高級サービスを受けられるような私設保育所にも一定のニーズはあるわけですね。

今回の保育所はビルの3Fで運営され「24時間営業」をウリにしていたようで、そういう高級志向のものというよりは認可保育所には不可能なサービスを提供するタイプだったのではないかと思われます。

いずれにしても問題は「子どもの預かり保育中は保育士が常駐する必要があるが、当時、施設内は保育士資格のない吉田容疑者と彩心ちゃんの2人だけだった」ところにあります。雑な管理体制だったことは明らかでしょう。

しかも、その間に保育士資格のない人が勝手に保育業務をして、子どもに食塩水を飲ませるとは……。家庭科の授業で習うだろうにというツッコミは置いとくとしても、正直この容疑者の方はちょっと気の毒。どっちかというと管理責任者の保育士の職務怠慢ですよねぇ。少しの間不在にするなどの場合でも、やっていいこととわるいことのリストくらいはちゃんと作っておけという話です。

「私たちは、この2年間、娘を失ったことの哀しみと辛さに加え、どうして娘が帰らぬ人となったのか、一体、スマイルキッズで、その日何があったのか、についても全く分からず、言葉に言い表すことができない怒りと辛さを味わってきました。

 本日関係者の逮捕でようやく真実が明らかになる道が開けました。これからは司法の場であの日のことを明らかにしていただきたいと思います。」

とは、被害者のご両親の弁ですが、ほんとうにこの辺の詳細を明らかにしてほしいと思います。というより、なんで逮捕までこんなに時間かかったのか……。

そういえば、ちょっと前に乳児にハチミツ食べさせたお母さんの話もありましたが、乳幼児は身体ができていないから大人の感覚でやるとダメなことが多い。塩分だって、体重が50kgある成人にとっての5グラムと、10kgほどの1歳児にとっての5グラムはまったく違うわけで。

仮にも子どもをあずかる仕事につく人には、せめてそういう知識を持っていて欲しいところですね。

長引く風邪

治ったと思ったのに、暑さで汗をかいてはすぐ冷えるせいか、ぶり返してきました。油断大敵。せきと鼻水が止まらなくてげっそりします。ほんと、お風邪にはお気をつけください。

お返事など遅延のお詫び

すみません、いくつか拍手等でコメントいただいておりますが、病欠していたぶんの業務を回すためにちょっと頑張らねばならず、お返事が遅れそうです。ご容赦くださいませ……。

という業務連絡のみで。一休みしてまたお仕事やらねば(´・ω・`)。

難しい「線引き」

教育産業に関わっていると、どうしてもその手のニュースが気になってしまいます。

んで、今回根っこが同じように思えるのに、初見だと私がまったく逆の感想を抱いた事件2つ。

 ▼「児童の名前を黒板に「忘れ物ランキング」と掲示 女性教諭を注意」(サンスポ)

 長野県飯田市の市立小で、担任の50代の女性教諭が忘れ物の多い児童3人の名前を「忘れ物ランキング」と称し、黒板に掲示していたことが30日、市教育委員会への取材で分かった。不適切な指導だったとして、校長が口頭で注意した。

 市教委によると、教諭は教科書や宿題の忘れ物を減らそうと、12~16日の忘れ物の件数を集計。上位3人の児童に順位を付け、名前を紙に書いて黒板に張り出した。

 保護者から学校に相談があり、教諭は児童と保護者に謝罪した。

 市教委は「子どもの気持ちに立てば、今回の指導は不適切だった。再発防止に努める」としている。

これ、正直「貼り出してもいいだろ」と思いました。「子どもの気持ちに立てば」とはよく言われますが、学校教育というのはむしろ周りが勝手に自分のことを考えてくれるという状況から脱出し、自分もまた周囲のことを考え配慮するということ――社会性とか公共性とか言われる一種の「技術」――を学ぶ場だと考えています。

「ランキング」という軽いノリが悪意だったなら多少問題があるかもしれませんが、忘れ物が続いている人が誰か、ということを学級の共有情報とすることがそれほど悪いことだとは余り思えなかった。

いや、もちろん教育理論のうえでそういった罰則があまり効果がないという研究があることだとか、ハラスメントに繋がる可能性があることなどは理解しています。実際、こういうことをやっても忘れ物は減らない可能性は高い。忘れ物への対応としては下策です。

しかし、「生徒の気持ちを思え」という話を飲んでいると、どこまでも生徒に配慮しろという要求を飲まなくてはいけなくなるように思うのです。ちょっとズレるかもしれませんが、たとえば、「名字と名前を学校が公表するのは、名前にコンプレックスを抱いている生徒への暴力である。学校は出席番号だけを割り振り、生徒が進んで公表した場合だけその子を名前で呼ぶようにすべき」とか言われたらどうするんでしょうか。

