よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2012年06月

触手ドォルズ

なんか一部で大きな話題になっていました、「触手スタンド:魔眼+ヒルワーム(6本フルセット)」。気になって覗いてみたのですが……これは凄い。思った以上のクオリティ。

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※過激な画像の為ぼかしを入れています。クリックで元画像がひらきます。


これだけでもよくやると思うんですが、メーカーHPには更に凄いうたい文句が。

毒々しい「魔眼」と体に絡み付くような演出が可能な「ヒルワーム」で、エロスたっぷりなシチュエーションが楽しめます。
(「魔眼」のドールアイは取り外し可能!)

もちろん、今までの「触手スタンド」と混合責めも可能!
大型のロボットやフィギュアにからめても楽しいスタンドです
ちょっとマテ。ロボットに絡めるって……ガン○ムとかにこれを使うんでしょうか。マジで? 「淫欲特急ゼツリンオー」じゃないんだから。いや、アレはロボットの形状と名前が卑猥なだけで、別にロボが何かされるわけじゃないですけれども。

『プラレス三四郎』みたいに女性型ロボットというのならわからんでもないのかな。しかし大型ロボットに触手を絡めるという発想は常人離れというか、常軌を逸しているというか……凄いです。感服します。かつてモビルスーツ同士が濃厚に絡み合う薄い本を見たことがあり驚きましたが、その時以来の衝撃です。

うーん、フィギュアって造形的な楽しみが主流で、イイ出来の奴を眺めるものかと思っていました。けれどもこうなってくると、クリエイティブな感じすら漂っています。フィギュアの配置やポージングでストーリーを作って遊んでいる人もいますし、ホントに奥が深いんですね。

しかしお値段がまた凄い。5万(笑)。これに5万かぁ……1万円くらいなら考えたかもしれません。5万だと、さすがに無いですね。

でもこれ、なんか楽しそうって思います。昔、トランスフォーマーやSDガンダムのプラモを並べて戦いのストーリーを作って遊んだり、「キョンシーズ」のテンテンちゃん人形を脳内で凌辱して(*´Д`)ハァハァしていたことを思い出しました。

てなわけで本日は、話題の触手スタンドの話でした。もういっそこの調子で、触手シャーペンとか出してくれても良いんですよ? 買いますから。使いますから……。

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レビュー:『7時間目の音符(ノート)』2巻

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志摩 時緒 『7時間目の音符(ノート)』2巻
(芳文社、2012年6月12日)

先日2巻が発売された「まんがタイムきらら フォワード」連載の『7時間目の音符-Score of seventh class.-』。友人に猛プッシュされていたこともあって、購入してみました。オビのキャッチコピーは、「読んで悶え転がること必至のイチャラブコメディー」。

で、感想ですが。

無理。


英語で言うと、MURI

大事なことなのでもう一度言います。

こ れ は 無 理 !


なにこれ。何なの? 第一類取り扱い危険物? 爆発しますか? 火、近づけても良いですか?

それともいじめ? 寂しい高校生活を送ったボクチンに対するいじめですか? いじめですね? よろしい、ならば戦争だ!! うぼあああああああ!!!!

……取り乱しました。

内容は、とある高校の吹奏楽部の日常を描いた話。日常と言っても、恋愛です。恋の話ばっかりです。ファック!

視点人物は二年生の男子部員・吉野葉平(よしの ようへい)。恋人は、三年生で部長の女子部員・冴木あずみ(さえき あずみ)。基本的にはこの二人が、四六時中いちゃいちゃチュッチュしてるシーンを延々描いた作品です。

どんな感じかというと……1巻の1話を紹介したほうが早いですかね。学内で、女子がつきあっている男子からネクタイをもらって身につけるという行為が流行っている。で、あずみも葉平からネクタイ欲しいなあと思いつつ、素直に言い出せずにうじうじしているのですが、葉平が気を利かせてあずみにさりげなくネクタイを渡す。で、あずみが「私中学もリボンだったから、ネクタイの結び方よくわかってなくて。だから………ね?」とか言い出して、葉平にタイを結ばせようとする。んでんで、二人の顔が近づいたところで、こう、ムチューッっとキッスを……。

うわああああああああああああああ


あーもう、書いてるだけで、書いてるだけでっ! きーっ! 「だから………ね?」じゃねーよ! ぱーやぱーや!!

べ、べつに羨ましくなんて無いんですよ! ホントに! ホントにホント!! ごめん嘘! 羨ましい! 凄く! かわって!

……たぶん、これを読んで「リアルだ」と思う人はあんまり居ないと思う。少なくとも私の乏しい三次元恋愛経験を総動員する限りは、このルートにいくフラグは現実世界のどこにも転がっていない。ただ問題は、私の豊富な二次元恋愛経験の中にもやはり、これほどこっぱずかしい恋愛はほとんど存在しないということです。……ゑ、リアルにある? ハハハ、またまたご冗談を…………冗談ですよね?

あのね、高校生の男の子がね、合宿中にね、他の男子どもがいる中でね、「そろそろちゅーしたいです」とかってね、メールはね、しないとね、OYOYOは思うの。

思うのですが、でも、これはアリ。全然アリです。何というか、観念的な恋愛のある種の極限を突っ走ってる。肌に合う・合わないはあるにしても、こんなこっ恥ずかしいこと、妄想でもなかなかできない。私は数多くのエロゲーをこなしてきて、ストレートなエロやふつうのイチャラブには抵抗力があるつもりでしたが、これはちょっと想像の遥か彼方でした。おれたちにできないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるぅ!! っていう感じです。ヨゴれちゃった私に、この世界は眩しすぎる。でも、そのまぶしさに群がってしまうのです。さながら誘蛾灯に吸い寄せられる蛾のように。

自分のトラウマが刺激されるとかそういうのではなくて、見ているだけで、この世界を想像するだけで、ひれ伏してしまうような恥ずかしさが溢れてくる。これはもう、凄い漫画だと思います。話はベタだし、絵もそんなに(こういっては何ですが)上手、というタイプではない(キャラはしっかりかきわけられています)。でも、コマ割りやセリフを含めた空気感の演出と、その演出効果を余すことなく使い切ったエピソードの数々は見事のひと言。とりあえず180ページほどしかないのに、1巻読むのに悶えすぎて1時間くらいかかりました。

2巻は、気になっていた葉平とあずみのなれそめの話が出てくる他、佐藤米子先生と米沢君の恋がちょっと進展しそうな気配。新入部員の坂本美鶴(トロンボーン)も夏祭りなどで色々絡んできて、部内に恋愛ストームが吹き荒れそうな予感。見所は、あずみ先輩の騎乗位(笑)と水着なのですが、1巻に負けず劣らず燃え尽きるほどヒートな良い展開でした。

コメディ要素は少なめで、もう何か知らんけどとにかくイチャつきたい、この世の果てでイチャラブを高らかに歌い上げたい、という人のための漫画。お薦めです。

というわけで、本日はこれまで。また明日、お会いしましょう。

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攻略:『巨乳ファンタジー2』

レビューと攻略分けた方が見やすい、というお話をうけて、今回は別の記事にしてみました。まあ、確かに長くなりすぎて見づらいというのはあるのかなあ……。コンパクトにまとめる手が思いついたら、またセットに戻すかも知れませんが、暫くはお試しで。ちなみに長文の感想は既に前日の記事にて投稿してあるので、詳しい内容を見たいかたは下記リンクよりご参照ください。

