「艦これって儲かってないんだってね」という話を聞いて、「マジかよ……」という気持ちで貼られたURLを開くと、こちらのまとめサイトさんでした。

 ▼角川グループ会長「『艦これ』、ほとんど儲からない非常にがっかり」(オレ的ゲーム速報@JIN)

で、元記事のほうを手繰ってみますと、こちら。

 ▼「「艦これ、ほとんど儲からない」角川歴彦会長が明かす(The Huffington Post 2013年9月27日)

Huffington Postかよ(※1)……と言いたくなる気持ちをグッとこらえて読んでみますと、どうも書かれている内容は「儲からない」話とはちょっと趣が違う。

(※1):Huffington Postについては以前記事を書きました。「これはひどい、選挙の話」参照。

少なくとも角川の社長は、「「艦これ」の成功にコンテンツビジネスの未来がある」と言っています。ちょっと記事の全文を引用させていただきましょう。重要と思われる箇所を色と太字で強調。

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9月27日、角川アスキー総合研究所がシンポジウムを開催した。その席上、角川グループホールディングスの角川歴彦取締役会長が、今、人気が急上昇しているブラウザゲーム「艦隊これくしょん」、通称『艦これ』について言及した。

「6月に株価が突然1000円上がって、佐藤くん(佐藤辰男角川グループホールディングス代表取締役社長)が一生懸命がんばって業績が上がったのかなと思ってネットを見ましたら、デイトレーダーの皆さんが艦これにハマっておりまして。こんな面白いゲーム作る会社、伸びるんじゃないかという話で……。よく見ると、100%他の会社がお金をパートナーシップで出してくれていて、うちは扱っているだけでほとんど儲からないことが判明しまして、非常にがっかりしているところです」

と会場を沸かすと一転、「艦これ」の成功にコンテンツビジネスの未来があると示唆した

「艦これというゲームを作ったのは角川ゲームスですが、十社におよぶグループの会社で、雑誌に展開したい、コミックに展開したい、小説にしたい、というのが21も集まったそうです。ひとつのIP(知的財産)を使いまわすという、私が3年後くらいに目指していたことがささやかですけれども、艦これというものに現れていることを知って、このささやかなものに角川の運命を預けていいものか……大胆ですけれども、こういうところを買っていきたいと思っております」

「艦隊これくしょん」は、戦艦、駆逐艦などを艦船を女性キャラクターに擬人化し、戦闘を繰り返して育てていくブラウザゲーム。「萌え」と「ミリタリー」というマニア好みの要素を組み合わせた点、課金なしでも楽しめる点が人気の理由とされている。

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◆記事を読んでみる
まず、Huffington Postのほうのタイトルは「「艦これ、ほとんど儲からない」角川歴彦会長が明かす」。これはなかなか衝撃的なタイトルで、「艦これ」の人気を知っている人は思わず読みたくなります。キャッチーで良いですね。

本文では、角川のシンポジウムでの発言であるというところがポイントでしょう。その席上で取締役会長が自社のコンテンツをとりあげた。当然、何かしら取り上げる意味や価値があったということです。おそらく肯定的な文脈じゃないかなぁというのは予想できます。まあ「儲からないからさっさとやめろ」かもしれませんけれど、この時点ではそれは判りません。いや、株価上がってるんだから基本肯定か。

んで、「うちは扱っているだけでほとんど儲からないことが判明しまして、非常にがっかりしている」という、「オレ的ゲーム速報@JIN」で取り上げられた文言がでてきます。ここで多くの読者は、「おっ?」と思うはず。ホントに儲かってないのか……何かとんでもないデメリットでもあったのか、と。

しかし、そこから1行あけて(ここが割りと大事なところで、記事を書いた人は「タメ」を作りたかったんじゃないでしょうか)、「と会場を沸かすと一転」という説明を挟んでいます。これで読者には、先ほどの角川社長の発言が冗談であった(自虐ネタだった)ことが伝わる。言いたいのはそこではない、という。つまりタイトルは「目を引く」書き方をして、釣れた読者にちゃんとした情報を提供しようという構成になっています。

「艦これ」そのものは、直接儲けを生んでいるわけではない。でも、コンテンツビジネスとして見たら成功している(ビジネスとして成功しているということは、儲かっているということです。慈善事業じゃないんですから)。知的財産を生み出すことで、間接的に、しかし大規模に利益を生み出すビジネスモデルとして期待できる、という話ですよね。たぶん。

ただ、後の内容は正直いまいち分かりにくい。「このささやかなものに角川の運命を預けていいものか……」という発言は、預けるつもりがあるのか無いのかわからないし、「知的財産を使いまわす」というのはメディアミックス戦略として以前からずっと行われていたことですから、角川会長の言っている「私が3年後くらいに目指していたこと」というのがそれとどう違うのかわかんない。

