よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2013年02月

2013年2月のエロゲー祭りPart2

今月は22日(金)に引き続き、28日(木)にもエロゲーが発売されるということで、やっぱり秋葉原の町へ出かけてきました。購入したのは『僕天』、『ハピメア』、『恋の話と』、『ラヴレッシブ』、『ヤバい!』、『突怪3』、『サド部』。結構ヘヴィやで……。先週のもまだインストールできてないのに、終わるんでしょうか。終わらない現在を生きるしかない……。

本日は発売記念イベントあんまり無かったのですが、目玉は『ハピメア』のガラポン抽選会。1等がサイン色紙。2等がサイン入りクッションカバー。あとは参加賞のメッセージペーパーというラインアップ。

私が参加したときは、既に白玉(ハズレ)が山のように重なっていまして、「これホントに当たりでるんですか~?」みたいな失礼なことをおねーさんに聞きながらぐるっとクジを回すと、なんと銀の玉がぽろっと。

「あ、おめでとうございまーす」がらんがらん(鐘の音)

という感じで、2等のサイン入りクッションカバーを引き当ててしまいました。 ぶっちゃけ色紙が欲しかった 凄く嬉しいです。ありがとうございます! しかもどうやら一発目だったらしくて、キャラ選び放題。ビッチさんにしようかと思ったんですが、なんとなく色合いとかデザインで有栖ちゃんを選択しました。

ハピメアクッションカバー
中央一番上に、克先生のサインが入っている。

しかし、よくよく考えると私、コミケでも有栖クッションカバー買ってるんですよね。どんだけ有栖好きやねん……。別のキャラにしとけばよかったかなーとか色々思いましたけれど、家に帰ってこうやって開いてみると、やっぱりこれが正解だった気がします。主に股間的な部分で。

サイン入り布モノって初めてで、どうやって保管したらいいのかとか飾り方とか良くわかってないんですが、有識者の人に訊きながら大事にしたいと思います。控え目に書いてますけど、ぶっちゃけ克先生大ファンなので、かなり喜んでます。ホンマに良かった……。

で、そこで運を使い果たしたのか、『僕天』のライブイベントは見事に外れました。他には『サド部』のイベントもあるみたいですけど、これは一週間後ですね。レシート忘れずにとっとけるかな……。

なんか結構サイングッズ系のヒットが最近多くて運気が上向いて来てる感あるんですが、今回サイン色紙欲しかったなっていうのは割と本音で、というのも私、こんだけエロゲーやってんのに原画家さんが直接キャラの絵を描いておられる色紙って一枚も持ってないんですよね……。スケブ等も含めて。複製色紙に直筆サインとかはいっぱいあるんですけど、死ぬまでに一枚くらいは、好きな絵師さんの直接描かれた色紙欲しいなぁと思っておりまして。実にちっちゃいですけど、密かな夢。

こういうのって運とタイミングですし、普通にサイングッズあたってるだけでも贅沢なことですから嘆くのもどうよって話ですけど、10年以上エロゲーやってて一回も縁がないってことは、このままあと10年、20年経っても駄目な可能性高いんじゃないかなぁとか、いろいろ考えちゃったりもしちゃうわけで。

まあこれからもエロゲーマー続けながら、チャンスを待ちたいと思います。まずはバナーキャンペーンからかな……。

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リアルにも選択肢が欲しい

先日の話なんですが、地下鉄乗ろうとちょっと急ぎ足で人通りの少ない坂道を歩いておりましたら、前からスマホいじってるおねえさんが歩いてきまして、それがこう、見事にすっころんだんですよ。私の目の前で。スコーンと。理由はわかりません。何かにつまずいたのか、単なるドジっ娘だったのか。

うわあ、漫画みたいだなぁと微妙な感慨にふける間もなく、私の足下に、彼女がいじっていたブルーのスマホがこう、滑るように転がってきまして、受験シーズンなのに縁起悪いなぁとか、いらんことを考えながら拾い上げました。いろいろ情景描写をしていますが、実質この間2秒とか3秒とか、そのくらいです。たぶん。

で、急いでる私としてはこれをさっさと渡して立ち去りたい。しかし、肝心のおねぇさんはいまだすっころんだまま。怪我でもしたのかな……だとしたら声かけたほうが良いけど、助け起こすのはシャイボーイの私には難度高いなぁ……とか思っていたら、おねえさん、すっくと立ち上がりまして、ぱんぱんと、ベージュのコートをはたいて汚れを落としはじめました。

おお、どうやら大事にはいたらなかったようだと私もひと安心いたしまして、立ち上がってるんだから大丈夫ですかも無いだろうということで、「災難でしたね」だか「大変でしたね」みたいなことばをかけながら、スマホ(電気つきっぱなし)を裏返しにして差し出したんです。

すると、おねえさん、「ありがとうございますぅ」って返事してくれたんですけど、なんか見てるこっちが申し訳なくなるくらいに顔が真っ赤にならはりまして。「うわぁ、これは声かけるタイミングとかかけ方とかミスったかぁ」という気持ちに。なんかこういうのって、特に恥ずかしがる理由は無いと分かっていつつも、猛烈に恥ずかしいんですよね。階段でずっこけるとか、病院の待合室で眠っちゃって、夢で段差ふみはずしてガクッとなって目が覚めるとか。できることなら何事も無かったような顔でやり過ごして、他の人にはノータッチでいて欲しいものです。

こける直前までスマホいじっていたように見えた彼女が、果たして私の存在に気づいていたのかどうかわかりませんが、ともあれ誰が見てようが見てまいが、「なかったこと」にしようとしていた矢先、「ニヤニヤ。みてたぜー」みたいなこといって声かける奴が出てきたんですから、そりゃ不意打ちくらって恥ずかしかっただろうと。ちょっと行動判断ミスったなぁ。

いや、さりとて他にどういう選択肢があったかわかんないんですけどね。二択か三択にしてくれたら何とかなったかもしれません。あれです。エロゲーなりギャルゲーなりで、対人コミュニケーション鍛えてるつもりでも、クイックセーブもオートセーブもなければ、肝心なところで選択肢も出てこない クソゲー リアルでは訓練なんて何の役にもたたんという見本。シット。

ちなみに、エロゲーマー的にはこういうイベントはあきらかにフラグなんですけど、おねーさんと私の間にはそういう桃色空間は一切発生せず、私はそのままメトロに乗って男臭い仕事場へ向かったのでした。

ホントに、リアルでも選択肢機能くらい実装してほしいです。『瞳の烙淫』みたいな感じで。ええい、パッチはまだか!

