よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2014年08月

ブログを書き続けること

自分語りのようになってしまいますが、このブログは2011年12月17日に開設し、その後しばらくの間放置されておりましたが、2012年1月16日から「毎日更新」を続けるようになりました。連続更新最初の記事は、これですね(レビュー:『無限煉姦』)。

当初はDTIブログでスタートし、DTI閉鎖に伴ってLivedoorに移ってきて、いまで約2年半。予約投稿使ったりなんだかんだはしておりますが、とりあえず「1日1更新」は続いています。三日坊主の私がこんなに長持ちするとは思わなかったなぁ。 

んで、去年くらいですが、「ブログを長く続けているとどんないいことがありますか?」みたいな質問をメールでいただきまして、その時には個人的に返信をして終わったのですが、当時から少し変わったところが出てきて、いまさら改めてメールするというのも変な感じなので、記事として書いてみたいと思います。


◆書き続けるのは、簡単で難しい。

何か以前にも同じようなことを書いた記憶がありますが(ブログを続けていくために)、実際に2年半ほど続けてみて思うのは、「書き続ける」ことはかなり難しく、けれど思ったより簡単だということ。ちょっと分かりにくい感覚かもしれないので、まず「書き続ける」ことの難しさについて詳細を。

ちょっとこちらの記事などご覧ください。

 ▼「ブログを書き続ける悩みはさようなら!三日坊主でもできた10のコツ。」(ものくろぼっくす)

上の話は個人的な意見と言いつつ、割りと一般的な「ブログの書き方」や「ブログの続け方」のキモの部分がよくまとまっていると思うのですが、そこにちらちらと垣間見えるように、日がな一日ブログを書ける環境にある人でなければ、毎日ブログのための時間を捻出するというのはかなり難しい。また、かなりの時間がブログのためにとれたとしても、文章を書くにも時間がかかるし、ネタ選びもしんどいです。

ただ、記事を読んでもらえば分かるように、こうした「難しさ」は、ただ続けるだけではなく、「アクセス数を上げる」とか、「読者にとって意味があることを書く」ような目標をプラスアルファするからこそ出てくる悩みだとも思われます。

そこで、「書き続ける」ことの簡単さという話に移りますと、ほんとうにただ続けるだけなら、割と誰にでも簡単にできると思います。たとえば、新聞やニュースサイトから気になった記事を1つピックアップして、それについて簡単に感想やコメントを書いて終わる。あるいは、その日何か面白いと思ったこと、気になったことを携帯で写真にとって、それについてコメントを書いて終わる。いわゆる個人の日記的な使い方の延長としてのブログというのはこれにあたるでしょう。そうやって、続けること自体を目標にしてしまえば、結構続くなというのがやってみた感覚でした。実際私も、最近はそのパターンで急場を凌ぐことが多いですし(笑)。


◆モチベーションとブログの意味

しかし、「続けるために書く」というパターンがいまひとつ成功しないのは、それがモチベーションとしては弱いからでしょう。実際、ただ「書く」だけなら日記で良いわけですし、それを敢えてブログというかたちで公開する以上、誰かに読んで欲しい、という欲求が多少なりともあるはずです。「続けるために書く」というのは、その肝心の部分をとりはずしている感があるので、いまいち歓迎されない。また、「続けるだけなら誰にでもできるだろ」という至極当然の感想も、それに一役買っていると思います。

たとえるなら、一人暮らしの人が家に入る前に、毎日必ず自宅のインターフォンを押して、壊れていないことを確認してから入りましょう、みたいな話であって、やろうと思えば誰にでもできるだろうし、やったからといって何か意味があるとは思えない……そんな風に受け取られる。

ただ、これが「毎朝ジョギング」とかだと、健康のために役立つから、意味があると認められ、やる人も増えるでしょう。こういうパターンをブログにあてはめるたのが、「ブログ自体に意味がある」という議論です。たとえば、「日常生活の中から興味のあることをうまく切り取る技術が身につく」とか、「文章の練習になる」とか、「あとで読みなおしたときに当時の自分の関心が伝わってくる」とか……。そんな風に、ブログそのもの、あるいはブログを書くという行為そのものに意味がある場合、ただ続けるだけでも十分、ということになる。

アクセス数にこだわらないタイプのブログハウツーは、こういう方向からのアプローチが多くなる傾向にあります。そして、実際続けてみた感覚としては、いま上で述べたような効能は実際にあるだろうと思います。私にとっては、文章の練習であるとか、自分の記録であるということに加えて、何か「このことについてガッツリ書きたい!」と思ったときに、それを可能にする場がある、というのも大きいです。エロゲーの作品の話なら、批評空間さんがありますが、それ以外となるとなかなかまとまった意見を書いて出す場って無いですからねぇ……。

ただ、少々乱暴な言い方をすれば、ブログが「最強のツール」であるとは言えない。それこそ自分だけで完結するなら日記で十分だし、他人との交流を重視するならツイッターやフェイスブックのほうが向いている場合も多い。ブログにこだわる必然性というのは、そんなに大きくないと思うのです。


◆「ブログ」へのこだわりは、携帯機種へのこだわりのようなもの

以下の話が今回の結論になるのですが、私自身は、「ブログ」 という形式にあまり意味があるとは思っていません。今回の記事のタイトルは「ブログを書き続けること」としていますが、「書き続ける」ことに意味があるのであって、それがブログである必要はそこまで感じられない。

そういう形式よりも、内容のほうに、つまり、「なぜ文章を書いて発表したいのか」「なぜ書き続けたいのか」というほうに意味があって、そのためにブログが向いていると思えばブログを使えば良いし、他のツールのほうがよければそっちを使えばいいと思うのです。ブログを書き続けることで得られたものは、ブログでしか得られなかったかというと、そうではない。たまたま私が書き続けたのがブログだった、という、そのくらいのこと。

