よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

今日はその事をなさむと思へど

今日はその事をなさむと思へど、あらぬ急ぎまづ出で來て紛れ暮し、待つ人は障りありて、頼めぬ人はきたり、頼みたる方のことはたがひて、思ひよらぬ道ばかりはかなひぬ。煩はしかりつる事はことなくて、安かるべき事はいと心苦し。日々に過ぎゆくさま、かねて思ひつるに似ず。(『徒然草』)

[超訳]
「今日はアレやるか!」と思ってたけど、ちょっと立ち寄ったソフに面白そうなエロゲーがあったんで買ってやったら思わずハマってしまって気が付いたら凄い時間……。約束はすっぽかされるし、急に意外な人から連絡が着て夜にお話することになったりする。急にラーメン食べたくなって近所の店に行ったら定休日で、しょんぼりして帰っていたら先輩と出くわしてオゴリで飲みに連れて行って貰った。めんどくさい仕事だなぁと思っていたらヘルプ入って速攻で終わり。ところが時間余ったから別の仕事のヘルプに入ったら、死ぬほどめんどくさい人間関係のゴタゴタに巻き込まれて、なかなか帰宅できなかったでござる……。毎日だいたいこんな感じで、予想もつかないことばっかり起こるんでホント困ります。


というわけでゴメンナサイ(;´д`)人

また記事が書き切れませんでした……。ただ今回はちょっと今すぐは人に言えない事情がございまして。悪いことではありません。反省することもあったけれど、色々勉強になった。今回の件は近日中に記事にできると思うのでもうしばしお待ち下さい。

それにしても本当に、「日々に過ぎゆくさま、かねて思ひつるに似ず」でございます。本当に記事が仕上がらないフラグが本格的になってきたかな……?

今日のひとこと : 有言不実行!


明日こそは仕上げます(´・ω・`) ※フラグです。

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そりゃないわー! という話

うーん、また記事を書ききれなかった(笑)。

まあ、あんまり期待もされていないでしょうからまったり仕上げるつもりでしたが、ちょっと延びすぎました。明日には完成させます。

で、まあ今日はなんというかちょっとショックなことがありまして……。夕方、仕事先から別のバイトへ移動している時、ちょっと喉が渇きまして。ワンコイン自販機で「ミニッツメイド」を買ったんです。

時々勘違いされていますが、「ミニッツメイト」じゃなくて「メイド」です。ご主人様の「Maid」です。

Wikipedia先生曰く
、「創業当初に市販を開始した凍結濃縮方式の製品は水で溶かすとすぐにジュースが出来たことから、「すぐに(Minute)」「ジュースが出来る(Made)」のを一分で戦闘準備ができる民兵「ミニットマン(Minute Man)」にかけ、同音異義語の「Maid」と「Made」を洒落たことに由来する。」のだそうで、めんどくさい手続きのわりにあんまり洒落のセンスは感じられないなどと思ったりもするのですが、それはさておき。

グレープフルーツだかなんだかというのを飲みながらくつろいでいると、いきなりちょっと離れたところを歩いていた女学生(高校生か中学生かわからんかった)2人組が、私の方を指差して、けらけらわらい始めたのです!

「キャハハ、キモーイ」と言っていたかどうかまでは定かでありませんが、あんまり好意的な感じでは無かったなあ。クールビズ仕様とはいえ一応オフィシャルな格好をしていたし、鞄を置いてスマホを弄りながら壁にもたれかかってちびちびジュースを飲んでいただけなので、特に目をひくところもなかったと思うのですが……。

ちなみに見渡した限り周囲に他の人影は無く、自販機周辺になにか笑えるようなものはありませんでした。通学用の黄色い道路標識があったくらい。

一体何がそんなに面白かったのか、謎は深まるばかり。というか、正直ちょっとおじさんショックなわけですよ。若い子に指さされて笑われるとか……。もしかしたら私が対象じゃなかったのかもしれないですが、状況証拠としては私っぽいし、うーん、という。何だろう、ホント。

凄く傷ついたとか気になって夜も眠れないとかそういうのじゃないのですが、なんかこう、もやっとした感じが……。あれですな、往来で人を指差して笑っちゃいけません! 笑うなら、何が問題かきっちり本人に伝えて……ってそういう問題じゃないか。

でもまあ、そんなことがありましたという。女学生二人組のうちどっちかでも、このブログをみていたら、是非どういうことだったか教えてください。あ、でも一応18歳未満お断りのブログなので、成人してから教えてください(爆)。