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エロゲーマー世代間格差

最近立て続けに、若い――ぶっちゃけ20歳になったばかりくらいの――エロゲーマーの人とそれなりに突っ込んだお話をする機会がありまして。あ、突っ込むって別にエロい意味ではないですよ。んで、そのたびに言われたのが、「昔のエロゲーを知ってる世代の人が羨ましい」と。それぞれにニュアンスは違いますが、2000年以前の、いまでも頻繁に言及されるような著名な作品をプレイできていたのは羨ましいのだ、と言うのです(オッサンに気を遣ってくれた面は多分にあると思いますけれども)。具体的には『Yu-no』や『同級生2』のようなDOSゲーから、LeafVN三部作、『MOON.』『ONE』のようないわゆる(系譜的な意味での)鍵ゲーなんかの名前があがりました。

なるほど、言われてみればそんなものかもしれません。特に1995~2000年頃というのは(売上額的に見れば)エロゲーの勢いが最も盛んだった時期ですし、Windows95の登場とともに表現の幅が大きく広がり、現在の作品群のもととなったような意欲的な作品が名を連ねています。いまのエロゲーを好きになって、その過去の足跡を辿りたい……とか、そんな風に考えた時、リアルタイムで経験している世代というのはなんとなく特別に見えるのかもしれない。

まして、MS-DOS時代の作品とかになると、現在プレイ環境を整えるのが難しいようなものもあります。誰でもが気軽に踏み入れる領域じゃなくなったぶん、「秘境」みたいなイメージができあがり、そこへ行ったことがあるというだけでハクがついてみえたりするんでしょうか。本場アメリカの空気を吸うだけで高く翔べると思っていたバスケ青年みたいに。

ただ、こういう感覚は私からするとちょっと意外というか、私はむしろ、いまの若い世代のほうを羨ましいなぁと思っているところが結構あったんです。

たとえば、私の世代ですらエロゲーマーというのは日陰者というか、いまみたいに堂々とおひさまの下を歩ける感じではなかった。『To Heart』がメディアミックスに成功して一気にアニメ化とかもしましたけれども、それでも深夜の枠だったので各方面に憚りながらコソコソみていたくらいです。昨今は割と堂々とその手の話ができる! ……羨ましい。そこそこ年食ったエロゲーマーが集まると、昔の作品の話で盛り上がるのは、過去にそういう話を存分にできなかったうっぷんを晴らしている……のかもしれません。しらんけど。

あと、コミュニティの広さもあります。そもそもリアルではエロゲーやってる知り合いなんてほとんどいなかったし、ネットなんてものもろくすっぽ普及していなかったので、大学入って暫く経つまでは、本当に2、3人の「同士」たちと行動を共にして、あとはエロゲー雑誌を擦り切れるまで読む、みたいな状態。『こみっくパーティー』とかを、もうちょっと遅らせた感じというか。

いやまあ、単に私のリアルでの立ち回りが悪かっただけかもしれないですけどね。でも、その辺を抜きにしても、メーカーのOHPすらそんなに整備されておらず、エロゲーのコンテンツを楽しむという意味では、いまのほうが圧倒的に恵まれていると思います。体力的にも時間的にも記憶力とかも充実していて、また制作側の主なターゲットでもある18歳から20代前半、エロゲー的「ゴールデンタイム」を、そういう恵まれた環境で過ごすことができることは、非常に幸運ではないかと思います。

それとは別に、若い人へのレスペクトみたいなのもあって、たとえば私みたいなオッサンちょっと歳のいったお兄さんはもう、最新作をしゃにむに追いかけてプレイするみたいな情熱をなかなか持てないんですよ。時間も確保しづらいし。『おっぱいリコレクション』もまだインストールしてない有様。昔なら即日やってたでしょうに。

でも、いまの若い人たちはこう、最新作バンバンやり、同時に昔の有名な作品も、中古なりDL販売なりで安くなったのをガンガンプレイしてたりする。一部の熱心な人だけかもしれないけど、そういうエネルギーには憧れるし、同時にエネルギーのはけ口がきちんと用意されているという環境に、少しではありますが嫉妬も覚えます。

作品のクオリティーだって単純に声がついたりCG面で綺麗になったりでぐっと向上していて、20年後とかに振り返ったとき、そういう作品を原体験として持っているのはやっぱり良いことじゃないですか。

まあ結局何が言いたいかというと、時代状況的なものってどうしようもないというか、いいところもわるいところも、当然あるものだと思うんですよね。J-POPの流行みたいなもんです。私の世代はミリオンヒット続出してたけど、だからってその時代はなんでもかんでも良かったわけではない。隣の芝生は青く見えるというやつで、なかったもの、失われたものに目を向けているとキリがありません。前ばっかり見ても、後ろばっかり振り返っても。

だから、まずは自分の立場を受け入れて、でもそれにしがみつかずに進んでいくしかないのでしょう。「昔は良かった」ばっかり言ってたら今の流れに取り残されてしまうわけで、そこは前を見て歩いて行きたいし、かといって過去の流れを置き去りにしてしまって良いとも思われない。過去を「老害」扱いで殲滅するのは簡単だけど、そこにしかなかったものも、やっぱりあるんだと思う。

ちょっと抽象的というか漠然とした話になっちゃって反省。具体的なイメージはあるんですけど、書きづらいというか、もっと長くなるのでそれは別の機会にゆずることにしまして、つまるところはエロゲーが背負ってきた歴史性みたいなものを、うまく共有していければいいなぁという話です。毎度収束しないオチでごめんなさい( TДT)人。

そのためにもとりあえず、過去の名作と呼ばれているものはWindows7対応とかにするプロジェクトがあってほしいし、過去の作品一覧をデータベース化したり、本体をいつでも確認できる「バベルの図書館」(ちょっと違うか)みたいなのが欲しいなぁと思ったりするんですが、このジャンルではなかなかそういうことしづらいですよねぇ。

そういえば、明大の米沢嘉博記念図書館に行ってみたい。近いうちに機会を作ろうかな……。


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善き質問者でありたい

議論を見聞きしたり、論文を読んだりしていると、話の広げ方が上手い人というか、議論の展開の仕方が上手い人というのがいます。そういう人は、たいていの場合、「質問上手」だというのが私の(経験に基づく)持論です。

なんというか、相手の意見に対して「あ、そこ訊くとすごく見通しが良くなるよね」とか、「おお、そこは確かに矛盾してるからどっちなんだろうな」みたいな、「急所」を綺麗にとりだしてピンポイントで突くことのできる人。別の言い方をすれば、「相手の言わんとすることをきちんと整理・理解したうえで的確な意見の言える人」です。

高校で習う小論文ではリード文がついていて、「筆者の述べていることを200字程度で述べてから自分の意見を書きなさい」なんて出題形式がとられますが、この「要約」能力というのが「質問上手」に繋がるちからだと言えるでしょう。

