なんか前回のセンター国語の記事がおもったより好評だったというか、明らかに普段と違う客層の方からの反響が大きかったので(しかもありがたいことに概ね好意的なご意見ばかり。本当に珍しい……)、取り急ぎ第二弾を記事にしました。

関連記事:「センター国語よ何処へ行く」(2013年1月21日)

リンク:河合塾2013年度大学入試センター試験速報

今回は、以前の(1/21)記事で述べた方法を用いて、実際に今年のセンターを解くとどんな感じになるのかというのをざっくり説明した内容です。なので、面倒でなければ本文と設問をご覧になってから見て頂けると、ありがたいです……というか、読まないとなにがなにやらわからないとは思います。

問1 漢字のため省略。

問2 正解は①
傍線部の解釈問題。実際に選択肢を見ると、おおむね3パートに分けることが可能。ほとんどが「時期の説明」、「過去の鐔の説明」、「変化後のつばの説明」に対応しているので、そのあたりを本文から探そう、というふうに考えれば良いだろう。

正解の①を基準とすると、「鐔は応仁の大乱以前には」(時期)、「富や権力を象徴する刀剣の拵の一部だったが」(過去の鐔の説明)、「命をかけた実戦のための有用性と、乱世においても自分を見失わずしたたかに生き抜くための精神性とが求められるようになった」(変化の内容)ってな具合である。

これは受験業界お得意の「二項対立」図式にぴたっと当てはまり、「過去-特権階級の標格(シンボル)」VS「変化後-実用本位」。

【時期】「鐔は応仁の大乱以前には」は①~⑤に共通で、「大乱以前と以後」という図式を落としている選択肢は無い。

【過去の鐔】どの説明も決定的な違いは無い。参考書によっては「美しさが重視とは書かれていない」(②)とか、「軽視されていたとは書かれていない」(⑤)のような解説をつける本があるかもしれないが、この手の解釈を「書かれていない」で落とすのはかなり危険。踏み込んだ解釈をした結果、「明確に正解ではないが、はっきり間違ってもいない」ようなラインに落ち着いている場合が多いためである。別の言い方をすれば、選択肢の主観的な判断を更に解答者の主観で判断すると、だいたいロクなことにならない。今回の場合、どの選択肢も「鐔は拵の一部で、装飾品(非実用)」というラインには乗っているので、誤答としないほうが良いだろう。

【変化後の鐔】ほとんどがこの部分でで選別できる。各選択肢ごとに全く違うことを言っているからである。それぞれ、具体的に確認して行こう。

選択肢②
「平俗な装飾品としての手ごろさ」が誤り。意識変化後の鐔を「装飾品」と捉えようとしているが、本文には、「実用上、鐔という拵だけは省けない」とあるので、実用品。二項対立を意識していれば余裕。《構造の取り違え

選択肢③
「手軽で生産性の高い簡素な形が鐔に求められるようになった」が誤り。「実用本位の堅牢な鉄鐔の製作が要求され」とあるが、ここで言われている「実用性」は「形」の議論ではない。一発で分かる通り、強度と材質の話。「生産性」の話や「簡素」か否かは触れられていないので、そちらでダメと判断するのは難しい(実用本位ということは、生産性が高く簡素である、との解釈も可能なため。「本文にないから誤り」は、本文に何らかの解釈を加えた結果その結論に行きついた場合もあるので、なるべく採用しない)。《論点の取り違え。あるいは、傍線部語句内容の取り違え

選択肢④
「専門の鐔工の登場によって強度が向上してくると、乱世において(中略)安心感が求められるようになった」が誤り。因果関係が逆。安心が求められてから、鐔工が登場している。《構造(因果関係)の取り違え

選択肢⑤
「武器全体の評価を決定づけるものとして注目」が誤り。「拵全体のうちの」一部であった鐔が、唯一の拵になったのだから、拵の全体とは言えるかもしれないが、その拵は武器の一要素なので、「武器全体」は言いすぎ。また、「戦いの場で士気を鼓舞する」も誤り。鐔が求められるのは精神性ではなく「実用」のためだし、「平常心を、秩序を、文化を探さねば……」とあるように、もしそこに精神性が宿っていても、それは「鼓舞」とは逆ベクトルのものである。《傍線部語句内容の取り違え


問3 正解は⑤
傍線部の背景解釈。この場合は主に周囲の文章に注目する。

これも非常にわかりやすく二項対立の図式ができており、【戦国武士】仏教は「日常生活に糧を与えていた」もの(日常)。【現代】仏教は「高い宗教思想」、「難しい形而上学」、「葬式」(非日常)。また、「考えている限り、空漠たる問題だろう」VS「感受性のなかに居るのである」という一文から、この対立図式に「思考」(知)と「感覚」(身体)を含めていることも理解る。

