今日は月末エロゲーの日でした。

エレクトロアームズ、スレイブニル、MA☆KOハンター、VBG、HHGの5本購入だけにとどめました。モバマスもあるので控え目です。あと、時間がやっぱり無いし……。

それはそうと、引取のためにアキバをうろうろしていると、「エロゲーなんて面白いのかね」みたいな声が聞こえてきました。ムム。ケンカヲウラレテヰル……!?

な~んていきり立っていたのは昔のこと。最近はそういう会話が耳に入ってきても、別に怒り心頭ということもなくなりました。理由の中には悲しいかな慣れもあります。似たような「外野」の発言を聞きすぎて耐性がついてしまったというか。

ただまあ、それだけではない部分もあります。かまっても仕方ないというのではなくて、よりポジティブに考えられるようになった。

実際のところ、エロゲーが面白いか面白くないかというのは人それぞれでしょう。この手の表現がまったく合わないという人がいてもおかしくはない。だから、「面白くない」という意見があったとしたら、それは尊重したいと思います。(やりもせずにゴミだクズだと言っているのは論外として)

また、しばしば言及される、高尚か低俗か、みたいな問題も、私自身に関して言えば究極的にはどうでもいいこと。先日、このブログで音楽がどうこうという話をしたときにもちょっと触れましたが、高尚だろうがなんだろうがわからなければ面白くないし、別に高尚だから良いとも限りません。

たとえば、私は何度観ても能の良さというのがイマイチ分かりませんが、あの表現にこそ心惹かれる人がいるというのを否定しようとは思いません。そして、そういう人にとっては能というのが現代において文化的価値の高い、「高尚な」表現としてもてはやされていることはどうでもいいことでしょう。もしも上演すれば石を投げられるほど忌み嫌われて、発禁すれすれになるようなものだったとしても、その人は能を観続けるはずです。

他人から与えられる評価や価値とは無関係に、自分の中に「これ」という確信がもたらされる。力のある表現とはそういうものではないでしょうか。

私にとってはエロゲー(や、ラノベやアニメ)はもともとそういうものだったし、そうであることについて特に負い目も何もありません。

そうしてみると結局のところ、エロゲーを楽しめないより楽しめるほうが、恵まれている気がします。少なくとも私がエロゲーをやるときに感じるようなわくわくが、なくなったら私は寂しい。そのような意味で、エロゲーを楽しめる人間で良かったと思います。エロゲーをして楽しいと思えない人を気の毒だとは言いませんが、自分がその立場に置かれたら嫌だなぁ。

こういうのは、相対化を無視したズルズルベッタンな自己肯定だと言われればそのとおりかもしれません。ただ、一応問題は絞っているつもりというか、価値や意味とは別のところで自分に響いてくるものがあるというか、まあそういう話をしているつもり。煽られても痛くも痒くもないということはなくて、むしろ痛かったり痒かったりもするのですが、そういう風に考えて「やり過ごす」ことができるようになりました。

というわけで、エロゲーを楽しめるよろこびをかみしめながら、本日はMA☆KOをハントすることにいたしましょう。

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