よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

読み書きに関するメモ(1)

ちょっと考えていたことがまとまりつつあるので、メモがてら、文章の読み書きについて思うことなどを書いていきます。誰かに読んでもらうつもりで書くとモチベーションにもなるし、内容もいろいろまとまってきますし。

ただ、別にアルファブロガーでもアルファツイッタラーでもなく、そもそも普段お前何やってるの的な私の話を読みたい人はいないでしょう。ダレないよう、何シリーズか小分けにするつもりです。あと、一番ありそうな飽きた時にさっさとやめられるように。エロゲーの話してるほうが気楽ですしね!

まあそんなわけで、「メモ」(1)です。さらりと読んで( ´,_ゝ`)プッと嘲笑って頂いて良いのですが、これどうなのとか、ここおかしいとか、こういう本あるぜ、とか、もしかご意見があれば教えて頂けるとうれしいです。

▼英語と情報の流れ
基本的に英語は、情報の流れを大切にします。たとえばこちらなどに詳しいでしょうか。これを、「文末焦点原則」、あるいは「旧情報から新情報の原則」などと呼びます。

中学・高校の英文法では第三文型と第四文型は同じだ、と習いますが、本当に同じなら二通りにわけて書く意味がありません。実際には、「何を問題にしているか」が違うのです。ちょっと、比較してみましょう。
I gave a pen to him.(3文型)
I gave him a pen.(4文型)

それぞれ、「私は彼にペンをあげた」ですが、「文末焦点原則」をあてはめると、3文型のほうは「彼に」が、4文型のほうは「ペンを」が重要だ、ということになるでしょう。それぞれの文章に対応する疑問文を考えてやると、よりハッキリします。
To whom did you give a pen?
What did you give him(to him)?

ご覧のように、聞きたい内容がかわっているわけです。だから、答え方もかわる。第三文型と第四文型は、違う内容を語っている、というわけです。

この考え方で、いくつかの「面倒な」文法事項が説明できます。たとえば、「文末にitはつけない」という、中学校で習ったよくわからないルール。具体的には「I gave it to him.」はOKでも、「I gave him it.」とは言わない、というやつ。私の頃はこれ、「英語は口述言語だから、文末のitは音が良くないので避ける」と説明されていました。当時は「ふーん、そんなものか」と思っていたし、あながち完全にウソでもない。けれど、実際には「it」で終わる文なんて腐るほどあるし、それが何故構わないのか、説明してはくれません。仕方なく、「四文型の文末にitは来ない」と覚えていたのですが、「文末焦点原則」に従えば、なぜ「it」が来ないか、はっきりとわかりますね。「it」は文の書き手と読み手の間で既に共通理解があることがらだからです。

「it」という既知の事柄について、改めて問う必要はありません。指示代名詞「it」を強調することはまったく無意味であり、したがって「it」は文末に置かない、というわけです。

同じ考えで、「There is 構文」の謎も解けます。There is 構文を用いるとき、「There is the pen.」のように「the」を用いてはならない、というルールがあります。これも、英文法ではロクに説明されないのですが、実は「文末焦点原則」が裏で糸を引いています。

ご存知のとおり、There is 構文というのは「一文型」です。There というのは実は意味のない語で、There is a pen. と言ったとき、主語は「a pen」、動詞は「is」となります。ここからおわかりかもしれませんが、実はThere is 構文というのは、A pen is.(ペンがある)という存在文を倒置したものなのです。

A pen is. を倒置すると、is a pen. になる。けれどこれでは文に見えない。仕方がないからThere という意味のない語を頭にひっつけて、文に見える体裁を整えた、というわけ。ではなぜ倒置をしたかというと、もうおわかりですね。「文末焦点原則」に従って、a pen を強調するためです。

A pen is.だと、「penが飛んでいるのでも折れているのでもなく、存在している」という「存在」が強調されます。これに対し、「There is a pen.」は、「何かがある。それはハンカチでも携帯でもなく、penだ」という具合に、何があるか分かっていないときに用いられる文なわけです。ところが「the pen」というのなら、話者と聞き手との間で、何があるか既に理解が成立していることになります(the だから)。知ってるなら、わざわざ聞かれることもないし、強調する必要もありませんね。ですから、There is 構文には原則、the が使えないのです。

▼パラグラフ・リーディング
こうした「文末焦点原則」は、1文のみならず、1パラグラフ、また1つの文章全体においても、基本的には適用されます。この英文の性質を利用したのが、「パラグラフ・リーディング」という考え方です。

パラリーは比較的メジャーな読解方法として各所でとりあげられていますし、本もたくさんでていますので専門的な技術としてマスターしたい方はそちらをご覧に(入門書としては、受験参考書などが最適だと思います。たとえば「超パラグラフリーディング」や「英語長文読解の王道 パラグラフリーディングのストラテジー」など)なってください。