◆長文感想
レビュー:『巨乳ファンタジー2』

◆攻略
異乳左遷篇
ボインバラ城主になる → 貴乳妖精篇へ
モルグレーの長官になる → 魔乳試練篇へ

貴乳妖精篇
別動隊の派遣はしない → エリュシアルート
ゼビアを別働隊で派遣 → 禅譲ルート

魔乳試練篇
では、是非ローレリアを → ローレリアルート
 ※事実上、ソフマップ特典ストーリーへ持ち越し
まだ政務に身を捧げたい → 魔乳試練篇2へ

魔乳試練篇2
我々は対等な城主です → 王都聖乳篇へ
ペットよりも夫がいい → シャハルルート

王都聖乳篇
悲しみをゼビアの身体にぶつける → ゼビアルート
ゼビアのその気持ちで十分だよ → ハーレムルート

◆シーン数と内訳
CG差分無し118枚/シーン数46シーン。
ゼビア:24枚/11シーン (ダークエルフ傭兵)
エリュシア:17枚/6シーン (エルフ王女)
ローレリア:13枚/8シーン (人魚)
シャハル:19枚/7シーン (サキュバス領主)
ナディーヌ:24枚/8シーン (人間王妃)
その他(複数絡み等):21枚/6シーン

◆備考
ローレリアルートは、選択肢を選ぶとほぼすぐに終わり。内容は全くありません。「ソフマップ特典ストーリー」が実質的なローレリアルートです。これは正直、ちょっと不親切ですね……。こちらのストーリーでは、シャハルルートに負けず劣らずデブリンが活躍してくれるので、祖父で購入された方はお楽しみください。FD販売時なりに追加収録があるか、『WHITE ALBUM2』の時のように、OHPで配布するかくらいのサービスはあっても良いのかなと思います。

正史と思われるのは、シャハルルート。『巨乳ファンタジー』無印に繋がる、重要なキャラの名前が最後の最後に出てきます。

内容的に面白いのは、「貴乳妖精篇」の2ルート。ルイン君のやってることはほとんど変わらないのですが、競争相手や敵が、ライバルとして相応しいレベルに描かれているので、緊張感のあるストーリーが楽しめます。

「いつも通り」のデキといえばそうなのですが、ローレリアルートをばっさり切っちゃったのと、ナディーヌの個別が事実上存在しないこと、あとメインであろう「魔乳試練篇」のほうが内容がたるんでしまっていることなどから、総合的に判断して前作『巨乳ファンタジー』のほうが良かったかな、と思います。

EDでシナリオ・企画を担当された鏡氏の各キャラへのコメントが流れるのですが、常に「前作との差」を念頭に置いて書いた、ということを強調されていました。うがった見方をすれば、それが(ことばは悪いですが)良くない方に出た感もあります。

つまり、前作との違いをベースに考え過ぎて、この作品単体としてベストなキャラ描写、選択をし損なった部分もあるのかな、と。もちろん、シリーズを通して楽しんでくれるファンのために、かぶるのを慎重に避けようとした、そのサービス精神は大変ありがたいということは重々承知したうえで申し上げているのですが。

まあ、でも面白いです! このシリーズやっぱり私は好きだなあ。

というわけで、本日はこれで。うーん。確かにこうやって書いてみると、攻略と感想わけるほうがスッキリするかもしれない。

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レビュー:『巨乳ファンタジー2』

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タイトル:『巨乳ファンタジー2』(WAFFLE/2012年5月25日)
原画:Q-Gaku、深泥正/シナリオ:鏡裕之
公式:http://www.waffle1999.com/game/45kyonyu2/
批評空間レビュー投稿:済 → ネタバレ無し
定価:8800円
評価:B(A~E)
攻略:こちらに掲載

批評空間さまにて感想を投稿しております。ご関心あればご覧下さい。

本日は「父の日」ということで、「ちち」繋がりで「巨乳ファンタジー」という連想をいたしまして……。やめときゃいいのに口にしてしまうあたりが、我慢の利かない子供でございますが、そんなわけで『巨乳ファンタジー2』の感想を久々に投稿いたしました。

今回実験的に、全文を載せています。この後強調とか付けてみようかな……。ちょっとレビューとブログの関係をどうしようか考えています。補足的なことを書いていくことも考えたのですが、自分の文章に自分で解説付けるのもどうかなあと思っていたし、うーん。全然違う角度のレビューを二つ書くのもアリかもしれませんが、そこまでやりたい作品は限られますからねえ……。

攻略は、レビューとセットだと解りにくいという話もあったので、試しに別の記事にしてみようかと思います。個人的にはセットのほうが収まりが良い気もするんですが。

それにしても、「巨乳ファンタジー」シリーズとの付き合いも、気づけば結構長くなりました。ちっぱいもOK! という私には正直どうかなーとシリーズの最初思っていたのですが、アレですね、でっぱいもオツですね! 鏡さんのお話は面白いし、絵はいつも通り綺麗だし、しばらくこのシリーズは(続いてくれるなら)購入を続けると思います。

以下、投稿内容。
この手の作品は、概括的に語ると身も蓋も無いところがある。「テーマは?」と聞かれれば「巨乳」だし、「筋書きは?」と聞かれれば「サクセスストーリー」で事足りる。「水戸黄門」とか「暴れん坊将軍」みたいなもので、「要するにこんな話」という形で切ってしまうとどこも一緒の金太郎飴状態。

飽きたという声も聞かれるが、プレイする側としては基本それが楽しくて(金太郎飴の味が好きとか、どこを切っても同じなのが面白いとか)やっているわけだから、そこにつっこむのは無粋というか野暮。「ま た こ れ か」と言われたって、にっこり笑って「左様でございます」と返して終わりという話。期待しているユーザーにとっては粗製濫造でもマンネリでもなくて、むしろご都合主義的な英雄譚をブレずに繰り返してくれることを喜ぶところなのだ。

とはいえ、では『巨乳』シリーズのエッセンスは何かというのは問題としてある。つまり、このシリーズに共通する面白さの源は、何か。

黄門様なら印籠を見せて相手がひれ伏すシーンにそれが詰まっているし、遠山の金さんならお白州で「遠山桜」を見せる場面。コナン君なら、華麗な推理を披露した後「江戸川コナン……探偵さ!」が楽しみでみんな見ているわけ。コナン君の場合は蘭ねーちゃんのパンチラかもしれないけれど、それはさておき。

『巨乳』シリーズの見所といえばやはり巨乳……というと、ちょっと違う気がする。おムネを揉むシーンは確かにユーザーのお目当てなのだけど、それだと男キャラの立場が無い。このシリーズは毎回、女の子だけではなく男もたくさん登場して、彼らとの関係がメインで描かれることも少なくない。そう考えると、毎回各話のオチになっている「主人公が認められる」シーンこそがこの作品の見所と言える。女の子なら結果としてHシーンになるし、男なら謝罪やら宴会やらになる。今回も、その例に漏れない。

これは別の角度から見ると、主人公の目には見えづらい「天才」性をきちんと描いているということでもある。

本作の主人公・ルインは、王立修道院に何かの間違いで入っては来たけれど、絵に描いたような「おちこぼれ」。一番強調される具体的なことは、「詩が作れない」。普通、「詩」というと感性の産物だと思われがちだけど、本作ではホメロスなんかを引き合いに出して、教養の一貫として「詩」が扱われている。「詩」が作れる=「詩」の知識が豊富=お勉強得意。つまりルイン君は、お勉強ができない。

ところがどっこい、いざ実務をやらせてみると、やることなすこと全部完璧。ボインバラの内政でも、エルフ族との戦いでも、とにかく大活躍。もちろん数々の「鋭い読み」を見せて、決しておバカではないこともアピールするけれど、ルインの凄さの本質というのはそういう「論理的」なところには無い。ゼビアが惚れ込んじゃったり、くしゃみ一発で状況を打開したり、一人でゴーレムをなんとかしちゃったり、とにかく結果がついてくるところにある。今風の言葉でいえばルイン君は、「何か持ってるヤツ」なのだ。

