よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

善き質問者でありたい

議論を見聞きしたり、論文を読んだりしていると、話の広げ方が上手い人というか、議論の展開の仕方が上手い人というのがいます。そういう人は、たいていの場合、「質問上手」だというのが私の(経験に基づく)持論です。

なんというか、相手の意見に対して「あ、そこ訊くとすごく見通しが良くなるよね」とか、「おお、そこは確かに矛盾してるからどっちなんだろうな」みたいな、「急所」を綺麗にとりだしてピンポイントで突くことのできる人。別の言い方をすれば、「相手の言わんとすることをきちんと整理・理解したうえで的確な意見の言える人」です。

高校で習う小論文ではリード文がついていて、「筆者の述べていることを200字程度で述べてから自分の意見を書きなさい」なんて出題形式がとられますが、この「要約」能力というのが「質問上手」に繋がるちからだと言えるでしょう。

ぶっちゃけ、相手の意見に対してそれとは違う自分の考え方を主張したり、疑問を提出したり、論理の欠陥をついたり……というのはちょっとした訓練で比較的誰でもできるようになります。そして、いまの日本には(マスコミを筆頭に)そういう言説が溢れかえっている。それはそれで必要なことだとは思うけれど、おおむね噛み合わない話をして終わることが多い。理由は簡単で、その「反応」が、もともとの発言者の言いたいことではなく、その言いたいことをダシにして自分の言いたいことを言っているだけだからです。自分自身の反省も込めて。

私の憧れる「質問上手」な人というのは、自分の問題意識ははっきり持ちながらも、それを第一に振りかざそうとはせず、まず相手の意見をきちんと理解しようとする。だから、「この人はこういうことを言いたいのだろう」という推測をします。かつその推測も、不当に低い見積りをしない。

よく、「どうせこんなことしか言ってないんだろ」と相手を軽く見るところからスタートする人がいますが、それだと議論は発展しません。そうではなくて、「この人はこういう意味のあることを言おうとしているのではないか」とか、「この人の言いたいことを拾うと、こういう話ができるんじゃないか」という具合に、可能性を大きく採る。そうすることで、議論は生産的なものになります。

もちろんこれは、どんな意見にもイエスマンであれ、というわけではありません。そうではなくて、たとい批判をする場合であっても、「相手がしょぼいことしか言ってない」と想定すれば、ショボい批判しか出てこないよねという話です。

たとえば、「AだからBになってCだ」という論を展開している相手に対して、「いや、俺はDだ」だとか、「Cなんて意味無いよ」と言ってみても水掛け論にしかなりません。自分の思考としても、新しい着想は出てこない。

話を広げるのが上手な人は、「Cだと言っているけれど、『AだからB』という発言の帰結はふつうEになるんじゃないか」とか、「Cということを言いたいなら、『AだからB』よりは『AだからF』のほうが適当なことを言えるのではないか」のように、批判しながらも(論理のおかしなところを指摘しながらも)内部のロジックをきちんと交通整理して、論者が「言いたいこと」が何であるかをはっきりさせようとする。

あるいは、「Cという結論を言うけれど、この結論は実はXやYやZのようなとんでもない結論とも結びついてしまうから、それをクリアーしないと賛成しづらい」のように、結論そのものが持っている問題点を指摘します。裏返せば、そこをクリアーすれば結論がいっそう魅力的になる、というポイントを示してくれているわけです。決して、たんに「自分の意見と違うから面白く無い」のようなことは言わない。それを言ってしまったら、ものすごく話が膨らませ辛いからです。そういう返し方をされて、話題を拾える人はなかなかいない。いや、中には時々、どんなボールでも拾いまくるスーパーリベロみたいな人もいますけど、それを期待するよりは自分で意見を表明する仕方を考えたほうが早いでしょう。

もちろんこういう意見表明が「善い」局面というのは限られたものではあります。とはいえ私はなんだかんだで言説に携わっている人間として、「善き質問者」でありたい。ひいては、相手の言っていることをきちんと整理できる人間でありたいなぁと思います。理解が間違っていたとしても、理解しようという努力は怠らないというか。まあ、なかなか難しいことではあるんですが。

こういうことを、直観的にスパっとやれちゃう人に憧れるんですよねー。

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さらばNTR

ちょっと前にネタが話題になった、「新宿ショールーム」。「寝心地体感ルーム開設!」と銘打って、当初は以下のような文言がならんでいました。

寝心地体感ルーム「NTR」開設! 新宿ショールームでは、寝心地体感ルーム「NTR」を開設しました。 快適な眠りをサポートする寝具から、色・音・香りなどをテーマにした寝室作りの提案までお客様の快眠をプロデュース致します。 NTRでは3つのルームシーンをご用意し、お部屋のテーマごとに快眠の効果を体感していただけます。