たとえるならそれは、携帯電話(やスマホ)の選び方のようなものです。まず、「通話したい」とか「Lineしたい」とか「外出先でネット見たい」とか「このスマホアプリをやりたい」とか、そういうモチベーションが先にある。ブログかツイッターかフェイスブックかというのは、携帯機種のようなもので、基本的にはやりたいことがあるから機種を選ぶのではないでしょうか。やりたいこともなく、ただファッション的に機種を選んでも宝の持ち腐れになることがほとんどでしょう。

ただ、あるメーカーにとても思い入れがあるからまずその機種から選ぶ、という可能性はありますし、あるいはたまたまその道具を持ったから新しい興味が生まれることもあったりして、その辺りも携帯はブログと似ているかもしれません。

そんなわけで、私は「ブログを書いたらどうなるか」という風に問うだけでなく、「こういう目的のためにブログは向いているか」という問いかたをしてみるのも良いかなと思います。

日本経済と軟着陸

日本の経済と貿易に関する興味深い記事を読んだので、少し考察というか感想めいたことを。

 ▼「日本経済に迫り来る「1945年」」 (Think outside the box)

  1. 鉱物性燃料価格の高騰
  2. 東日本大震災後の企業の海外シフト
  3. エレクトロニクス産業等の国際競争力の喪失
 
を主な要因として挙げました。2.と関連する直接投資は、高水準を維持しています。

貿易収支の悪化の輸出側の要因は、円安にもかかわらず輸出数量が伸び悩んでいることですが、その背景には2.と3.があります。戦後の日本経済を支えてきた「強い製造業」も、ミッドウェイ海戦後の日本海軍、あるいはソ連参戦直前の関東軍のような状態になりつつあるようです。 

日本の貿易収支悪化についてデータに基づいた分析を行い、「日本の製造業」がさまざまな要因から危機に瀕していることを指摘しつつ、記事は次のように締めくくられています。
労働力人口の急減、「電子立国」の瓦解、鉱物性燃料価格の高騰と、日本経済にとっては悪材料が目白押しです。短期はともかく、長期的な見通しは極めて厳しいと判断せざるを得ません。

1945年が再びやってくるようです(そう言えば、一週間後は8/15でした)。 

日本の製造業が限界に近い……というのは、界隈でよく言われていることでもあり目新しい議論ではありませんが、それだけに説得力を感じる内容です。実際、自動車のような重工業にせよ、IT産業にせよ、技術力を背景にした製造業は日本が強い分野ではありますが、「メイド・イン・ジャパン」の力だけで今後の日本を支えていくのは厳しいでしょう。

主な理由としては、下の3つが挙げられます。

 1.日本には資源が無い
 2.日本は労働賃金が高い
 3. 製造技術はいつかパクられる

少し分かりやすく言い直せば、「1」は、材料や燃料を海外に頼らざるをえない以上、安定しづらいということ、「2」は国内製品はどうしても価格が高くなるということ、「3」は類似品・(質は悪くても)廉価品の登場を避けられず、画期的な商品であってもいつまでもそれ一本で世界と戦っていけるような製品をつくることは、もはや困難であることです。

そのあたりの厳しい状況をも踏まえて考えると、「1945年」にたとえたこの記事は、まことにうまいところをついていると思いました(太平洋戦争開戦直前の、1941年でも良いと思いますが)。

ただ、1945年と違うと思うのは、まだ先行きに選択肢があった当時と違い、現実問題としてこれからの日本の製造業の「伸び」は限界に来ているということでしょう。 

上記のような条件をクリアーしつつ日本の製造業の未来に可能性を見出すとすれば、材料の安定供給を受けつつ、高い賃金を反映した高い価格になっても相当数の需要が見込めるようなすばらしい製品を、一定のサイクルで常に刷新しながら作り続ける必要があります。アップル社ですら困難なそのミッションを、日本の複数の企業が続けていけると思うのは、いくらなんでも楽観的にすぎるでしょう。日本経済の将来を、そうした楽観に委ねる気には、正直あまりなりません。

また、少子高齢化にともなう日本の経済力の低下・産業面の国際競争力の低下はほぼ避けようがない。そんな中ですから、現実問題として私たちの目標は「いかに成長するか」から、「いかに破滅を先延ばしにしつつ、ソフトランディングするか」に変更されるべきではないかと思っています。1945年で言うならば、勝利を掴むのは諦めて、甚大な被害を一気に喰らって終戦・占領ということにならないよう、じりじりとした撤退戦を展開するような感じでしょうか。

もちろん、ただ座して死を待つわけではなく、引き伸ばしていく中であわよくば逆転を狙っていくわけですが、それを可能にするためにも、中長期的な戦略をもって経済をコントロールしつつ、日本の産業構造を変化させていく必要があるとは思う。具体的には、資源も少ない「先進国」である日本が世界をリードできるのは、アイディア(特許)や広義のサービス業ではないかと考えています。

日本経済の将来を担う人材を育成することが、日本の「延命」、あるいはその先にある逆転の可能性を見出す近道ではないか、と。 

もしもそうした方向性に進むのだとすれば、それを支えるのは「教育」でしょう。その点、教育に関する経費をどんどん削っている現在の国の方針、および教育問題に無関心な国民の状況(都議選では教育問題を中心に訴えた候補者が軒並み落選し、原発問題の山本太郎氏などが当選した) というのは、やや残念に感じられます。

また、小保方さん(および理研)がアカデミズムへの信頼を失墜させたということも、将来的に大きな打撃となってくるかもしれません。

高校野球開始……せず!

