杉原 智則『烙印の紋章』
(電撃文庫、2008年~続刊 イラスト:3)
関連記事 :『烙印の紋章』完結(2012年10月10日)
-----
【訂正】主人公の名前を「オリバ」と誤って記載していた箇所をすべて「オルバ」へと訂正しました。初歩的なミスでファンの方にご不快を与えていたら申し訳ございません。ご指摘ありがとうございました。(2012年12月14日)
-----
いま(刊行中の)一番面白いラノベは何ですか? そう聞かれたら「わかりません」と答えます。「ラノベとは何か」などという問いは措くとして、面白いラノベはたくさんあるし、違う面白さを比較することは難しいから。けれど、もしも問いが、いま(刊行中の)一番好きなラノベは何ですか? だったら。私は、迷わずこの『烙印の紋章』の名前を挙げます。……いや、『ソードアート・オンライン』も好きだし、『なれる!SE』も……ってまあ細かいことはいいんです! そのくらい好きということです!
ジャンルとしては、ファンタジー+戦記もので良いと思います(11巻紹介文では「戦記ファンタジー」)。一部に根強いファンがいるとはいえ、昨今の主流は学園もので、ただでもファンタジー停滞の時代。しかも更に人気薄の戦記もの。ファンタジー+戦記の相性がどのくらい厳しいかというと、『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズで一躍脚光を浴びた三上延氏が、ほぼ同時期に書いておられた電撃文庫の『偽りのドラグーン』がわずか5巻で終了していることからも、なんとなく推察できるかもしれません。『偽ドラ』に関しては、巷で騒がれているように実際に打ち切りだったのか否か、その辺定かでありませんが、いまやラノベの主流は現代学園モノ。それはほぼ間違いない。学園ファンタジーならまだ主流派の感じもしますが、歴史小説風の戦記ファンタジーのジャンル的な逆風たるや、少なからぬものがあったのではないかと思います。
そんな中、戦記ファンタジーが10巻以上も続いたというのは快挙と言っていいのかな……。この前全13巻でめでたく完結を迎えた、師走トオル『火の国、風の国物語』もあり、これに並ぶかと期待していたのですが、とうとう今回、11巻のあとがきで、「次巻完結」の旨が告知されてしまいました。・゚・(ノД`)・゚・。うゎぁあああん!!
言い回しが複雑で漢字率が高く文字がぎっしりで効果音ほとんど無しと、文体はかなり硬派。しかもイラストの男率が異様に高かったり(今回のカラーページなんか、キャライラスト6枚中女性キャラ2人でした。この辺が師走トオル先生との違いといえば違いですか)、ヒロインがサッパリ出てこない巻があったりと、ある意味でラノベのお約束を完全スルーした潔い内容でしたから、いつ打ち切りが来るか、ファンとしてはヒヤヒヤ。意外と長持ちして安心していたら、やはり油断大敵というべきか、とうとう、来るべき時が来てしまいました。
打ち切りなのかどうなのかはわかりません。あとがきに散りばめられた、「打ち切り」だの「敗者は無言で去るのみ」だのという言葉からは打ち切りなのかなあ、という気もするし、公開プロットを見ると一応想定していた最後のところまでは(三国同盟)行くから、納得の終了なのかなあ……とも思える。その辺ボカしてかいておられます。まあ、実際のところどうでもいいといえば良い。打ち切りだろうが何だろうが、素晴らしい作品があればそれで良いのです。それは真理。しかし、これで終わりというのはいかにも勿体ないし残念です。
世界が広がる余地はまだまだあったし、とても味のある新キャラが複数、11巻にして登場。キャラも世界も深みを増してきていただけに、もちろんこれまででも高い完成度を誇っているのですが、もう少し、オルバやビリーナの活躍を見ていたかった。そんな思いが止まりません。打ち切りなら勿論ここからバカウレして撤回になる可能性は低いですし、著者がここで終わる、と決められたなら余計に、これ以上話が続くとは考えにくい。『烙印の紋章 Second Season』とか出てくれないか……という秘かな期待が叶う可能性は低そう。
とはいえ、完結せずにいつの間にか消え去っていく多くの名作たちと比べると(十二国記とか、皇国の守護者とか、続きはいつでるんでしょうか……)、きちんと「終わり」を迎えられるのは、作品としても読者としても、はるかに幸せなことかもしれません。