さまざまなNTRが楽しめるとかヤバいです。アトリエさくらさんも真っ青。それを都心も都心、新宿で三次元相手にやろうというのだから、これはもうエロゲー界に対する宣戦布告。Mielさんあたりも巻き込んで、すわ戦争かと身構えたのですが……。今みたらこうなってました。

新宿ショールームでは、寝心地体感ルームを開設しました。
快適な眠りをサポートする寝具から、色・音・香りなどをテーマにした寝室作りの提案までお客様の快眠をプロデュース致します。 寝心地体感ルームでは3つのルームシーンをご用意し、お部屋のテーマごとに快眠の効果を体感していただけます。
ちょっとしたインテリアの工夫で始められる「快眠生活」を是非、実現してみてはいかがでしょうか。


…………。「NTR」の文字が消えてる。さすがにいろんなところから指摘が来たんでしょうか。いや、知りませんけど。ただなんというか、「ネトラレ」ってこっちの業界くらいでしかピンとくる人いないと思いますよ。わかる人がニヤニヤするだけだから、放置でも良かった気がします(笑)。

そんなわけで、いつの間にかこの世からNTRものがひとつ消滅していたという哀しいお話でした。では、また明日。

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エロゲーにとっての「旬」の話

昨日エロゲーの発売日イベントでお会いしたpomさん(@pokpokpolk)と、帰り際にちょっと雑談していたのですがその中で、「いまやるべきエロゲー」みたいなのがある、という話が出て来ました。もうちょっと詳しく言うと、時間的に今しかできないだろうからある作品をやっているのだけど、どうも今の自分の心情が求めているものとは違うのだ、みたいな話。私も以前に似たような内容をツイッターでつぶやいたことがありまして、これには大変共感しました。

エロゲーにも、魚や野菜と同じく、「旬」というのがある。私はそんな風に思っています。

たとえば、「話題性」みたいなのはわかりやすい。発売直後の、みんなが盛り上がっている時期に自分もその熱気の中に身をおくことができた作品と、「話題になったらしい」という伝聞だけで一人こっそりプレイした作品とでは、もちろん同じように「面白い」「楽しい」と感じても、その感じ方の中味は随分と異なるでしょう。

ことは、作品の側だけの問題ではありません。pomさんがおっしゃっていたように、ユーザーの環境というか、心構えというか、そういうものにも大きく左右される。たとえば私の実体験として、アリスソフトさんの『超昂閃忍ハルカ』を初めてプレイした時のことを思い出します。最初、私は全然ピンとこなかったんですね。エロさを感じなかった。なんかめんどくさいゲームだなぁ、みたいな印象を持ったのを覚えています。

ただ、その時私はちょっとリアルが忙しくて、いやなこともあって、じっくり腰を据えてエロゲーを楽しむことがしづらい状況だったんですね。気乗りはしないし、身体のほうもガンガン体力を消費したい状態ではなかった。まあ疲れてる時にかえってオカズが欲しくなるとかありますけど、そういう状態でもなく。それこそ「話題性」のためだけにゲームをやっていて、そして、全然楽しめなかった。

しばらく後になってようやく周辺が落ち着いて、そうなると、私はエロゲーマーですからエロゲーをあれこれやります。その中でいくつかの「くのいちモノ」エロゲーにトライしたんですがこれがことごとくコケまして(笑えない)。んで、「くのいちモノのえっろいゲームやりたいなぁ」と思ったんです。そこにいたってふと思い出した『ハルカ』さんを引っ張りだしたんですが……。いやあ、ほんとにお世話になりました。もうね、超エロいです。なんじゃこりゃっていうレベルで。最初にプレイしたとき、全然ピンとこなかった理由がさっぱりわからない。何考えてたんでしょう私っていう感じ。

ユーザーはよく自分の「属性」を語ります。しかし、その「属性」も、細かく見てやれば日によって違ったりするかもしれない。AVを選ぶときに「今日は~モノが見たいなあ」というのがあるのと同様、エロゲーに対する欲求も、時と場合によって違ってくるはずです。わかりやすいので抜きゲーの話にしましたけれど、明るい学園モノがやりたいときとか、暗いファンタジーがやりたいときとか、ユーザーの側のバイオリズム次第でさまざまに変化しているでしょう。こういう、「その人がエロゲーを楽しむための環境要因がバッチリ整うこと」を、エロゲーの「旬」と私は呼んでいます。