高校野球といえば、昔は「高校生のおにーさん」のプレイを見るものだったのが、今や一回り以上歳の離れた若者のハツラツとした姿をビールをのみながら眺めるイベントになってしまったOYOYOです。

本来なら今日から甲子園が始まる予定だったのですが……。

 ▼「夏の甲子園、開幕を2日間順延し11日に 台風11号で」(朝日新聞)
 第96回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社・日本高校野球連盟主催、毎日新聞社後援、阪神甲子園球場特別協力)は9日、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で行われる予定だった開会式と1回戦3試合を2日間、順延することが決まった。台風11号の接近に伴う悪天候のため、10日も回復しない可能性が高いと判断した。

 開会式が順延されたのは、第6回大会(1920年)、第42回大会(1960年)に続き、3度目。大会が2日続けて中止となるのは第91回大会(2009年)以来で、開幕から2日間順延されるのは初めて。大会は2日ずつ後ろにずれ、11日以降の日程が順調に進めば決勝は25日の予定。21日に予定されていた休養日は23日になる。大会が準々決勝までに計3日以上順延された場合、休養日はなくなる。 

ということで、台風によって延期。明日も中止が決まっているようです。まあ、しょうがないですね。

しかし、あまり中止が続くと日程が詰まっていまい、記事にもあるように休養日がなくなるなど球児たちの負担が大変なことになります。

また、地方から応援に来る応援団の方々などは、宿の都合や仕事の都合などがつけづらくなり大変なんですよね、たぶん。高校野球の場合、雨天順延は単に試合を後回しにすればいい、ということでは済まないだけに、いきなり厳しいスタートとなった感じがあります。

高校野球という「集金システム」や「地域ナショナリズム」への批判などがあるのは承知していますし、一面で妥当な批判であるとも思うのですが、それはそれ・これはこれとして野球は面白いですし、頑張ってきた球児たちには良い思い出を残して欲しいので、無事終わって欲しいところです。

予言的中?

ワールドカップに予言者がいた、という話が一部で話題になっていました。書き込みは、2013年12月。

 ▼コロンビア・コートジボワール・ギリシャ研究スレ

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1戦目。 
コートジボワール相手には勝ちを計算していた日本だったが暑さで後半足が止まり 
まさかの逆転負け 

2戦目。 
絶対に勝たないといけない日本は攻勢をしかけるが 
ギリシャが引いて守ったため痛恨のスコアレスドロー 


3戦目。  
グループ1位通過したいコロンビアが日本相手に手加減なしに大暴れ。 
3-0で敗退。 



0勝1分2敗でグループリーグ敗退決定 

まさに2006年ドイツW杯の再現 

凄い(笑)。コロンビア戦の4-1敗退以外ほとんどあたっている。 ギリシアとのスコアレスドローはともかくとして、コートジボワールに逆転負け的中とは……。

まあこういうのは、もしかすると他にも色んなパターンを書き込んでいる人がいる中で、1つ(1人)がたまたまヒットするというパターンなのかもしれません。そして、これを1人でやると詐欺のネタになるんですね。

たとえば、「ロト6」で「私は確実に半分を当てることができる」という人がいたとします。1~43の中から3つの数字を選ぶ組み合わせは、43☓42☓41=74046 わる6 で、12341通りかな? 間違っていたらごめんなさい。

ともあれ、だいたい1万2000人に声をかけたら1人くらいは的中するわけです。12万人に「あなたには当選番号の半分を教えてあげましょう」とメールをおくれば、10人くらいヒットする。その中に、1人でも「ロト6の当選番号があたるなら1000万くらい払う!」という人がいて、ダマされてくれたら詐欺成立というわけです。

話がずれました。詐欺はどうでもいいとして、経験や知識があって分析能力もあるからといってこういう「予想」が的中するとは限らないから、予想が外れたからといって恥じることはないですが、的中させるということはそれだけ背景をささえるモノがあるということだから、やっぱり誇っていいんだろうと思います。

三國志や戦国時代の話の「敵の動きの予想」とかも、あるいはこんな感じだったのかもしれませんね。

革の色の変化

革ってどのくらい色変わるんですか? という質問をうけたので……。

Google先生に「革 経年変化」あるいは「革 エイジング」とかでたずねると一発という気もするのですが、 画像だとこのくらいのが出てきますね。

 ▼「革 経年変化」(Google検索画像) 

やはり、ヌメ革の色変化見本が非常に多いように見えます。あ、ヌメ革というのはいわゆるすっぴんの革のままで色付けしていないやつ。ときどき「ベージュ」とかって書いてあったりしますが……。より厳密には、「植物タンニンなめしを施しただけの、染色・塗装がされていない革」を言うようですが、染色されたものであっても植物タンニンなめしで加工された革全般をヌメ革という場合もあります。土屋鞄さんなんかは後者の意味で使っています。

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ハナブサレザーさんのサンプルから。一番上のような素の革が典型的なヌメ革です。

いわゆる「飴色」になるというやつで、このような変化を嫌う人もいれば好きな人もいます。変化が嫌な人は防水スプレーとかで水・紫外線をシャットアウトして、なるべく経年変化が起こらないように処理しているようです。その辺は人それぞれでしょう。なんか革系のサイトを見ると、エイジング万歳、エジングがわからん奴は革の醍醐味がわかっていない素人、みたいな雰囲気が漂っていますが、必ずしもそれが全てではないと思います。もっとも、変化しないのが良いのなら、革より別の素材のが向いてる気がしますが……。