というわけで本日はこの辺でおしまい。明日は良いことがあると良いなぁ。

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ブログを続けていくために

私なんてブログを始めてまだ一年どころか半年も経っていないぺーぺーなので、偉そうにノウハウを語るつもりはありません。そういうのを期待して来られた方がいたらごめんなさい……。

ただ、毎日ツイッターをしたり時々エロゲーのレビューを(最近はサボり気味ですが)かいたりしつつ、長文のブログも書いている私はどうも、余程の暇人であると思われているようなので、その事実は間違っていないけれど、別にブログ更新にそんなに時間をかけているわけでもないんだよ、という話。

ブログには幾つかの目的があって、何か問題意識があって情報を発信したいという人や、単なる日記代わりという人、アフィリエイトで稼ぎたいという人から、交流を目的とした人までさまざまだと思います。

そんな中で私の場合、自分の思考の備忘録であると同時に、それを誰かに読んでもらって交流したいという気持ちもあり、また何ごとも続かない自分にとって紙に書くよりは管理が楽で続けやすい日記代わりでもあり、他人に読んでもらう文章を練習する機会でもあり……という、割と盛りだくさんな目的をもってはじめました。ただ、これを全部満たすというのは不可能。

そこで、自分の中で優先順位をつけてみました。並べるとこんな感じ。
(1) 続ける。とにかく三日坊主が多いので、継続優先。
(2) 自分の考えていることを書く。書いて思考を整理する。自分のため。
(3) 他人に読んでもらう。意見を貰えたら思考も捗るし、励みになる。
  ただ、別に読まれなくても続ける。
(4) 読んでくれる人を増やす。増えなくても構わないけど、増えた方が良い。
  そのために読みやすい文章などを鍛える。
(5) アフィブログにはしない。したら人を呼びたくなる。
  そもそもそんな才能も無い。

で、「続ける」という大目標の達成のためには、とにかく私の場合強制力が働かないとダメ。「見に来てくれる人のために」とか、そういうモチベーションがあると良いのですが、そもそもブログを始めたときは10人も見る人ができるか判らない状態でしたので、「見てくれる人」のために、でやっていると速攻閉鎖の可能性がありました。そこで、上の優先順位にしたがって「自分のため」にする。それも、半ば毎日の義務のようにする。「1日になにか1つはまとまった文章を書く。それが自分の訓練」とかんがえてみました。

とはいえそういうスタンス(あくまでセルフトレーニングが第一という位置づけ)にすると、むやみやたらと時間を使ったりするのは難しい。特に私は長文とかを書き始めるととにかく時間がかかるし、気になってあれこれの作業が手に付かなくなってしまう。それではとても続けられないし、続けたらリアル生活がヤバいことになりかねない。しかし、書きたいことを書く、という目標のためには文章も長くしたいし、時間をつかう必要がある……。ここがジレンマになったわけです。書きたい、でも無理には書きたくないし書けない、という。

そこで、私は「ブログを書くのはだいたい1日1時間」と決めました(時間に余裕があるときなんかは例外ももちろんありますが)。それは超えないようになるべく努力する。で、記事を書き始めて30分くらいすると、「これは今日一日で終わるな」とか、「これは無理。絶対終わらん」とか、だいたい判ってきます。「無理だ」と判断したら、潔くそこで撤退。

撤退してどうするかというと、残った時間で書ける記事を考えるわけです。思いつかなくても、何とか書く。そのために幾つかのネタは、移動時間とかを使ってストックする(そういう時間を含めれば1時間じゃ済まないというツッコミは無しで)。で、30分くらいで記事を書いて投稿。終わらなかった記事については、翌日以降に回します。

長文記事については、書く前にビジョンが見えているタイプのものならともかく、そうでないものはそんな風にして日またぎで書いています。3日、4日がかりになることもありますが、とりあえず続けていればいつかは形になるし、形になったら載せる、という感じ。

もちろん時間を見誤ってやっつけの記事になったこともあり、見に来てくださる方には申し訳ないなぁと思いつつ、何でも良いから毎日書くということを目標に据えているのでご勘弁いただければとビクビクしながら投稿ボタンをおしています。