そんなわけで、今回は2012年6月8日に発売された最新刊、『烙印の紋章 XI あかつきの空を竜は翔ける(上)』の感想がてら、遅すぎるステマを展開したいと思います。作品全体については12巻発売の際にあらためて行うつもりですが、この面白い作品がまだ現刊本として入手しやすい間に、興味をお持ちの方に伝われば良いな。そんな風に考えて今回の記事になりました。
▼
メフィウス皇国の皇太子ギルは皇子であることを盾に取り、傍若無人な振る舞いを続けていた。ある時、近衛兵の娘・ライラに「初夜権」を行使しようとしたギルは、父親によって殺害されてしまう。その場に居合わせた野心家の貴族・フェドムは、皇子が死んだ事実を隠蔽。秘かに目を付けていた、ギルにそっくりな奴隷剣士・オルバをギルに仕立てあげ、権力の中枢へ食い込もうと画策する。こうして、奴隷オルバは「ギル・メフィウス皇太子」としての生活を送ることになるのだった。
というのがあらすじ。スズキヒサシ『タザリア王国物語』と、ちょっと似ていますね。ヤンデレの姉妹が出てくるのもそっくりです。病み方はちょっと違いますが。
まあこの皇子になった奴隷のオルバが、大活躍します。敵国の陰謀を潰し、そこの姫を婚約者として迎えいれる。一方で、奴隷剣士たちを「近衛兵」として側近に迎える大改革を行い、自ら「仮面の騎士」として闘技会で優勝してみせたり、ついでに仮面をつけたまま「皇子の側近」を名乗って、戦争では獅子奮迅の活躍をする。
ところが、そうして活躍をすればするほど、父親である王・グールから疎まれて暗殺されそうになります。さすが独裁者。息子でも自分以上の力を持ちそうになったら容赦なし。で、オルバは辛うじて難を逃れるけれど、普通に戻ると殺されるだけだということで、皇子は精子不明ということにして、メフィウス皇国と敵対関係にある西方の連合国へと逃れます。(第一部)
一旦ギルをやめて「仮面の剣士」に戻ったオルバは、正体を明かさずに、西国へ行きますが、そちらでも大活躍。んで、西のほうの姫様にも惚れられちゃったりなんかしちゃったりしてよろしくやっていたら、どうもメフィウス本国のほうで不穏な動きがある、という話になって、それじゃあ戻らないといけないということで、今度は西の兵を率いてメフィウスへ迫ります。(第二部)
そこで一旦正気に返る。これまではギル皇子として振る舞わなければ、という強迫観念に駆られて必死に走ってきたけれど、自分が「オルバなのかギルなのか」と悩むようになります。自分はギル・メフィウスでは無い。けれど、自分をギルと信じて付いてきている部下や婚約者がいる。自分はどうあるべきなのだろう、と。そうして悩んでいたところ、今度は東から大国アリオンが侵略戦争を仕掛けてきた。これは内紛をしている場合じゃないぞ、というところで現在の話になっています。
▼ ※以下、11巻のネタバレが少しだけ含まれます。
11巻は、オルバくんの見せ場が満載。「われわれの戦いにおいて、失ってはならぬものがひとつだけあるとしたなら、それは何だと思う」という問い、大義のために戦う姿勢を示し、グール皇帝との直接対決で弁舌爽やかに皇帝を論破したかと思えば、怒濤のような感情の奔流を見せつける。
「後世の歴史家がなにをいおうとも構うまい、しかしいま、いま、おれたちは、人心、民心を失うわけにはいかないのだ」
うーん、カッコイイですね! こう言い切ってとある決断を下すオルバくんは、もうかつて無いくらい輝いている。本作では時々、歴史の視点と実際にその現実を生きている人間の視点の違い、みたいなものが言われて、俯瞰的な歴史の視点によって切り落とされてしまう、実際に生きている人々の情念のようなものを描き取ろうとするところがあります。歴史ものの王道といえばそうですが、今回も随所で効果的にそんなエピソードが挿まれていて、キャラクターの哀切がうまく表現されていたと思います。
ただ、本巻のメインはやっぱりヒロイン二人だったかな。
一人は婚約者のビリーナ王女。ツンデレだけに素直に好きだとか愛してるとかは言いませんが、じっとギル(オルバ)のことを考え、あるいは本人よりも深く彼のことを理解しようとする一途な想いが輝いていました。もう一人は、ヤンデレ王女のイネーリちゃん。彼女はギルの義妹で、オルバが偽物として振る舞っていることを知る数少ない人物ですが、今巻でついに、オルバの秘密を知ります。その時のイネーリたんの反応たるや。