ぶっちゃけ、相手の意見に対してそれとは違う自分の考え方を主張したり、疑問を提出したり、論理の欠陥をついたり……というのはちょっとした訓練で比較的誰でもできるようになります。そして、いまの日本には(マスコミを筆頭に)そういう言説が溢れかえっている。それはそれで必要なことだとは思うけれど、おおむね噛み合わない話をして終わることが多い。理由は簡単で、その「反応」が、もともとの発言者の言いたいことではなく、その言いたいことをダシにして自分の言いたいことを言っているだけだからです。自分自身の反省も込めて。

私の憧れる「質問上手」な人というのは、自分の問題意識ははっきり持ちながらも、それを第一に振りかざそうとはせず、まず相手の意見をきちんと理解しようとする。だから、「この人はこういうことを言いたいのだろう」という推測をします。かつその推測も、不当に低い見積りをしない。

よく、「どうせこんなことしか言ってないんだろ」と相手を軽く見るところからスタートする人がいますが、それだと議論は発展しません。そうではなくて、「この人はこういう意味のあることを言おうとしているのではないか」とか、「この人の言いたいことを拾うと、こういう話ができるんじゃないか」という具合に、可能性を大きく採る。そうすることで、議論は生産的なものになります。

もちろんこれは、どんな意見にもイエスマンであれ、というわけではありません。そうではなくて、たとい批判をする場合であっても、「相手がしょぼいことしか言ってない」と想定すれば、ショボい批判しか出てこないよねという話です。

たとえば、「AだからBになってCだ」という論を展開している相手に対して、「いや、俺はDだ」だとか、「Cなんて意味無いよ」と言ってみても水掛け論にしかなりません。自分の思考としても、新しい着想は出てこない。

話を広げるのが上手な人は、「Cだと言っているけれど、『AだからB』という発言の帰結はふつうEになるんじゃないか」とか、「Cということを言いたいなら、『AだからB』よりは『AだからF』のほうが適当なことを言えるのではないか」のように、批判しながらも(論理のおかしなところを指摘しながらも)内部のロジックをきちんと交通整理して、論者が「言いたいこと」が何であるかをはっきりさせようとする。

あるいは、「Cという結論を言うけれど、この結論は実はXやYやZのようなとんでもない結論とも結びついてしまうから、それをクリアーしないと賛成しづらい」のように、結論そのものが持っている問題点を指摘します。裏返せば、そこをクリアーすれば結論がいっそう魅力的になる、というポイントを示してくれているわけです。決して、たんに「自分の意見と違うから面白く無い」のようなことは言わない。それを言ってしまったら、ものすごく話が膨らませ辛いからです。そういう返し方をされて、話題を拾える人はなかなかいない。いや、中には時々、どんなボールでも拾いまくるスーパーリベロみたいな人もいますけど、それを期待するよりは自分で意見を表明する仕方を考えたほうが早いでしょう。

もちろんこういう意見表明が「善い」局面というのは限られたものではあります。とはいえ私はなんだかんだで言説に携わっている人間として、「善き質問者」でありたい。ひいては、相手の言っていることをきちんと整理できる人間でありたいなぁと思います。理解が間違っていたとしても、理解しようという努力は怠らないというか。まあ、なかなか難しいことではあるんですが。

こういうことを、直観的にスパっとやれちゃう人に憧れるんですよねー。

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さらばNTR

ちょっと前にネタが話題になった、「新宿ショールーム」。「寝心地体感ルーム開設!」と銘打って、当初は以下のような文言がならんでいました。

寝心地体感ルーム「NTR」開設! 新宿ショールームでは、寝心地体感ルーム「NTR」を開設しました。 快適な眠りをサポートする寝具から、色・音・香りなどをテーマにした寝室作りの提案までお客様の快眠をプロデュース致します。 NTRでは3つのルームシーンをご用意し、お部屋のテーマごとに快眠の効果を体感していただけます。

さまざまなNTRが楽しめるとかヤバいです。アトリエさくらさんも真っ青。それを都心も都心、新宿で三次元相手にやろうというのだから、これはもうエロゲー界に対する宣戦布告。Mielさんあたりも巻き込んで、すわ戦争かと身構えたのですが……。今みたらこうなってました。

新宿ショールームでは、寝心地体感ルームを開設しました。
快適な眠りをサポートする寝具から、色・音・香りなどをテーマにした寝室作りの提案までお客様の快眠をプロデュース致します。 寝心地体感ルームでは3つのルームシーンをご用意し、お部屋のテーマごとに快眠の効果を体感していただけます。
ちょっとしたインテリアの工夫で始められる「快眠生活」を是非、実現してみてはいかがでしょうか。


…………。「NTR」の文字が消えてる。さすがにいろんなところから指摘が来たんでしょうか。いや、知りませんけど。ただなんというか、「ネトラレ」ってこっちの業界くらいでしかピンとくる人いないと思いますよ。わかる人がニヤニヤするだけだから、放置でも良かった気がします(笑)。

そんなわけで、いつの間にかこの世からNTRものがひとつ消滅していたという哀しいお話でした。では、また明日。

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エロゲーにとっての「旬」の話

昨日エロゲーの発売日イベントでお会いしたpomさん(@pokpokpolk)と、帰り際にちょっと雑談していたのですがその中で、「いまやるべきエロゲー」みたいなのがある、という話が出て来ました。もうちょっと詳しく言うと、時間的に今しかできないだろうからある作品をやっているのだけど、どうも今の自分の心情が求めているものとは違うのだ、みたいな話。私も以前に似たような内容をツイッターでつぶやいたことがありまして、これには大変共感しました。

エロゲーにも、魚や野菜と同じく、「旬」というのがある。私はそんな風に思っています。

たとえば、「話題性」みたいなのはわかりやすい。発売直後の、みんなが盛り上がっている時期に自分もその熱気の中に身をおくことができた作品と、「話題になったらしい」という伝聞だけで一人こっそりプレイした作品とでは、もちろん同じように「面白い」「楽しい」と感じても、その感じ方の中味は随分と異なるでしょう。

ことは、作品の側だけの問題ではありません。pomさんがおっしゃっていたように、ユーザーの環境というか、心構えというか、そういうものにも大きく左右される。たとえば私の実体験として、アリスソフトさんの『超昂閃忍ハルカ』を初めてプレイした時のことを思い出します。最初、私は全然ピンとこなかったんですね。エロさを感じなかった。なんかめんどくさいゲームだなぁ、みたいな印象を持ったのを覚えています。

ただ、その時私はちょっとリアルが忙しくて、いやなこともあって、じっくり腰を据えてエロゲーを楽しむことがしづらい状況だったんですね。気乗りはしないし、身体のほうもガンガン体力を消費したい状態ではなかった。まあ疲れてる時にかえってオカズが欲しくなるとかありますけど、そういう状態でもなく。それこそ「話題性」のためだけにゲームをやっていて、そして、全然楽しめなかった。