つまるところ、昨日「エロゲー話の続きを書く」と言い持ってそれが達成されていない本日のこの記事というのは、撤退戦の成れの果てなわけですが(爆)、今日に関しては最初からダメかもなーと思っていたので、見切りは早かったです。何を書くかは悩みましたが……。実を言うと昨日も書ききれずにドロップアウトしていたので(あれ)。

まあそんな感じでして、今のところ長文を書くのはそこまで無理に時間をとっているわけではありません。私が暇人なのはその通りですが、暇をブログにつぎ込んでいるわけでもない。ただ、そのせいかブログの内容自体は統一性も無いし内容もクオリティが高いとは言えない……。最近は少しずつですがわざわざ見に来てくださる方もふえているし、いつまでも訓練です、では申し訳ないし、愛想尽かされたら寂しいので、ちょっとずつ変えていきたい。

今後もブログは継続させつつ、その辺を何とかする工夫をしたいなあと思っています。

世間にはたくさんのブロガーさんがいて、たくさんのスタンスがあって、きっと皆さんそれぞれ独自の書き方をしておられる。その中には私とまったく違う方針の方も、同じようなことを考えてる方もいるのでしょう。ただ、自分が読者になった経験上、やっぱりどんな形であれブログが閉鎖とか更新停止になると寂しいし、自分も始めるからには長続きさせたいし……ということで、強制力を持たせつつ無理しない、の両立を狙ってみた次第です。今のところ、なんとかやっていけてるのかな……。

で、アルファブロガーでもないのに自分のこと書くなんて自意識過剰! って言われそうですが、そこはアレ。

ネタが無かったんです。勘弁してください。

というのが本日のオチ。明日こそは連作完成させるぞ……。

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それでも僕は、長文をやめない(多分)

連続して重たい話を書いてきたので、今日はちょっと休憩!

このところ、ブログなりツイッターなりで私の書く文章はわかりにくい、のみならず長い。長すぎて読む気にならん、ウザイ、というようなご意見を続けて頂くことが増えました。一部は状況的に私に宛てたものかな? という程度でやや自意識過剰なだけかもしれませんが、明白に名指しで頂いたものとか、リアルの知人とかも含めると片手の指は超えました。

まあ、ツイッターなりブログなりを始める以前からしょっちゅう言われていたことなので、「ようやく来たか」という感じもあるっちゅやああるのですが、ご指摘についてはうけとめつつも、長文を書くという形式は変えないと思います、という意思表明だけ行おうかと思います。

ツイッターなりブログなりについて、「イヤなら読むなよ!」とどこぞのマスコミのようなセリフを言うことも可能ではあるのですが、それでは折角読んでくださった方に失礼ですし、「うぜえ!」「おまえがうぜえ!」という不毛な喧嘩でしかないので、どうもなあ、という。もう少し原理的に「イヤなら読むな!」を言いたくない理由もあるのですが、それは後ほど述べます。

また、読む気があるから「長い」だの言ってくださっているわけで(本当に読む気がないならそもそも何も言わないでしょう)、それならご意見として聞くべき所は聞いておきたいな、と。いや、単に目障りだということかもしれませんが、それならばそもそもこちらとの関係を持つ気が先方にもともと無いわけで、態度を変える必要もないという単純な話。

で、まあいつもの調子で言いますと、「長い」と言っておられる方の問題は、本当に言葉通り長いだけか、という問題があります。たとえば「難しく長く言う」という迂遠さ、もったいぶった態度、そういうものをして「ウザイ」と言っておられるのかも知れない。ツイッターであれば、140文字で表現しきれることを書いてこそのツイッターであって、ちゃんと用意された形式に従うのが礼儀だ、という思想をお持ちなのかもしれない。本当は別のことを言うつもりだったけれど思いとどまって、適当に理由付けるか、ということで「長い」と言ってみたなんてこともあるかもしれません。

また、もっと簡潔にまとまった話にしてくれであるとか、私の文章のように結論が曖昧なことが多い(思考過程を綴るタイプの文章)に「びしっと結論だしたほうが良い」とおっしゃっている可能性もある。もっと好意的には、「自分ですらこんな長いと読む気にならないし、普通の人ならもっと読まないから、読んでもらえる記事/ツイートを目指すなら改善したほうが良い」というアドバイスかもしれません。

加えて、私は書いている内容が内容なので、その部分に反発を覚えるという方がおられるかもしれない。その反対意見を、直接的な内容ではなくて「こんな長い文章書いてるヤツはダメだ」という表現の問題として捉えなおして指摘している可能性もあると思います。

