今日、バスにのっていた時のこと。

歳末の土曜日のお昼だけあって結構混みあう中、途中で足の悪いおばあさんが乗ってきました。運転手さんもかなり気を使い、「発車しますのでなにかにつかまって下さい」とか、 「お年寄りの方に席を譲ってあげて下さい」のようなアナウンスが流れます。

私はこの時立っていた組だったのですが、実はこのとき、1人用の座席が開いていました。都営バスは多くの高齢者が利用するため、あらかじめ座りやすい席をあけてあったんでしょうね。この辺、都バス乗客の訓練されっぷりは凄いなぁと思います。 

ところが、そのおばあさんは「次の次で、降りますから」といって座らない。私を含め周囲の人 が座席への道を譲ったり、いろいろしても、頑なに座るのを拒みます。かといって足腰が丈夫なわけでもないので、ちょっとした停車・発進でバランスを崩し、手すりにつかまっていてもふらつく。

座席が開いていることが見えない運転手さんは、ふらつくおばあさんの様子を見て、「お年寄りの方に、席を譲ってあげて下さい!」と何度も何度もアナウンス。でも、席は既に開いていて、おばあさんのほうに座る意志が無いのですから、どうしようもありません。ものすごく 気まずい空気が車内に流れます。

結局、短い区間に何度もそんなやりとりがあっておばあさんは降りて行ったのですが……。

気が短いと言われるかもしれませんが、「座れよ!」と思っていました。もちろん、私にはそのおばあさんのことはわかりません。自分が立ったり座ったりでバスの運行が遅れることを申し訳なく思っていたのかもしれない。座るとかえって立つのが大変だから座りたくなかったのかもしれないし、リハビリや何やらで歩く訓練をしていたのかもしれない。或いは、「お年寄りに席を譲れ」と「お年寄り」扱いされたことに、内心腹を立てていたのかもしれない。

しかし、現実として彼女は非常に危なっかしい立ち回りをしていたし、それで転んで怪我でもしたら大変です(実際、そうなりかねない感じはあった)。自分のことを考えても、また周囲の人のことを考えても、2駅だろうがなんだろうが 座るのがベストな選択だったんじゃないかと思っています。

ただ、こういうのって言うほど簡単ではないんですよね。外から見ていると「こうすりゃいいのに」ってわかるけど、当事者になるとなかなか分からない。お年寄りだからどうとか関係なく、自分の力や立場と周囲の様子を考えて身を処すというのは大事なことだし、またそのように自分を客観視するというのが難しいことだなぁと思います。たとえば、スーツのしわとか体臭とかだって、ある意味同じようなことかもしれません。

今回の件について私自身 の振る舞いをとってみても、もっとこうすればおばあさんが座りやすかったんじゃないかとか、直接言えば良かったんじゃないかとか、反省はありますし。まあ、何ごとも一歩ずつですね……。