もの凄くざっくり説明すると、「論理的な英語の文章に対して、文章全体の第一パラグラフと最終パラグラフの全文を読み、他のパラグラフに関しては第一文と最終文だけ読むことで文章全体の意味を大ざっぱに把握する」というテクニックです(いまさら言うまでもないかも知れませんが、「文」と「文章」は違うタームとして使い分けています)。速読技術として有名になったのは、受験産業、特に東大入試の「パラグラフ整序」と、それを改変する形で2000年のセンター試験以降出題されるようになったパラグラフ系の問題のお陰でしょうか。もちろんそれ以前から存在した技術ですが、今ほど一般化していなかったと思います。少なくとも私が受験生の時はほとんど聞かなかったですね。

さて、日本では「リーディング」の名の通り読解の技術として伝わっています。しかし英米圏ではこれが同時に書きのテクニックである、ということが重要です。どういうことかというと、今述べたような読み方をして、十分に内容が伝わるような文章でなければならない、ということです。つまり、私の記事みたいなのは完全に失格(笑)。パラグラフ・リーディングによって英語の論説文が読めると言うことは、そのように書かれているわけで、日本語の起承転結のようなスタイルとして確立しているということです。

ただ、どうもこの辺の意識が、日本のパラグラフ・リーディングには抜けている。書き手が文章全体を構築したということは、各パラグラフの間に有機的な連関があるはずです。少なくとも、「なぜ筆者がそれぞれのパラグラフを、このような順番で並べたか」ということを考えなければ、文章は完成しません。つまり、読み飛ばしたパラグラフの内容も、第一文と最終文から要約し、文章全体の中でどういう役割を果たしているか(例示なのか、展開なのか、反論の提示なのかetc)を確定し、文章構造を浮かび上がらせることこそ、パラグラフ・リーディングの真骨頂であるはずです。それなのに、受験のパラリーは本当に技術だけになってしまい、ひとつずつのセンテンス、パラグラフを読んで終わり。それぞれの連関について触れることがほとんどありません。これでは宝の持ち腐れというか読めるものも読めるはずがないと言いますか……。

ただ、ここから分かることがひとつ。私も受験産業で仕事をしていたから痛感するのですが、とにかく今の受験生の大半は、文章を「全体として」読むというのが苦手なんですね。ひとつひとつのパートをきちんと理解することができても、それが前の部分とどう絡まるのか、あるいは絡まっていないのか。明らかにそれと分かる部分は掴むことができても、少し隠れているとそれが分からなくなる。

これは論説の話ですが、小説などのほうが如実に「全体像の掴みそこね」はハッキリあらわれるでしょうか。登場人物が漏らした最初のほうの一言や、何気なく書かれている家族構成などが後半の帰結にどう絡んでくるのかということが、全然掴めない。それぞれの場面の、ひとつずつの言葉の意味などはきちんと把握できているのですが、大きな繋がりに目がいかず、狭い範囲でしか内容を理解しない。そういうパターンが非常に多いように思います。

少しパラリー本筋の話から外れましたが、ともあれそのような事情もあって、「全体として有機的なまとまりをもった文章」というのは、実はいまひとつ理解されなかったりします。今は特に、私立大学はおろか国公立大学ですら、理系にいく場合「国語」の受験が必要ない、ということが多い(最難関と言われる医学部ですら、二次試験で国語を課している大学ほとんどありません)。つまり日本で高等教育を受けている学生ですら、ろくすっぽ文章読解の訓練を受けていない、なんて笑えない状況でもあるわけです。

もちろん、かくいう私も十分にそれができているとは言い難い状況なのですが、積極的に文章を書きたい、読みたい、と思っている人というのは意外と少なく、多くの「一般読者」はパーツを精密に読めても、全体まではあまり気にしない。そういう意識というのは少し、持っておいても良いのかなと思います。

▼分かりやすい文章を書くために
ここでようやく「書く」時の話になるのですが、「一般読者」に対する場合、書き手の心得としてはたとえば以下のようなものが挙げられるかと思います。
(1) 前文や後文を参照しなくても意味が分かりやすい文を書く。
(2) テーマが簡単に分かるように書く。
(3) 最初か最後に、文章全体の論理の流れを可視化して示す。
(4) 指示内容が出てきたら、いちいち具体的に指摘する。

やっちゃいがちなのが、「これ」「それ」「あれ」のような指示語を連発して、「まあわかるだろ」的な感じでどんどん進めるパターン。だいたい誤解されます。指示語連発はそもそも、読み手の意識と関係なくやめた方が良いといわれますけれどね。

ともあれ、書くときは「読み手」をある程度想定したほうが良い、と言われますが、それが具体的にどういうことなのか、「文章全体の関連」という切り口から追い掛けてみました。ここで述べたのはあくまでひとつの見方で、もっと色々な切り方はあると思いますが、わかりやすさ、つたわりやすさを追求するなら、ちょっと意識してもいいのかな、と思います。

もっとも読む側としては、書き手のそういう親切に頼ってばかりもいられないわけで、面白い話、ためになる話を読もうと思ったらリテラシーを身につけていく必要がある。その時には、文章を関連性の中で見るという意識を持つ。パラリーなんかで練習してみるのも良いかもしれません。