果たしてどれであるかはハッキリとわからないのですが、しかし、私としてはどれも思い当たる節があるので困る。日頃「内容と表現形式」の問題を語っておきながら、ブログもツイッターも論文も書籍も同人誌も一緒に扱うのは意識が低いと言われればその通りだし、実際自分の文章を読み直すと(推敲していないのがバレバレですが)、かなり下手だし雑。お世辞にも読みやすいとは言えません。これでは確かによくないなぁ、と思う。

短くできる部分は短くしたほうが良いのでしょう。内容を「絞る」という作業が、うまくできていないのは確かです。ただ、そのように私の文章に問題があるということと、「長さ」自体はおそらく、直接的な関係にはありません。長いから悪い、短いから良い、というのは言うまでもなくその背後に何らかの実質を背負ってこそ意味を持つ言説であって、本当に短いものが良いという形式論なら、和歌を詠むなり叫び声ですべてを表現することを目指さないといけなくなってしまう。それは極論にしても、文章の長さというのが内容無き形式論であるということは、ほぼ同意頂けると思う。必要なことを書いていったら、どうしても長くなってしまったということは、どんな人にだって必ずある。

だから、私の書いたものに対して「長い」というご批判をいただいたとして、その「長い」という言葉の内容については、なるべくくみ取るように努力はします。解決策が「単に短くすればいい」というだけなら解決しようがありませんが、その他の内容であれば、長くてもその指摘を踏まえた表現というのはできるはずなので、それを目指そうと。私自身、長く読みづらい文章を変えようともがいている部分もありますので。

だからもし気が向いたら、というよりも私の書いたモノに光栄にもそこまで真剣にお付き合いいただけるならば、私の場合は「長い」ことが「どう」だめなのかも指摘して頂ければ幸いです。すぐに反映できるかはともかく、考える材料になりますので。

ただ、そもそも私の存在が気に入らないとか、書いている内容そのものが気に入らない(論理的におかしいとか、それを書くことによって問題が発生するというのではなく、単にウザいだけみたいな)場合は、これは最初に申し上げた通り、改めることができないだろうし、そのつもりもありません。さりとて私が書いて公表するものですから「じゃあ見るな」とは言えない。それは酷い責任放棄だと私は思います。

そもそも、公表する以上は書いたものについてどのように言われても、ある程度それは仕方がない。勿論弁解はするし、完全に放置するつもりはありませんが、児童ポルノ法推進派の皆さんが、見たくもないエロ漫画を必死に我慢して見ておられるように、敵対するからこそ注目して見る、という、そういう接し方だってあるわけで。そのことを「見るな」で済ませるというのは、「俺が気に入らないから書くな」という抑圧なり暴力なりに対して、「俺の気に入る読者じゃないから読むな」という抑圧なり暴力なりを返しているに過ぎません。先にやられたんだからやり返して良いというのは一つの明快で楽な立場ではありますが、私はやはり、乱暴だと思うから。

ただ、ブログやツイッターというのは別に誰かの許可をもらって「書かせて頂いている」ものではありませんから、個人の好みとバッティングする(私は長いものは嫌いだ)だけなら、こちらとしては「長いのが好きなので。じゃああいませんね」で終わるしかない。結局そういうことになってしまうでしょう。その意味では、「気に入らないから書くな」という発言は本当に不毛な、単に相手を不快にさせておわるだけの発言であるということは言えるかも知れません。ただそうであれば逆に、本当に好みだけの問題で「書くな」という人が――つまり相手を不快にさせるだけの目的で発言をする人が――いる可能性も低いと思いますが。

そんなわけでくどくど書いてきましたが、長い読みづらいわかりづらいというご指摘に関しては、一応読ませて頂いています(メールくださった熱心な方もおられるので)ということと、受け止めるつもりはございますがどのような反映になるかは、まだわかりません。ただし即座にスタイルを変更して短い文章を書くということをするつもりもありません、ということで。ほら、今回の話もこんなに長くなったよ!!(吃驚)

ひとえに私の力量が不足しているのが問題なのでしょうし、そんな書き手は速攻見限られる運命かも知れませんが、そうならないように修練を積んで行きたい。気の長い方は、なま暖かく見守って頂ければ嬉しいな♪(爆)

といったところで、本日はこの辺で。明日は書いてきたシリーズの続きを、できればラストとして書きたいなと思っています。

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それでもエロゲーをやめない僕へ2――エロゲーは〈物語〉なのか

◆前記事1 「それでもエロゲーをやめない僕へ1 ――物語の自律性」(5/31)

◆前記事2 「それでもエロゲーをやめない僕へ1.5――自律性にこだわる理由」(6/1)

さて、これまで私は、作品と受け手との固有性が交流する場として物語を考える、という話を続けてきました(ひと言でまとめてしまった)。そのような物語を、以後便宜的にですが、〈物語〉と呼ぶことにします。カッコつきの文字を使うって専門家っぽくてカッコイイですよね!