「ご都合主義」と言えばそれまでだけど、それは作品外の評価。作品の中では、ある種の必然として扱われている。なぜルインだけがこんなに恵まれた結果を享受できるのか。それは、シャハルが屡々繰り返すように、ルインが「ものごとの本質に触れる力」を持っているからだ。ガラハット王をはじめルインをとりまく人々の多くは、表面的なことにとらわれてルインの本質を見抜けない。たとえば王は、ある「真実」を見誤った為に呪いを受けてしまっている。この辺が、ルインと対照的に描かれている。そうして、彼らがこだわるような「お勉強」は、ものの本質とか真実とは関係ない。人間の価値は、お勉強なんかには無い。

良いサクセスストーリーというのは、ただ主人公が成功するだけではなく、そこに一貫した理由が描かれているものだけれど、本作は(シリーズ通して)そのあたりをきちんとおさえている。それ故に安心できる面白さがあるのだろう。

では、「本質に触れる力」とは結局何なのか。それは、おっぱいへの愛である。……いやいや、冗談ではないですよ! 真面目な話です! 少なくとも作中語られる限り、おっぱいこそが世界の真理であり、おっぱいにこだわりと執着と愛を見せるということこそが、ルイン君の卓越性である!(強弁)

まあ本当のところどうなのかは措くとして、『巨乳』シリーズの主人公は皆おっぱい至上主義で、行動原理の基本はおっぱい。おっぱいを追い求めていたら、何かうまいこといっちゃった(てへっ)というのがパターンだから、その意味で作中における真理が端的に表現されているのは乳であるというのは間違いない。

ただ、以上のように見ていくと、本作の物足りなさも同時に浮かんでくる。大きく分けて二つあるので、それぞれ見ていこう。

まず、ルイン君は割と俗っぽいというところ。これまでのシリーズの主人公は、出世やら世間体やら本当にどこ吹く風で、ひたすらおっぱいを追い求めていたけれど、ルイン君は割とその辺に興味がある。というか、作中でブレている。国王候補になれるなれないで一喜一憂したり、ボインバラに逆戻りになったときに落ち込んだり。おっぱい一直線だった過去の主人公たちと比べると、真理なり真実なりに対して一途な感じがしない。そのせいで、作品が語ってくる真理の価値が、少し揺らいでしまっている印象を受けた。

もう一つは、敵がショボいところ。今回敵に回るハイネスとゼミナリオ、その背後にいる司教と宰相らは、基本的にものが見えていない。辛うじて宰相は頑張っている感じだけど、やることなすこと全部ロクでもないことなので、見ている方としては「そりゃアカンわ……」となる。そのせいで、彼らと対立する主人公の凄さが引き立たない。ルイン君が活躍したというより、敵が自滅しているようにしか見えないのだ。このせいで、真実を見られないことのダメさは伝わってくるけれど、ルインが見ている真実の凄さとか魅力とかの絶対値が見えにくくなってしまった。

辛うじてエルフ国王イシュヴァンが、プライドや信念を持った策士だったのが救いだろうか。イシュヴァン王も「お勉強」が得意なタイプには違いないのだが、それを突き詰めていった高みに到達している感がある。こちらのルートではこういう大物と丁々発止やりあって、最後はお得意のパターンで仕留めることで、ルインの良さも際立っていた。

『巨乳ファンタジー』であれば、そもそもグラディスやアイシスといったヒロインが主人公の敵だったので自滅パターンは少なかったし、ルビーン宰相や三将軍、モテールですら、彼らなりの矜持があった。そういう相手との戦いは、スポーツで言えば好ゲーム。片方が自滅で倒れる試合より、そちらのほうが見ていて楽しいのは言うまでもない。もちろん、ボボン王子のようなダメすぎるキャラの自滅というのも、それはそれでネタ的な見応えはあるが、本道はやっぱり緊張感のあるつばぜり合いだろう。その意味で言えば本作は、上にも下にも突き抜けた敵対キャラがおらず、中途半端な相手の自滅ばかりが出てくるせいで、たるんでしまった感が拭えない。

というわけで、過去作と比べるとパワーダウンした感もするけれど、その辺は随分高い要求水準の話。最初に述べたとおり、基本的なところはきちんと仕上がっているのでシリーズファンには安心だし、本作から『巨乳』シリーズを試そうかなという人にも問題なくお薦めできる。特にシャハルルートの終わり方は、本作が『巨乳1』と直接繋がった前の時代の話であることを匂わせているので、先に「2」からというのも悪くはないのだろう。

もっとも、幾つか基本的な注意はある。シリーズをある程度通していないと解りづらい部分があったり、店舗特典(ソフマップ)のためか、ルートのバランスが崩れていたこと。特にローレリアに期待していた人は肩すかしかもしれない。「くしゃみ」が結局何だったのかとか、主人公の種族の話とか、多くの謎も未解決のまま残された感がある。今後のシリーズなりFDなりではっきりするのだと期待したい。

なお鏡氏の作品ということこと考慮して、本作に社会的なテーマを重ねて読むことも一応は可能のように思われる。ガラハットは真実を見る目をもたず、表面的・形式的なことにばかり目を向けて、ある種の人々に言われない弾圧を繰り返して反省しない為政者であり、イシュヴァンはマキャベリズムの権化みたいなものである。そして、そういう「お勉強」というか理性に偏った為政者ではうまくいかず、差別意識も残り続ける。一方エロ心満載のルインのような者こそが人々を幸せにする王になるというのは、現状の政治に対する強烈な皮肉であり、同時にあるべき統治のあり方を匂わせる一種の王道論的なところは読み取ることができる。「ルイン」(破滅)という名前も、

私はそのあたりに余り魅力を感じなかったので、今回は深入りを避けた。ただ、敢えて最後に述べたのは、上で書いた私の不満の一つ(敵がショボい)という話は、こういった社会的なテーマを押し出すためにあえて(つまり今の政治がいかにヘボいかというようなことを戯画的に表現するために)そうしたのかもしれないな、と思ったので、蛇足ではあるが付け加えておく。

ストーリーへの感想とは逆に、Hシーンについては随分パワーアップした感あり。特に王妃とのHは背徳的で良かった。複数キャラの絡みも濃厚で、満足度高め。ただ、前作のように強気なキャラを無理矢理おてぃんてぃんで説得してメロメロに……みたいな展開は少なく、それだけは残念。基本的に女性陣はほぼ全員ルインの味方で、変化を楽しめたのはエリュシアくらい。ゼビアが一番変化するのだが、まあしかし、その後のラブラブ展開の印象が強すぎて変化の過程を楽しむタイプではなかった。

ちなみにキャラの中で優遇されていたのは、「正妻」扱いのゼビア。ところが正史っぽいのはシャハルルートにも思われて、その辺の関係はちょっと良くわからない。しかし改めて今見ると、人間が一人しかいないでござる。確かに今回ちょっと、魔族寄りの視点が多かったので、今後シリーズが続くとしたら「魔族-人間」間の対立メインになっていくのだろうか。
ってな感じ。それではまた明日。

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レビュー:『正捕手の篠原さん』

正捕手
千羽カモメ『正捕手の篠原さん』

(MF文庫J、全3巻、イラスト:八重樫南)

さて、今回ご紹介するのは『正捕手の篠原さん』。残念ながら3巻で終了してしまいましたが、色んな意味で実に面白い本でした。

まず、題材。タイトルからおわかり頂けるでしょうが、野球ラノベです。世に「野球マンガ」は多々あれど、ラノベでサッカーやら野球やらというのはあまり聞かない。そういう意味では恋愛シフトを敷いているラノベ業界の、隙だらけの三遊間をうまいこと抜きに来た感があります。

次に、イラスト。八重樫南さんといえば、『閃乱カグラ』でおなじみ。女の子が特にですが、どのキャラもカワイイです。そして何より、ブルマが巧い。とくに、足の付け根の辺りのラインはピカイチ。個人的にはブルマ絵師 三ケツ 三傑に入るお方と目し、お慕いしております。

……何の話でしたっけ。

そう、この作品の面白いところでした。最後は、形式。この『篠原さん』は、ほとんどの話が見開き2ページで終了します。1冊200ページとちょっとですが、だいたい100話くらいのエピソードが入っている。