何が言いたいかというと、この先生の教育方針が「忘れ物指導」として妥当かそうでないかを議論することは構わないと思うのです。私としては、まったく意味のない指導だと思う。ただそれに対して、父兄が出張り、学校が出張り、やれ謝罪だなんだという話になるのは行き過ぎた介入ではないか。まあ、言いたいことはそういうことです。

ところが、数日後にひどい話が飛び込んできました。

 ▼「クラスで「謝罪」3日後、中1女子飛び降り死亡」(読売オンライン)

東京都西東京市のマンションで今月6日、同市内の中学1年生の女子生徒(12)が飛び降り自殺を図り、死亡していたことが捜査関係者への取材でわかった。

 女子生徒は今月3日、クラスメートの前で謝罪していたといい、警視庁田無署が詳しい状況を調べている。

 捜査関係者などによると、6日午後7時頃、マンション関係者が、血を流して倒れている女子生徒を発見。女子生徒は病院に搬送されたが、意識不明の状態で、8日朝に死亡した。遺書などは見つかっていない。

 女子生徒が通う学校の校長によると、女子生徒は今月3日、自分からクラスメートの前で話がしたいと申し出て、授業が始まる前に反省の言葉を述べた。関係者によると、女子生徒は当時、中学校の期末試験中の行為を巡り、悩んでいたという。

この、「期末試験中の行為」が何であって、「クラスメートの前で話」をしたというのが何だったのか、私はあまりきちんと追いきれていません。カンニングだ、という噂もありましたが、もしかすると貧乏ゆすりかもしれないし、携帯電話を鳴らしちゃったとかそういうのかもしれない。

これ、まだ迂闊にいろいろ言えない段階だからなのか、学校側もあんまり詳しく説明してないみたいなんですよね。産経新聞だともうちょっと詳しく出てます。

 ▼「東京の中1女子が自殺か マンションから飛び降り」(産経ニュース)

 東京都西東京市で6日、同市内の中学1年の女子生徒(12)がマンションから飛び降り、死亡していたことが10日、警視庁田無署への取材で分かった。同署は現場の状況などから自殺とみて、詳しい経緯や原因について調べている。

 田無署によると、6日午後7時ごろ、女子生徒が血を流して倒れているのが見つかり、病院へ搬送されたが、8日朝に死亡が確認された。遺書は見つかっていないという。

 東京都教育委員会によると、女子生徒は3日、保護者や学校とも話し合った上で、自らの試験での行為について、教室で同級生に説明する場面があった。学校は生徒を対象に、定期的にいじめに関するアンケートを実施しているが、これまでにいじめの事実は確認できていないとしている。

イジメではなさそう、自殺っぽいけど遺書はなし。謝罪と自殺との因果関係は不明。謝罪は学校・保護者の同意を得て本人も一応納得していた、と。

自分の行為についてきちんと説明したうえでクラスメートに謝るというのは、私が考えるところ非常に「立派な」ことだと思うし、また社会性・公共性を考える上では必要なステップだとも思うのですが、もしこれが原因で自殺しちゃったとなるとおだやかではない。

実際、たとえばカンニングだったとしたら「晒し者」にするのは良くないような気もします。そういった不正行為に対して、就学児童が「大人な」対応をできるかというと難しいでしょうし。

そうやって考えると、学校ってのは極力個人主義的に、ほとんどのことを教員と生徒の1:1のやり取りの中で解決するのが良いのでしょうか。でも、それだったら学校である必要ないよなぁ(個人塾とかでいいし、家庭とやってること変わらんやん)っていう気がしてきます。

私たちは、なんとなく学校ってこんなところ、こんなものというイメージを持っているけれど、そのあたりを見直して明確にビジョンを打ち出す必要があるのかも。この辺の話って、もっときちんと考えていかないとダメかもしれません。

多少マシに

ようやく医者にいき、無事「ただの風邪」の診断をいただきました。有給は今日でおしまい。

多少元気になってきたら今度はやることなくて、最近でたスマホゲーを検索した結果、シノアリスでも東京人形少女でもなく、「8月のシンデレラナイン」をインストール。やってました。

野球ゲームとして見るといまいちだけど、オート戦闘の育成SLGと考えると結構面白い。スキル構成考えたり、調子によって打順いじったり、手持ちのキャラでポジションやりくりしたり……。キャラさんの『ウィザーズクライマー』とか、アレ系の作業が楽しい方にはあってるんじゃないかなと思います。
《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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