【審議中】
      _,,..,,,,_   _,,..,,,,_
   _,,..,,,_/ ・ω・ヽ/・ω・ ヽ,..,,,,_
  ./ ・ω_,,..,,,,_  l _,,..,,,,_/ω・ ヽ
 |   /   ・ヽ /・   ヽ    l
  `'ー--l      ll      l---‐´
     `'ー---‐´`'ー---‐´

……話をエロゲーへ繋げるにあたってさしあたりの問題は以下の三つ。

(1) エロゲーというのは〈物語〉なのか。〈物語〉の要素が一部に入っているとしても、本質的に〈物語〉と見て良いのか。
(2) 〈物語〉の形式というのはエロゲーに限られるわけではないはずだ。殊更にエロゲーだけ取りあげるのは何故か。
(3) もし(1)、(2)をクリアーできたとして、ではエロゲーが〈物語〉だというのは、結局どういうことなのか。

今回はそんなにヤヤコシイ話にする予定もありません。ざっくりと参ります。

まず(1)について。これは、〈物語〉で良いじゃん。え、それじゃダメですか?

だって、エロゲーってまあ言ってみれば観念的セックスをしてるわけですよ。想像とか空想で性交するというのは、これはもう、高度観念世界でしょう。もちろん、シナリオ特化の作品だけじゃなくて抜きゲーも含めて。というか、私的には抜きゲーのほうが観念の度合いが高い気がします。

文学基準で「高尚」なのはシナリオゲーかもしれませんけど、よくよく考えてみると、現実で遭遇したら笑っちゃうようなアヘ顔ダブルピースとか、みさくら語(卑語)とか、触手とか、これを観念と呼ばずして何と呼ぶのか。フツーにオナニーのネタにして性欲を満たすだけなら不要に思われるような迂遠なプロセスを膨大に付属させる抜きゲーを、その使用目的が結局の所性欲解消だからといって使い捨てツール扱いするのは、少々なめすぎです。

もちろん結果的に(*´Д`)ハァハァするのが目的で良いんですけど、その為にどれだけ膨大な労力を使ってプロセスを構築しているか。その差を見ないと、エロゲーにも、同じようにオカズになっているエロ本やエロビデオにも失礼というものでしょう。結果だけで言うなら、サラリーマンってのは会社に勤めてお金を貰う人ですが、そんな表面的で薄っぺらい分類がその労働の本質には何の意味もないことくらい、小学生でもわかることです。

〈物語〉というのは単なる肉づけされたシナリオという意味ではなく、独立に構築された観念の世界でした。そして、性的興奮にプロセスを付けようというエロゲー的な想像力というのは、その時点で既に単なる性欲処理ではない。性欲処理の道具であるとしても、そこには介在する〈物語〉があるのだと言えましょう。シナリオゲーの場合はわざわざ説明しなくても〈物語〉であると言って特に文句はでないと思うので、割愛します。

というわけでエロゲーは本質的かつ必然的に〈物語〉であると言えます、ということにして、次へ。(2)についてですが、これはもちろん、〈物語〉というのはエロゲーだけではありません。ラノベもアニメもギャルゲーも、映画も純文学小説も、ことによっては日記や新聞記事、絵画や音楽の類まで、およそあらゆる創造物は〈物語〉たる資格を有している。別段、その中で特にエロゲーがぬきんでているとか優れた表現だとか、そういうことを言うつもりもありません。

ただ、それはエロゲーに限ったことではない。あらゆる作品がフラットなところに並ぶと私は思います。ひと昔前であれば「文学こそが最高」みたいなノリがあったのかもしれませんが、そういうのは無い。そもそも、固有性の領域に触れうるものということなのだから、人に応じて違いがあって当然だろうと思います。映画でピンと来る人もいれば、文学でないとダメという人もいる。同様に、エロゲーという表現媒体をこそ一番だと感じる人がいてもよくて、その間で優劣はつけないしつけられない。そんなものではないか、と。