選択肢①
「仏教を戦国武士達の日常生活の糧となっていた思想と見なすのは軽率」が誤り。「日常生活に糧を与えていた仏教」に反する。二項対立を読めていない。《構造の取り違え

選択肢②
出題側の意図としては、傍線部の「知的な遊び」を誤解した解答、ということになるのだろう。「むしろ知的な遊びに富むもの」が誤り。戦国武士にとっての仏教は「知」(理性)ではなく「実感」(身体)として受け止められるもの。《傍線部語句内容の取り違え

選択肢③
「文献から仏教思想を学ぶ」、「説教琵琶を分析」が誤り。小林が主張しているのはあからさまに「感覚」(身体)の側。本文から分かる通り、「文献から」や「分析」は「知」に属する文言。二項対立を読めていない。《構造の取り違え

選択肢④
この選択肢を「話にならない」と切りたくなるのだが、実は意外と何が間違っているかは説明しづらいハズ。なぜなら、「鐔工や戦国武士達が仏教思想を理解していた」というのはこの選択肢の言うとおり誤解(彼らは感じていた)だし、「仏教を葬式のためにあると決め付ける」のは「浅はか」(現代人的な)であるというところまで、小林が言っているとも考えられるから。つまりこの選択肢、パーツに区切った説明の一つ一つは、それほど外していない。

では、なにがおかしいのか。それは、説明同士の対応関係(つながり)だ。「鐔工や戦国武士達が仏教思想を理解していた」という思い込みと、「仏教を葬式のためにあると決め付ける」という思想との関係は、本文の論理構成によれば、「仏教を葬式のためにあると思っている」から「鐔工や戦国武士達が仏教思想を理解していたと思ってしまう」という、因果関係である。ところが選択肢はこれを、「同じくらい」という並列関係として捉えている。つまり、本文の論理構成を決定的に読み損なっているのである。ちょっとした言い換えミスなどでは断じて無い。《構造の取り違え

ついでにいえば、センター試験は私たちに、他の人の意見を読む時にはこの程度の論理構成は意識して読め、と言っているのだろう。


問4 正解は②
これも、傍線そのものではなく周囲を分析する問題。選択肢は3パーツに分けられる。その3パーツがそれぞれ、「Aだったので(Aが前提にあって)」「Bになり」、「Cという結果を生んだ」に対応していることから、おきたことがらの「順番」が大きなポイントとして問われているのだな、ということがわかれば儲けもの。

選択肢①
いくつか誤りはあるが、「常に鉄のみがその地金であり続けたことをたとえている」が一番わかり易いか。これは、本文にある「この基本の性質は失われない」を言い換えたものであることは、前後を読めばあきらかにわかる(というかその前ほとんど同じなのですぐ目にとまるはず)。そして、「この」の指す内容は「鉄」という素材の話ではなく、「装飾は、実用と手を握っている」という「性質」の話。《本文語句(指示語)内容の取り違え

前後関係の構造という読み方をするなら、結論は「地金の性質」ではなく「文様が巧緻になった」ことである、とも言えるが、今回の場合は単純に指示語で切るのが明らかに楽だったのでそちらにした。

選択肢③
「刀剣の一部として鉄を鍛える」で切りたい。が、決定打があるかどうか……。探せば有りそうだが、それよりは「自然の美を表現」のほうが早そう。鐔の「透」には「鎌だとか斧だとか」も含まれている。「日常、誰にでも親しい物」であって、「自然」ではない。《本文語句内容の取り違え

選択肢④
簡単に2つの誤りが見つかる。まず「鐔の素材に巧緻な装飾をほどこすことができるようになったため」は、因果関係がおかしい。本文には「様々な流派が出来て文様透がだんだん巧緻になっても」と書かれているので、因果関係というか前後関係が逆。《構造の取り違え

また、「生命力をより力強く表現」はおかしい。③で既に述べたとおり、表現されているのは彫られたものの日常との親しさである。ただし、「親しさ」を「生命力」と呼ぶことができない……というのはただの主観的解釈なので、あまりとりたくない。客観的に何が違うかというと、「親しさ」は「人と物との関係」において生じる性質であるのに対し、「生命力」は「物」そのものの性質である、というところ。そのように判断できれば、だれも「恣意的な判断」だと文句はつけないだろう。《本文語句内容の取り違え