ちなみに、これは化学変化の結果なので、色がついているものでももちろん変化します。ちなみに下は私が使っている財布と名刺入れですが、これ、もともと同じ色です。向かって左側のオレンジっぽいのがもとの色。3年ほど使ってたら右のような色になりました。これはぶっちゃけ水に濡らしたりなんだかんだでエイジングうまくいってない感じはあるんですけど、とりあえず色は変化しますよということで。
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上は日本の染めなんですが、イタリアで染められた革はものすごい鮮やかな色からドラスティックに変化するのでびっくりします。黄色が半年ほどでこげ茶色になったり。革のエイジングのことは、下のサイトに詳しいのでご関心あれば。

 ▼「知っておきたいヌメ革の基礎知識

ただ、どんな革でも色が変わるかというとそんなこともありません。この辺、私もよく分からなくて昔混乱したので、ちょっと分かりやすく書いてみたいと思います。

まず、合皮。何度も言いますがこれは色が変化しません。塗装がハゲて劣化はしますが。 

次に、黒系のもの。基本的に黒はそれ以上濃くなったりしないので、あんまり色の変化を楽しむという感じではありません。ネイビーのものは多少濃くなったりするけど、せいぜいそのくらいでしょうか。ただ、ツヤが出るということはあるので、まったく変化がないわけではありません。

そして、顔料染めの革。この辺ややこしいんですが、革の染色には染料染めのものと顔料染めのものがあるそうです。顔料染めというのは、革のうえから色を塗ったもの。染料染めというのは、革の繊維に色を染み込ませたもの、くらいで良いんでしょうか。ともあれ、顔料染めの革というのは経年変化しません。

いや、しているけれど表面を覆っている色が隠してしまうようです。そのかわり、革の表面をコーティングするため、水濡れなどに強く、傷も隠せるので綺麗に見えます。前にも書いたけれど、日本では傷の少ない、綺麗な革が好まれる傾向があるせいか、顔料染めのものが人気のようです。よく、鞄や靴の修理で色の塗り直しとかをやっていますが、あれができるのは顔料染めのものですね。

あと、色の変化の具合は、革の種類や染めている場所、使っている環境(日光にあたっているかとか、どのくらい水濡れしたかとか、汗がしみこんだかとか、布と擦れているかとか)によっても変わってくるので一概には言いづらいというのが正直なところです。

とりあえずの目安で良いなら、お持ちの革製品が染料仕上げのものか顔料仕上げのものかを確認したあと、染料仕上げのものなら、似たような色の経年変化画像をGoogleで探してみると良いのではないでしょうか。

……という感じでお答えになったでしょうか。

『ハイスコアガール』を巡ってスクエニが刑事告訴された話。

アニメ化を控えていた漫画『ハイスコアガール』にトラブルが浮上していました。

昨日(8月5日)にスクエニがこの件で捜査を受けたようで、本日刑事告訴を行ったSNK側からコメントが出ています。

 ▼2014年8月6日
  株式会社スクウェア・エニックス等に対する刑事告訴について(SNK)

民事ではなくいきなり刑事告訴(*1)とは穏やかではありませんが、どういう事件なのか、報道を見ながら簡単に整理してみましょう。

 ▼「「ハイスコアガール」スク・エニ告訴でSNKプレイモアが説明 「なんら誠意ある対応なかった」」(ITMediaニュース)
 人気漫画「ハイスコアガール」がゲームのキャラクターを無断で使用していたとして、出版元のスクウェア・エニックスが著作権法違反容疑で家宅捜索を受けた問題で、告訴したSNKプレイモアは8月6日、「販売の即時停止を求めたが、なんら誠意ある対応がなかった」などとするコメントを発表した。

 ▼「人気漫画に他社のゲームキャラが…ドラクエの「スクエニ」を著作権侵害容疑で捜索 大阪府警」(MSN産経ニュース)
ハイスコアガールのアニメ化にあたって、関東地方の映像製作会社が昨年夏ごろ、SNK社にキャラクターや音楽の使用許諾について問い合わせたことがきっかけで、漫画に無断使用されていたことが発覚。SNK社が今年5月、大阪府警に告訴していた。

 ▼「スクエニを家宅捜索 他社キャラ、漫画で無断使用」 (産経新聞)
コミック誌で連載されている漫画の作中で、人気ゲームのキャラクターを無断で使用したとして、大阪府警は5日、著作権法違反容疑で、発行元の「スクウェア・エニックス」(東京都新宿区)の本社など関係先を家宅捜索した。

おおむねどの記事もSNK側の言い分を中心に組み立てられていますので、中立的とは言いがたいかもしれませんが、とりあえず事実関係として以下のようなことがわかります。

 ・ 『ハイスコアガール』のアニメ化がきっかけで今回の件が「発覚」した。
 ・今年の5月、SNK側が大阪府警に刑事告訴した。
 ・8月5日にスクエニに家宅捜索が入った。

SNK側の言い分としては、こうです。

 ・スクエニは、SNKのキャラクターを許諾なしに勝手に使用した。
 ・にもかかわらず、許諾をとったかのように「コピーライト」表記をしている。
 ・『ハイスコアガール』の販売の即時停止を求めたが、スクエニから「誠意ある対応」がなかった。

果たしてほんとうに許可をとっていないのか。とっていないなら、なぜ取らなかったのか。そして、スクエニはなぜ「誠意のある対応」を拒んだのか。そのあたりについてスクエニ側からの反応が注目されていましたが、本日午後になって、スクエニ側から提出されたコメントは、非常に簡潔で、残念ながら事態を明らかにする内容ではありませんでした。

