よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

Veryコレジャナイ

世の中「こだわり」というのはたくさんあります。特に日常使うものにこだわっている人は多く、ブランドはここのものじゃなきゃダメだとか、ペンは重たいほうが良いとか、時計はデジタルよりアナログだとか、色々。

私たちPCのヘビーユーザーの日常品といえばPCサプライ。中でもキーボードやマウスにこだわりを持つ人が多い感じがします。キータッチがどうとか、フィット感がどうとか。

で、マウスのクリック感がどうだとかボールマウスがどうだという話を横目に見ながら、唐突に思ったのです。

おっぱいみたいな触り心地のマウスってないのかな? と。

ぷにぷにっとした触り心地で、突起部分がホイールになっていてそこをカチカチっと押したりできる。どうでしょう。オシャレ感満載ではありませんか。

そして、思いついたら無性に欲しくなる。何たって「おっぱいマウスパッド」があるくらいです。パッドがあるんだから本体があっても良いだろうというわかったようなわからんような理屈に基づいて、とりあえずグーグル先生にたずねてみました。

1fe7eb77.jpg

検索結果。

検索かけると、「おっぱいマウスパッド」がズラリとヒット。あー。まあそうだよねと思っていたら、上から五番目に「おっぱいマウスまとめ」の文字が! これは来たか! と思ってクリックしてみたんですが、やっぱりマウスパッドのほうでした。残念。

検索方法が悪いんでしょうね。今度は、「おっぱい マウス クリック」で検索。すると、「【画像有り】おっぱいマウス、乳首ダブルクリックしちゃうぞ 」なる「がっQしんぶん」さんの記事がヒット。

いやあビンゴです。そうですよ。マウスパッドはクリックできませんからね。さすが私。

喜び勇んでページを開くと……。

おっぱいマウス01
2011年9月30日記事より)

…………。

………。

……。

(;゚ Д゚) …!?

なんでしょう、このコレジャナイ感。ちゃうねん……確かにチクービをクリックとかできるんですが、こんなカエルの親玉みたいな形状じゃなくて、もうちょっと何というかこう、せめて可愛げを……。

その後ユリイスさん(@on_the_armchair)に「そのタイプならこっちの方が好み」と教えて頂いたのが、こちら。ああうん、まあ、さっきのよりは百倍くらいマシですね……。想定とは違うんですが、これなら辛うじてアリ……かな?

なんか「プロジェクトの実態」の絵を思いだしてしまった。

8a232f61.jpg

こんなヤツ。

というわけで私の求める理想のおっぱいマウスは残念ながら発見できませんでした。あるよ! という人いらしたら、是非教えてください。

それでは、本日はこの辺で。また明日お会いしましょう。

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ものの見方あれこれ(2) ~half_moonさんへのお返事

昨日の記事に対して、half_moonさんからトラックバックでのお返事をいただきました。内容は、「[エロゲ/ギャルゲ]「ものの見方あれこれ ~PCゲーム倶楽部を巡って」へのレス」(「Half Moon Diary@はてな」さま2012年12月18日記事)です。

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【関連記事】
[エロゲ/ギャルゲ]「ものの見方あれこれ ~PCゲーム倶楽部を巡って」へのレス」(「Half Moon Diary@はてな」さま2012年12月18日記事)※外部リンク

(「そろそろソフマップの色紙販売について一言言っておくか」「Half Moon Diary@はてな」さま2012年12月14日)※外部リンク

ものの見方あれこれ ~PCゲーム倶楽部を巡って」(2012年12月18日)

PCげーむ倶楽部2013の話」(2012年12月2日)
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特にことわらず記事を拾わせて頂いたにもかかわらず、グダグダの拙記事をお読み頂きありがとうございます。ついでにブログ更新のネタもでき、モチベーションにもなってありがたやー_| ̄|○ノノ。「マジになりすぎだろ……」と呆れておられたかもしれませんが、それでもお返事まで賜り感激です。

さて、「一番言いたいのは「色紙バラバラに売るだけなのに会員サービスを名乗るのはいかがなものか」ということ」ということで、この辺は私が読み損ねていたというご指摘を頂きました。失礼をいたしました。これについては後述します。

まずはクレジットカード等の件。おっしゃっておられることは何となく理解しました。ただこちらについては、私とは意見が違うな、という感想です。

▼クレカの話
クレカの例などを取りだして言いたかったのは2つ。「都合良く「会員制」を名乗ることがそれほどの悪事なのかわからない」ということ(「ファンクラブ」なら「冒涜」というのは何となくわかります。だからこそ、「ファンクラブ」限定なのかそうでないのかというところにこだわりました)。そして、「他の会員制も大なり小なり建前でやってませんか」ということでした。