著者の千羽さんが1巻のあとがきで、「誰もが一度は思いつきながらあえてやらなかった」形式であると言っておられましたが、本当に他に例がないかはともかく、確かに余り見ないタイプ。ただ、このコンセプト自体は、私たちにとって非常におなじみのものです。

決まった分量の中に短い1エピソードを詰め込んで行くという手法は、完全に4コマ漫画のもの。つまりこの作品、ラノベで4コマをやってみよう、ということなのだと思います。4コマより『高校球児ザワさん』に近い気がしないでもないですが、とにかくそんな感じ。

これが思ったより新鮮で、しかも面白い。基本1エピソードで話が簡潔するのですが、毎回「オチ」がきちんと用意されている。

4コマ漫画の面白さというか「読みごたえ」の一つに、「オチがどういう意味か考える」というのがあります。読み取るのが難しいというわけではないのですが、周りの反応とかちょっとしたセリフを駆使して、直接ことばで書く以上の楽しい雰囲気が出せていて、ちょっとうまい。綺麗にオチた4コマ目が醸し出す妙な余韻みたいなのが、各話にきちんと出ています。

一応キャラクターや舞台は全エピソードを通じて統一。エピソードを重ねながらも全体のストーリー的なものがあり、明神学園野球部のキャッチャー、篠原守さんと、彼を巡るヒロインたちのラブコメです。主なヒロインはピッチャー(男装)の綾坂さん、幼なじみでマネージャーの月夜さん、妹でブルマの杏さん。他にもちょくちょく出てきますが、1巻から通しはこの3人。あ、涼子先生もいたな……。4人!

恋愛以外は特に起伏のない、いわゆる4コマらしい「日常系」作品で、退屈なところもありますが、1話ずつのまとまりがきっちりしているのでちょくちょく読んで楽しめます。一気に読むのではなくて、暇なときに少しずつ読むとか、そういうのが正解の気がする。

いま言った通り基本的に日常ダラダラで、野球の試合とかはほとんど無し。ただ、随所に野球ネタが差し挟まれるので、さすがにルールしらないとか全く興味が無い人は見送りが無難でしょう。

3巻で終わりってことはやはり、あまりウケが良くなかったのでしょうか。個人的には面白いと思っていただけに残念ですが、まあ一般に訴求力があるタイプの作品ではないことも事実なので、仕方ないかもしれません。とはいえ色んな意味でチャレンジングな内容でしたし、全部新品で買っても2000円弱だし、関心があればお試しあれ。

今後こういうタイプのラノベが『あずまんが大王』や『WORKING!!』、『けいおん!』のように、どこかでブレイクしたら、その時元祖として注目を集めることがある…………かなあ?

それでは、また明日。

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サブヒロインの愛し方?

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サブヒロインなのに『明日の君と逢うために』人気投票ダントツ1位の七海美菜嬢。


※以下、『明日の君と逢うために』のネタバレが一部含まれます。

昨日のこと、ちょっと仕事が一段落したので友人と飲みにいきまして、そこで例の如くエロゲーの話になりました(おい)。で、どういう経緯だったか余りハッキリとは覚えていないのですが(確か『この大空に、翼をひろげて』のほたる嬢の話から始まったような)、「なんでええ娘ほど攻略できなかったりするんや……」という感じで、サブヒロイン談義に花が咲きました。

特に厳密な語句設定も必要ないかと思いますが、アニメやら漫画の話もあるので、ここで言うサブヒロインというのは、主にエロゲーで個別ルートの無い、いわゆる「攻略対象外」のヒロインキャラのこととしておきます。

最初のうちは、「良キャラは攻略させてほしいよね、真奈先輩とか」(※『春季限定ポコ・ア・ポコ』)、「いやー、俺は彩乃っちやわ」(※『もしも明日が晴れならば』の委員長)、「彩乃さんは一応ルートあるやん……委員長なら三嶋さんでしょ」(※『遥かに仰ぎ、麗しの』)、「氷室屋ェ……」(※『恋愛0キロメートル』)……という感じで個別のキャラについての話が進んでいたのですが、しばらくしてその友人がポツリと、「でも、攻略できないから魅力的ってのがあるかもしれへんなあ」と言ったのです。私はそれを聞いて、なるほど、と。

確かに、ファンディスクや何やらで、攻略できるようになったのは良いけれど、思っていたほど盛り上がらない。そんなサブヒロインも結構いる。単純にFDのデキの問題かとも思っていたけれど、もし友人が言うように、私が「攻略できないヒロインだからこそ」そのサブヒロインに思い入れを抱いていたのだとしたら、攻略対象になったら魅力が損なわれたように感じるのも、ある意味当然だったということになります。

ちなみに私と友人とで、「ぱっと思いつく魅力的なサブヒロイン」を10人ほどお互いに挙げあったのですが、完全にカブったのは『明日の君と逢うために』の七海美菜嬢だけでした。七海は、攻略不可だったにもかかわらずオフィシャルの人気投票で並み居る正ヒロイン勢をおさえて1位に輝いた強キャラ。組織票が動いた説もありますが、それでも圧倒的だったと思います。私も七海に入れました! そのあまりの人気ゆえ、『明日の七海と逢うために』というスピンオフ作品ができあがったという伝説の持ち主です。

で、「攻略できないからこそ」という話。

サブヒロインに惚れるというとき、ニュアンスは色々あると思います。「このサブヒロインのHシーンみたい、一緒になりたい(攻略したい)」というのがストレートなパターンで、この場合は攻略できるのが良いにきまってる。ただ一方で、「手が届かないからこそ愛おしい」みたいな マゾ的 逆説的な愛情もあるかもしれない。つまり、手に入らないから輝いて見えるものもあるし、もっといえば、主人公と一緒になれないサブヒロインであるということが魅力の要件になっている場合もあるかもしれないわけです。

七海(「七海」は名字ですが、彼女の一人称が「七海」なので)の場合、まさにそんなタイプのヒロインの典型だったのかもしれません。

というのは、彼女はあるルートで、主人公に告白する。結果、見事に玉砕するのですが、このシーンがもう凄く良いんです。私としては、このシーンで七海が全てのヒロインを食っちゃった。別のシーンの主人公のことばを借りれば、「それはきっと恋じゃない。けれど……愛には似ているかもしれない」。そんな感じ。もう、七海に幸せになってほしくてしょうがなかった。

でも、FDで七海が攻略対象になってみると、どんなに七海が嬉しそうにしていても、その振られるシーンにかなうものがなかった。普段おちゃらけている七海が、真剣にじっとこちらを見ていた7月13日の雨の日曜日のシーンに、七海の全てが詰まっていたように思えたのです。

いや、やっぱり主人公と一緒になれたほうが良かった、という人がいるのはわかります。別にそれを殊更、否定しようとかそういうつもりはありません。ただ、あの告白してきたときの七海が一番よかったと思う。それは事実です。でも、物足りなさが残ったのも本当。じゃあ、私はどんなFDを望んでいたのかなぁ、と。

私は、七海が振られるシーンを見て、七海に幸せになって欲しいと思った。でも、じゃあ七海は振られて幸せではなかったのでしょうか。それはまあ、想い人と一緒になれるのがベストだと言われたら返す言葉もない。でも、あの作品の中で七海自身は、振られたことをもちろん辛いとは思っているけれど、でも決して後悔もしていなかった。それは間違いありません。

多分、ふられた七海の前に神様があらわれて、「やりなおし」ができると告げても、彼女はそのやりなおしをしなかったんじゃないかと思う。私が幸せになってほしかった七海は、自分の告白をやり直すことより、その想いと痛みを抱えて明日へ歩こうとしたんじゃないかと。