そういう意識は無くても、英語論文などを読む際には割と役に立つスキルですから、これから大学、大学院へ進もうという人、ビジネスシーンで英語を良く読む人などは、身につけると便利だとは思います。

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紹介:エルフの女騎士「くっ・・・人間どもに捕まってしまった・・・」

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元スレ
エルフの女騎士「くっ・・・人間どもに捕まってしまった・・・」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1328040611/
※画像はイメージです。

転載的なものはどうかと思いつつ、あまりに良かったのでご紹介。原文から文字の変更などは加えておりませんが、一部強調や色の変更などをつけて編集しています。創作部分以外のレスも面白かったです。興味があるかたは、既に各種まとめ系サイトさんなどで紹介されています。とはいえそれもやはり抜粋ですので、是非に元スレをご覧になってください。ここでは逆にレス類を削って、ストーリーだけを引っ張り出しました。

1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/01(水) 05:10:11.78 ID:gjJ6KJiJ0
エルフの女騎士「好きにしろ!」

兵士「条約があるのであなたに危害は加えません」

エルフの女騎士「そんな決まりごとをお前らが守るとは思えんな・・・くそっ・・・私は人間ごときに・・・」

兵士「いえ、条約は厳守致しますから安心してください」

エルフの女騎士「私の体を自由にしても心までは自由にできんぞ!」

兵士「食事は口に合いましたか?エルフの料理を真似してみたのですが」

エルフの女騎士「貴様!まさかあの食事に薬を・・・どおりで体が火照ってくるわけだ・・・卑怯者め!」

兵士(誰だよこいつ捕まえてきた奴は・・・)


16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/01(水) 05:18:43.80 ID:gjJ6KJiJ0
エルフの女騎士「くっ・・・鎖が腕に食い込む・・・」

兵士「きついですか?付け直しましょうか」

ガチャッ

エルフの女騎士「やはり本性を現したな人間め!そんな事言って私に近づいて体をもてあそぶつもりだろ!」

兵士「いえ、ですから条約がありますので・・・」

エルフの女騎士「それに先ほどの食事に含ませた薬のせいで私の体が・・・んっ・・・もうダメだ・・・」

兵士「薬なんて入ってませんよ」

エルフの女騎士「そんな戯言を誰が信じるか、私の体の火照りが何よりの証拠・・・」

兵士「体調が悪いから手錠は外しましょう」

カチャリッ

エルフの女騎士「くくくやはりな、薬のせいで私の体が自由に動かないとわかっているから手錠を外したな、それに私の体をもて遊ぶのには邪魔だだからな」

兵士「おーい、次の当番早めに代わってくれ!」



22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/01(水) 05:25:43.96 ID:gjJ6KJiJ0
エルフの女騎士「はぁ・・・かっ体が・・・」

兵士「ならベッドに横になってください」

エルフの女騎士「ベッドがあるのか?」

兵士「はい、ここは騎士用の牢獄ですからベッドがあるんですよ」

エルフの女騎士「やはりな、最初から私の体をもてあそぶために前もってベッドを用意していたのだな・・・」

兵士「いえ、ですから騎士用の牢獄ですから」

エルフの女騎士「黙れ!薬の左様で抵抗できない私をベッドで犯すつもりだろ!」

兵士「先ほども言いましたが薬は入ってませんって」

エルフの女騎士「人間ごときに・・・くっ・・・」スタスタ

兵士「あっベッドまで自分で歩けるんですね」


26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/01(水) 05:36:23.55 ID:gjJ6KJiJ0
エルフの女騎士「かっ体が動かん!」

兵士「おはようございます」

エルフの女騎士「貴様、私に何をした!目が覚めると体がうごかんぞ!」

兵士「今日はお互いに喜ばしい報告があります。あなたの国が身代金を払ったのであなたは釈放されます」

エルフの女騎士「え・・・」

兵士「鎧やお持ちしていた道具や馬はお返ししますが、剣や槍などは国境まではお預かりしますがよろしいですね?」

エルフの女騎士「あ・・・ああ」

兵士「鎧はお持ちしましたが、身に着ける手伝いは必要ですか?」

エルフの女騎士「いやいい・・・エルフの鎧は1人できれるんだ・・・」

兵士「おや、体が何かされてたのでは?」

エルフの女騎士「もうそれはいいんだ・・・」

兵士「それでは後ほどお迎えにあがりますので」

エルフ「ああ・・・」



というわけで第一部完。この後のレスが、
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2012/02/01(水) 05:37:29.03 ID:g9OUfeUu0
パンツが戻ってきた

30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2012/02/01(水) 05:38:18.32 ID:ibcJUlmDO
おいィ?お前ら最後の一行聞こえたか?