 ▼「本日の一部報道について」(スクウェア・エニックス ホールディングス)
本日の一部報道について
 
本日、当社子会社に関する一部報道がございましたので、以下の通りお知らせいたします。

当社子会社の株式会社スクウェア・エニックスが発行する出版物の一部内容について、著作権法違
反の疑いがあるとして、平成 26 年 8 月 5 日に、警察当局による家宅捜索を受けました。

当社およびスクウェア・エニックスは、捜査に全面的に協力しておりますが、現在、警察による捜査が
行われているため、本件に関する詳細の公表は控えさせていただきます。

以 上  

スクエニ側が「対応を拒んだ」理由としては、たとえば、許諾はとったつもりだった(たとえば担当編集者が、許諾をとったと主張している等を含め)であるとか、あるいは許諾はとっていなかったことを認めつつも、SNK側が要求している「同作品の電子書籍、単行本、月刊誌その他の販売の即時停止」というのが厳しすぎるため、それを避けた上で改めて許諾をもらえないか交渉して、それがSNK側の怒りに触れた可能性などが考えられるかと思います。

一方、SNK側の怒りは何なのか。無断でキャラクターを使ったことを既に許すまじと思っているのか、その後のスクエニの対応がマズかったのか、あるいはカプコンとはコラボ展開してるのにSNKはスルーされたことを根に持っているのか……。先程も言いましたが、民事すっとばして刑事であること、作者ではなく出版社と担当部門の関係者を訴えたというあたりに、怒りの方向性が見えてくる気がします。

何にせよこのあたりは憶測の域を出ませんので、今後捜査が進むにつれて明らかになるでしょう。関係者の発言などにも注目していきたいところです。 

ところで、こうした「二次利用」については下のような話もあります。

 ▼「「やぶ蛇」嫌い? 出版業界に一貫したルールなし 著作物の二次利用」(MSN産経ニュース)
 著作権に詳しい早稲田大の上野達弘教授(知的財産法)によれば、作品の二次利用については出版社同士が事前に話し合うこともあれば、許諾を持ちかけて断られる「やぶ蛇」を嫌って「あえて聞かない」こともあるという。一貫したルールがないのが、出版業界の現状といえる。

 後でトラブルに発展するケースも少なくないが、オリジナル作品にとっても、二次利用されることで再度脚光を浴びる可能性がないわけではない。こうした思惑が入りまじり、「あいまいな形で運用されている側面がある」と上野教授は指摘する。 

この「あいまいな形の運用」というのは、ブログ、Twitterなどでゲーム画像を使ったり、あるいは同人誌という文化に馴染んでしまっている私のような人間には耳の痛い話でもあります。今回のようなトラブルを起こした一因だと言われれば、(まだ事実関係は明らかになっていませんが)その可能性はあるのでしょう。「宣伝になってるからいいじゃないか」というような開き直りはやっぱりよくない。その主張自体は良いとしても、許諾をとらないとどんどん恣意的になって歯止めがかからなくなるから。

ライトノベルでも、実在するゲームを作中で扱った『僕と彼女のゲーム戦争』(電撃文庫)で、著者の師走トオル氏が、権利関係の問題もあって富士見ファンタジアではなく(同じKADOKAWA系列だけど)電撃文庫から出すことになった、みたいな話をされていたので、このあたりキチンとしている会社はキチンとしているんですよね。またそれは、自分たちが権利者ともなる出版社であれば当然の態度と言えるかもしれません。

ただ、どこぞの音楽系著作系団体のように権利が利用者の「締め付け」となるような運用をするのも、そのコンテンツにとって有益たりえないというのもまた事実。「表現の自由」のような原理原則を重んじるタイプの問題と違い、著作権(知的所有権)関連の問題は、権利者の利益やそのコンテンツの豊かさを護るという実際の効果が重視される。その点から考えると、政教分離の「目的効果基準」ではないですが、知的所有権自体はあくまでも制度的な保障と考え、実際の運用においてはある程度柔軟な態度をとることもアリなのかなとは思います。

もちろん、現状そのような規定になっているわけではありませんから、今回の件について私が上記のような立場でどちらかを擁護・非難するということはしないつもりですが、デジタルメディアなどが凄い勢いで進展していっている現在、新しいかたちでの法整備が早晩必要とされてくるのではないでしょうか。

いずれにしても、今回の件が漫画・アニメと言った文化の自由度を著しく奪う結果にならないように祈りたい。結論としてスクエニ側が刑事罰の対象になったとしても、それによってキチンとした「制度」づくりの流れが進んで、息苦しくないようなルールができれば良いのですけれど、なかなか難しいですかね。



(*1):著作権を巡る刑事・民事の違いについては、次のサイトなどに詳しい。
 ▼「第9講 著作権等の侵害」(著作権法 (東京情報大学・総合情報学部・情報文化学科))
著作権法をはじめとする知的所有権各法は刑罰規定を設けて,知的所有権の侵害行為を犯罪としてこれに刑罰を科すこととしています。もっとも,刑事上の責任には原則として「故意(犯意)」が要求されますから,過失による著作権等の侵害行為は罰せられません(刑38条参照。ただし単なる法律の不知は故意を阻却しません。) 

ライト層とヘヴィー層の争い

読んでいて、どこの界隈も似たような話があるんだなぁと妙な感慨を受けたこの記事。サッカーの観戦について、ヘヴィ層(記事ではそのような言い方をしていませんが、便宜上私はこう呼ぶことにします)がライト層の姿勢を批判するという図式に「疑問」を呈しています。