選択肢⑤
「鐔が実用品として多く生産されるようになるにしたがって」がまずおかしい。「多く生産」という量的な話はしていない……と言いたいところなのだが、今回は「書いてない」では切らないという方針を採っているので避ける。また実際、「様々な流派が出来て……」の「様々」を思い切り拡大解釈した可能性もあるので、ここだけで却下するのは危険。

ポイントはおそらく、「刀匠や甲冑師といった人々の技量も上がり」、「硬い地金に彫り抜くことが可能になった」という選択肢の因果関係。本文の構成は、「彫や象嵌が発達」し(硬い地金の彫が可能になり)、「様々な流派が出来」て、「巧緻になった」(技量が上がった)である。明確に、前後関係が違う。《構造の取り違え

問5 (前回記事で解説したのでコピペ)
これは、まず「鶴丸透」を彫った主体が「地金を鍛えている人」なのだから、「武士」や「金工家達」としている②と③を消去。④は、「討死した信玄の子供の不幸な境遇が連想」されたのは鳥を見る前の話なので事象の前後関係が本文と逆になっている(そもそも連想されたのは子供じゃなくて「信玄」本人だと書いてあるので、そこで切っても良い)。残るのが①か⑤ですが、小林が見ているのは巣を守る鳥の姿ではなくて、飛び立っていく鳥の姿なのだから①は不適。と、こうやれば瞬コロ。

随筆的な心情なんか聞いてません。⑤の選択肢にある、「美を体現していることに感銘を受け」なんていう曖昧で主観的な部分を、センターは判断根拠にしてくれとは一言も言っていないと思うんです。

問6 疲れたので省略(爆)。一応私が提示してきたこの解き方だと、この手の表現・構成を問う問題のほうが直接的で相性が良いので、コツ掴めば楽に解けると思います。

というわけで、センター2013年現代文(評論)のぷち解説でした。わかり易さ重視のためにちょっと乱暴にまとめたり、説明端折った部分もあるので、ここどうなの……? とかご質問があればメールでもコメントでもお受けします。

また、これが唯一の解答方法でないのはもちろんなので、ここがおかしいとか、もっとこういう考えがあるんじゃないかとか、聞かせて頂けると勉強になって嬉しいです。

問題の小説が残ってますが、こっちも同じくらいロジカルに処理できますんで、また時間があるときにでも記事にしよう……と思っています。努力目標としては。実は結構書きたい記事たまってきてるんで、そっち優先するかも。

でも、どうでしょう。ここまでやって、まだ「今年のセンター国語はゴミクズ」というような話になるでしょうか。私としては、選択肢も傍線を引く場所も、非常によく考えられていて、受験生の知識で可能な「読解の技術」を要求していると思うのですけれども。少なくとも選択肢の判断に関しては、余計な知識よりも本文の忠実な読みのほうが求められている(もちろん本文読解に多少の知識は必要としても、そこまで内容に突っ込んだ知識は必要とされない)のだと思います。いや、受験生の国語力の無さを舐めすぎだと言われたらそれまでですが、それは受験国語の問題ではなくて受験生の教養? の問題なので、話がずれますから、スルー。

別に受験産業界批判が主な目的ではありませんが、ちょっとナナメからの見方をすると、受験生の平均点が落ちたときは学校側は責任とりたくないし、「悪問だった」と言うのが一番ラクですよね。特に今回は数学のほうで油断していたところからざっくざっく刺されたみたいですし。国語のほうは自分たちのやり方が正しいのに、大学入試センターが受験生の身の丈にあわない酷いことをした、というのが楽ちんなんだろうと思います。でも、そこで安易に「悪問」みたいなこと言っちゃうのはどうなのかな、と。「難問」、「難化」なら良いですけどね。実際難しくなってるでしょうし。

学校は「相手が悪かった」でいいかもしれませんがそれだと気の毒なのは受験生で、「ああ、これは悪問なんだ。じゃああんまり考えなくてもいいな」なんて思っちゃったら、少なくとも現行のテストで求められている部分には気付けないままなのではないでしょうか。結局、問題のせいにしたいところをぐっと踏みとどまって、「このテストで求められているのは何なんだろう」と考える先生とか教育機関なら、私はついていく価値があるのかなーと思います。それが私の書いたような内容ではなくても、そうやって理解を放棄しないことこそが、国語という「言語による伝達」を目指す教科の根底を流れる良心なのですから。

まあ今回は実践編なので、分析は別の日に回すことにしましょう。長々とお付き合い、ありがとうございました。

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