しばらく後になってようやく周辺が落ち着いて、そうなると、私はエロゲーマーですからエロゲーをあれこれやります。その中でいくつかの「くのいちモノ」エロゲーにトライしたんですがこれがことごとくコケまして(笑えない)。んで、「くのいちモノのえっろいゲームやりたいなぁ」と思ったんです。そこにいたってふと思い出した『ハルカ』さんを引っ張りだしたんですが……。いやあ、ほんとにお世話になりました。もうね、超エロいです。なんじゃこりゃっていうレベルで。最初にプレイしたとき、全然ピンとこなかった理由がさっぱりわからない。何考えてたんでしょう私っていう感じ。

ユーザーはよく自分の「属性」を語ります。しかし、その「属性」も、細かく見てやれば日によって違ったりするかもしれない。AVを選ぶときに「今日は~モノが見たいなあ」というのがあるのと同様、エロゲーに対する欲求も、時と場合によって違ってくるはずです。わかりやすいので抜きゲーの話にしましたけれど、明るい学園モノがやりたいときとか、暗いファンタジーがやりたいときとか、ユーザーの側のバイオリズム次第でさまざまに変化しているでしょう。こういう、「その人がエロゲーを楽しむための環境要因がバッチリ整うこと」を、エロゲーの「旬」と私は呼んでいます。

で、普段はそんなに意識されないけれど、少なからず作品への評価とか印象に、この「旬」というのは左右してると思うんです。学園モノがやりたかったのに、期待してたブランドからでたのが珍しくファンタジーだった……みたいな感じで「旬」を逃したせいで楽しめなかった作品とか、逆に「旬」だったからこそ最大限楽しめた作品とか、そういうのはある。

だから、一度「つまんない」と斬った作品でも、やり直してみると意外と楽しく感じたり、逆にものすごく面白かった記憶があるのに再プレイしてみると「あれ、こんなもんだっけ」と「?」マークがアタマに浮かんだりすることも。

とはいえ、エロゲーは一回のボリュームが結構大きめで、しかも次から次へ新しい作品が出ているということもあり、面白かった作品を再プレイすることはあっても、つまんなかった作品をあえてもういちど……ということは、まぁめったに無いだろうという気がします。よほど特殊な事情があれば別ですけれども。その意味では、「ダメ出し」食らった作品というのは、なかなかリベンジしづらい。一度「旬」を逃した作品については、「おいしいところ」をあじわうことができないまま、忘れてしまうことがほとんどではないかと思います。

逆に言えば。もしも、自分の心に強く残る名作があるという人は、その作品の「旬」を、なんらかの形で逃さずに味わうことができたのかもしれません。もちろん「旬」は一度とは限りませんが、自分を含めた周囲の環境が充実した状態で作品と巡り会えたわけで、それはきっと、とても幸運なことなのでしょう。私はエロゲーマーとして、心に残る作品と出会えたその幸運に感謝したいなぁと思うのでした。

おしまい。(オチは無い)

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2013年2月22日エロゲー戦線

今月は28日の木曜日にもう一回発売日がくるのですが、22日勢も多く、特にクロシェットさんの注目作『 おっぱい プリズム◇リコレクション』が発売されるということもあって、秋葉原は朝10時からオープンの漢モード。私も早速、朝からアキバへ赴いてきました。

今日はソフマップさんがちょっと早く入れてくれて、しかも3Fが無人(漢モードのソフマップ1号館は、予約券だけなら3、5、6Fでの引取が可能)だったので先頭に並ぶことに成功。9時58分にすべての引取を完了するという電光石火の展開になりました。ラッキー。購入は、プリコレ、ノスタルジーカ、レゾナンス、RoyalDutyFlushの4本。予約分だけなので、またふらふらしてるうちに追加で買うものが出てくるかもしれませんが、いまのところはこれでおしまいの予定。

10時からは、「WHITE ALBUM2 SPECIAL ENCORE」の申し込みが開始されていたため、急いで予約。先着順じゃないとわかっていても、気持ち的に早く申し込みたくて、キリキリ登録してしまいました。

で、その後アキバをふらふらとまわります。今日はツイッターでさんざんつぶやいたので、それを埋め込んで記事にしていきます。



まず、ソフマップ1号館の前では、プリコレの配布イベント。クリアポスター等が配布されていました。同時に配布されていたaxlさんのカレンダーは、糊をつけて組みたてるタイプ。新作が出るまで2ヶ月のカウントダウン用になってます。予約していなくてももらえるようでした。結構しっかりしたつくりでいい出来です。また、『ナイものねだりはもうお姉妹』のクリアファイル(予約者限定)の配布もありました。おとなりでは、『D.C.III・R』のヒロインポスターセットプレゼントと、戯画さんの予約者プレゼントも行われていました。

アミューズメント館前でもプリコレ配布が展開。こちらはCMボイスを流していたのですが、「もっとプリズムおなにくしょん!」というお昼から公共の場で叫んで良いのかどうかビミョーなラインのボイスで、思わずニヤリ。いやまあ、もうちょっと節度を保ってもいいかなとは思いますけれど。

アミューズメント館前では他に、「ゆめいろアルエット」、「3人いる!」、「祝祭の歌姫」の三本の予約者キャンペーンをやっていました。「ゆめアル」の予約をしていたので、プレゼントをゲット。CDとお菓子とパンフレットでした。

また、『RoyalDutyFlush!!』の購入者イベント(サイン会)も実施されると知りました。



幸い、早期予約特典をゲットしていたので家にとりにかえります。



こんな感じ。夕方からのサイン会に向かおうと思います。

今日はお昼すぎから「ゆめアル」のイベントもあるし、夜はサイン会なので正直帰ってからエロゲープレイする元気が有るかわかんないですけど、プリコレとノスタルジーカは話題作だし、レゾナンスとRDFは個人的に期待してるし、はやくやりたいなぁ。どうして一日は24時間しかないんだろう。

多くの人はやっぱり、プリコレから入るのかなー。ぜひぜひ、楽しい週末エロゲーライフになりますように!

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童貞だってエロゲーがしたい!