 ▼「楽しみ方なんて人それぞれ…なのにライト層へ「まるでアイドルのコンサートだ」と攻撃するサッカーオタクは何なの?」 (でろブロ)
ただ個人的に思うのは「ファンの姿勢」に疑問を呈する事ですね…俺はこれはなんかちょっと違う気がする。

サッカーを見に行くってのはあくまで娯楽なわけですよ。その娯楽なのに「まるでアイドルのコンサートだ」と批判をする声をよく聞く、別に「そういう人が多く見に行っている」のが事実なのだからそれで良いじゃん、って俺は思います。

野太い男達がただひたすら一心不乱に応援を繰り返すだけの環境が揃ってないのは「そういう人達が見に行っていないから」に過ぎないと思う。 
記事自体は、なかなかもっともな感じがします。書いた人がサッカーを愛しているのだろうなというのが伝わってくるし、感情的にはそうだなぁと思えることはある。ただ、複雑な問題をやや単純化しすぎているところがあるように思えなくもありません。

ちょっとこの記事の論旨をまとめてみると、以下のようなことを言っています。

・「ファンの姿勢」に貴賎はないはずだ
・サッカー観戦はあくまで娯楽だ(「あるべき」を押し付けない方がいい)
・海外と日本は環境が違う
・サッカーを盛り上げるのが大事(ネガティブなことばかり言う、あるいは攻撃すると盛り下がる )

おおもとの問題としては、サッカー観戦について口うるさいヘヴィ層がいて、それが良くないということが言いたいのでしょう。その原理的な根拠が、【ファンの姿勢に貴賎はない】ことと【サッカー(観戦)は娯楽である】ということ。効果的な根拠が、【サッカーが盛り下がる】ということ。海外と日本は違う云々というのはちょっと位相が違っていて、たぶんヘヴィ層が根拠として「海外では~」と言い出すことに対する反論の意味合いが強いと思われます。なので、独立した議論としてはこの部分は除外して考えます。

さて、サッカーは娯楽であり、ファンの姿勢に貴賎はないのだから、ヘヴィ層がライト層を攻撃するのは間違っている! そんな風にするからサッカーが盛り下がるのだ……という意見は実際そうなのだろうなぁと思わせるものがあります。ヘヴィ層が先鋭化しすぎたせいで、ライト層の新規参入が困難になって衰退の道をたどったジャンル・コンテンツは数知れず……。ただ、見落としてはならないのは、これと逆のパターンもあるということです。

最近話題となった芥川賞とか、あるいはそれこそエロゲーやらアニメやらでよく言われますが、度を過ぎた大衆化によって純度を保てなくなったそのジャンルが緩やかに(あるいは急速に)衰えていく、というのもまたよく目にする光景ではないでしょうか。

むろん、だからといって「お前らは間違っている!」と口角泡を飛ばしてくる人を大歓迎、全面擁護とはいかないのですが、「お互い好きにやってりゃいいじゃん、自由でいいじゃん」が行き過ぎても、そこからは支えが無くなってしまうのではないかと思うのです。

だとするならば、重要なのは「ライトかヘヴィか」という二択ではなく、両方がうまくバランスをとっている状態が維持されていることなのではないかと思います。 

という話を友人としていたら、いや、駄目になるコンテンツというのは「老害」のような奴らがしがみついて先鋭化していくものが多い。どちらかというとヘヴィ層のほうが害悪だ、という反論を頂きました。ほんとうに先鋭化していったせいで駄目になるものが多いのか、エビデンスは示されなかったのでスルーしてもよかったんですが、印象としては確かにそんな気もしたのでその時はうまく返せませんでした。

ただ、いろいろ考えていて可能性として思い至るのは、それは結果論なのではないかな、と。どういうことかというと、そのジャンルなりコンテンツなりにこだわりのある人というのはそれだけ熱意もあるし、簡単には離れることができない。ある意味で依存度が高いというか。だから、死に体になった後でもそこに残り続けるわけです。生ける屍というやつですな。

一方、大衆化が進んでポシャるパターンというのは、流行のようなかたちで割りと自然に飽きられて消えていく……典型例として妥当かわかりませんが、たとえば厚底サンダルとかルーズソックスみたいに、なんかいつの間にか誰も使わなくなり、自然消滅していくようなものが多いのではないでしょうか。

つまり、ヘヴィ層の害によって滅んだものが多く見えるのは、単に滅んだ後もそこに居残る人がいるかいないかの違いであって、滅ぶ原因としてヘヴィ層>ライト層だからだという話にはならない。寡頭政治が滅亡へのカウントダウンであるのとの同様に、衆愚政治もまた破滅の予兆ではないか。そんな感じのことを考えました。

まあ結局のところ、 ライト層とヘヴィ層がお互い仲良くしましょうとかそういう話ではなくて、いろんな主張を持った人たちがずらり揃っていて、侃々諤々言い合っているのが一番「勢いがある」状態なのではないかという、別段真新しくもない話に落ち着くわけですが、そういう意味ではサッカーはいま、非常に勢いがあると言っても良いのかもしれません。

生天目仁美さんと後藤麻衣さんのバースデーイベントに行ってきた話。

2014年8月3日はイベントのあたり日で、全国各地でさまざまな催しが開かれていたようです。

横浜では、艦これイベント水樹奈々さん。大阪ではアイマスの9thイベント。北海道では米澤円さんの出演がありーの(きゃらそに)、 あとラブライブのお誕生日会などなど。とにかく盛りだくさん、という感じ。

私は特に予定もなく過ごすつもりだったところを、pomさんのお誘いをうけ、「生天目仁美&後藤麻衣合同バースデーイベント」に申し込み。運良く抽選を通過して参加券をゲットしました。告知が3週間前に急遽だったことや、あまり大規模になされなかったこともあって、参加人数が心配されていたようですがなんのその、かなりの応募があったようで、遠く香川から参戦されていたかたもおられました。

ちなみに、公式ページはこれ。あとは生天目さん、後藤さんおふたりのブログが主な告知場所だったようです。

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「都内某所」の場所は公開していいのかよくないのかわかんないのでとりあえず伏せておきますが、わりと繁華街のおされなパブで、思ったより手狭でした。そこに、だいたい50~60人くらいのお客さんが来ていました。整理番号純に席が決まっていて、ナンバープレートをひっくり返すと……。

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裏にサインが!

