あんまりこういうことを書くつもりも無かったのですが、ひっどい記事をみかけたので。

ハフィントンポストのこの記事。 
三宅洋平氏、なぜ17万票獲得で落選? 参院選挙制度への疑問広まる」(2013.07.23)

先日行われた参院選で、緑の党から立候補した音楽家の三宅洋平氏が、17万を超える票を集めたのに落選したことをもとにして、「民主的な選挙」のあり方について問題提起をしているのですが、素人の私でも首を傾げたくなる内容。ちょいと引用します。

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三宅氏の得票数は17万6970票で、これは当選した自民党の渡邉美樹氏の10万4176票や、丸山和也氏の15万3303票より多い。社民党で唯一当選した同党幹事長の又市征治候補の15万6155票よりも多かった。得票数が多いのになぜ落選なのか。これは、2001年から参議院の比例区では「非拘束名簿制」という制度を採用しているからだ。知恵蔵2013には、次のように書かれている。

非拘束名簿式では、政党は当選順位を決めずに候補者リストを提出し、有権者はそのリストの中から候補者を選んで名前を書くか、もしくは政党名を書いて投票する。政党の総得票数は政党に投ぜられた票と候補者に対する票を足したものである。(コトバンクより)

つまり、政党名での得票と個人名の得票の合計で、各政党の当選者の人数がまず決まる。その上で、個人名の得票が多い人から順に当選するというシステムなのだ。しかし、緑の党は政党名と全候補者の名前を合わせても45万7862票。辛うじて1人を当選させた社民党の125万5235票の半分以下だったため、当選できなかったというのが真相だ。しかし、この制度自体が「大政党に有利な制度だ」と、ネット上では参議院の選挙制度に疑問を呈する声が広がっている
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(強調はOYOYO)

以上です。高校で「政経」をかじった人なら、「あれ?」と思うのではないでしょうか。

まず、「得票数が多いのになぜ落選なのか。これは、2001年から参議院の比例区では「非拘束名簿制」という制度を採用しているからだ」という部分。ここは、相当分かりにくい書き方になっていると思います。投票システムなんてよう知らんわ、という方のために、少し端折りながらではありますが、説明してみましょう。

▼非拘束名簿式
非拘束名簿式というのは、比例代表制度の中のシステムのひとつ。政党の得票数に応じて議席を各政党ごとに割り振った後で、各政党内の個人得票数に応じて当選者を決めます。

これだけだと解りにくいかもしれませんので、衆議院総選挙で採用されている「拘束名簿式」と比較してみましょう。比例選挙と選挙区選挙の違いがわからん、という人はごめんなさいですがググってください。

「拘束名簿式」というのは、投票前にあらかじめ当選する順番が決まっている比例選挙の方式だ、と思って頂ければOKです。比例というのは政党が獲得した票数に応じて議員の議席を分配するシステムですが、その時「どの党に何議席いけば、誰が当選するか」が公示されているわけですね。

たとえば、エロゲー党が次のような「名簿」を作成したとします。

1位 :伊頭遺作
2位 :ランス
3位 :伊藤誠
4位 :丸城戸サド
5位 :ダークス

で、エロゲー等が2議席を獲得した場合、遺作さんとランスさんが当選して、残り三人は落選する、というわけです。本当は重複立候補とかもあってもうちょっと複雑なシステムなんですが、今回は「非拘束名簿式」が本命なので、概ねこんな感じでOKだということにさせてください。

で、参議院で採用されている「非拘束名簿式」というのは、「非」拘束、ということばからも分かる通り、名簿を予め決めない方式です。じゃあどうやって順位付けがされるかというと、個人の得票数をカウントして、その順位にあわせて議席を割り振るんですね。

投票したことのある方はお分かりでしょう。参議院と衆議院では、比例の投票の方式が違います。衆議院の比例は政党名しか書いてはいけないのに対し、参議院では政党名か個人名、どちらを書いても構わないということになっています。

これも具体例を示してみましょう。以下、A党、B党、C党から3人ずつが比例に立候補したと考えて下さい。A党(100)というのは、「A党」に入った票が100票ということです。

[例] 5議席を分配
A党(100) 一宮(5) 二宮(10) 三宮(3000)
B党(500) 松田(10) 竹田(90) 梅田(30)
C党(2000) 甲田(100) 乙田(1000) 丙田(1500)