そう考えると、私が七海に向かって「こっちのほうが幸せだよね」と別の幸せの形を用意するのは、全然彼女にとって救いにはならない。ふられた七海を全否定しているようなもので、それはとても彼女に対して失礼かもしれない。私が考える「ベスト」な結果を、あの時の七海に押しつける必要は全然無くて、あの七海はあの七海で完成されていた。哀しくて切ないけれど、幸せな恋をしたのではないか。なら私は(あくまでも私は)、それを全部認めるところから出発しなくてはいけなかったのでしょう。

そして、私はそんな七海が好きでした。おかしな言い方になりますが、ふられた七海が好きだった。ふられた七海に幸せになってほしかったのであって、あるいはふられた七海が実はきちんと幸せだったことを確認したかったのであって、ふられたのを無かったことにしてやりなおしをして欲しかったわけでは無かったのだと思います。もちろんFDで、想いを遂げる七海を見るのはそれなりに楽しかったですが、どうしても深い満足感が得られなかったのは、そのせいだろうと。もっとこの子と一緒にいたい、もっとこの子が幸せになるところを見たい、という気持ちは普通のサブヒロインと同じなのですが、七海の場合はその幸せが作品のほうで半ば完成してしまっていたせいで、追加された「別の話」は蛇足のように思われた。

だから、もし私にとって最高の、七海FDがあるとすれば、それは七海が攻略可能になる話ではなくて、あの物語の後日談か、もしくはあの物語の最中、七海がどんなことを考えてどんな気持ちで主人公と一緒にいたのかを丁寧に追いかけた、掘り下げ型のFD。そんな感じになるでしょうか。

これは直観ですが、私がサブヒロインに感じる「物足りなさ」は、攻略できるとかできないとかそういう話だけではない。ある物語の中の、あるキャラのことをもっと知りたいという想いみたいなものが、「物足りなさ」の正体という気がします。サブキャラの場合描写が少ないせいでそれが暴走しやすい(=もっとこのキャラの話入れてよ!)けれど、メインのキャラであってもそれは一緒。このキャラのこともっと知りたい! というときには、やはり「ファンディスクほしいなー」と思ったりする。ただしメインキャラの場合、だいたい後日談が多いせいで満足しちゃえる。

ところがサブヒロインの場合、ブランド側が気を遣って「メイン昇格」みたいなことをやるせいで、そのサブヒロインを魅力的に感じた世界から、そのキャラが切り離されてしまうことが時々ある。私自身はそういうとき、特に強く物足りなさを感じているように思います。もちろん、初めからあまり主人公に絡んでいないようなサブヒロインなら、FDで主人公とひっつこうが違和感無く楽しめるのですが、七海みたいに明確にふられていて、しかもそのシーンが異様に良かったりすると、むしろ「ふられた七海」のことをもっと知りたかったなぁと、そんな風に思ったりもします。

FDのあり方というのは色々あるし、特にサブヒロインの場合、とにかく主人公とひっつけばいいというコースに載せる風潮は比較的根強いのですが、そのキャラの魅力を掘り下げるというか、本編との繋がりの中で魅力を拾い上げていく、そういうコンセプトで扱われることって意外と少ない気がします。小説とかを含めれば、結構あるかもしれませんが。まあ何にしても、個人的にはそんなのがもっと増えたら良いなあ、なんてことを思ったのでした。

というわけで、本日はこの辺で。なんか新しいトンデモ法案が国会通過したりとか、色々世の中動き始めていて、またついていくのが大変になりそう。

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これは非道いおっぱいの話

三日月夜空OPMP
©2011 平坂読・メディアファクトリー/製作委員会は友達が少ない


ホビーストックさんから、「僕は友達が少ない 三日月夜空・おっぱいマウスパッド」が発売されることになったのだそうで。私は原作アニメ込みで『はがない』好きだし、キャラ的には夜空と幸村がお気に入りなので、まあ、よかったね、と思っていたのですが……同時発売には当然、「柏崎星奈・おっぱいマウスパッド」の名前が……。

そもそも「夜空パッド」というだけで何かツメモノ的な響きがしてちょっと哀しくなるのに、商品紹介欄に、「※[柏崎星奈 おっぱいマウスパッド]も同時発売予定ですが乳比べ厳禁です、予めご了承ください。」と書かれているのがまた、涙を誘います。画像を見た感じそんな慎ましやかでもなさそうですが、今回ばかりは相手が悪い。というか、これは悪意を感じるレベル。下乳は大いに結構ですが、なにも星奈の土俵で勝負せんでもいいのに……。

なんというかこう、そもそも勝負に行かないほうが夜空っぽいと思うのです。もうちょっとポーズおとなしめにして、星奈に嫉妬の視線を向けてるような感じでも良いですよ。そっちのほうが、残念無双の夜空にあっている気がする(笑)。いや、割と真面目な話をすると、こういうオフィシャル? のグッズって、単にファンの欲求を満たすことも大事だと思いますが、それ以上に作品のイメージを保って欲しいというか、その作品のキャラ「らしさ」を、より深く楽しめるようなもののほうが個人的には好きです。

アニメでも原作でも、基本的に露出を嫌い(無自覚に露出していたときはありましたが)、女っぽさに憧れつつも自分がそっちに行くのは断固拒否、でもやっぱりちょっと憧れる……みたいな自意識の地獄巡りをしている夜空と、なーんも考えてないっぽい星奈という対比が出るようにして欲しかったかなあと。このおっぱいマウスパッドでは、乳のでかさしか、比べどころがないではありませんか。

んま、色々細かいことを言いましたがそんなわけで、結局買うかといわれれば……うーん、微妙。記事まで書いておいて買わないのかよ! というツッコミは無しの方向でお願いします。いや、デキは悪く無さそうな気はしますよ!! でも、3500円はやっぱちょっとね……。両方買ったらエロゲー1本買えちゃいますし(´・ω・`)。

と言いつつ、8月になったら夜空パッドは購入しているかもしれません。

ってなところで本日はこれまで。また明日、お会いしましょう。

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値上げの通達が来た話

こんなブログを書いていますが、わたくし、別に社会のことに興味がないワケではありません。ただ、あまり詳しく自分が知らないことでもあり、また世の多くのサイト主さんやブロガーの方がつっこんで述べられている以上には、積極的に色々調べようと言う気にも、恥ずかしながらならないので、なるべく言わないようにはしているのですが、教育やら福祉やら経済やら、まあ世の中で起こっているいろんなことを、スルーしても良いと開き直れるほど達観もしていない。内心はあれこれ愚痴や不満が渦巻いていたりします。

それでもこうしてブログに書くぶんには、政治や経済やらのムズカシイお話には我関せずでやってきたのですが、今回はなにぶん当事者というか、向こうからネタが飛び込んできたので、ちょっとくらい書いておこうかと。あ、この記事は素人が送られてきたパンフを見て抱いた感想であって、データに基づいた詳しい調査や事実の説明じゃないです。そのことだけ、あらかじめおことわりしておきます。間違っていたら是非色々教えてください。

というわけで、うちにも来ました。東京電力株式会社さまより、「電気料金値上げのお願い」。一応WEBにもまったく同じ内容のものが掲載されています。参照先は、こちら。一応全文を掲載しておきます。
日頃より東京電力の電気をお使いいただき、誠にありがとうございます。

弊社原子力発電所の事故から一年以上経過しておりますが、今なお、お客さま、地域の皆さま、そして広く社会の皆さまに、大変なご迷惑とご心配をおかけしております。改めて心よりお詫び申し上げます。

弊社は、「事故により被害にあわれた方々への賠償」、「福島第一原子力発電所の安定状態の維持と廃止措置に向けた取り組み」、「電気の安定供給の確保」などの重要課題に全社一丸となって取り組むとともに、徹底した経営合理化を進めております。

こうした状況の中、火力発電の燃料費等の大幅な増加により、この度やむを得ず、電気料金の値上げをお願いさせていただきたいと考えております。

弊社は、皆さまに多大なご迷惑とご負担をおかけしていることを常に自覚し、さらなる経営合理化を徹底してまいります。

今後も、電気の安定供給に全力で努めてまいりますので、誠に申し訳ございませんが、何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