1人1人手書きでサインを書いてくださった模様。イベントの準備だけでも大変なのに、心のこもったおもてなしをありがとうございます。・゚・(ノД`)・゚・。。サインのパターンは人によってまちまちだそうですが、私はニックネームで書いてくださって非常に嬉しかったです。

イベントは、BGMに過去の出演作の歌などが流れる中、軽いトークショーから始まりました。飲み物2杯と軽食つき。思ったよりもだいぶライトなノリで、ラジオの公録をご飯食べながら聞いてる感じ。ステージと客席も近い……というか柵があるだけでほとんどオーディエンスと同じ場所だったので、超絶至近距離でおふたりのやりとりを見られました。こういうイベントならではですね。

事前アンケートで募集していた「2人への質問」や「2人に読んで欲しいセリフ」が最初に展開。「2人のなれそめ」みたいな話からは私があまり知らなかった昔のお話が聞けたり、「今後の目標」とか、「共演してみたい声優さん」などの質問からはおふたりの現在の仕事に対する考え方なんかが伝わってきて、とても興味深かったです。あと、セリフは私が希望したのを後藤さんに読んでもらえて、たいへんラッキーでした(お兄ちゃん系のやつではありません)!

んで、最後は物販。ある意味(主に時間的な意味で)メインはこの物販で、当日限定のグッズ(Tシャツ、iPhoneカバー)のほか、3ショットチェキ(ポラロイドでの撮影)が実施されました。

1人1人撮影になるのでかなり時間がかかる! その間、生天目さんと後藤さんがパーキングエリアめぐりをしている映像DVDが写っていました。まじめに見ている人少なかったけど、これ結構面白かったです。各地でいろんなもの食べてたり、サングラスの話したり。

ただ、物販は結構バタバタ手作り感満載で、Tシャツが30枚しかなかったり(当然全員に行き渡ること無く完売)、チェキも途中でフィルムが無くなったり(全員1枚は撮影できましたが、2回目以降にちょっと差ができた)、iphoneカバーが余ったり(これは、iphoneを全員使ってるわけじゃないからしょうがないと思うんです……不甲斐ない参加者をお許し下さい)。まあその辺の手作り感を含めて皆楽しんでいたので、誰も怒る人はおらず、みんな笑顔でした。

最後に、もろもろの連絡事項があったのですが、ここで結構重大な発表が!

ただ、これについてはまだ言えない(たぶん今日か明日のうちに、生天目さんのブログで告知がでるはずです)ことなので、思わせぶりな態度だけにとどめますが、ともかくとても嬉しいニュースですので注目しておいてください。

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お昼を越えて生天目さんのblogで公開されていたので。(8月4日12:30)

 ▼「マナ、誕生日おめでとう!そして、私!」(なばためです。)

生天目さんご入籍されたとのことで、おめでとうございますヽ(>▽<)ノ
末永くお幸せに!

今回のイベントはこの発表のためだったという話もあり、感無量です。
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楽しい時間はあっという間に過ぎて、お別れに。出口ではおふたりがメッセージカードとおみやげを渡してくださいました。

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おみやげのチキンパイか玉子タルトか……どっちか忘れた( ゚Д゚)。まだ食べてません。生天目さんイチオシのお店だそうです。

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メッセージカードの表と裏。

非常に楽しい一日を過ごすことができました。生天目さん、後藤さんはもちろん、走り回ってイベントを支えてくださったスタッフの皆さん、また会場を盛り上げていた参加者の皆さん、ありがとうございました。

おふたりのこれからのご活躍を祈りつつ、本日はこの辺で。

進撃のアリクイ

笑いごとではないのですが、この事件。

 ▼「オオアリクイの襲撃で死亡例、遭遇リスク増に懸念 ブラジル」 (AFP BB News)
 ブラジルで猟師2人が別々にオオアリクイに襲われ死亡する事例が発生し、オオアリクイの生息地の減少と、人間が危害を受ける遭遇リスクの増加を研究者らが懸念している。

 長い鼻と長い体毛が特徴的なオオアリクイは体長1.2~2メートル、体重45キロほど。森林破壊と人間の居住域の拡大がオオアリクイの生息地を奪っているとして国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature、IUCN)は、絶滅の危険が増大している「危急種」に指定している。

 通常は人間に対して攻撃的な態度はとらないが、視力が弱く、おびえたときには前足にあるポケットナイフほどの長さの鉤爪(かぎづめ)をふりかざして防衛行動に出る。 

日本、特にネット界隈ではこのニュースはありあまる衝撃をもって迎え入れられました。なぜなら、日本にもオオアリクイがいる……からではなく、かつて「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。」というメールがネタとして席巻していたからです。

 ▼「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」(同人用語の基礎知識) 
 「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」 とは、2006年7月前後に大量に配信された迷惑メール、スパムメールの件名です。 メーラーで見た瞬間に釘付けになるそのあまりのインパクト、斜め上 にぶっ飛んだ衝撃的すぎる内容から、ネット ですぐに大きな話題となり、そのままある種の ネットスラング としても流行しました。

