kimitosho

タイトル:『君がいた図書室』(ディーゼルマイン/2011年5月20日)
原画:綾瀬はづき/シナリオ:bridge
公式:http://dieselmine.com/2011/kimitosho/index.html
批評空間投稿:無
定価:2200円
評価:C(A~E)

同人作品『君がいた図書室』のレビューです。これは投稿したことなし。別のところで書いていたのを少し修正して掲載しました。いわゆるNTRゲーの紹介ですが、ジャンル的な話からもう少し内容に踏み込んでいます。

私は月に3~5本くらい同人ゲーをやるのですが、批評空間様だとぶっちゃけどう点数を付けて良いかわからないので、投稿は余りしないつもり。私にとって同人というのは売上げをある意味で度外視して、好きなことをやるのが許される場ですし、その意味では一つのアイディアが全ての「1か0か」というのこそ本質かなと思っています。ただそれはもう点数化できない。ほとんどまるまる好みの世界ですから。

ディーゼルマインさんくらいになると商業とほぼ同じでも良いとは思うんですけど、同人ブランドと商業ブランドの実質的な線引きを考え出すととても厄介な話になるので、外的枠組みに従って「同人と書いてあるから同人」ということにしました。ともあれ、よろしければご覧ください。

【レビュー】
学院三年生の主人公・三里大樹は、受験を控え、内申点の為に一時的な図書委員の役目を引き受ける。そこで大樹は、一人静かに本を読む二年生の少女・早水千穂と出会う。好きな本の話題を通じて、不器用ながらも少しずつ仲を深めていく二人。ところがそこに、一年生の国嶋俊があらわれ、二人の間をかき乱すのだった。

同人ブランド、ディーゼルマインから発売されたADV。本作では、まず主人公である大樹視点で千穂との交際が始まる。一度大樹編ををクリアすると、二周目以降はその場面場面で千穂の視点(千穂が何をし、どのようなことを考えていたか)が追加される。「寝取られ」イベントが発生するのは、この二周目から。要するにヒロインは千穂一択で、彼女を気に入るかどうかが本作のほぼ全て。で、肝心の千穂は、グラフィック的な派手さはないものの下側フレームの眼鏡をかけてちょっと上を向いたときの表情が抜群に良い。ムム、なかなかヤルナ、という感じである。

大樹は何日も話をしているのに、千穂の名前を聞けないような内向的な少年。告白も千穂からで、つきあってからもいつも千穂に気後れし、ドギマギしている。挙げ句の果てには目の前で目をつぶっている千穂に対し、「『キスしてもいい?』って聞くのは……ダメかな……。礼儀正しくて悪くはないと思うけど……なんとなく情けないような気がする」などと固まる、絵に描いたような「ヘタレ」。それはどう考えてもゴーだろう。

ところが、千穂視点が導入されることでユーザーには、実は千穂も人付き合いが苦手で一人でいるほうが楽という、典型的な文学少女であったことが明らかになる。無愛想に見えたときも、内心は「変な子だって思われた」と悩んでいたり、テンパりすぎて何を喋ったか覚えていなかったり。そんな内向き少女が、「本を大切に片づけていたから」というささいなきっかけから年上の少年に惹かれ、ありったけの勇気を振り絞って大樹に告白するまでの描写は、心温まる青春ラブストーリーに似た甘い雰囲気に包まれている。

だが、本作のキャッチフレーズは、「彼女が必要としているのは自分なんだって……そう思っていた」。幸せが壊れていく「焦燥感」を強調し、「果たして貴方は、最後まで正気を保っていられるか……?」とユーザーに精神的負荷をかけることがウリ。物語はここから急転直下、ちょっとしたすれ違いを国嶋につけ込まれ、二人の溝が深まり、最終的に千穂は国嶋に奪われ、大樹は取り残される。いわゆる「寝取られ」(NTR)作品の位置づけだ(ダウンロード販売先の「DLsite.com」でも「寝取られ」タグがついている)。

寝取られゲームとは何であるか、一般的な解釈はあまり定着していないという。自称専門家の友人曰く、広義では三角関係のようなものを含み、狭義では恋人を他の男に(性的な意味で)奪われることを意味するのだとか。ちなみにWikipediaでは「自分の好きな異性が他の者と性的関係になる状況・そのような状況に性的興奮を覚える嗜好・そういう嗜好の人に向けたフィクションなどの創造物のジャンル名、など」。はてなキーワードや、ニコニコ大百科でもそれぞれ定義は微妙に異なっている。ただ、見たところ定義の混乱は、どこまでを寝取られと言うかという解釈の上限の問題であり、下限のほうは共通理解があるようだ。恋人や相思相愛に近い状態から第三者に相手を奪われる形式であれば、寝取られと呼んで間違い無い。その意味で、確かに本作も寝取られゲームの一貫である。