35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2012/02/01(水) 05:43:00.29 ID:Krj9Y1mN0
>>30
俺のログには何も無いな

などとブロントさん的な盛り上がりをみせ、有志の方が引き継いでリレー形式で物語が創られていきます。エルフの声には脳内で好きな声優さんをあてると吉。エロゲ脳のOYOYO的にはサトウユキさんかなと思っていたのですが、後半の展開から考えてちょっと違う感じ。

以下は長くなるので、さすがにこのまま続けるのは止めておきます。興味のある方は、左下にある「続きを読む」からご覧ください。直接記事に飛んだ方は、そのまま続きが表示されます。


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書評:『風の白猿神―神々の砂漠』

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滝川羊『風の白猿神―神々の砂漠』
(1995年 富士見ファンタジア文庫 イラスト:いのまたむつみ)

▼イントロ
再び、古いファンタジー小説です。ジャンルとしてはSFに分類されていますが、ファンタジーとSFの中間くらいでしょうか。先日紹介した『カイルロッド』がメジャーな中でもマイナーな部類だとすれば、こちらはおそらく、マイナーな中でメジャーなタイトル、という感じ。滝川羊『風のハヌマーン』です。白猿神と書いて、ハヌマーンと読みます。今だと「厨二」と言われるかも知れませんが、当時はカッコイイ! と憧れたもの。イラストのいのまたむつみ氏もまた、凄く良い絵を描いておられます。

第六回ファンタジア長編小説大賞受賞作なのですが、どうもこの作品の受賞に対して、物言いがついたそうです。

実はこの物語、きちんと完結しておりません。一応「オチ」はついているものの、いろいろと消化不良の部分が残る。もちろん、それを含めての見事なヒキなのですが、「読み切り一本勝負」の原則に沿わない、「完結していない作品に大賞を与えていいものか?」という問題が起きた。それは、この作品を読めば、なるほどと思うはずです。

読者からすれば、面白ければ何でも良い。それはそうでしょう。けれど、選考委員からすればそうはいかない。なぜなら、募集してきた他の作品に対する公平性が問題になるからです。そのことを巡って議論をした当時のファンタジア文庫編集部は、非常に良心的で立派だと(今がそうでないという意味はまったくありません)思います。そして、最終的にこの作品に大賞を与えた英断は、もっと素晴らしいと思います。

この作品以降、第14回の『12月のベロニカ』まで8年間、ファンタジアの大賞を受賞した作品は無かったというのですから、編集部が決して生半可な気持ちで(ありていに言えば、セールス目的で)選んだのではない、ということはおわかり頂けるはず。

巻末に掲載されている、火浦功氏の紹介文の冒頭を引用しておきましょう。
ページをめくらせる力。
続きを知りたいと渇望させる力。
小説の戦闘力とは、つまり、そういうことだ。
断言しよう。
この『神々の砂漠』こそは、まさに、そういった意味での、正しい戦闘力に、満ちあふれた作品である!

言葉の一つ一つ、読点の一つ一つに、もの凄い力強さを感じる解説文。これだけで、この小説がどれだけ面白いのか、具体的には全く解りませんが、気持ちがひしひしと伝わってきます。私は、火浦氏のこの文章を読んで、購入を決意しました。そして、とても幸せな出会いを果たすことができました。

作者の滝川氏は学校の国語の先生で、本作が完全な処女作だったということですが、そうとは思えない構成と、しっかりした文章で、私たちを物語へひきずりこんでくれる。結局、この後続刊が発売されることは、諸々の事情により無かったのですが(本当に残念です)、90年代ファンタジー小説の傑作のひとつだと思います。

▼あらすじ
人類と〈機械知性〉とが死闘をくりひろげた〈聖戦〉から百年。壊滅した東京シティの数少ない生き残りである少年・古城宴(こじょう・えん)は「大槻キャラバン」の一員として、戦闘空母・箱船の搭乗員となっていた。メカニック見習いとして活動する宴は、ある日仲間と行っていた発掘作業で、「神格匡体」を掘り当てる。人間の想像力を現実化し、神話の神々を顕現させる究極の兵器・「神格匡体」。それを掘り出した興奮さめやらぬうちに、宴は更に驚くべき発見をする。なんと、その匡体の中には、記憶を失った少女・シータが眠っていたのだった。宴は、少女を助けるため匡体を操る。すると匡体は、美しい白猿神(ハヌマーン)のシルエットを形作り、驚くべき力で敵を打ち倒したのだった。この匡体は何なのか。そして「発掘」された少女は何者なのか。二つの謎との出会いが、宴と大槻キャラバンを、大きな戦いの渦の中へ巻き込もうとしていた。

▼紹介
「シータ」という名前から察しが付く人もおられるでしょうか。滝川氏本人が「ガンダム」と「ラピュタ」を基本路線とした、と言っておられる通り、巨大ロボを操る主人公が、地中から発掘した少女を守りながら、彼女と彼女の秘密をつけねらう謎の組織と戦う話。ただし、ムスカ大佐役はもうちょっと物わかりが良くて、しかも美人のおねーちゃん・焔光院香澄さんです。