結局私の中では、「「色紙購入券」という商品名に変えます」と言えば終わる話に見えると言いますか、余り本質的なところにつっっこんでいけそうな感じがしない。そもそも「会員サービスとはこういうものだ。だから会員サービスを名乗るのは許せん」と義憤を覚えるほど私は「会員サービス」に特別な思い入れがありませんので、ユルく考えちゃうせいかもしれません。エロゲー『あえて無視するキミとの未来』のマニュアルに「ハニカム新書」という表記がありましたが、「これは新書ではない。新書とは173×105mmかそれに近いサイズものであって、新書への冒涜だ」と、本好きの人は言うかも知れず、私はそこまで言わないかなぁ……というのと似たような感じです。

「ファンクラブ」としてならhalf_moonさんがおっしゃるとおり「ファンへの冒涜」もありえるかとは思うのですが、ただの会員サービスなら、そのサービスの種類は多様であっても良い。「スタンプラリー(一応スタンプを押すらしいので)をすれば限定3000枚で好きな絵師さんの絵が手に入るイベントに参加できる」が提供サービスでも良いかなと。

たとえばですが、「会員になると年4回季節のデザートが食べられる「デザート会員」を募集します」というそれだけの会員サービスができて、特に会員制業界に深刻な問題が発生するとは思わないし、他の「会員」も自分たちが冒涜されたとは感じないと思えちゃう。

私はそういう人間なので、half_moonさんが「会員制」に強くこだわっておられるというより、そのことを通して(つまり会員制という制度に対して不誠実であるという事実を通して)、別のこと(たとえばその主体であるソフマップの不誠実さなど)を批判しようとしておられるのだ、と考えていました。そしてその間を繋いでいたのは、「エロゲーのユーザーサービス」という「ファンのための」還元であるという事実と、「会員制ファンクラブ」という体制が重なるからだ、というロジックが暗黙のウチに潜んでいたと思っています。

しかし、half_moonさんも認めてくださった通り、「ファンクラブ」に限定される話ではなくこれは「会員制」の話ですから、事実上その《繋ぎ》は失われる。そうなると、批判のための材料(元の記事では「論証」のような言い方をしています)としては、「会員制」に大変なこだわりをもっておられる方以外にはあんまりつつき甲斐の無い部分ではないかと申し上げたつもりでした。

▼ご主張の話
以下、少々妥当性を欠くかもしれませんが、いただいたお返事を踏まえての応答になります。質問的な内容が多いかもしれず……。ご面倒でしたらスルーしてくださいませ。

私は、half_moonさんが「エロゲーのファンサービスというのはこういうものであったほうが良い」(あるいは、こういうサービスは悪手だ)という基準から「PCげーむ倶楽部」を否定的に捉えておられるのかな、と思っていました。最初に書いておられた記事の末部で、「いささか暗澹たる気持ち」や「ゲームの要素技術を切り売り」することへの疑義を呈しておられたからです。

その内容はもっともだと思ったので、私は「理念」の部分で賛成するところが多い、と申し上げました。

しかし、今回頂いたhalf_moonさんのお返事は、「エロゲーファンとしての理念」みたいなものは重要ではあるが中心のテーマでは無かったのだ、ということでよろしいでしょうか。あるいは、私が「エロゲーの理念」のほうには同意を示したので、残るほうで誤解のある部分を詳説してくださったのか。そのあたりがちょっとわからなかったので、頂いたお返事に質問を返すような形にしてしまいました。

というのも、今回のお話をうかがったうえで再度記事を読み直しまして、私が誤解していたかもしれない部分に気付いたからです。half_moonさんの最初の記事には、half_moonさんご自身がまとめておられる内容とは別に、大きく三つの要素が含まれていたと思います。

(1) エロゲーの特典商法などの「エロゲー的あり方」に対する理念論(「ゲームの要素技術を切り売り」等)
(2) 一般的(会員)サービス論(あるべき会員サービス、規約とサービスの関係)
(3) ソフマップはけしからん

私は論の滑り出しから見てhalf_moonさんが、(3)のソフマップの態度批判を枕というか、それを切り口にメスを入れて、もっと大きな(1)や(2)の問題(エロゲーのあり方とか、会員サービスのあり方)に切り込もうとしておられるのだと思っていました。そして最後の結論から見て、本当の問題意識はエロゲー関係のことなのかな、と。