しかし私の印象は、同じく「身を切られるような焦燥感」をウリに寝取られを謳っていた同ブランド・同スタッフの作品『いつのまにか彼女は……』や『愛妻【reverse side】』と少し異なっていた。寝取られゲームとしての性質が微妙に異なるからである。

作品のポルノグラフィ的な要素がコキュのマゾヒズム的な願望にあった過去作群と比較とすると、本作にその要素は薄い。要するに、最愛の相手を寝取られた本人に感情移入してハァハァするタイプの作品ではない。かつて『シスタ×シスタ~Lovevery Sisters』で主人公の一久は、「フラれたときのことを思い出して、多分泣きながら自分のモノをしごいちゃうんだろうなぁ……。泣きゲーで抜く人ってこんな気分なのかな?」という迷言を吐いていたが、過去作にはそれに近い感じがあった。だが本作では、ユーザーと大樹との間に、容易に同調しにくいような距離が横たわっている。

距離をもたらすものは何か。それは、作中描かれる視点変化だ。寝取られゲームにおいては元来、ユーザーを俯瞰視点に立たせる傾向が強い。というのは、ユーザーの目標は寝取られを味わう(ぶっちゃけエロいことに使う)ことにあるのに対し、作中の主人公は(現場を目撃して興奮することはあれど)基本的に、寝取られを回避しようと動くからである。ユーザーと作品の主人公は伴侶への愛情という面では同調しつつも、伴侶が奪われるところを見たいと考えるユーザーと、そうはさせまいとする主人公との間で最終的にはズレが生じざるを得ない。

更に、千穂の視点で心情が語られることも問題となる。大樹の視点では絶対に知りえない情報が語られるということは、ユーザーが第三者の視点にいるということを、よりはっきりと意識させるだろう。そして本格的な性描写の大半は、この千穂視点で描かれるのだが、それらはほぼ全て恋人の大樹とではなく、間男役の国嶋との行為だ。つまりユーザーが目撃するほとんどの性行為は、大樹が本来は知りえなかったものなのである。この点で、本作においてユーザーは大樹と隔てられている。

Hシーンの大半を国嶋と千穂の交わりにおいた本作は、寝取らされる大樹でも、寝取る国嶋でもなく、性交の場面で描かれる寝取られ役・千穂の感情の振れ幅によって、興奮を煽る作品であるように思われた。要するに大樹は千穂の感情を強く揺さぶるためのスパイスということ。

実際、千穂視点が導入されてから多くのシーンが投入されるという一事を見ても、寝取られるのを傍観する大樹よりは、寝取る側の国嶋か寝取られる主体であるところの千穂こそが、本作の性行為のポイントであると言える。そのステップを踏まえて更に、大樹に感情移入することは、原理的には可能であるが。

寝取られというジャンル性を一旦脇におけば、『君がいた図書室』という作品の軸は、感情のすれ違いや誤解も含めた、恋愛における当事者それぞれの意識にある。その背後に流れるのは、二つの基本的なアイディアだ。

一つ目は、当事者の内面がきちんとかみ合うことがただしい恋愛関係の成就だ、ということ。恋愛の成就のためには、相手を理解しようとするだけでなく、相手に適切に踏み込んでいかねばならない。なかなか踏み込まないのが大樹、踏み込むどころか踏みにじってでも相手をこちらの思うとおりに変えてしまうというのが国嶋、というわけだ。たとえばある分岐では、千穂と国嶋が盛んに肉体関係を持つようになったことを知らず、大樹が千穂に告白し、千穂は国嶋と肉体関係を維持したまま大樹の告白を受け容れるというかたちで物語は結末を迎えるのだが、これは当事者(大樹―千穂のみならず、千穂―国嶋も)同士の内面が完全に食い違っており、その意味で恋愛の失敗が描かれていると考えて良いだろう。

そうして、もう一つ。内面は(つまり恋愛は)肉体に強く制御されているということである。千穂が肉体的な快楽に強く流されることが、まずその証拠となるし、ある分岐の終盤、千穂が呟く「純潔を奪った祖父ではなく、愛する青年の命を奪った推理小説の主人公の気持ちが分かる」という独白もまた、精神的に離れていく距離を肉体によってつなぎ止めようという意識として読みうるように思われた。

本作が純愛的な恋愛要素を多分に含みつつ、なお凌辱系作品としての面目を躍如しているのはおそらく、精神的な交わりとして恋愛を描きながら、それを上回る過剰な肉体関係を置いたことで、「堕ち」の落差を高く深く演出できたところにある。多くの凌辱作品が肉体的な快楽を描きながら、最後は精神的なところで物語のオチをつけるのに対して、本作は徹底して即物的に、文字通りの「肉欲」を表現していると言える。選択肢の割りに少ない分岐やEDの尻切れ具合など不満も少なくないが、なかなか味のある作品だった。

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