A党の総得票数は、100+5+10+3000=3115票。
B党の総得票数は、500+10+90+30=630票。
C党の総得票数は、2000+100+1000+1500=4600票。

これを「ドント式」と呼ばれる平均算出法にもとづいて計算し、議席を割り振ると、A党:2議席 B党:0議席 C党:3議席 という分配になります。「非拘束名簿式」というのはここから、A党であれば個人得票の順に、三宮氏と二宮氏が当選し、一宮氏は落選する、というシステムのことを言います。

要するに、熱烈に応援したい個人がいる場合はその人に投票すれば良いし、特に応援したい人はいないけどある政党の政策に信頼を置いている人は党に投票する。逆に、党の政策には賛成だけどその党から嫌いな人が立候補している場合は(たとえば今回であれば、自民党には入れたいが渡邊美樹氏には入れたくない、など)、そのメリット・デメリットを比較し、自分で投票先を決定できる。

以上が、「非拘束名簿式」のちょっとだけ詳しい説明になります。

▼ハフィントンポストの分かりにくい記事
で、ここまで理解すると「非拘束名簿式という制度を採用しているから」三宅洋平氏が落選した、というのが「なぜ?」と意味わからなくなるのではないでしょうか。直接には因果関係が見えませんよね。

おそらくこれは、相当内容を補って考えないといけない部分だと思います。

記事で言及されているのは、上の例で言えば、B党の竹田氏は二宮氏より個人得票数は多いのに落選しているのがおかしい、という話です。本当におかしいかどうかはおいときまして。

つまり、ライター氏が言わんとしているのは、こういうことです。
①個人で大量得票している候補者がいる。 (この場合三宅氏)
②その候補者は、個人得票数が当選した候補より多いのに落選した。 (渡邊氏らとの比較)
③個人得票数と当選結果がズレるのは、政党への投票と個人への投票が合さる制度のせいだ。
④その制度の名は「非拘束名簿」制である。

当選した候補者より得票数が多い三宅洋平氏が落選したのは、民意が反映されていない。彼より得票が少ない候補者には、党に入った大量の票が結果的に回ってきているから当選したのだ。これでは、大きな政党がバックについている候補者ほど有利ではないか――ハフィントンポストの記者氏はおおむねこんな感じのことを言ってるのではないかと想像します。

こう解釈すれば、「得票数が多いのになぜ落選なのか。これは、2001年から参議院の比例区では「非拘束名簿制」という制度を採用しているからだ。」という文はなんとか理解できるでしょう。

しかし、これをもって三宅氏の落選は「民意を反映していない」かのような論調で書いてみたり、あるいは「「非拘束名簿式」は大政党に有利」のようなことをのたまうのは、明確におかしいのです。

▼記事への批判
まず、比例代表制というのは、本来「政党」に対して議席を割り振るものです。その点で、個人を選ぶ選挙区制とは異なっている。「非拘束名簿式」で個人名を書くのは、あくまで政党に対する信任を得た後の、その政党内部での争いのためです。

だから、ライター氏が挙げている、三宅氏個人の得票数が「社民党で唯一当選した同党幹事長の又市征治候補の15万6155票よりも多かった。」というのは事実ではあるおのの、三宅氏が又市氏より人気だったということを、単純には意味しないわけです。なぜなら、「社民党」という党名を書いた人は勿論、社民の他の候補の名前を書いた人も、大前提としてまず(三宅氏よりは)社民党に議席が行って欲しいと思っていたわけですから。つまり、125万5235票が又市氏のバックについているとも考えられるんです。

こういうことを言うと「いや、純粋に三宅氏だけを応援している人が17万人もいたのだし、個人に投票するつもりで入れた人を無視するのはよくない」とか言われそうなのですが……。それについてはハッキリと断言しておきます。ンなもん、投票のシステム知らない人が悪いです。第一、17万票ってさも多いように言われてますけど、選挙区の当選者の得票数見れば、そんな多くないんですよ。

今回の選挙区の当選者の得票数を見ると、鳥取の舞立さんが16万票、高知の高野さんが16万票、徳島の三木さんが18万票。島根の島田さんが20万票、激戦と言われた岩手の平野さんが24万票。当選ラインが10万票台の選挙区は片手で数えるほどしかありません。「純粋な個人票」として見た場合、三宅洋平氏が当選できそうなのは、高知か鳥取。それもどちらも県内だけから16万人なのに対して、三宅氏は全国で17万ですから、言うほど大人気でもないです。30万票くらい一人で獲っていたらさすがにちょっと凄いかもしれません。