謝罪に重複した表現を使わないあたり、考えられた丁寧な文章。で、値上げ費用の内訳をみると、燃料費等々について詳しい解説が載っていました。しかし、何のために載ってるグラフだかよくわからん。・゚・(ノД`)・゚・。……。こういうの、データだけでなくきちんと説明の文章も付けてくれないんでしょうか。みんながみんな、読み取れるワケではないと思うのです。というわけで、電卓をもってきて数字を計算してみました。

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全体に占める燃料費等の比率。

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火力発電の比率の高まりに伴う燃料費増加のデータ。

touden02
原子力発電の停止に伴う火力発電の占める割合の増加。

まず最初の円グラフ。書かれてある数値を計算すると、22~24年の平均燃料費は、5兆7231億の43%なので、だいたい2兆4600億。購入電力費とあわせると、約3兆3000億円になってます。で、これは22年度と比べ約1兆1000億円増えているということを示しているのが次の棒グラフ。最後の棒グラフは、そうした燃料費増加の中で原子力発電が20%減少火力発電の比率が19%高まったというデータのようです。なるほどなるほど。

燃料費と火力発電の割合増加の相関関係がどのくらいなのか、はっきりとはわからないのですが(つまり実は新たに加わった「新エネ1%」がバカ高い可能性もある)、まあ費用が増えていることは間違いない。原子力の負担が減った、火力発電が増えた、そしてだいたい1兆ほど出費が増えた、ということで良いのでしょう。

で、これに対して「経営合理化」の成果はいかほどかと見てみますと、「10年間で3兆3650億円」。これも判りにくい書き方するなあ、と思ったけど、単に大きい数字を書きたかったわけではなく、10年単位で計画を色々しているということなのでしょうか。ともあれ1年平均にすると、およそ3360億円。増える額の1/3ということになるわけですね。

これは果たして多いのか少ないのか……。まあそれなりに多いのかなあ? 年間3000億円オーバーの支出削減というのは、結構頑張ってる気がします。そして、これでも半分以上の赤字が埋まらないわけで、電力値上げに踏み切ります、というのは、なるほどデータだけ見ている分にはそれもやむなしという気がしてくる。

実際、このデータを見て、先日話題になった「東電冬のボーナス問題」の見方がちょっと変わりました。賞与147億円ぶんを東電が人件費として計上した、という話でしたが、これだけ盛大に赤字がでていたら、150億程度なんぞ焼け石に水。むしろその賞与によって東電社員の皆さんが気持ちよく働いて、「電力の安定供給」ができるなら仕方ない――そんな風な考え方もできるのかもしれません。

ただ、ぶっちゃけて感情問題ですが、それは当人である東電さんが言ったら台無しという。ボーナスは払います、と言っておいて「徹底した経営合理化」だの、「誠に申し訳ございません」もクソもない。そんな風に思う人が多いのが実状でしょう。微々たる額であっても切りつめる姿勢をみせてこそ、「誠」という気がする。

それでも消費税と一緒で、値上げは仕方ない。納得はしないけど、理解はしよう、という気にはなる。でもボーナスは、直接消費者に関係ない分野の話。社員の士気のためにどうしても、というのなら払っても良いと個人的には思うものの、自分たちで言い出されたらやっぱ「ないわー」ってなる。そして、そんな風に思われながら働いて社員の方の士気も上がるのかという問題が。……会社は俺たちを守ってくれる! とかで、あがっちゃうのかな。

こういうのはもはや、多分に感情的な要素を含んだ問題となっていますから、面従腹背というか、表向きは綺麗な言葉を並べて、裏では「まあいいか」的なゆるい姿勢をとっているというのは大変イメージが悪い。少なくとも、外で見ている人間が「いや、そこまでやらなくても……」と思えるくらい徹底してやってこそ、「禊ぎ」の意味があるのではないでしょうか。

実質的な問題としては150億のボーナスなんて大したこと無い。たとえそう考えていたとしても、それが態度に出ちゃうようじゃダメで、むしろ大したこと無いからこそ敢えてそれを切ったことをアピールすれば、心証もよかったんじゃないかなあ。その辺は本当に下手を打ち続けていると思います。ずっと大名商売していたから、その辺の感覚が狂っているのでしょうか。社員の方でローンとか大変だというのはわからんでもないのですが、それこそ、渦中の東京電力が言ったら身も蓋も無いのでありまして……。

ともあれ、なんだかんだ言ってやっぱり、「値上げウゼー」と思ってしまうのでした。そんだけ。

ちなみに値上げはまだ「申請」の段階。このあと、経済産業大臣の受理を受け手審査。審査後、公聴会で一般からの意見陳述。そのあと、関係閣僚会議を挿んで二度目の審査を行い、許可が下りたら値上げを実施、とパンフの説明ではなっています。ただ、データを見る限りある程度は値上げせざるを得ない気がするので、その辺の議論は感情的にならずに推移を見守りたいと思います。

では、また明日。

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レビュー:『ゲノム金/銀』

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古賀亮一『ゲノム金』/『ゲノム銀』(コアマガジン、2012年)

きたぜー! というわけで、発売されました『ゲノム』金・銀!! いや実はちょっと前に発売されていたのですが、本日とうとうゲットしました。やったねぱうぱう~♪(久しぶり)

『ゲノム』というのは、古賀亮一氏の描かれているコミックス。当初はBIBLOSの『カラフルBee』や、『カラフルコミック・PUREGIRL』で連載されていましたが、雑誌が廃刊になってしまいまして……。・゚・(ノД`)・゚・。。現在は『新ゲノム』として、『コミックメガストア』で連載が続いています。

この「金・銀」は、いわゆる廃刊雑誌に掲載されていた「旧ゲノム」4巻分をまとめたもの。すんげー分厚いです。一冊1400円。ちょっとお高い。書き下ろしの内容もちょこっとです。

でも、断言します。旧版を持っている人も買って損無し! 持ってない人には断然お買い得です!

残念ながら、旧版にあった他の漫画家さんからの応援イラストなどは削除されているのですが、その他の要素は基本的に全部移植。オマケ漫画からカラーページ、作者近影にいたるまでくまなく収録されています。また、これまでカラーの無かったキャラのカラーやら、4コマ漫画が追加されていて結構楽しめる。

『旧ゲノム』の1巻が出たのは1998年。約15年も前ですから、噂は聞いているけど読んだこと無い……という人も多いはず。そういう方にチャンスが来たのは良いことだし、私ももうすっかり忘れていたので、新しい気持ちで楽しめました。そういえば昔はこんな絵柄だったなぁ……。

内容はなんというか、一応成年誌ということもあって、基本的にはエルエルという主人公? のエルフ少女が、昆虫のコスプレをしてエロいことをされるという話。ただ、露骨にエロいことはされません。せいぜいヌードくらい。あと、「ワルイコのカラー学習漫画」をうたっていて、ちょっとしたうんちくも一応は入っています。

ただ恐らく、この漫画を買う人の大多数は緑色の謎生物(ロボ)、パクマンさん目当てでしょう。

そう。パクマンさんです。エロと下ネタの伝道師。僕らのヒーロー。

こういったら失礼ですが、私は正直古賀亮一さんのギャグはあんまり好きではなかった。なんかシュールになりきるでもなく深読みさせるでもなく、勢いもあるようでない、という中途半端な感じがしていて、苦手な部類でした。

しかし、このパクマンさんはすごい。熱くなったり捨て鉢になったりを無軌道に繰り返し、何やら意味深なセリフはことごとく無意味で、頭の中はエロで一杯。ボケからツッコミまで、全てを一人でこなす完璧超人です。

私の世代でヒーローといえば、孫悟空でもケンシロウでもなくパクマンさんでした(嘘)。「クイズ100人に聞きました」で抱かれたい男ナンバーワンといえばパクマンさんでした(嘘ですよ)。オトナになったらなりたい職業ナンバーワンはパクマンさんでした(略)。