あ、こんなタイトル書いてますけど別に童貞の権利をジュネーブ条約で約束すべきだとか、ワシントン条約で保護すべきだとかいう話ではないですよ。もちろん迫害すべきだとかでもなく。

発端は数日前、タイムラインを埋め尽くした「童貞はエロゲはしないでほしい」という話(参考:「家宝は二次元」さんの記事)。一方、「童貞がエロゲー作るなんて論外」みたいな話も根強くあります。いわゆる経験(実体験)至上主義。いやね、童貞云々はともかくといたしまして、これについては色々言いたいことあるんですよ。

実際問題、たとえばノンフィクションであれば、体験したこと・経験したことを書くのが基本です。そりゃあったりまえ。でも、フィクションで実体験をそこまで強く求める意味ってあるのでしょうか。私にはどうもあるようには思えない。

別の言い方をしましょう。「童貞がエロゲーをやるのはダメ」ないし「童貞がエロゲーをつくるのはダメ」という命題は、どういう意味を持っているんでしょうか。

このスレ主さんは「こっちまで変な眼で見られそう」とか言っちゃってますけど、童貞と同じ空気を吸うのがイヤとかそういう話? でも、童貞だってコンビニを使うし道を歩くし自転車に乗る。呼吸だってします。童貞だけ光合成できるとか、そんな特殊能力ついてません。それともなんですか。18歳以上の童貞は呼吸もするなと? 「ランボー・怒りの童貞」みたいな? 童貞いじりに定評のあるゆずソフトさんでもそこまで言いませんよ。

まあ今のは極端な話にしても、おそらく、エロゲーというのは童貞がプレイするものだというイメージが鬱陶しい、ということなのでしょう。自分も童貞だと思われたくはない、と。私は微塵もそんなこと考えませんでしたが、そういうの気にしてる人がいるとひとまずは納得することにします。

それだけの話なら単にこの人の趣味の問題で終わりなんですが、その後自分で「セックスもしたことないのにエロゲやっても無意味だろ?」と言ってみたり、他の人からはやはり「童貞はエロゲ作らないでほしい なら賛成した」のような話が出てきます。これってつまり、エロゲーを含む創作物(フィクション)を読む/作るには、実際に経験をしているのがベストだ、という論法ですね。

もしこれが、「実際に経験した人でないと描けない/読み取れないものがある」程度であれば、私も文句は言いません。というかそれはまあ、その通りでしょう。経験者だけがわかること、経験者でないとわからないことというのは間違いなくあります。たとえば雪を実際に見たことのない人が「雪国」の話を読んだってピンとこないかもしれない。

しかし、それをもって「フィクションに関わるには経験してるのが一番」という結論にもっていくのは、あまりにも早計であると言えます。このことは当ブログで何度か取り上げたことなのでお馴染みの人には「またか」と思われてしまうかもしれませんが、いましばらくお付き合いください。

じっくりと前提から考えて行きましょう。そもそも、フィクションにおいて、「経験者しかわからないこと」が伝わるのって良いことなのでしょうか? 良いことなのだとしたら、なぜ? どんな風に?

仮に、ここに二つの詩があるとします。一つは、雪国に住んだことのある人にしか雪の情景がつたわらない詩。もう一つは、雪を見たことが無い人にでも、雪の様子が伝わる詩です。さて、あなたはどちらのほうが表現として優れていると思いますか? あるいは、雪国の人が書いた雪の詩で雪国の人が感動するのと、雪を実際に見たことのない人の詩で雪国の人が感動するのとでは、どちらのほうが表現に力があるといえるでしょうか?

上の質問は色々な前提をすっとばしたものですが、言わんとしているのはこういうことです。もしもフィクションが、実体験を経験者に伝えるための(それが主たる目的であり役割の)ものだとしたら、フィクションというのは実に狭くて貧弱なものに成り下がってしまうのではないか、と。

もちろん、そういう立場もありえるとは思います。でもそれって、フィクションよりノンフィクションが偉くて、文字だけの小説より映像使ってる映画のが偉くて、それら全てよりも現実こそが最高であるってことになりますよね。雪の詩なんか詠んだり読んだりしている暇があったら、雪国に行って雪を味わってこいと。それで全部終わり。そうなるともう、現実至上主義というか、現実以外の創作物の全てを否定してしまえる。実際にフィクションを楽しんでいる人がとるべき立場だとは思われません。

「童貞はエロゲはしないでほしい」と言った人も、それは自分がエロゲーやるときにイメージが邪魔になるから言ったわけで、エロゲー自体はやりたいんですから、「現実が最高です」という主張だと考えてしまうと、単なるアホみたいな自己撞着です。「そもそもテメーはエロゲーやんなよ。リアルにセックスしてろや」って言われておしまい。なので、ちょっとまずいですね。「経験至上主義」=「現実至上主義」の路線は破棄しましょう。

では、フィクションを楽しむことと「経験至上主義」がバッティングしない道筋はあるのかってことですが、これはたぶんあります。どういうのかといえば、それは、フィクションにおいて現実の経験が、現実以上にはっきりと写し取られているという風に考える場合です。たとえば戦争をすればたくさんのことが起こります。でもその中で、特に「死の辛さ」にクローズアップしてフィクションを作れば、「いろいろなこと」を取り払ったぶん、フィクションが現実以上に「戦争の死の辛さ」を本質的にを捉えられるかもしれない、みたいな。

ただし、それだけでは足りなくて、プラスアルファとしてそういう現実の本質みたいなのは、経験者ほどきちんと触れられるはずだ、という信仰がついてこなくてはなりません。というかむしろ、こっちが今回の話だとメイン。この時、実際に戦争に行った人がつくり、実際に行った人が見る……というのが最高のサイクルであるということになるでしょう。フィクションを作るのにも、楽しむのにも、「現実の経験」という資格があって、それを満たしている人のほうが理想的な楽しみ方ができる、というわけです。

こういう立場をとるなら、強いて否定はしません。でも、ほんとに良いの? って思っちゃう。だってそれ、相当キツイハードルですよ。海外旅行行ったこと無い人は、洋画なんか見たって楽しめないことになるし、21世紀になってもタイムマシン発明されなかったわけで、日光江戸村あたりがせいぜいの現代人が時代劇とか楽しむにはどうすんのって話。エロゲーでいえば、男子校に通ってた人は共学校の学園ものを楽しめないとか。たといそうだったとしても、そこで伝わる楽しみって、フィクションにとって本質的なものなんでしょうか。私には、そうは思えません。

それともマジで、「おれ、緑色の髪の子と付き合ったことないから、このヒロインちょっとわかんねーわ」とか、「ループしたことないから、ループものはちょっと無理だな」とか言っちゃうんでしょうかね。そろそろハルパゴス先生が出てきそうな気配です。

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ハルパゴス先生、出番です。(出典:「ニコニコ大百科」さん)

実際に経験しているほうがわかりやすいとか、書きやすいとか、そういうことはあるでしょう。でも、そうでないと書けない/読めないものがあるっていう立場に立つのは、やっぱり私にはいただけない。少なくとも、フィクションの目的というのはそういう「経験」を伝えることが第一ではないはずです。それを、「経験」が伝われば良い、と安易に考えるからおかしなことになる。