「イネーリは身体に火がつけられたと錯覚するほどに熱い、これまでにないほどの怒りを感じた。と同時に、その肉体を駆け巡った熱には、一種異様なまでの心地よさもが含まれていた。」
エロゲーだったら間違いなく、ひとりエッチのエロシーン挿入です。オルバしか見えない、という意味では、彼女のほうもまた、オルバに惚れてる。オルバから受けた屈辱を晴らそうという、相当にどす黒い想いですけど。
その愛と見分けの付かない執念が、今回炸裂。多段式爆弾なのでまだあと1、2発来るのは間違いないですが、とうとう来たか! という感じ。なんかヒロイン候補が他にも1人、2人いたはずなんですが(ホウ・ランとか)、完璧にイネーリたんにくわれちゃいました。図式は完全に、ツンデレvsヤンデレ。
この後、オルバくんなりギル皇子なりがどういう活躍をして、王国がどういう着地点を見つけるか、とても気になるし楽しみですが、果たしてオルバの恋の行方もどうなるか、見所満載過ぎてちょっと困ります。ホントに次の巻で全部終わるんでしょうか……。『ホライゾン』くらいの分量で、倍の値段になってもいいから、細かく全部描いて欲しいと心から願う次第です。
本当はこのあとアリオンとの戦いや、魔導国家の行く末などの話もあったのではないかと想像するのですが、どうやらそのあたりは見られずに終わりそう。このまま続けば『デルフィニア戦記』のように傑作長編たりえたと思うだけに残念です。繰り言で申し訳ない。完結はめでたいことと頭では理解しつつ、でもホントに勿体ないなぁ。・゚・(ノД`)・゚・。
ともあれ、面白い作品であることは間違いない。最終巻がいつ頃になるか、どんな内容になるか、期待したいと思います。
それでは本日はこの辺で。また明日、お会いしましょう。
----------
◆2012年12月14日 追記(2)
頂いた非公開コメントへのお返事です。まずは投稿者さま、コメントをありがとうございました。十分な内容であるかはわかりませんが、以下、回答を記載します。
名前間違いのご指摘に関しては以前も誤記載しており、お恥ずかしい限り。読んだり口にするときはちゃんと言えてるハズなのですが、何故か書くと……。ともあれ感謝です。
さて内容のほう。非公開コメントなので全文抜粋はできませんが、要旨は以下と読みました。
1.私の作品に対する「説明」が「明らかに間違」いである
2.細かな読解不足
・皇太子として戦うことに必死になったのは第三部から。それまでは復讐の手段。
・オルバの悩みは自分を見失ったからではなく、自身の出生が枷になることを知ったから
3.もっとオルバやキャラの心情や動機の変化についてよむべき
・「いくらなんでも本編の描写と食い違い過ぎ」
まず「1」についてですが、私の書いたオルバが身を隠した理由が「建前」なのはその通りだと思います。が、ここで建前を書いたのは2つ理由がある。
1つは、きっかけであることは間違いないからです。一応五巻p.62にはオルバが身を隠した2つの理由が書かれており、その一方(「もう……必要もない」のほう)を、少し前のアークスとラバンの会話なども踏まえて書いたつもりです。もう一方を書かなかったのは、「こいつどうなるんだろう」と思ってこれから読む方へのネタバレになる可能性が大きいと判断したからです。
オルバの行方もネタバレだろ、と思われるかもしれませんが、その辺の判断は公表されている公式の紹介文に準拠しており、一応私の中ではある程度明確な線引きのもとに行われています。
もう1つは、ここに書いたまとめが要旨要約というよりは、単純なあらすじのつもりだったからです。あらすじには幾つかの書き方があると思いますが、私はできるだけ内容にはつっこまず、公式情報よりちょっとチラ見せするくらいのつもりで書いています。自分の意図をいれる「要約」などとはやや区別しているので、上記五巻にあった直接的な「理由」説明を採用しました。
さて、「2」のこと。私の「読み不足」として投稿者さんがご指摘くださったことですが、私は自分の読みが誤っているとは思いません。
たとえば第一部で、皇太子として戦うことを「私欲を果たすための手段としか見て」いないという投稿者さんの解釈には、私は反対します。5巻P34-35あたりで言われているように、彼は「事後処理」をしていった。もし本当にただの手段なら、目的が達成された後のことは考える必要が無い。その他、オルバが「手段以上」に思い入れている部分は多々見受けられます。