まあ、そのくらい凄い。エロ漫画界の革命児。緑の弾丸。これ別に、思い出補正とかじゃなくて今読んでも面白かったです。げらげら笑いました。

しかし、もう15年ですか……。15年もこのテンション続けていられるというのは、古賀氏も本当にすごいと思います。昔、河合克敏さんが『帯ギュ』の4コマ漫画で、椎名高志さんと温泉で話をした時に「頭が良くないとギャグマンガはかけない」と思った、みたいなことを書いておられましたが、この領域に来ると頭が良いだけでもムリではないか。「頭がぶっとんでないと」(褒めています)かけない気がします。

なにはともあれ、マイナーメジャーながらある種「伝説の」ギャグマンガ。もの凄く下品なはずなのに下品さを感じさせない愛くるしい? キャラクターたちの、非常識きわまりない下ネタ乱舞が楽しめます。明るい笑いが好きという方、噂を聞いて興味を持った方がおられたら、この機に是非入手されることをお薦めします。

と、言ったところで本日はこれまで。それでは、また明日。

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本当にエロゲーヒロインに白痴は多いのか

先日、「何故エロゲヒロインに白痴が多いのか」というツイートのまとめが掲載され、少し思うところがあり、今回の記事と相成りました。しばらくこの手の話題は避けようとしていたのですが、私もよくよくこういうのが好きですね(呆れ顔)。(※「白痴」という言葉遣いに賛否両論あるとは思いますが、ここでは元タイトルを尊重してその語を使用することをご了承ください)

発言者であるTakeponFX氏は、次のように述べておられました。
エロゲとか萌え系とかで顕著なアホの子を通り越した養護学級レベルの知恵遅れをヒロインとして萌え要素として配置するのかがどうも理解できない。ユーザーも含めて。

keyのメインヒロインって大体知恵遅れじゃん。もしくは非コミュ。ありゃ単に非コミュでアレな大多数の信者さんに優越感を感じさせるための設定だと思ってる。(※あくまで個人的な意見です)

今回の「議論」をまとめるつもりはないので具に見ることはしませんが、TakeponFX氏の主張は「自分がコントロールしているという優越感」のような言葉からうかがわれるように、ヒロインを「自分の思い通りになる人間」として扱うことの暴力性に主眼が置かれています。「何故エロゲヒロインに白痴が多いのか」。答えは《ユーザーが望むから》であり、そのユーザーの欲望はなにかといえば、《無抵抗な相手を従わせる暴力》である、と。

はっきりと「暴力」と言ってはいませんが、「相手のことは考えられてない」などという文言から察するに、少なくとも「白痴」を望むユーザーの心性を否定的に見ているのは間違いありません。氏の興味はエロゲーのヒロイン自体というよりは、それを作成し享受するクリエイターとユーザーの(無)意識にある。

だから、「思考過程が単純な(婉曲表現)キャラクターはライターにとっても楽」のような機能論や、泣きゲーの売上が良くないとか鍵(key)ヒロイン限定で、エロゲー全体の話ではないといった、タイトル不適切論というのは氏にとって余り意味がないでしょう。氏の狙いは泣きゲーユーザーの「真の意識」を明らかにすることだからです。

売上問題にしても同様で、『Kanon』と『ONE』が売れていようが売れていまいが、氏にはたぶんわりとどっちでもいい。いや、氏ご自身はお気になさるかもしれませんが、氏の議論には本質的には噛み合わない。そこには論点が無い。売上とは無関係に、氏の主張は完成しています。

氏がここで言っているのは、だいたいこういうことです。(このまとめに一定のバイアスがかかっていることは認めますが、要約として大外しはしていないと思います)

(1) 泣きゲーには白痴系ヒロインというのがいる。
(2) 白痴系ヒロインに肩入れするユーザーは、「無抵抗な相手を従わせる暴力」を振るっていて、しかも気づいていない。
(3) 現在主流を占める多くのエロゲー(「制服」や「処女」)も一緒。
(4) これは良くない。エロゲーヒロインはユーザーやクリエイターの道具じゃない(「上から目線」、「前向きで元気じゃなくちゃ」)。
(5) でも、抜きゲーみたくもともと自分の欲求を満たすために使うのはOK。

TakeponFX氏は、「白痴」という無抵抗な存在を愛玩するという行為に潜む暴力性を暴いている。要するに、表象の背後に潜む「無意識」を「発見」し、「無意識で暴力を振るってるよね」と言っているわけです。一時期流行ったポスコロ的読解を彷彿とさせる読みです。

そして少なからぬエロゲーマーが反発を感じたのか、色々な異論反論が寄せられていました。しかし私の見るところ、同じ土俵で戦っているのが大半で、本質的に反論できているものが少ない。たとえばコメント欄にある「具体例が鍵しか出てないっつーのはどうなんよ?」。これは確かに、エロゲー全般に通用しないという形で対抗はしています。しかし、恐らくTakeponFX氏は痛くもかゆくもない。『はじるす』に言及した箇所からも明らかなように、およそ「処女」性にこだわる作品であればすべて同じロジックにあてはめて、暴力だ(無垢な存在を思い通りにしたいだけだ)と言うことができるからです。

氏のようなポスコロ的読解の強みは、(2)の部分に反論がしづらい、というところにある。つまり、「お前は無意識に暴力を振るっている」といわれると、否定しづらい。論証責任は「個人的意見」だと言えば深くは突っ込まれないし、主張に社会的意味があれば(思いやりが無い、暴力だ云々)、説得力は増す。少なくとも、反論しづらい空気は余計に高まる。なにせ迂闊に反論すると、「暴力肯定するの?」と言われちゃいますし。

(3)も(2)と同様、「制服好き」=「型にはめる」=「思い通りに制限する」=「暴力」のような等式ができあがる。連想ゲームみたいなものですが、「制服」という表象に対応する無意識が「暴力」だ、というのはウケも良く振り回しやすい。勿論これに、「それは愛だ」とか、「ノスタルジーだ」とか対抗馬を立てることはできますが、「そんな風に誤魔化すことが暴力だ」とまた重ねていわれてしまい、あとはおきまりの泥仕合、不毛な水掛け論へと進んでいくわけです。そして「隠れている」ものというのは隠したい、不都合なものである、というほうが説得力があるので、だいたいの場合「無意識の暴力」という説明が勝利を収めることになります。

たとえば、『君が望む永遠』をプレイして、孝之が二股かけるクズだと考える。すると、そんなクズを好きになるヒロインは、騙されやすいお馬鹿さんです。そして、そんな風に女性を描くのは女性を軽くみており、一種の「白痴」扱いしている。したがってこの作品もまた、相手を従わせようという暴力に満ち満ちているのだ……。ほら、同じ論法使って、似たような結論を言えました。恐るべき汎用性。そしてこの汎用性ゆえに、「やっぱり正しい」と思えるわけです。これでエロゲーは読み解けた、と。でも、本当にそれで良いのでしょうか。

こうした言説が、一定の意味を持つということは確かです。エロゲーのマチズモを全否定はできないし、暴力性を明らかにする社会的意義はある。けれど、全てのエロゲーをそれで読んで終わらせるというのは、余りに貧困でつまらない読みだと思うのです。少なくとも、エロゲーを楽しんでいる私は、それだけだと認めるわけにはいかない。異なる読みを提示する必要が、ある。

どうすれば良いのでしょう。(2)や(3)の部分は、正直分が悪い。オルタナティブ(代案)を提示してみたところで、「無意識」は強敵です。なにせ「証拠は無いけど事実はある」という「否定神学」ですから、論破しようがない。悪魔の証明みたいなもんです。では、どこで戦うか。恐らく、(1)で戦うのがベストです。