で、普段はそんなに意識されないけれど、少なからず作品への評価とか印象に、この「旬」というのは左右してると思うんです。学園モノがやりたかったのに、期待してたブランドからでたのが珍しくファンタジーだった……みたいな感じで「旬」を逃したせいで楽しめなかった作品とか、逆に「旬」だったからこそ最大限楽しめた作品とか、そういうのはある。

だから、一度「つまんない」と斬った作品でも、やり直してみると意外と楽しく感じたり、逆にものすごく面白かった記憶があるのに再プレイしてみると「あれ、こんなもんだっけ」と「?」マークがアタマに浮かんだりすることも。

とはいえ、エロゲーは一回のボリュームが結構大きめで、しかも次から次へ新しい作品が出ているということもあり、面白かった作品を再プレイすることはあっても、つまんなかった作品をあえてもういちど……ということは、まぁめったに無いだろうという気がします。よほど特殊な事情があれば別ですけれども。その意味では、「ダメ出し」食らった作品というのは、なかなかリベンジしづらい。一度「旬」を逃した作品については、「おいしいところ」をあじわうことができないまま、忘れてしまうことがほとんどではないかと思います。

逆に言えば。もしも、自分の心に強く残る名作があるという人は、その作品の「旬」を、なんらかの形で逃さずに味わうことができたのかもしれません。もちろん「旬」は一度とは限りませんが、自分を含めた周囲の環境が充実した状態で作品と巡り会えたわけで、それはきっと、とても幸運なことなのでしょう。私はエロゲーマーとして、心に残る作品と出会えたその幸運に感謝したいなぁと思うのでした。

おしまい。(オチは無い)

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2013年2月22日エロゲー戦線

今月は28日の木曜日にもう一回発売日がくるのですが、22日勢も多く、特にクロシェットさんの注目作『 おっぱい プリズム◇リコレクション』が発売されるということもあって、秋葉原は朝10時からオープンの漢モード。私も早速、朝からアキバへ赴いてきました。

今日はソフマップさんがちょっと早く入れてくれて、しかも3Fが無人(漢モードのソフマップ1号館は、予約券だけなら3、5、6Fでの引取が可能)だったので先頭に並ぶことに成功。9時58分にすべての引取を完了するという電光石火の展開になりました。ラッキー。購入は、プリコレ、ノスタルジーカ、レゾナンス、RoyalDutyFlushの4本。予約分だけなので、またふらふらしてるうちに追加で買うものが出てくるかもしれませんが、いまのところはこれでおしまいの予定。

10時からは、「WHITE ALBUM2 SPECIAL ENCORE」の申し込みが開始されていたため、急いで予約。先着順じゃないとわかっていても、気持ち的に早く申し込みたくて、キリキリ登録してしまいました。

で、その後アキバをふらふらとまわります。今日はツイッターでさんざんつぶやいたので、それを埋め込んで記事にしていきます。



まず、ソフマップ1号館の前では、プリコレの配布イベント。クリアポスター等が配布されていました。同時に配布されていたaxlさんのカレンダーは、糊をつけて組みたてるタイプ。新作が出るまで2ヶ月のカウントダウン用になってます。予約していなくてももらえるようでした。結構しっかりしたつくりでいい出来です。また、『ナイものねだりはもうお姉妹』のクリアファイル(予約者限定)の配布もありました。おとなりでは、『D.C.III・R』のヒロインポスターセットプレゼントと、戯画さんの予約者プレゼントも行われていました。

アミューズメント館前でもプリコレ配布が展開。こちらはCMボイスを流していたのですが、「もっとプリズムおなにくしょん!」というお昼から公共の場で叫んで良いのかどうかビミョーなラインのボイスで、思わずニヤリ。いやまあ、もうちょっと節度を保ってもいいかなとは思いますけれど。

アミューズメント館前では他に、「ゆめいろアルエット」、「3人いる!」、「祝祭の歌姫」の三本の予約者キャンペーンをやっていました。「ゆめアル」の予約をしていたので、プレゼントをゲット。CDとお菓子とパンフレットでした。

また、『RoyalDutyFlush!!』の購入者イベント(サイン会)も実施されると知りました。



幸い、早期予約特典をゲットしていたので家にとりにかえります。



こんな感じ。夕方からのサイン会に向かおうと思います。

今日はお昼すぎから「ゆめアル」のイベントもあるし、夜はサイン会なので正直帰ってからエロゲープレイする元気が有るかわかんないですけど、プリコレとノスタルジーカは話題作だし、レゾナンスとRDFは個人的に期待してるし、はやくやりたいなぁ。どうして一日は24時間しかないんだろう。

多くの人はやっぱり、プリコレから入るのかなー。ぜひぜひ、楽しい週末エロゲーライフになりますように!