もの凄くリアルな話を読んだ時に、「これはこの人の実体験だからこんなリアルなんだ」とか、「これ自分も味わったから身につまされる思いがするんだ」のように、ついつい人は考えてしまいがちですが、それは面白さの十分条件であって必要条件ではないということです。フィクションが伝えうる魅力というのは、現実に転がっている何かとは別のものではないか。少なくともフィクションは、現実の劣化版ではなくて、現実をどこかで超えているからこそフィクションなのでしょう。ならばその「本質」に触れるのに、実際の経験の有無は、果たして絶対に必要だと言えるか否か。

「○○をしたことがあれば楽しみやすい話」はあるかもしれないけれど、「○○をしたことのある人しか楽しめない話」は無い。そうでなければ、フィクションに意味は無いじゃないか。そんな風にさえ思います。フィクションの面白さというのは、もっともっと奥が深い。それに気づかず、「リアリティ」という一面だけで捉えてしまうと、視野が狭くなって残念なことになるんじゃないかなぁと。


そんなことを思いながら、やや脊髄反射的に反論したら上のような発言になりました。自分の発言を貼り付けるのって何度かやってるもののいつも微妙に違和感ありますが、リアリティはやっぱり大事でしょう的なツッコミを頂いたので、お返事代わりに。

では、本日はこれで。また明日お会いしましょう。


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「WHITE ALBUM 2 Live」東京公演れぽーと

さる2013年2月16日、「WHITE ALBUM2 LIVE」東京公演に行って参りました。

前から言っていた通り、もうこれ、超楽しみにしてたんですよおおおおおお!!

『WHITE ALBUM』は前作からのファンで、「2」も凄く良かった。加えて、そこそこ高倍率の抽選であたったチケット。「特別な」感じには事欠かきません。

エロゲー系ライブ童貞としての筆おろし……はちょっと前に終わっちゃったんですが、まあ、こういうちゃんとしたライブはほとんど初めてということもあり、ちゃんと振る舞えるかドキドキ。2月にして今年のクライマックスというか、体調くずしたり事故に逢ったりだけは絶対しないようにと気をつけて、一日おきにユンケルの高いやつ飲んだりして体調整えてました。

今回の記事は、そんなライブのレポートとなります。ちなみに、ひたすらヒャッハーしてるだけの記事というか、もうイヤなこととか全然無くて100%楽しかった話を自慢気に語るだけなので、「ウゼェ」と思う方はお引き返しください、と一応さきにお断りしておきます。


▼渋谷到着
会場は、東京都渋谷区にあるライブハウス、SHIBUYA REX。収容人数はだいたい200人くらい。こういうライブにしては小さなハコだと思うのですが、一説によれば、記念すべき1stライブということで、東京・大阪とも「作中(WA2)のライブハウスのイメージにあった会場にする」ためにあえてこの規模のハコを選んだという話でした。真偽の程は確かめていませんが、そういうお話もあった、ということで。

しかし、渋谷ですよ。しぶや。英語で言うとSHIBUYA。若者の街。昔、二年ほどこの辺に住んでいたことがあるんですが(家賃やばくて越しました)、相変わらず凄い人! そして、この街全体から拒絶されてる感覚がハンパないです。一歩あるくごとにゴリゴリ体力が削られる。DQの毒沼とかバリア床みたい。誰か私にトラマナをかけて……。

で、今回実はぐらいどさんという方がTwitterで「フラワースタンドを贈る会」なるものを立ちあげておられまして、私もそれに一口参加させていただきました。「フラワースタンドを贈る会」というのは、「WA2ライブ」の開催を記念して会場にフラワースタンドを贈ろうと。あと、歌手の皆さんにメッセージカードを書いたアルバムを贈ろう、というものです。ついでに、終わったあとは懇親会の予定。

ぶっちゃけ、私は人見知りです。なんかもともと大きなコミュニティを持っておられる方だったらその中に入っても肩身が狭い思いをするだけだろうなーと思っていたし、そもそも何かこういう「ライブ前に集まって何かしましょう」っての、ちょっと胡散臭いと思う(失礼な)タイプなので、企画があるのは知っていたのですが最初ナナメから見ていました。しかし、ぐらいどさんと補佐のよーだすさんというお二人が、アクアプラスさんにきちんと問い合わせをしたり、内容について参加者から意見を募集したりというしっかりした企画を見ていると、偉そうですが「あ、こりゃ大丈夫だな」と思いました。本当に、「WA2」の好きな人と語り合いたくて、あとライブ開催のお祝いを出演者の方にお伝えしたくて実行される企画なんだな、と。

そんなこんなで参加を決定した「贈る会」のほうが先に道玄坂のロイヤルホスト(ファミレス)に集まっておられるということで、そっちに行ってご挨拶。物販がはじまるまでの間、先に集まっておられた皆さんと楽しくおしゃべりをしたり(「飲むアサイー」なるものを注文したけどあんまり美味しくなかったです)、そこで出演者の方+生天目仁美(冬馬かずさ役)さんへのメッセージカードを書かせていただきました。

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ファミレスで作成していたメッセージアルバム。可愛い手描きのイラストを用意している気合の入った方もおられました。

これ、ものすごい手間がかかってます。お金をかけたプレゼントはすぐできるけど、抽選で偶然集まった人たちを集めてなにかやるというのは本当に大変。ぐらいどさんはじめ主催の皆さんが、ずっとファミレス・ライブ会場と駅の間を行ったり来たりして出迎えしておられたし、ライブ直前まで外でいろんな人にメッセージを書いてもらっていました。一部の人間ではありますが、「WA2」ユーザーの想いがこもったすばらしいプレゼントになっていたと思います。なんか卒業式で先生に渡すために書いた、寄せ書き色紙のことが頭をよぎりました。

あと、たぶんアルバム代とかカード代、主催の皆さんが出してくださってるんですよね。なんかもう、完全におんぶにだっこになってしまい申し訳ないというか、感謝の気持ちでいっぱいです。ぐらいどさん達は全部の段取りを整えてあれこれやってくださったのに、最後まで裏方に徹して、「みんなで楽しもう」というのを実践してくださっていました。「大丈夫そう」とか下目遣い(皐月嬢)なコト申し上げてまことに失礼しました。私の想像をはるかに上回る仕切りでした。全員が楽しく懇親会まで過ごせたのは主催の皆さんのお陰。本当に感謝です。


▼物販へ
ライブは16時半から入場(17時開始)予定だったのですが、その前、14時半からライブTシャツとタオルなどの物販が行われるということで、「贈る会」の面々も14時頃から会場前に移動開始。「事前に並ぶな」というお達しが出ていたこともあって、14時ごろまでは会場近隣に人がたむろっていたりすることは無かったのですが、14時15分ごろからだんだんと人があつまりはじめ、列形成が行われました。