で、私が申し上げたかったのは 《議論の手続きとしては主に(2)の側を用いながら、最後に(1)で着地しているのが飛躍している》 ということでした。論理的には、「一般的に会員サービスとしておかしなことをしている」からといって、必ずしもそれが「エロゲー的なありかた」に問題を与えることにはならないはずだからです。

もっと簡単に言えば、「会員サービス」の問題と「特典商法」の問題は、さしあたっては異なる問題のはずです。「会員サービス」の問題に絞るなら、一般論として「これ詐欺じゃん」とかの結論になる。「特典商法」の問題に絞るなら、グッズとの違いや「切り売り」の問題に切り込む結論になると思われます。前回の私の記事、「まとめ」の部分で書いていたのは(大変わかりにくいですが)そのあたりのことです。

しかしながら。half_moonさんのお話の内容を汲めば、この二つの問題は結びつきます。それを繋げるのは、(3)の内容。つまり「ソフマップの不誠実さ」ということです。(1)と(2)を招いた全ての原因として(3)を考えます、という話ですね。だとすればhalf_moonさんの論述の最終的な敵は当然ソフマップさんであって、記事の内容はまさに「ソフマップ批判」であった。

以上のように理解すると、私が踏み込みたかった方向とはずれてしまうのですが、なるほど筋道だった話だと納得です。「pcげーむ倶楽部について1人でも多くの人に考えてもらいたかった」という、今回頂いたお返事の結びはそのように受け取るべきなのかな、と拝読いたしました。それで良いのかな……。だとすれば、個別の論証に対する意見はいまも変わりませんが、「主張内容と論証はたぶんずれている」という私の分析は、大間違いであり大変な失礼を申し上げたことことお詫びいたします。

このたびは、丁寧な対応・返答をありがとうございました。そして事実、いろいろなことを考えるとても良い・楽しいきっかけとなりました。あらためて御礼申し上げます。

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ものの見方あれこれ ~PCゲーム倶楽部を巡って

先日ソフマップの「PCゲーム倶楽部2013」に関するとある記事を拝読しました。こういう、簡潔・明瞭で立場のはっきりした記事を読むと思わず納得してしまいそうになったのですが……。「あー、なるほど!」と思う一方、「あれ? そうなの?」と疑問に感じたことがあったのでちょこっとだけ。(「そろそろソフマップの色紙販売について一言言っておくか」)

別にこの記事をかかれたhalf_moon氏に特別な感情も無ければ、ソフマップに恩も義理もない(つまり私の主張がない)ので本当にただの「言説に対する感想」になりますが。あ、一個あるとすれば、私が「PCげーむ倶楽部」予約いれてるので、その自己弁護でしょうか。

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【関連記事】
[エロゲ/ギャルゲ]「ものの見方あれこれ ~PCゲーム倶楽部を巡って」へのレス」(「Half Moon Diary@はてな」さま2012年12月18日記事)※外部リンク

(「そろそろソフマップの色紙販売について一言言っておくか」「Half Moon Diary@はてな」さま2012年12月14日)※外部リンク

ものの見方あれこれ(2) ~half_moonさんへのお返事て」(2012年12月19日)

PCげーむ倶楽部2013の話」(2012年12月2日)
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まず、深く納得したのは「要するに1月に現金が必要ってことでしょう。なまぐさい話ですなあ。」ということ。ナルホド・ザ・決算期。私は前の記事で「どういう意図でのサービスなのか」よくわからないと書いたのですが、これは真偽のほどはわかりませんが、説得力あります。某大評論家先生風にいえば、「そうかも知れぬ、そんな気もする」。

あと、「気になるのは会員になった人が途中で引っ越した場合」という一言。これはまったくその通りであると思いました。むしろこっちのほうが問題の気がする。基本的に店舗のみでの受け取りなので、そういう事態は十分考えられるんですよね……。私は「旅行中とかに思いだして変なところで申し込むと地獄を見る」とか書いておきながら逆(受取時に場所が変わってしまう)の可能性を完全に考えていなかったので、これは恥ずかしいことです。

-----おまけ-----
※まあこのへんは簡単に調査できますので、ソフマップさんに直接行って確認してきました。電話でもよかったんですが、対面のほうがいろいろ聞けるかなと思ったので。

アキバ☆ソフマップ1号さんとアミューズメント館でそれぞれ質問してみたところ、ともに丁寧に対応してくださいました。ありがとうございます。回答はどちらもほぼ一緒ですが、1号さんのほうが内容について詳しく教えて下さいました。