この作品、とにかく「謎」が多いのですが、その出し方がまた巧い。次から次へと謎が積み重なっていくにもかかわらず、全然混乱することなく読めるし、その謎同士が繋がっているにおいがプンプンして、進めば進むほどに興味がわいてきます。

そして、宴が操る美しい匡体、ハヌマーン。宴をヒーローたらしめている切り札なわけですが、どうもコイツが一筋縄ではいかない。何か重大な秘密がある様子。しかも、シータとセットになって、宴に禍をもたらすのではないか――そういう暗い雰囲気が漂っています。

作品自体が未完成で、それらが一体何だったのか、明かされることはついに無かったわけですが、そのことを補ってあまりある――あるいはその未消化の部分をも魅力にしてしまうほどの――迫ってくるような勢いを感じます。

文章が洗練されているかといわれれば、そんなことは無い。構成だって、先ほどは褒めたのに何だと思われそうですが、一流のプロと比べれば、そりゃあ粗が目立ちます。

けれど、この作品にはそういう技術的なことを超えた、何か熱い魂のようなものがある。少なくとも当時これを読んでいた多くの読者は、それを感じることができたのだと思います。

素敵な作品と出会ったとき、ワケもなく興奮して、あたりを歩き回ったり、叫びたくなったり、いてもたってもいられなくて、何だか身体を動かしたりものを握りしめたりしてしまう。そんな経験が、誰しも一度や二度はあるのではないでしょうか。滝川氏自身は、そういった経験を次のように述べておられました。
良質のお話を読んでいると、ときどき震えが来ることがあります。肋骨の内側から背中を通って脳髄のあたりまで、つめたいもんがピーンと疾るんですな。症状が凄いときには両腕にまで感染します。すっげえやあ、という感動の震えと、十年経っても追いつけないやあ、という悔しさの震えが背筋を何度も往復します。で、ベッドの中で一晩中、身悶えすることになるんですな。バカだから

このような感情に、理屈をつけようと思えばたぶん、つけることができるのでしょう。面白さはここにあるのだ、と鮮やかに分析してみせることができれば、多くの人にこの本の魅力が伝わるのでしょう。けれど、残念ながら私はそのような分析をする力も無いし、また滝川氏のように悔し涙を流しながら、何かを創作しようという意気込みを持つこともできない人間です。

ただ震えが来たところで喜んで止まってしまう私としては、だから、こうして拙いながらも「面白かったと思った」ことを書きつらねるしかない。それが私にできる表現であり、この作品に対する感想の、ひとつの形です。

もし興味を持たれた方がおられたら、是非何かの機会に読んでみて欲しい。もしかすると全然面白くないかもしれないけれど、ラノベ一冊ですから、コストは1000円ほどのお金と、2、3時間程度。うまくいけばそれで、もの凄く魅力的な物語の世界と出会うことができるかも知れません。

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アニメ:『黒獣 ~気高き聖女は白濁に染まる~ オリガ×クロエ 黒の城、崩落編』

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『黒獣 ~気高き聖女は白濁に染まる~ オリガ×クロエ 黒の城、崩落編』
レーベル:魔人
紹介ページ:こちら
原作:Liquid 『黒獣 ~気高き聖女は白濁に染まる~』

昨日購入したエロアニメ、『黒獣』が割と面白かったのでちょっとだけ紹介を。

登場人物、今回は魔軍を統べるダークエルフの女王オリガと、その側近の女騎士・クロエ。原作通り魔軍に対して人間が「七盾同盟」を結成し、主人公の傭兵団長ヴォルトがその前衛を務めるという展開。物語は、ヴォルトがオリガの居城を陥落させ、凌辱の限りを尽くすところからスタート。

魔人というレーベル、私は聞いたことが無かったのですが、パッケ絵が余りに良かったので衝動買いです。帰ってから検索してみると、げっちゅ屋さんやDMMさんの紹介には、こう書いてありました。
年間30本近くのハイクオリティー激エロアニメを世に放ってきたあの『株式会社エイ・ワン・シー』が、満を持して新レーベルを発足!その名も『魔人』!!

ほー、『淫妖蟲』とかをアニメ化してたところですよね、確か。普段エロアニメを買わないのであんまり知識が無いのです。最近は特にご無沙汰でしたし。ぶっちゃけ好きな作品を挙げろと言われると、『ロマンスは剣の輝き2』、『WORDS WORTH』、『魔法少女アイ』くらいしか思いつきません。あ、『残酷な魔法の天使シオン』も良かったかな……。まあ、片手で数えられる程度しか好きな作品が思いつかないくらいの素人。

そのせいで、演出とか手法とかにはとんと疎いのですが、本作はなかなか良くできてるなと思いました。まず、大事なことですが絵が綺麗。かなりクオリティ高いと思います。絵柄も好みだし。キャラデザのk.z.k.i.さんは良い仕事されますね。パッケ詐欺とかの作品も多いですが、本作についてはパッケより動いてる絵のほうが魅力的に感じました。