 実際の メール の内容は、筆者当てに届いたメールを引用しますが、次のようなものになります。


主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。

いきなりのメール失礼します。
久光さやか、29歳の未亡人です。 
お互いのニーズに合致しそうだと思い、連絡してみました。
自分のことを少し語ります。
昨年の夏、わけあって主人を亡くしました。
自分は…主人のことを…死ぬまで何も理解していなかったのが
とても悔やまれます。
主人はシンガポールに頻繁に旅行に向っていたのですが、
それは遊びの為の旅行ではなかったのです。
収入を得るために、私に内緒であんな危険な出稼ぎをしていたなんて。
一年が経過して、ようやく主人の死から立ち直ってきました。
ですが、お恥ずかしい話ですが、毎日の孤独な夜に、
身体の火照りが止まらなくなる時間も増えてきました。
主人の残した財産は莫大な額です。
つまり、謝礼は幾らでも出きますので、
私の性欲を満たして欲しいのです。
お返事を頂けましたら、もっと詳しい話をしたいと
考えています。連絡、待っていますね。

(中略)

 疑問点は2つあります。 まず第一に、そもそもおとなしく温厚そうに見えるオオアリクイ (大蟻食/ Myrmecophaga tridactyla) が人間を襲うのかどうか。 そして第二の疑問点としては、それがシンガポールに生息しているのかどうか、です。 この2つを焦点に、ネット民 が叡智を結集。 その結果、「オオアリクイは温厚で人間を襲うことはない」「そもそもシンガポールに生息していない」 との調査結果を得、「どうやらデマであったらしい」 との結論を得たようです。

というわけ。「同人用語の基礎知識」の説明をどこまで信じるかには問題がありますが、オオアリクイが南米原産であってシンガポールが故郷でないことは本当だし、多くの人が「オオアリクイが人殺すわけねーだろwww」と思っていたのも本当だと思います。私も思っていました。ドラクエじゃねーぞ、と。

そして、オオアリクイが人間を襲わないというのをもっともらしく書いていた人がいたのも事実で、まあ、そういう「いかにも事実っぽいけど裏付けがない話」というのの危険性がまた1つ明らかになったわけでもあります。

ネットのあちこちでは、「オオアリクイは人を殺すらしいwww」みたいな感じでネタを展開しているのですが、誰も、この現実の身に実際にふりかかるできごとだとは思ってもみなかったでしょう。その意味では恐ろしい、そして犠牲者のことを思うといたましい事件であります。が、どうしてもシリアスになりきれない……。

同人用語の基礎知識さんは、この後「ところがどっこい、オオアリクイが人間を惨殺?」というトピックを設けて、ブラジルで今回の事件が起こったことを記事に繰り込んでおられます。さすがに仕事が速い。頭が下がります。

ちなみにこの、「現代用語の基礎知識2007」にも掲載されています(→参考)。ただし、はてなを見る限り「その奇妙な興味をそそる件名のせいで、スパムと分かっていても目を通してしまう人が続出した」という説明のみで、特に嘘だとか本当だとかいう判断は書かれていませんが。 

とりあえず私は、久光さやか未亡人に、うたがってごめんなさいしてきます。 

さらば鰻よ?

丑の日だ何だでのうなぎ騒ぎも一段落といったところですが、しばらくの間、気軽にうなぎを食べるのは難しくなるかもしれない、という話。

 ▼「中国が欧州ウナギ再輸出中止へ 来年2月以降、品薄に」(47News) 
 減少が著しいニホンウナギの代替品として中国経由で大量に輸入されているヨーロッパウナギについて、中国政府当局が2015年2月以降は輸出を認めないとの意向を日本国内の業界関係者に伝えていることが28日、分かった。

 ヨーロッパウナギはニホンウナギに比べて安価で、人気が高い。ウナギの市場供給量が来年以降はさらに減り、安いウナギは遠くなりそうだ。

 ヨーロッパウナギは10年末以降、欧州連合(EU)が輸出を禁止している。

 中国には、EUの輸出禁止前にフランスから稚魚のシラスウナギが大量に輸出され、これを養殖したウナギが「合法的な製品」として日本に再輸出されている。

中国からの輸入がなくなるとなれば、うなぎの高騰はさけられないでしょう。記事にもあるとおり、ヨーロッパウナギはEUでも輸出禁止となっていますし、別ルートが簡単にできる……ということもなさそう。

稚魚の激減とともに絶滅すら危惧されていたのでこれは仕方ない流れなんでしょうか。私たちのメニューからもうなぎはがくっと減りそうです。少なくとも、ファストフード店で簡単に出てくるメニューではなくなるのではないかとも思われます。そうなってしまうと寂しいですね。

ただ、ピンチはチャンスではないけれど、現在のうなぎ消費量の半分をまかなっている中国からの輸入(参考資料:「鰻輸入量及び国内生産量」)が途絶えるわけで、一気に需要過多になることは間違いありません。そうなると、三重の水産総合研究センターで達成された、完全養殖に注目が集まります。

 ▼「affラボ 世界初「ウナギの完全養殖」に成功」 (農林水産省)

これまでは、価格の問題でなかなか完全養殖うなぎは売れないだろうといわれていたし、そうなるとなかなか「やる意義」も見出されなかったわけですが、うなぎが足りないとなると多少高くても買う、という人は出てくるでしょうしビジネスチャンスが生まれるはず。

これを機に、うなぎ養殖の態勢がじわじわと整っていく可能性は少なくないと思います。そうなってくれることを祈りつつ、完全養殖のうなぎが気軽に味わえる日が来るのを、楽しみに待ちたいですね。
《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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