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童貞だってエロゲーがしたい!

あ、こんなタイトル書いてますけど別に童貞の権利をジュネーブ条約で約束すべきだとか、ワシントン条約で保護すべきだとかいう話ではないですよ。もちろん迫害すべきだとかでもなく。

発端は数日前、タイムラインを埋め尽くした「童貞はエロゲはしないでほしい」という話(参考:「家宝は二次元」さんの記事)。一方、「童貞がエロゲー作るなんて論外」みたいな話も根強くあります。いわゆる経験(実体験)至上主義。いやね、童貞云々はともかくといたしまして、これについては色々言いたいことあるんですよ。

実際問題、たとえばノンフィクションであれば、体験したこと・経験したことを書くのが基本です。そりゃあったりまえ。でも、フィクションで実体験をそこまで強く求める意味ってあるのでしょうか。私にはどうもあるようには思えない。

別の言い方をしましょう。「童貞がエロゲーをやるのはダメ」ないし「童貞がエロゲーをつくるのはダメ」という命題は、どういう意味を持っているんでしょうか。

このスレ主さんは「こっちまで変な眼で見られそう」とか言っちゃってますけど、童貞と同じ空気を吸うのがイヤとかそういう話? でも、童貞だってコンビニを使うし道を歩くし自転車に乗る。呼吸だってします。童貞だけ光合成できるとか、そんな特殊能力ついてません。それともなんですか。18歳以上の童貞は呼吸もするなと? 「ランボー・怒りの童貞」みたいな? 童貞いじりに定評のあるゆずソフトさんでもそこまで言いませんよ。

まあ今のは極端な話にしても、おそらく、エロゲーというのは童貞がプレイするものだというイメージが鬱陶しい、ということなのでしょう。自分も童貞だと思われたくはない、と。私は微塵もそんなこと考えませんでしたが、そういうの気にしてる人がいるとひとまずは納得することにします。

それだけの話なら単にこの人の趣味の問題で終わりなんですが、その後自分で「セックスもしたことないのにエロゲやっても無意味だろ?」と言ってみたり、他の人からはやはり「童貞はエロゲ作らないでほしい なら賛成した」のような話が出てきます。これってつまり、エロゲーを含む創作物(フィクション)を読む/作るには、実際に経験をしているのがベストだ、という論法ですね。

もしこれが、「実際に経験した人でないと描けない/読み取れないものがある」程度であれば、私も文句は言いません。というかそれはまあ、その通りでしょう。経験者だけがわかること、経験者でないとわからないことというのは間違いなくあります。たとえば雪を実際に見たことのない人が「雪国」の話を読んだってピンとこないかもしれない。

しかし、それをもって「フィクションに関わるには経験してるのが一番」という結論にもっていくのは、あまりにも早計であると言えます。このことは当ブログで何度か取り上げたことなのでお馴染みの人には「またか」と思われてしまうかもしれませんが、いましばらくお付き合いください。

じっくりと前提から考えて行きましょう。そもそも、フィクションにおいて、「経験者しかわからないこと」が伝わるのって良いことなのでしょうか? 良いことなのだとしたら、なぜ? どんな風に?

仮に、ここに二つの詩があるとします。一つは、雪国に住んだことのある人にしか雪の情景がつたわらない詩。もう一つは、雪を見たことが無い人にでも、雪の様子が伝わる詩です。さて、あなたはどちらのほうが表現として優れていると思いますか? あるいは、雪国の人が書いた雪の詩で雪国の人が感動するのと、雪を実際に見たことのない人の詩で雪国の人が感動するのとでは、どちらのほうが表現に力があるといえるでしょうか?