あと、これは好みにもよりますが、結構ストーリーテリングに力を入れています。一応、原作知らなくても何が起こったか解るように物語をちゃんと挟んでいる。問題は、それがエロシーンの合間というかエロいことしながらバックグラウンドでナレーション流したりしていたので、エロアニメとしてはどうなのよ? という気がしますが、作品としての完成度みたいなところには結構気をつかっているのが伝わってきました。

延々同じシーンをくり返して丈を稼ぐようなことはせず、視点をこまめに入れ替えたり、カットインで工夫をしていたのも個人的には良かったですね。とくにクロエがガンガンやられている間、牢にいるオリガの脳にその映像が流されているシーンなどは、キャラの入れ替えを自然に繋ぎつつ、お互いの立場と心理を描く、地味ながらも巧い演出だったと思います。

ただ、何というかどぎもを抜かれたのが、射精シーン。クロエがオークに犯られまくった後、オークどもが白濁液をぶっ放すのですが、この場面で、精液が爆発しました

  |l、{   j} /,,ィ//|     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ     | あ…ありのまま 今起こった事を話すぜ
  |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |     < 「精液が爆発した」
  fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人.    | 何を言ってるのかわからねーと思うが
 ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ   | おれも何があったかわからなかった
  ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉.   | 頭がどうにかなりそうだった…
   ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ. │ 恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
  /:::丶'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ \____________________

なんか、汁気が多いとか、そういうレベルじゃなかったです。爆発しました。ボンって。

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爆発シーン。生クリームみたい。アップシーンでよく見ると、ちゃんと鼻からも出ています。

オーク種族ならではの演出かとも思ったのですが、後半、オリガさんがヴォルトにやられる場面でも、同じように爆発しました。むしろこっちのほうが大爆発(ビッグバン)。スタッフロールで確認をしたところ、演出は白濁王子さんだったようで、なるほど、芸術は爆発ならぬ、白濁は爆発だというわけかと妙に納得してしまいました。

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超新星爆発をカメラに収めた映像。周辺に少し汁が飛び散っています。

果たしてマジ演出なのか、それとも大笑いするシーンだったのか、いまだに判断がつかないのですが、基本的にダークな話で映像も綺麗なのに、これは予想外。なんかエロさとかいろんなものが一気に吹き飛んで、とにかく笑っているうちに、第一話は終了。

真面目にHシーンについて触れると、クロエが無茶苦茶にされるというのは結構丁寧に描かれているんですが、いかんせんシーンがほぼ1シーン(長いけど)なので、やや単調。ヴォルトとの交わりも無いし、凌辱が終わるとあっという間に堕ちて淫乱になっていたのもどうかと思います。

オリガのほうも、クロエとの精神的・肉体的な絡みがほとんど無く、原作ではかなりの抵抗をみせた「子宮の封印」が、ヴォルトの側近・キーンの魔術であっさりと攻略されたのは残念。第一話ということで展開にこだわるなら、スピードを遅くしてもいいからもう少し精神的な描写に力をいれてほしかったし、その辺をすっ飛ばして映像的なエロさを求めるなら、もっとシチュエーションを増やしてほしかったと思います。なんかどちらも中途半端で、結局精液がぼーんといくシーンが一番目立ったという(笑)。

ただ、全体としての質は悪くなかったし(個人的にはちょっとクロエの普段の台詞がいまいちだったんですが、エロシーンは上手でした)、次回以降も期待したいですね。Liquidさんの作品の中では、『魔将の贄』シリーズをアニメ化してほしいなと思いますが、こちらも見どころが多そうです。

魔人ブランドさんは、『euphoria』のアニメ化もしておられるようで、そちらもちょっと興味が出てきました。そういえば、原作版だとオリガの声は葵時緒さん。『黒獣』、『euphoria』ともに、ライターのお一人が和泉万夜さんということもあり、このまま行けば接点が多い『無限煉姦』のアニメ化もあったりするのかなーと、ひそかに期待しています。

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書評:『〈卵王子〉カイルロッドの苦難』

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冴木忍『〈卵王子〉カイルロッドの苦難』シリーズ
(1992年~ 富士見ファンタジア文庫 全9巻 イラスト:田中久仁彦)

▼イントロ
私は最古参ではないにしろ、そこそこ古い時代からライトノベルを読んでいる世代だと思います。『ロードス島戦記』の流行がありましたし、中学・高校くらいの時に『スレイヤーズ』や『魔術師オーフェン』が爆発的に流行って、ラノベブーム(そういう名前はありませんでしたが)がおきました。

ファンタジーに憧れる青少年の大きな受け皿となっていたのが、富士見ファンタジア文庫。角川スニーカー文庫と勢力を二分する業界の雄。スニーカーにくらべて分厚い本が多く、コアユーザー向けのファンタジーをたくさん出していました。今ではファンタジー自体が敬遠され気味となり(実際、学園恋愛ものなどに比べて極端に売り上げが低いそうです。いまの「ラノベ」の傾向を見ると、確かにファンタジーは少ないし打ち切り率も高いですね)、レーベル自体がすっかり微妙なポジションというか、新人賞の賞金が高いだけみたいなイメージになってしまいましたが、当時は素晴らしい作品が次々と刊行され、私たちは楽しみに本屋に通ったものでした。