▼比例は大政党に有利なのか
そして根本的な問題として、比例が大政党に有利か否かという話。

これは、普通逆ですよね。

A党を見ていただければお分かりの通り、党内に一人、大量に票を集める「客寄せパンダ」がいるだけで、他の候補者も当選することができます。つまり、比例代表制というのは、政党の力よりも個人の力が活きやすい選挙方法なのです(だから、タレント議員が担ぎ出される)。

もちろん、資金や情報量などで大政党が有利というのはあるでしょう。あるいは、もっと大政党と小政党の差が出にくい、うまい平均算出方法はあるのかもしれません。しかし、現在行われている、日本の他の選挙制度(小選挙区制や大選挙区制)と比べたとき、もっとも政党の力の差が出にくいのは、やはり比例。

政経の授業などでもやることですが、比例代表制というのは大政党に有利な「小選挙区制」に対抗して、当時の野党が(つまり小政党連合が)オプションとして付け加えた制度です。それが、単純に「大政党に有利」なワケがないじゃないですか。

比例が小政党にとっていかに有利かということは、選挙区で惨敗した社民であっても、又市征治氏が何とか比例で当選していることから明らかでしょう。本当に比例が小政党にとって不利なら、社民当選しないよね……。

で、そういう基本を押さえた上で、なお「大政党に有利だ」と論拠をあげて主張するなら、これ新しい視点ないし興味深い知見の提示ということになる。実際、ドント式以外の平均算出方式を紹介し、現在日本がドント式を採用していることを批判する人は見かけます。ただそれなら、「比例が悪い」という言い方はしないはずですよね。あくまで比例選挙は維持したままで、計算方法を変えるという話なんですから。

実際、この人が拾ってきてる「ネット上」の「参議院の選挙制度に疑問を呈する声」とやらは、まったくそんな気配がありません。単に制度の基本を押さえていない無知に由来する誤解か、根拠なき印象論か、政府を批判するためにわざとやってる確信犯かのどれかです。(そもそも何と比較して「大政党に有利」なのか書いてないので、私の批判が的を外している可能性はあるのですが、それなら比較対象を書いてもらわないと話になりません)

ライター氏としても、「選挙制度がおかしい」「大政党に有利だ」「自民党の圧勝は民意を反映していない」みたいな結論を匂わせることができれば、何でも良かったんじゃないかなぁという感じがする。これが素人ならまだしも、プロの報道機関がやることじゃないよなぁ、とちょっと残念。

あとどうでもいいけど、「非拘束名簿式」が正式名称であって、「非拘束名簿制」という表現は滅多に聞かないんですが、どうなんでしょうね。

▼他の人の反応とか
で、こういうこと指摘している人いないんかいなと思っていたら、kojitakenさんという方が、私以上にはっきりした内容を、簡潔にブログに書いておられてました(こちら)。ってか私より明らかによくご存知っぽいので、、kojitakenさんの記事をご覧になったほうが良いかも。17万票で当選できる選挙区はありますけどね。

この方も書いておられるとおり、本当に怖いのは、こういういい加減で適当な記事が配信されているということもさることながら、それを批判的に読解せず、鵜呑みにする人があまりに多いということのほうでしょう。「大政党批判」を行うために、論拠はそれらしければなんでもいい、と考えてしまう、自分に都合の良い理屈だけを選びとって自己反省しない態度です。

結局、政治がいまいち上手く回らないのも、マスコミが国民をナメ切った記事を書いてのうのうとしていられるのも、それを受け取る側が適切なリテラシーを持たないからだ、という側面は、全てではないにしろあるのでしょう。

私たち「若い世代」は、少子高齢化のせいで人数では勝てないんだから、もっともっと知識をつけて、「量より質」で上の世代と政治的に渡り合っていくしか無い。その部分だけは割とマジで、頑張って行きたいなぁと思っています。

まあ偉そうに言って、私もあんまりよくわかってなかったりするんですけどね。いい加減な知識振り回してる感もあるし……ハハハ(笑いごとじゃない)。

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