読んでいて、どこの界隈も似たような話があるんだなぁと妙な感慨を受けたこの記事。サッカーの観戦について、ヘヴィ層(記事ではそのような言い方をしていませんが、便宜上私はこう呼ぶことにします)がライト層の姿勢を批判するという図式に「疑問」を呈しています。

 ▼「楽しみ方なんて人それぞれ…なのにライト層へ「まるでアイドルのコンサートだ」と攻撃するサッカーオタクは何なの?」 (でろブロ)
ただ個人的に思うのは「ファンの姿勢」に疑問を呈する事ですね…俺はこれはなんかちょっと違う気がする。

サッカーを見に行くってのはあくまで娯楽なわけですよ。その娯楽なのに「まるでアイドルのコンサートだ」と批判をする声をよく聞く、別に「そういう人が多く見に行っている」のが事実なのだからそれで良いじゃん、って俺は思います。

野太い男達がただひたすら一心不乱に応援を繰り返すだけの環境が揃ってないのは「そういう人達が見に行っていないから」に過ぎないと思う。 
記事自体は、なかなかもっともな感じがします。書いた人がサッカーを愛しているのだろうなというのが伝わってくるし、感情的にはそうだなぁと思えることはある。ただ、複雑な問題をやや単純化しすぎているところがあるように思えなくもありません。

ちょっとこの記事の論旨をまとめてみると、以下のようなことを言っています。

・「ファンの姿勢」に貴賎はないはずだ
・サッカー観戦はあくまで娯楽だ(「あるべき」を押し付けない方がいい)
・海外と日本は環境が違う
・サッカーを盛り上げるのが大事(ネガティブなことばかり言う、あるいは攻撃すると盛り下がる )

おおもとの問題としては、サッカー観戦について口うるさいヘヴィ層がいて、それが良くないということが言いたいのでしょう。その原理的な根拠が、【ファンの姿勢に貴賎はない】ことと【サッカー(観戦)は娯楽である】ということ。効果的な根拠が、【サッカーが盛り下がる】ということ。海外と日本は違う云々というのはちょっと位相が違っていて、たぶんヘヴィ層が根拠として「海外では~」と言い出すことに対する反論の意味合いが強いと思われます。なので、独立した議論としてはこの部分は除外して考えます。

さて、サッカーは娯楽であり、ファンの姿勢に貴賎はないのだから、ヘヴィ層がライト層を攻撃するのは間違っている! そんな風にするからサッカーが盛り下がるのだ……という意見は実際そうなのだろうなぁと思わせるものがあります。ヘヴィ層が先鋭化しすぎたせいで、ライト層の新規参入が困難になって衰退の道をたどったジャンル・コンテンツは数知れず……。ただ、見落としてはならないのは、これと逆のパターンもあるということです。

最近話題となった芥川賞とか、あるいはそれこそエロゲーやらアニメやらでよく言われますが、度を過ぎた大衆化によって純度を保てなくなったそのジャンルが緩やかに(あるいは急速に)衰えていく、というのもまたよく目にする光景ではないでしょうか。

むろん、だからといって「お前らは間違っている!」と口角泡を飛ばしてくる人を大歓迎、全面擁護とはいかないのですが、「お互い好きにやってりゃいいじゃん、自由でいいじゃん」が行き過ぎても、そこからは支えが無くなってしまうのではないかと思うのです。

だとするならば、重要なのは「ライトかヘヴィか」という二択ではなく、両方がうまくバランスをとっている状態が維持されていることなのではないかと思います。 

という話を友人としていたら、いや、駄目になるコンテンツというのは「老害」のような奴らがしがみついて先鋭化していくものが多い。どちらかというとヘヴィ層のほうが害悪だ、という反論を頂きました。ほんとうに先鋭化していったせいで駄目になるものが多いのか、エビデンスは示されなかったのでスルーしてもよかったんですが、印象としては確かにそんな気もしたのでその時はうまく返せませんでした。

ただ、いろいろ考えていて可能性として思い至るのは、それは結果論なのではないかな、と。どういうことかというと、そのジャンルなりコンテンツなりにこだわりのある人というのはそれだけ熱意もあるし、簡単には離れることができない。ある意味で依存度が高いというか。だから、死に体になった後でもそこに残り続けるわけです。生ける屍というやつですな。

一方、大衆化が進んでポシャるパターンというのは、流行のようなかたちで割りと自然に飽きられて消えていく……典型例として妥当かわかりませんが、たとえば厚底サンダルとかルーズソックスみたいに、なんかいつの間にか誰も使わなくなり、自然消滅していくようなものが多いのではないでしょうか。

つまり、ヘヴィ層の害によって滅んだものが多く見えるのは、単に滅んだ後もそこに居残る人がいるかいないかの違いであって、滅ぶ原因としてヘヴィ層>ライト層だからだという話にはならない。寡頭政治が滅亡へのカウントダウンであるのとの同様に、衆愚政治もまた破滅の予兆ではないか。そんな感じのことを考えました。

まあ結局のところ、 ライト層とヘヴィ層がお互い仲良くしましょうとかそういう話ではなくて、いろんな主張を持った人たちがずらり揃っていて、侃々諤々言い合っているのが一番「勢いがある」状態なのではないかという、別段真新しくもない話に落ち着くわけですが、そういう意味ではサッカーはいま、非常に勢いがあると言っても良いのかもしれません。