そんなファンタジーの全盛期、一部の熱狂的なファンがついた作家さんがいます。それが、今回紹介する『カイルロッド』シリーズの作者である冴木忍さん。「スレイヤーズ」や「オーフェン」をはじめ、当時人気のあった作家さんにはたとえば、あかほりさとるさんなどもいらっしゃいました。基本的に明るく楽しく主人公が活躍するタイプの作品が流行る中、冴木さんは「不幸な主人公」が毎度出てくるという、時代に逆行した作品を書いておられました。

それゆえ、時代の主流にはなりきれなかった感があるのですが、明るいファンタジーに満足しきれなかった層が強く惹かれることが多かったのでしょう。とにかく根強いファンを獲得して行きます。長期連載となった『風の歌、星の道』、後半竹井正樹氏によるイラストで注目を集めた『メルヴィ&カシム』など数多くの名作があるのですが、何と言っても有名なのは『カイルロッドの苦難』シリーズでしょう。田中久仁彦さんのすばらしいイラストも手伝って、当時の作品群では屈指の人気を誇った、本格ファンタジー。

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田中氏のイラスト。綺麗です。

オーフェンも、スレイヤーズも読んだ。でも、好きなのはカイルロッド――。そんな声も決して少なくはなく、私の周囲では爆発的な感染力を発揮して学年の垣根を越え、中学全体に及ぶ一大ブームを巻き起こしました。私自身も、読んで20年近くを経てなお、一番好きなファンタジー小説といえば、迷うことなくこの作品を挙げます。

それは思い出補正かもしれない。また、今主流の「ラノベ」を好む人からすれば、求めているものが違いすぎて物足りなく思うかもしれません。ただ、私は今のラノベも楽しくて、「はがない」や「俺妹」を読んでブヒブヒ言ってるシアワセな人間ですが、それでも『カイルロッド』は読み返すたびにいいなぁと思えます。今回は、そんな『カイルロッド』の紹介です。

▼あらすじ
カイルロッドは、城塞都市ルナンの王子。母親から卵で生まれたと言われる彼は、〈卵王子〉と呼ばれていた。母は出産時のショックで死亡。しかし、父王サイードと、周囲の人びとの愛情に包まれ、カイルロッドは心優しい青年に育っていった。そんな彼の悩みは、生まれ故に「嫁が来ない」こと。いい年になったのにいまだに結婚相手が決まらない。その日も、婚約者に逃げられたカイルロッドは酔いつぶれるまで酒を飲んでいた。ところが翌朝目覚めると、父も含めたルナンの人びとが石となっていたのだった。恐らくは、魔道士ムルトの仕業であると推測したカイルロッドは、たまたま石になっていなかった酒場の少女・ミランシャと共に、ルナンを救うため旅に出るのだった。

▼紹介
さて、ベタベタのギャグファンタジーのような始まりですが、段々とシリアスモードに入り、三巻で一度炸裂します。ギャグ話のつもりで読んでいた多くの読者は、度肝を抜かれるはめに。詳しくは触れませんが、本作の山場は三巻、六巻、九巻にそれぞれ訪れるので、読み始めたらとりあえず三巻まで、できれば六巻までは読んでみて欲しいところ。担当編集者の心をもボッキリ折ったという、美しくも悲しい物語が待っておりますぞ。

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最初の山場を向かえる三巻。カイルロッドの腕にだかれた幼女パメラは、私の最大のお気に入りキャラです。

本作には何人か、カイルロッドたちと対立する「敵」が出てきます。ただ、彼らは単純には「悪」ではない。この辺は、当時流行っていた「悪には悪の論理がある」、「正義の反対は別の正義」みたいな善悪相対化の影響を色濃く受けているようにも見えます。ただ、そんな時代背景的なものを解釈したって作品の魅力とは何の関係もないわけで、問題はその相対化が、作品の中でどういう役割を果たしているか、というところにあります。

では、その役割とは何か。あるいは、「敵」たちがそのように描かれていることの意味は、何か。それは恐らく、人間のどうしようもなさがそこに表れている、ということではないかと思います。この「どうしようもなさ」というのは、とても広い意味で。

この作品の基調となるモチーフは、人間の悲しみです。もう少し違う言い方をすれば、「人間とは悲しい存在である」ということを描こうとしている。人間には、理屈ではわかっていても抑えられない想いが溢れるときがあります。エロゲーだと主に「恋愛」が典型ですが、人が抱くのはそういう美しい感情ばかりではない。嫉妬や憎しみや絶望も、どうしようもない感情として人が引き受けなければならないものです。この作品は、そちら側をクローズアップしていく。