そして最後、(3)について。それではエロゲーを、他の〈物語〉から区別するものは何か。エロゲーのエロゲーらしさというか、差異の根源は何か、という話。エロゲーというものについて考えるという意味では、ここが恐らくは重要なポイントになってきます。

他との違いでいえば、エロゲーというのは恋愛や性行為の描写を通して観念世界を樹立しようとするものだ、ということになるでしょう。暴力描写で観念を立てようとする作品もあれば、音でやろうとする作品もある。そんな中でエロゲーと呼ばれる作品群は、その名の通りエロによって〈物語〉になろうとする/なりえている作品のことだと言えます。若干循環論法っぽく感じるかも知れませんが、表現の手段がそのまま内容にもなっているので、そんなモノだと思ってください。

これはもちろん、以前「エロゲーにとって、エロとは何か」の記事で述べた、作品側からのエロの分類とは異なっています。〈物語〉が受け手との固有性の交流だと述べたとおり、ここには必然的に受け手が前提される。ですから、今回の議論はさしずめ、エロゲーユーザーにとってのエロゲーとは何か、という話になっていると言っても構いません。

そしてユーザーの側の視点に立てば、暴力や友情や音楽や、そういう色々な表現の中からエロによる〈物語〉を選んだということになります。性行為というのが自分の〈物語〉にマッチしていたのだ、と。そのことがどういう意味を持ちうるのかということは、現状、はっきりしたことは言えません。言えたら、エロゲーのエロというのがユーザーにとっていかに重要かを語ることができるのでしょうが、うまくアイディアが出ない。もしかするとそもそも出し得ない(固有の領域の話だから)のかもしれませんが、それでも何とか突き詰めて考えてみたいとは思っています。難しいこと考えずに万事オーライで良いじゃないか、というのも勿論アリですが。

ともあれ、ユーザーとしては性行為というのがマッチした。そしてこの理屈は、一応作り手には関係のないことです。エロゲーからエロを抜いた作品を世に送り出そうが、エロゲーを作っていたブランドがギャルゲーブランドに方針転換しようが、そちらに別の〈物語〉のあり方を見いだしたというのなら当然の話で、何の問題もない。

けれど、私は〈物語〉が作品とユーザーの固有性の交流の場だと言いました。つまり、エロゲーに〈物語〉を見る私は、とりわけエロという表現を通して、何か自分の 股間  魂に触れる部分を見いだしていた。それを作品の側が簡単に乗り替えることができるというのなら、作品にとってエロというのはその程度のものだったのだな、と思って少し寂しくなるだけです。また同時に、別にエロゲーじゃなくてもいいや、と違う表現にシフトできるユーザーがいることも当然だと思います。そういう人にとっては、エロゲーはそもそも〈物語〉ではなかったか、あるいはエロではない他の所に〈物語〉を見いだしていた(だからエロが無いところにも〈物語〉を見いだしえた)というだけの話でしょう。それは、その人自身の問題であって、私が関知すべきことではありません。

ただ、私自身はエロゲーなりエロなりというのを重要なものとして見ているので、そこに価値を感じないと言うのは構いませんが、必要以上に罵倒されたり、攻撃されるとなると、やはり抵抗したくなります。そして他人から何と言われようと、いまのところは、エロゲーこそが私にとって一番の〈物語〉であるし、しばらくこの確信は揺るがないだろうと思う。結局のところ私は、「それでもエロゲーをやめない」人間なわけです。

お、ようやくタイトルと繋がりました。やれやれ良かった……。書き始めた段階では右往左往してどうなることかとヽ゚~(∀)~゚丿。3つの記事を続けて書いたことでちょっとまとまった内容にはなったかな? 自分の内面と関わることを書こうとしているし、そういうのはどうも苦手なので他の方に興味を持っていただける記事になっている自信はあまりありませんが、自分の中の考えを進めることには一応成功した感があります。え、気のせいだ、って? ですよねー。

そろそろエロゲーの作品についての話もしたいし(いやあカーラさんマジエロいっすね!)、明日もシリーズのタイトルにするかはわかりません。まあもうここまで来たら後は何書いても繋がるでしょう。あまり先のことは考えずにひっそりダラダラと続けていくことにします。

それでは、今日はこの辺で。また明日お会いしましょう。

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エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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