ライブハウスは地下だったので、階段のところに並んでいたところ、「ちょっとすみませーん」というスタッフの声。なんかデカい荷物を持ってきたので何事かと思ったら……。なんと、「贈る会」で贈ったフラワースタンドが到着。

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フラワースタンド。贈り主は協議の結果、「峰城大付属学園OB一同」に。

スタッフの方が、「でかっ。どうしようこれ……」と相当困っておられたとおり、かなりデカい。雪の結晶を象ったバルーンに、雪菜とかずさのイラストカードが添えてあって、存在感抜群。たくさんの人が写真を撮影していました。自分たちが贈ったものがこんなに目立ってるというのは、ちょっと嬉しいものもあり。ぐらいどさんと「贈る会」の仲間に感謝ですね。大阪でこれ以上に目立つ飾りをつけるとしたら、巨大たこ焼きかカニ道楽の人形飾るくらいしか思いつかないっ! ……しかしふと気になったんですけどこれ、いくらかかってるんでしょう……。一口1000円で15人程度では赤字出てるんじゃないかと心配です。

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フラワースタンドに飾られていたメッセージカード。雪菜とかずさの友情を感じさせる。

で、物販のほうは無事終了。販売物は、ライブTシャツシャツにタオル、あとは「WA2」のCD関連でした。特に数量限定も無く、好きなだけ買えたみたいです。まあ荷物になるからそんないっぱい買う人いないでしょうけど。

私もTシャツとタオルを買いました。めでたく先着のステッカーもゲット。東京のステッカーは黒、大阪のステッカーは白だそうです。イメージカラー的には大阪の白ステッカーがほしいなあ。

帰ろうとしてふと階段横を見ると、そこにも花が飾ってあり。何だろうと思って近づくと……。

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階段横にぽつんと飾られた白い花。

贈り主にはなんと「丸戸史明」の文字が。「WA2」のシナリオを手がけられた丸戸さんからのお花でした!

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一瞬ご本人来られているのかと思いましたが、そういうわけではなかった様子。

という感じで、ライブ前から少しずつボルテージをあげつつスタンバイしておりました。

▼開場~ライブ開始
16時半から開場となり、いよいよライブハウスへ入ります。ライブはとにかく暑くなるだろうと考えて上着を脱ぎ、クロークに荷物を預け(500円かかりました)ていざホールへ。収容人数200人程度のハコということでしたが、整理番号250番くらいのかたもおられたので、当日キャンセルなどを多少見越して少し多めに入れていたのだと思います。そのせいでやや圧迫感があるというか、ぶっちゃけすし詰め状態。私の周りは特にお肉の密度が高めで、埋もれそうになりました。あ、でも皆さんいい香りがしていました。フローラルミント的な。雪菜さんに逢えるということで、キレイキレイしてきていたのだと思います。私も身を清めて行きましたし。

ステージは思ったより高くて、ちょっと後ろからでもなんとか演者が見える状態。私の身長でも、演者の方の上半身くらいは見えました。もっと後ろのほうは高台のようになっていて、後ろから前は見やすかったかもしれません。あと、右側に小さいながらディスプレイが設置されていて、最悪そちらでステージの上が見えるようになっていました。

開演前の諸注意は、なんとびっくりのかずさから(録音だと思います)! 会場からは、「かずさーッ!!」というコールがわき起こりました。これがなかなか面白いパフォーマンスで、「かずさはそんなこと言わない!」的なネタが続いたかと思うと、急に「かずさならでは」の台詞になったりして、思わず会場からは笑いが。どんなネタだったかは大阪会場の方のネタバレにならないよう、「続きを読む」以降のところにこっそりと記載しておきます。

で、ライブ開始。一発目は作中のライブにちなんで「Routes」かな? とか予想していたのですが、的中したかどうかは、ここでは言わないようにいたします。さっき述べたとおり、大阪会場の方へのネタバレになるかもしれませんので。

※ライブのプログラムや内容については、「続きを読む」以降にて。

▼ライブ後のイベント
で、ここで重大発表が。なんと、今回のライブに参加できなかった方が多数おられることを考慮して、「追加イベント」の開催が決定したというのです!! うおお。めでたい! ぱうぱう~♪(ひさびさの) 会場も大盛り上がり。

すでにAQUAPLUSさんのHPでも告知されていますね。実施が4月7日の日曜日。受付は22日の10時から。今回出演された上原さん、津田さん、米澤さんに加え、生天目さん(かずさ役)、水島さん(春希役)のお二人も参加され、ライブに加えてトークイベントなども行う予定だとか。めっちゃくちゃ楽しみです。参加費も8000円超えてますし、さすがにこちらは大きなハコなると思うのですが……。抽選漏れがどの程度でるのか、また自分が当選できるのか、その辺を含めて緊張が高まります。なんとか参加したいなあ。

最後に、出演者のお三方から会場へのプレゼント抽選が実施。2/14がバレンタインだったということで、お一人から三人ずつに(合計九個)チョコレートとサイン入りメッセージカードが渡されました! あと、三人のサイン入りライブTシャツ。米澤さんがステージ上でサインを入れるという一幕も。当選された皆さん、本当におめでとうございました! うらやましいよおおおお!!! ちなみに当選者は後ろの番号の人がやたら多かった(190番以降とか)のですが、たぶん入場時の半券をそのままクジにして引いたせいで、後から来た人の半券が上になっていたからじゃないかなーと思います。

万雷の拍手の中、「歌姫」とスタッフの皆さんが退場。幕が下りて真っ暗になったところで、参加者のお一人からかけ声がかかります。

「感動を届けてくれた三人の歌姫に向けて三本締めを行います!」(確か)

おぉ、ライブの後てそんなことするんだ……! と、ライブ初心者の私はオドロキ。ただ、まだ大阪公演が残っている状態で「締め」をするのはどうなの? という声もあがり、「大阪公演の成功を祈って」という方針に変更になりました。「まだ終わらないで」みたいなことを叫んでたかたもおられたようですが……。まあこればっかりは仕方が無いですね。

▼懇親会
ライブの熱気をそのままに懇親会会場へ。会場には、ライブに残念ながら当選できなかった方も来られており(しかも、途中でわざわざPS3版WA2を購入して、色紙を「ご神体」としてもってきてくださいました)、皆で「WA2」談義。これがもう本当に最高で!! 普段あまり経験したことのない、「全方向見渡す限りWA2ファン」という状態。その数なんと30名。飲み会ということもあって東京近隣の方が多かったですが、北は北海道、南は沖縄……どころの騒ぎではなく、台湾からいらしたという方や、中国の方(日本在住とのことでしたが)もおられて驚きました。「WA2」の国際化凄い。