1992年という時代柄もあって、本作には割とポピュラーな小説の手法がとられています。いわゆる、主人公と読者を一体化させ、物語に感情移入させ、興奮と満足を与えるという手法。いまのライトノベルは、西尾維新さんなどを筆頭に、メタ的というか作品と読者との距離を敢えてつくってその距離感で演出する作品が増えたので、もしかすると今の読者層にはちょっとあわないかもしれませんね。

ともあれそんなわけですから、作中人物にとって許し難いことというのが、読者にとっても許し難いことと一致していくような作品なわけです。ということは裏返せば、読者が本気でショックをうけたり怒ったりするようなことが描かれなければ、作品としての説得力が欠ける。そして本作は、かなりの程度そのあたりをやってのけます。だから、「敵」に対してかなり激しい感情を抱くことになります。

そんな「敵」の中には、完全にダークサイドに堕ちて同情の余地など一切感じられない奴もいれば、人間らしい心を失っておらず共感せずにはいられないような人物もいます。けれど、彼らの行為が納得できるかできないかは、この際問題ではありません。肝心なのは、その辺に転がっている作品のように、中途半端な偽善が入り込む余地が本作には無いということ。

「敵」たちはとても些細なことをきっかけに、けれど決して他には選べなかったであろう選択肢をたどりながら、必然の結果として「敵」になってしまっています。人が生まれる時代や場所を選べないように、彼らはたまたまそう在るしかなかったのです。それが、ひどく醜くい在り方であったとしても。だからこそ、私たち読者は激しい感情のやり場を、ある意味で失ってしまう。怒りを向ける対象は、「敵」自体ではなく、「敵」をそのようにした運命に向けるしかないのですが、でもそれは余りにも不毛な怒りです。そしてその不毛さこそ、人間の抱える根源的な「悲しみ」であり、本作が描いているものだと思われるのです。

だからこそ、なのでしょう。この物語は最初から一貫して問い続けるのです。そうした「醜さ」から離れた王子――〈卵〉から生まれたといわれるカイルロッドは、果たして人間なのか、と。そして終盤の怒濤の展開の中で「悲しい」人間がどうやって生きていけば良いのか、あるいは本当に人間はただ「悲しい」だけの存在なのか、と改めて問い直していきます。

これは、冴木さんが意図したものかどうかは解りませんが、少なくとも私には、そんな風にしか読めませんでした。六巻で訪れる本作最大の山場の後、カイルロッドを奮い起こし、「敵」へと立ち向かわせたものが何だったか。それが、悲しいだけの人間に残された、最後の、けれど最も強い力です。悲しみと苦しみと絶望の果てに、それでも残った希望を手に立ち上がる。それが、今の私なりのこの作品に対する解釈です。

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今更ですが、タイトルも良いなと思います。物語を想像したくなるタイトルですね。

最後に時代考証的なことを少しだけ。Amazonのレビューに、「まだ豊かさが当たり前な時代、「悲劇を買ってでも読みたかった」頃のライトノベル」という評がありましたが、さすがにこれは(書かれた方がまさかうちのブログなぞ読まれないと信じてちょっと強気で言いますが)色々ハズしすぎているでしょう。

92年といえば、バブル崩壊が既に実感されはじめていた時期。データ的にバブルが崩壊したと言われる89年には、岩波新書からかの有名な『豊かさとは何か』という本が発売されていました。ですから事実としては、「悲劇を買ってでも読みたかった」のとむしろ逆で、豊かさが当たり前でなくなりつつあり、経済成長や贅沢といった単純な指標でものごとを量ることに懐疑的な時代が始まっていたのだと思います。先ほど述べた、「悪には悪なりの理屈」という話が勢いよく増えだしたのも、(いい加減な推測ですが)このくらいの頃からだったのかな、とか。

価値の揺らぎをうけて、一方では勇者や英雄のように、強い価値観をそのまますんなりと表現できる造形がもてはやされました。ただ『カイルロッド』はその路線にはのらず、価値の崩壊を受けいれたうえでどう進むか、ということに向き合う方向に向かった。それが時代のある雰囲気を共有していた層に、ぴったりと当てはまったのではないでしょうか。ここに描かれている人間の「悲劇」は、上から見て楽しめるものではなくて、その「どうしようもなさ」にどこかで共感できなければ受け容れられない類のものに思われるからです。

最後まで書き上げてはみたものの、ネタバレないままではなかなか踏み込んだ話ができませんでした(笑)。文章も乱れ気味で反省しきり。

しかし、この作品については、絶対ネタバレを見たら後悔します。読もうかと考えている方は、何が何でもネタバレだけは回避推奨。古典的名作のようになってしまいましたが、個人的には今でも通じると思っているので、未読の方は是非一度、試してみて欲しいなあと思います。それで実際どうだったかとか、聞かせて頂けると更にありがたい。もし微妙なようならさっさとやめないと、若い人に「カイルロッド良いよ」って勧めるウザい勘違いオッサンになってしまいますゆえ。

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《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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