まず、どちらも「申し込み後住所等が変更になっても受け取りは最初の予約店のみ」というお返事。住所変更等の届けをしてもダメ。あまりにも融通がきかないので理由を問いただしたところ(ウザくてごめんなさい)、店舗ごとに予約数ぴったりを最初に発送するためだ、ということだそうで。

言質はとれませんでしたが、たぶん2月の配布時点で4ヶ月ぶん全て用意されている予定なんじゃないかな。一応例外的に、バインダーを受け取る際に受け取るスタンプカードと本人のソフマップカードの両方が用意されていれば、代理人引き取りも可能だということでした。ただこれ、クレジット機能付きのソフマップカードの場合はほぼ不可能ですね。
-----おまけ終わり-----

▼half_moon氏のおっしゃっていること
個別の議論内容を捨象して再構成すると、half_moon氏の主張はおよそ以下のように読むことができます。

(1) 「PCげーむ倶楽部」は「会員制」をうたっているが実態はただのグッズ販売である。
  (「要するに色紙12枚+バインダーを6300円で売るってこと」)
(2) 「PCげーむ倶楽部」には幾つかの実務的な問題がある
  (ユーザーのリスク等)
(3) 「PCげーむ倶楽部」には3つの「理念的な問題」があり、そちらのほうが深刻である
 [問題1]ソフマップでゲームを買うこととこのサービスの間に何の関連性もない
 [問題2]色紙の有償提供はファンサービスの精神に反する
  (色紙は伝統的にご愛顧に対する感謝の気持ちを表すもの)
 [問題3]全ての有償会員サービスに対する冒涜である

さて、このお話、それこそ氏の「理念」を取り出せば賛成したい部分が多々ある。真摯な方だと(皮肉ではなく)思います。ソフマップさんがあまりお好きではなさそうだなという部分は措いておくとしても、クリエイターのかたのギャランティにまで配慮したり、「行き過ぎた特典商法」に警鐘を鳴らそうという姿勢からはエロゲーや作品・その作り手に対する敬意と愛情を感じます。

ただ、議論としてはちょっと乗りづらく思うところがある。結論より過程で。では具体的にプロセスの何が問題なのか。

上記(1)、(2)については、まあそりゃそうです。特に(1)はグゥの音も出ないくらいその通りです。ただ、「入会」する人のほとんどが「色紙一枚500円計算か」と思っているんじゃないかという気もする。(2)についてもごもっともですが、これはどんな商品・サービスにもある程度リスクはあるわけで、今回企業側のある程度の不親切さ(発送費用削減のために取りに来させる)を除けば、そんなに目くじらたてるほどではないか。実際氏もあまり大きな問題であるとは考えておられないようですし、これ以上踏み込むことはしません。

したがってこれから取りあげるのは主に(3)のこと。一つずつ見ていきましょう。

▼ソフマップでゲームを買うこととサービスとの関係
まず[問題1]について。

うーん。ぶっちゃけるとこれ、問題なんでしょうか……。何かの会員サービスの理念と実態のズレを糾弾するというのは、いささか現実的ではない気がします。たとえば、「日頃のご愛顧の感謝を込めて」というデパートの会員向けバーゲンセール。これ、理念的には「日頃使ってる人」しか買えないはずですよね。しかし、誰も買い物履歴とか参照しないし、下手をすると当日デパートのカード会員になってもそのサービスを受けられる。これは「サービス」と「理念」がズレていますが、まあ良いかって感じでしょう。

とはいえこのパターンは、会員になった後買い物をするから「後から関係を作る」という意味で一応建前的に理念を満たしているのかもしれません。では、次のような場合はどうか。

私は池袋の某百貨店で一度も買い物したことがない状態でカードを作ってもらいました。買い物しなくても作れました。百貨店のお得意様のためのカードを、クレジット機能(VISA)目当てで買い物せずにつくったわけです。使用はもっぱらAmazonです(爆)。当然、作るだけ作ってあとはカード会員の優待割引とかのためだけに利用しても構わないでしょう。こういう例はごまんとあるし、「PCゲーム倶楽部」もまた同じ程度のものではないのか。

つまり、「ソフマップ会員になってくださいね」(ついでに個人情報よろしく)くらいのものとして捉えることに、それほど問題はないと思うんです。前向きに捉えるなら、「これから買い物を考えている人」にも先行投資で配る感じがある。ソフマップで買ったことが無くても今回の購入でカード作ってポイントも溜まったら今後ソフで購入する可能性も増えますからね。