つまり、「艦これ」が既存のメディアミックスと異なる新たな現象であるということを角川氏は言っているととれるのですが、そこが具体的に言及されていません。「艦これ」の成功から見えてくる「コンテンツビジネスの未来」って何なの? という、一番面白そうな部分がハッキリしないわけで……これは記事を書いた人が悪いのか、角川氏がそもそも曖昧にしか言えてなかっただけなのかは判りませんけど、どっちにしても記事としては肩透かしかもしれません。


◆記事が「まとめ」られた弊害
で、今回はその記事を「まとめ」たまとめサイトの記事を見て、「『艦これ』は儲かってないらしい」と脊髄反射的反応を返した人がいた、というところから話が始まったですが……。

ここには幾つかの問題があります。既にほうぼうでよく言われていることですので、簡単におさらいするにとどめておきましょう。

まず、元記事の書き手の問題。つまりは、「釣り」(※2)をどう評価するか。この記事は「艦これ」が儲かっていないという「意外性」を最初ににおわせて、それを否定することで内容を伝える構成になっています。ただ、この「釣り」がニュース記事の書き方として相応しいかどうかという問題はあるでしょう。たとえば科学論文で、書かれている内容と全く逆のタイトルをつけたら袋叩きにあうと思います。が、WEBニュースですし、読み物というかコラム的な意味合いが強い記事ですから、個人的にはこれは問題ないんじゃないかなと思っています。

(※2):「釣り」というと悪いイメージがありますが、ここではキャッチーな表現で人目をひきつける、くらいのニュートラルなニュアンスで使っています。

次に、上と関連して読み手のバイアス問題。記事を読んで「釣り」だということが分からない、あるいは「艦これ」をよく思っていないせいで、タイトルだけ見て「儲かってないんだ」と反射的に信じてしまう。これはいわゆるメディアリテラシー以前の、単純な読解力の問題が関わってくることも多いですが、結構ありがちです。私もひっかかりやすい足元の罠。

そして、「まとめ」る主体が持つバイアスないし意識的偏向の問題。今回で言えば、「オレ的ゲーム速報@JIN」の中の人は「と会場を沸かすと一転、「艦これ」の成功にコンテンツビジネスの未来があると示唆した。」以降の記事を乗せず、いわば元記事の「釣り」の部分だけを引っ張りだして掲載しています。それだけならまだしも、「別にいいじゃねーかあんだけ流行ってんだから」などと、「釣り」をベタに事実として引き受けるようなコメントを併記しています。

これによって、「オレ的ゲーム速報@JIN」を見た人は、Huffington Postの元記事が提示する内容と大きく違う印象を受け取るでしょう。「オレ的ゲーム速報@JIN」の書き手の方が意図的に歪めたのか、本気で勘違いしたのかは判りませんけれど、孫引きの形になった記事というのは常にこの危険がつきまといます。当然、いま私が書いているこの記事も同じです。

だからといって、この世から一次ソース以外の記事は消えるべし、というのはいささか乱暴でしょう。一切の引用を許さない文化というのは、蓄積が無くなるのとほぼ同義。話になりません。

そこで重要となってくるのは、やはり読み手の丁寧さというか努力の問題。要は、一次ソースにあたっているかどうか。私も見づらいとは思いますが一応ソースへのリンクを貼っていますし、「オレ的ゲーム速報@JIN」さんはかなり分かりやすく元記事へ誘導しています。ぶっちゃけ、それを確認するくらいはしても良いんじゃないかと思う次第です。

「まとめ記事」には、上に述べたような問題が複合的にからみ合って、ややこしい事態が発生してしまいがちです。


◆きちんとした情報を得て、考えるために
もちろん、これは「まとめサイト」だけに言えることではありません。個人ブログもテレビのニュースも新聞も、程度の差こそあれ同じような問題を抱えています。

私たちは往々にして、自分が読み取りに失敗すると「騙された」といってそのメディアを批判し、メディアが悪かったことにしてしまいがちです。しかし、そういう風に考えている限り、問題は根本的に解決しない気がします。「騙された」「だますほうが悪い」という発想は、情報というのが「与えられるもの」だという意識の上に成り立っているからです。

いまの世の中、情報はいたるところに転がっています。重要なのはそれを自分で集め、選び、そうして選んだ情報をもとに考えることでしょう。集めて選ぶところまで他人にやってもらって、考えるところだけ自分が担当しようというのはいささか都合の良すぎる考えだし、また、うまくいくとも思えません。

もちろん、恣意的に情報操作を行ったりする側(マスコミや、今回であれば「まとめサイト」のような)の道義的・社会的責任が無い、といっているわけではありません。それはそれとして追及する必要がある。しかしそれとは別に、情報に振り回されるのではなくて情報を扱う主体になることを目指すのは悪いことではないハズ。

騙されないためにではなくて、自分がちゃんと考えて判断するために。そういう意識が大切ではないかと思っています。

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