しかも皆さん本当にいい人ばかりで、作品を愛しておられるのが発言の節々から伝わってきました。好きなヒロインの派閥があってそれぞれに熱い想いを語るんだけど、お互いがお互いを認め合う感じと言いますか。それぞれが自己主張しつつ互いを尊重しているという、半ば奇跡みたいな場になっていたと思います。こんな機会、なかなかありません。

唯一心残りだったのは、千晶派がほとんどいなかったことくらいでしょうか……。ぶっちゃけ私以外にいたのかという。千晶、好きなんですけどねー。メイン二人の後塵を拝するのは仕方ないにしても、サブヒロイン勢の中では小春の「いい子いい子してください」とか麻理さんの「彼女いるんじゃないのよ」みたいな殺し文句がなかったのが響いたのかしら。結局真ん中の席が「中立地帯」(特に誰派とか無く話をしていた)に潜り込んで、最後は鬼作さんの話とかしてました。「エルフさんだったら朋ちゃんのと雪菜がからまれるシーンでおぢさんがでてくるよねー」みたいな。なんでやねん。

あと、途中数名の方に、批評空間での私の感想を読んだと言っていただいて、社交辞令かもしれませんが、とてもうれしかったです。この場を借りて御礼申し上げます。

2時間くらい大騒ぎをして解散。二次会もあったようですが、私は所用のためにここで離脱。カラオケいけなかったの残念過ぎました。リベンジは4月で果たすことができれば良いなぁ。懇親会でご一緒させていただいた皆さん、そして懇親会を切り盛りしてくださったぐらいどさんとよーだすさん、ありがとうございました。

▼全体的な感想
お三方とも、歌めちゃめちゃうまかったです。ライブハウスの音質はあんまり心配していなかったんですが、CDの歌と全然違うんですね。こりゃ生は凄い……。いや、私は音の違いとかわかんないから心理的なものかもしれませんけれど。まあどっちでもいいんです。聞けて本当に良かった。

オーディエンスの皆さんも、誰も暴れたり変なことしたりする人いなくて、凄く雰囲気の良いライブでした。

サイリウムの話は別の記事で書いたのでそちらを参照。

これはちょっと反省っぽくなるんですけど、サイリウムの話でも書いたのですが、切ない曲が多かったのにサイリウムを積極的に振ったのが勢いのある曲(「Routes」とか)だったので、バラードの時の振り方きっちりしていけばよかったなーと思います。物理的に振るのが難しかったんですけど、心構えとして。

あと、歌い手さんが変わるときとか、オーディエンスが積極的に拍手とかしても良かったでしょうか。割とみんな聞き入ってしまってたんで。歌い手さんが出てきた時はぐわっと盛り上がりたかったかなーと。

というわけで、今回は「WA2」ライブの話でした。ずっと楽しみにしていて、ライブは本当に良い内容だったし、またすごく気の良い皆さんと最後まで盛り上がることができて、心の底から楽しかったです。大げさでなく、長く思い出に残る経験ができたと思う。ライブスタッフの皆さん、出演者の皆さん、参加者の皆さんに心からの感謝を申し上げて、今回の記事を終わらせていただきます。「幸せな記憶」を手にすることができました。ありがとうございました!

続く大阪公演の成功も心より祈っております。大阪にいかれる皆さんにとって、楽しく、素晴らしいライブになりますように。

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WA2ライブに関する拍手レスなど

ちょっと急に予定が入って更新できるか危うくなってきたので、昨日頂いた拍手へのレスなど。

まずコメントありがとうございました。

WA2のライブでのサイリウムのことについてだけ取り急ぎお返事しておきます(レポートで詳しく書くつもりですが)。

まず、サイリウム持っている人と持っていない人は半々くらいだったと思います。私の周辺では、持ってない人のほうが多かったくらい。ただ、ラジオでサイリウムのことについて触れておられたこともあり、ライブ中に米澤さんから「サイリウム降ってくれると何色でも嬉しいです。もちろん振ってくれなくても全然いいけど」みたいな発言はありました。

私は、ぐらいどさんとよーだすさんが主催する「フラワースタンドを贈る会」に参加していたのですが、そちらのほうでは会場近くのお店でサイリウムを購入して、持っていない人には渡したりもしておられました。

一部ライブではLEDライトは禁止(演者の方にまぶしすぎるから)というところもあるようですが、今回特にそういう制限はありませんでした。ただ、大阪でどうなるかはわからないので確認されたほうがよろしいかと存じます。

で、問題はサイリウムを振れたかどうかという話なんですが……。以下体験談をいたしますが、当然私は全域を見ることができたわけでもないので、前から3、4列目の端のほう限定の話であるということは勘案のうえお読みください。後ろの方の様子は全く見えていません。また、私と全然違うシチュエーションの方もおられると思います

ぶっちゃけ、相当きつかったです。主に物理的な意味で。

ハコの人数は200人となっているんですが、整理番号250番近くまで入っていたので、会場内ぎゅうぎゅ詰めでした。サイリウムのために手をあげるどころか、拍手をするのすらキツイ状態になることもあり。あと、手をあげると明らかに後ろの人の視界を遮るんですよね。もう頭殴っちゃうとかはデフォで。

そんな感じだったので、私の周囲の人はみんなサイリウム振る気はあってもひっじょ~に振りづらいシチュエーションでした。持ってるだけで下に下ろしていた人も複数。拳をあげるのもほぼ無理。いや、強引にやれなくもないんですけど、そうすると周りに迷惑とかあるじゃないですか。みんなサイリウム振りに来た訳じゃなくて、ステージ見て、歌を聴くために来たわけですから、そこで無理するのも本末転倒というか……。なので、1コーラスだけサイリウム振って後はおとなしくしてるとか、そういう配慮してる人が多かったです。

それもノリの良い曲のときだけで、もうバラードの時とかはほとんどの人が身体を揺らしながらおとなしく聴いてる感じ。ぶっちゃけWA2の曲ってしっとりした曲が多いわけでございまして、そこでサイリウムがゆらゆら揺れていたらさぞや壮観だったと思うのですが、残念ながら……。・゚・(ノД`)・゚・。。

きっと歌い手さんたちとしてはサイリウムの揺れを期待しておられたんじゃないかと思うだけに、これは本当に残念。なので、叶うならば大阪のみなさんでリベンジして欲しいなぁと思います。っても大阪のほうが更に人数多いわけで、すし詰めだったりすると無理ゲーでしょうけれども……。

ちなみにサイリウムの色は白がほとんど。青ちらほらという感じでした。曲のイメージカラーも殆どが青と白で、赤が時々入るくらいでしたので、それで十分かと思われます。私は12色変化のやつもっていったんですが、緑系と黄系は1ミリも出番ありませんでした。

ってなところでよろしいでしょうか。サイリウムの話こんなに長く書くつもりはなかったんですが、ご質問いただきましたので所感を含めて個別にやってみました。それでは、大阪公演楽しんでらしてください!

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