上の質問は色々な前提をすっとばしたものですが、言わんとしているのはこういうことです。もしもフィクションが、実体験を経験者に伝えるための(それが主たる目的であり役割の)ものだとしたら、フィクションというのは実に狭くて貧弱なものに成り下がってしまうのではないか、と。

もちろん、そういう立場もありえるとは思います。でもそれって、フィクションよりノンフィクションが偉くて、文字だけの小説より映像使ってる映画のが偉くて、それら全てよりも現実こそが最高であるってことになりますよね。雪の詩なんか詠んだり読んだりしている暇があったら、雪国に行って雪を味わってこいと。それで全部終わり。そうなるともう、現実至上主義というか、現実以外の創作物の全てを否定してしまえる。実際にフィクションを楽しんでいる人がとるべき立場だとは思われません。

「童貞はエロゲはしないでほしい」と言った人も、それは自分がエロゲーやるときにイメージが邪魔になるから言ったわけで、エロゲー自体はやりたいんですから、「現実が最高です」という主張だと考えてしまうと、単なるアホみたいな自己撞着です。「そもそもテメーはエロゲーやんなよ。リアルにセックスしてろや」って言われておしまい。なので、ちょっとまずいですね。「経験至上主義」=「現実至上主義」の路線は破棄しましょう。

では、フィクションを楽しむことと「経験至上主義」がバッティングしない道筋はあるのかってことですが、これはたぶんあります。どういうのかといえば、それは、フィクションにおいて現実の経験が、現実以上にはっきりと写し取られているという風に考える場合です。たとえば戦争をすればたくさんのことが起こります。でもその中で、特に「死の辛さ」にクローズアップしてフィクションを作れば、「いろいろなこと」を取り払ったぶん、フィクションが現実以上に「戦争の死の辛さ」を本質的にを捉えられるかもしれない、みたいな。

ただし、それだけでは足りなくて、プラスアルファとしてそういう現実の本質みたいなのは、経験者ほどきちんと触れられるはずだ、という信仰がついてこなくてはなりません。というかむしろ、こっちが今回の話だとメイン。この時、実際に戦争に行った人がつくり、実際に行った人が見る……というのが最高のサイクルであるということになるでしょう。フィクションを作るのにも、楽しむのにも、「現実の経験」という資格があって、それを満たしている人のほうが理想的な楽しみ方ができる、というわけです。

こういう立場をとるなら、強いて否定はしません。でも、ほんとに良いの? って思っちゃう。だってそれ、相当キツイハードルですよ。海外旅行行ったこと無い人は、洋画なんか見たって楽しめないことになるし、21世紀になってもタイムマシン発明されなかったわけで、日光江戸村あたりがせいぜいの現代人が時代劇とか楽しむにはどうすんのって話。エロゲーでいえば、男子校に通ってた人は共学校の学園ものを楽しめないとか。たといそうだったとしても、そこで伝わる楽しみって、フィクションにとって本質的なものなんでしょうか。私には、そうは思えません。

それともマジで、「おれ、緑色の髪の子と付き合ったことないから、このヒロインちょっとわかんねーわ」とか、「ループしたことないから、ループものはちょっと無理だな」とか言っちゃうんでしょうかね。そろそろハルパゴス先生が出てきそうな気配です。

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ハルパゴス先生、出番です。(出典:「ニコニコ大百科」さん)

実際に経験しているほうがわかりやすいとか、書きやすいとか、そういうことはあるでしょう。でも、そうでないと書けない/読めないものがあるっていう立場に立つのは、やっぱり私にはいただけない。少なくとも、フィクションの目的というのはそういう「経験」を伝えることが第一ではないはずです。それを、「経験」が伝われば良い、と安易に考えるからおかしなことになる。

もの凄くリアルな話を読んだ時に、「これはこの人の実体験だからこんなリアルなんだ」とか、「これ自分も味わったから身につまされる思いがするんだ」のように、ついつい人は考えてしまいがちですが、それは面白さの十分条件であって必要条件ではないということです。フィクションが伝えうる魅力というのは、現実に転がっている何かとは別のものではないか。少なくともフィクションは、現実の劣化版ではなくて、現実をどこかで超えているからこそフィクションなのでしょう。ならばその「本質」に触れるのに、実際の経験の有無は、果たして絶対に必要だと言えるか否か。

「○○をしたことがあれば楽しみやすい話」はあるかもしれないけれど、「○○をしたことのある人しか楽しめない話」は無い。そうでなければ、フィクションに意味は無いじゃないか。そんな風にさえ思います。フィクションの面白さというのは、もっともっと奥が深い。それに気づかず、「リアリティ」という一面だけで捉えてしまうと、視野が狭くなって残念なことになるんじゃないかなぁと。


そんなことを思いながら、やや脊髄反射的に反論したら上のような発言になりました。自分の発言を貼り付けるのって何度かやってるもののいつも微妙に違和感ありますが、リアリティはやっぱり大事でしょう的なツッコミを頂いたので、お返事代わりに。

では、本日はこれで。また明日お会いしましょう。


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《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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