そのことが全体の解釈にも関わってきて、私はオルバの悩みは王族と奴隷の身分差のようなものがそれほど重要なこととは読んでいません。もちろんそれを投稿者さんは「誤読」と言っておられるのですが、私は表面的なところをもう少し丁寧(かつ忠実に)読んだつもりです。
「もう誰の戦でもない。これは、ギルとしての――『自分』の戦だ」(9巻p.82)とオルバは言っています。ギルとしての『自分』とカッコが付いているのがポイントでしょう。「自分」とは誰なのか。ギルが自分なのか、オルバが自分なのか。作品に通底するのがその悩みです。事実、最初から「仮面」というのが、彼が「自分」をもてないことの象徴として、常にとり扱われてきました。(たとえば4巻末「少年はふたつの仮面を脱いだのだった」p.305 ※註は無粋かもしれませんが、ここでは「オルバ」も「ギル」も「仮面」として扱われている、というのが私の言いたいことです。仮面は本来一つですから、普通なら素顔-仮面という対比になるはずですが、そうなっていない。「彼は何者か」というのが、読者とオルバ自身に共有される問いであるはずです)
続く10巻の「いつからだ。そしていつまで、おまえは皇太子なのだ」(p.364)というパーシルの問いも、傍点が振ってあり、その答えを答えない(答えられない)という時点で、単に期間を問うているわけでないことは明白です。
この問いがオルバに対して持ったであろう意味をあえて言い直すなら、「おまえはいつから皇太子だったのだ? フェドムに影武者を言い渡された時からか? 皇太子が死んだ時からか? ビリーナを救った時からか? そもそも、お前は皇太子だったことがあるのか? そして、お前はやめたつもりかもしれないが、皇太子であったお前をやめることはできているのか? お前は、お前のかつての生き方を無かったことにできているのか?」みたいな感じでしょう。クドいですね。そりゃパーシルさんのような言い方のほうがカッコイイです。
で、このまま「3」の回答へ走りますが、私もオルバやキャラの心情に注目して読んでいるつもりです。
そもそもオルバは投稿者さんがおっしゃるような「王族に対する負の感情」とは少し違うものを持っていると、私は思います。単なる王族嫌いなら5巻でエスメナに呼ばれたときに拒絶反応を起こしても良いし、ロージィも別に王族だからと嫌ってはいません。むしろ、彼が嫌うのは殿を「誉ある任務」(5巻p.165)と言い切って死地へ向かうことや、「信念や武人としての誇り」(p.215)です。
これをオルバが毛嫌いするのは、作中描写では、かつて権力者によって酷い目にあったとか、王族が嫌いだからとかではなく、彼らのように何か信じるものがあって、常に確固たる「自分」を保っていられる人がまぶしく見えるからでしょう。それは、自分には無いものだと思っている。あるいは、自分とは相容れないものだと(オルバ自身は)思っているからです。
権力者への敵意は、むしろオーバリーへ直接向けられていて、その他の権力者には反意と同時に敬意のようなものも抱いています。それは、「徐々に変化した」という類のものではなく、最初からオルバの中にある。実際、その毛嫌いは憧れと裏表(ビリーナへの感情がそうであるように)となっています。
オルバの物語がビリーナに「自分」のことを語るという形に落ち着くのは、だから私の中では必然であると思う。アレは別に、王族もいいな、という単純な話だけではないはずです。彼自身の内面の成長というのなら、己は何ものかを探り当てた(あるいは、すぐ側にあった)ということではなかったか、と。
「いくらなんでも本編の描写と食い違い過ぎ」というご指摘だったので、ある程度具体的に(すぐ全部から引用は無理ですが、私なりにわかる範囲で)引用なども踏まえてお話をしてみましたが、いかがでしょうか。
私としてはそこまでおかしなことを書いたつもりは無く、私がこの作品を好きであるということにも疑いをもしもたれたのだとしたら、同じ作品を好きな者同士なのに、大変残念な次第です。
コメント欄には文字数の制限がございますので(これはいかんともしがたく、申し訳ありません)、ご自身のお考えを書ききれないこともあるかと思います。その時はコメントを複数なり、メールなり何なりでご意見お寄せいただければ幸いです。
----------