ちなみに、会員制にしておけば18歳未満禁止の絵柄が色紙に使われてもモメることはないし、一応それなりの理由もありそうには思えます。メインではないのでしょうが。

あと、一応秋葉原店に限って言えばエロゲー売ってるか予約を受け付けている場所に申込書が置いてある(原則)し、初日は月末エロゲーを購入するために並んでいた人とエロゲーのイベント引換者のみに手渡しで配布していました。現実問題としてはソフマップでエロゲーを買う人ほど目に入りやすいし、そういう対応を認めても良いのではないかな、と。

もちろんそれを不純であるとか、裏に見えない意図が潜んでいることが卑劣だ、という原則を貫くなら理解できるのですが、そうすると他のいろんなサービスも軒並み批判せねばならなくなる。それは私としては少々窮屈に感じます。

▼色紙はファンのための無償サービスが原則か?
続いて[問題2]について。「ゲームの要素技術を切り売りするような商売」というのは、まっとうな批判であると思います。

しかし現実問題、すでに色紙は販売用グッズ扱いになっている部分もある。たとえばあかべぇさんはコミケで、「あかべぇスペシャル色紙セット」なるものを「販売」します。氏のおっしゃっている「色紙は特典」というのは、エロゲーの業界ではもうメーカー自身がその枠組みを破棄しつつあるのかもしれません。善し悪しは措くとして。

逆に言えば、それが商売として成り立つほどファンからの要望が多いのでしょう。だとすれば色紙販売は、「ファンサービスの精神に反する」のか、「新しいファンサービスの模索」なのか、判断はつけづらいところであると思われます。

少なくとも色紙を売り払うというスタイルは「PCげーむ倶楽部」に固有の問題ではないし、むしろその文脈で言うならば、「PCげーむ倶楽部」は直接の色紙販売という形をとらず、あくまで「会員サービス」として提供しようとしているぶん、ユーザーの希望と「ファンサービスの精神」との間の折り合いをつけている(少なくとも直接販売するスタイルより間接的である)という見方になるのではないでしょうか。

▼「有償会員サービス」に対する冒涜か?
最後、[問題3]。これが結構half_moon氏の議論の中では説得力高そうにも見えるんですが、よく考えるとたぶん、「ファンクラブ」と「会員サービス」を混同しておられる気がします。

「有償会員サービス」は、ファンクラブに限らずたとえばクレジットカード(年会費アリ)もその類です。先ほど例に挙げた百貨店会員なども、年会費があればそうですね。

たしかに「PCゲーム倶楽部」が「ファンクラブ」であればhalf_moon氏のおっしゃるとおりです。しかしこれ、「PCゲームファンのための」サービスであって「ファンサービス」まして「ファンクラブ」ではないですよね。ついでに規約と紹介パンフを読むと、「PCゲームファンのための」という文言も見あたりません。検索をかけた限りですが、ソフマップの公式ツイッターが枕詞に用いているだけかもしれない。(私の見落としだったらごめんなさい)

むしろ全面に押し出されているのは、「ソフマップ会員様のための」のほう。ソフマップ会員限定のオプションですよ、と。

要するに「PCゲーム倶楽部」は、ただの有料サービス(最初から「金払ってくれたらうちのツテで色紙あげます」)と身も蓋もなく公言しているのであって、「PCゲームのファンサービス」ないし「ファンクラブ」として在るべき姿ではない、という批判は今回の場合あたらないように思われます(なぜならファンサービスではないから)。プレゼントという言い方が紛らわしいけれど、入会特典がバインダー。サービス内容が年4回の色紙プレゼント、という。

どうでしょう。この解釈間違っていますかね……。

▼まとまらないまとめ
たぶん、私とhalf_moon氏との間でずっと認識がズレているような気がしたのはここであって、氏は一貫してこのサービスを「ファンクラブ」ないし「ファンサービス」であると捉えているのに対して、私は最初から「有料会員サービス」(会員になって金はらったらサービスが受けられる)として捉えているところなのではないかな、と。だから氏は「エロゲーファンとしての理念」に問題意識が向かうし、私は単に「会費に見合うだけのペイバックがあるか」という即物的なラインに落ち着いたのではないかと思われます。

なんか書いてるうちに問題がクリアになった気がする。今回私頑張ってる?