私が〈物語〉がどうのこうのと言ってこの前の記事からグダグダ考えている問題の一つは、いわばその戦い方にありました。多くの場合エロゲーマーは、(2)や(3)で争ってしまっているということと、それゆえこのような「読み」に対抗する言説をきちんと立てられていないのではないかということ。「対抗」、というと論争をする前提のようですが、あまり大げさなニュアンスではありません。本当はそんなことを考えていない(もっと違う次元で楽しんでいる)のに、ふっかけられた論争に引きずられてその土俵でモノを言ってしまっている、くらいの意味です。

そこで挙げた話で言えば、『オイランルージュ』を批判する私の友人の言説というのも、「白痴」ヒロイン論に近い。彼の場合は、「遊郭で生きる女性を肯定するのは男のエゴ」というかたちで、ユーザーやクリエイターの暴力性を見ているのですから。けれどそれが「つまらない」と私は思うのです。なぜなら、それは自分の考えの一方的な押しつけにすぎず、作品との間の交流が無いからです。その読み方をするなら、何を読んでも同じような結論になってしまう。

「白痴」的な読みに対しては、恐らくこう問うべきです。本当にヒロインは、「白痴」なの? と。(トゥゲッターまとめのコメント欄で、「そのキャラを好きな人間にとっては、わりと聡明な子に見えてはいる」というコメントを残している方がおられましたが、このコメントは別の読者を持ち出すという形ではありますが、視点の相対化という意味では私の言いたい意味での急所を衝いておられ、なるほどと思いました)

「白痴」は誰が決めたのか――言うまでもなく、読み手です。しかし、作品がヒロインを「白痴」と言っているかは、ここでは問われていません。ヒロインが「白痴」だから、それを愛する主人公なりユーザーなりは「暴力的」ということになる。けれど、主人公がヒロインに惚れた理由は、きちんと作品に描いてあったのではないか? それは「白痴だから」なのか? それこそが作品の読解として何より問うべきことのように私には思われます。

表象の分析で、いくら代案を立てても不毛な争いが続くだけです。そうではなく、好き勝手に表象を解釈・分析するというのは作品を主観の枠にあてはめているだけで、作品ときちんと向き合っていないではないかと告げる。そのことが、原理的な意味での対抗たりえるのではないでしょうか。むろん、すべてを読み手の思考に還元するという手法があることは存じています。しかし、それでは本当に作品は不要になってしまいかねない。それなら、作品を読む意味が無くなってしまう。

少なくとも、ユーザーにとってあるヒロインが「白痴」に見えるということと、作品にそのヒロインの本質が「白痴」として描かれているかどうかということは、まったく別の問題です。ユーザーがあらかじめ持つ常識というのは抜きがたく存在するけれど、それを簡単に作品に押しつけるということには注意が必要でしょう。

谷崎潤一郎に『春琴抄』という小説がある。佐助という男が春琴という三味線の女師匠に、人とも思われぬような扱いを受けながらも彼女を慕って付いていくという話ですが、これを読んで、「春琴という女は本当にクズで、それに付いていく佐助もクズ」と言ってみたり、「男尊女卑の社会を皮肉った小説」のように言うことは、もちろんできると思う。それが谷崎の無意識だ、と。

でも、それは読み手の常識で見た作品です。実際の『春琴抄』は、読んでもらえば分かると思いますが、明らかに男女の恋愛として描いている(肉体関係ももちますし、春琴と佐助は墓も並んで添い遂げたという形になっている)。作品が語る「愛」を拾い、それを楽しむ読み方があっても良いし、そちらのほうが楽しく読めることもあるでしょう。

いささか嫉妬めいたことを言えば、『春琴抄』なら多くの人は、ここには自分たちが考えつかないような「愛」がある、と読むと思います。でも、エロゲーなら「白痴」だ、と決めつけて納得してしまう。それは単純に、エロゲーが舐められているからでしょう。所詮は性産業、所詮は即物的二次元オタクの妄想だ、と。

抜きゲーなら許すというのは、抜きゲーを高く見ているのではなくて相手にするまでもないほど見下しているから。でも、そもそも抜きゲーの中にだって、その作品が描こうとしているエロさの本質とか、人間の情念があるはずだしあって良いのに、それは見ようともしない。それこそ「無意識」に見下すという「暴力」じゃないかと思いますが。

閑話休題。

もちろん、ポスコロ的(「白痴」的)な読みが前提とする読み手の問題意識というのは、読み手にとってクリティカルな、どうしてもそう問わざるを得ない類のものなのかもしれません。

しかし、たとえば『AIR』をやって(key作品が話題になっていたからで、特に他意はありません)。晴子さんのことを思いやり、最後に「もうゴールしてもいいよね」と言った観鈴が、本当に「白痴」なのか。彼女を「白痴」であるというのなら、それはどのような意味において「白痴」なのか。その性質を「白痴」と括ることは果たして妥当なのか。そのことを問わないというのは、作品に対して誠実であるとは、私には思えない。作品が言いたいことと向き合っている感じはしない。

既に結論じみたことは述べましたが改めて最初の「まとめ」記事にたちかえれば、TakeponFX氏に正面からことを構えるなら、氏にこう問えばいいのではないでしょうか。「あなたのおっしゃるヒロインというのは、本当に「白痴」なのですか? それは、作品のどこをどう読んで(具体的にどの描写を解釈して)そう考えられたのですか?」と。重ねて言いますが、私が問題にしているのはたとえば、「うぐぅ」という語尾が、私たちにとって「白痴」に見えるということと、作中でそれが「白痴」として描かれているということとの区別です。だから、「何故白痴が多いか」と問う前に、「本当に白痴なのか」と作品に即して問うてみる必要があるだろう、と。

作品の外側に本質を――たとえば形式的な「主題」やライターの主張のような――を置く読み方も、「白痴」的読みと本質的には似ています。これは戦争ものだからこのような描写が必要だ、と決めて読むのは、「こういう少女は白痴」と決めて読むのと、程度の差こそあれ共通する部分がある。なぜなら「白痴」的読解のキモは、作者の言説や、作品のテーマや、自分の常識といった、あらかじめ用意された作品外の概念に作品を押し込め、それにあわせて登場人物たちの行動を説明しようとすることだから。ライターがヒロインを「白痴」であると言ったとしても、そのヒロインが作中何を語り、どのような行動を取ったかという作品内部のこととは、ひとまずは別事と考えても良いはずです。

『Kanon』のあゆが、なぜたいやきをくわえたまま、走って逃げるのか。「白痴」だからだ。なるほど、そうかもしれません。しかしそこには、あゆを理解しようという態度が見えない。単に自分の知っているレッテルを貼り付けて、安心しているだけにも思われます。「日本人はなぜ切腹をするのか」と聞かれて、「野蛮な未開の人間だからだ」と答えたアメリカ人と何の違いも無い。繰り返しますが、そのような「既存の視点の切り方」が意味を持つことはあることは認めます。でも、それが全てではつまらない。それとは異なる切り方があるということも、考えてみて良いのではないでしょうか。少なくとも、エロゲーを私が楽しむとき、私はその中の世界を楽しもうとしているところがあるから。それは、作品にこちらの枠を押しつけるのでも、作品を金科玉条の如く押し頂くことでもなく、作品に描かれていることと自分との交流の中にある。そんな風に思います。

またしても、長い話になりました。けれど、作品をいかに味わうか、そのことを自覚的に考えていけば、私たちはもっと豊かに、もっと楽しく作品を味わえるのではないか。そのことをやはり主張したくなって、今回は少し「よそ向け」に、わりと大ざっぱな見解を書いてみました。異論反論あるかと思いますので、何かあれば是非。また、既にそんなことは百も承知、という方もおられるのは理解していますから(特に私のツイッターという狭い交友範囲ですら多くおられる)、そういう人にとってはつまらない、今更な余計なお世話かもしれませんけれど。

それでは、本日はこの辺で。お付き合いありがとうございました。また明日、お会いしましょう。

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《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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