んで、もしもこのサービスにもの申すなら、むしろ一種の「詐欺」にはあたらないのかとか(こういう「あとからプレゼントします」ということにして実態は何もない会員サービスというのはそもそもサービスとして認められるの? みたいな)そういう路線のほうが糸口があるようにも思われます。実際どうなのか全然知りませんのでたとえばの話ですよ、もちろん。

私は最初、氏がある種の先入観に基づいているというか、結論決めうちをしているかと疑っていたのですが、それはちょっと悪意のある見方だったかもしれないと反省しています。たぶん、いま述べた辺りの認識の齟齬が大きく響いているだけかなと。そして、氏の主張のためにこの議論では足りない、というくらいが妥当なラインかもしれません。

「行き過ぎた特典商法」を批判するなら、おそらくもう少し違った議論が必要です。そのビジョンは私にはまだはっきりとは見えませんが、まず「グッズ」と「特典」の差異をある程度明確に定義し、そもそも「特典商法」の何が問題であるかという具体的な話に入っていくのが先決のように思われます。私なら、「作品への愛情のバロメーターが金銭ベースでしか測定されなくなる」というような論線を張るかもしれません。まあそれは別の話なので、今回は一旦保留しましょう。

とはいえ、大手の始めた意味不明なサービスですし、ゲームメーカーと小売店の微妙な関係というのはそれでなくてもよく取り沙汰される。ですから、この両者の間に(もしご本人にその意図がなかったとしても)「隠れた対立関係」や「不平等」を読み込んでそれを「暴露」してみせれば、短絡的に乗っかる人が増える可能性が高い。そういう事態に「警鐘」を鳴らしておくことは、一応必要でしょう。もちろん、自戒も含めて(私自身よくやってしまうことですから)。

情報を発信する側も、また受け取る側も、果たしてある結論がプロセスからの論理的な必然なのか、それともどこかでジャンプがあるのか。ジャンプがあるとすればなぜ飛んだのか(往々にしてそういうところにこそ、筆者の言いたいことの本質が出る)。そしてそのジャンプは妥当か否か、というところに注意を払っても良いのかなと。それは、いたずらな「推測」がゴシップ誌のような「憶測」になり、意図せぬ被害をどこかに及ぼすことを避けるのに重要だと考えています(風評被害というのはそういうものである、と)。

結論こそ大事という立場や、むしろ結果を出さねばと言う実行主義の立場もあり得ますが、私は原理原則主義なのでこういう言い方になる、というくらいに考えてください。

あ、もちろんこれは実態としてhalf_moon氏のおっしゃっていることが間違っているという話ではありません。100%完璧に当たっているかもしれない。だとしてもあんまり今回の私の話には関係がありません。

また、ソフマップさんがちょっと手抜きすぎかなというのは、そうかなと思いました。そして、half_moon氏の掲げておられる理念についてはむしろ賛成に近いです。単に、氏のロジックから導かれる結論としては飛躍があったり、前提に誤解があるように見える、というだけです。

私の言いたいことをまとめると、およそ次のような感じ。

・ half_moon氏の主張内容と論証はたぶんずれている。
・ 氏の主張には賛成したい。
・ ただ、「PCゲーム倶楽部」に戦う議論としては妥当ではない気がする。

批判的に検証する形式をとりましたが、繰り返すように内容というか問題意識みたいなものは私も重要だと思うので、なるほどです。同じものを見ていても立場によって大きく見え方は変わってくるのだな、ととても興味深い記事でした。

この場でのことで恐縮ですが感謝を申し上げます。

以上、不明瞭・グダグダで立場がどこにあるかはっきりしない人間のたわごとでした。

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せんきょをしらないこどもたち

自民党だけで過半数越えの294議席。予想される自公連合で三分の二(「圧倒的多数」)越えというとんでもない結果に終わった第46回衆議院選挙(2012年12月16日執行)。色々な人がいろいろなことを述べておられますが、私も少しだけ、日本の未来を憂う(笑)有権者として思うところを書いておきたいと思います。

▼私の投票先
まず私は、小選挙区で自民に入れました。余り具体的に言いすぎると所在があれでナニするのでぼかして書きますが、改憲や原発について各党の候補は殆ど似たような意見でした(ちょっと意外)。共産の方は当然改憲反対でしたが、まあ他は似たり寄ったり。割とどの候補も中立的で落ち着いた意見。

で、まず実現不可能なドリーミーなことを除外して政策を比べると、みんな同じようなことしか言っていなかった。ということは誰選んでも大差ないかなというところだったんですが、自民の候補はプラスアルファで教育や外交問題でオリジナルな意見を出していたので、「誰を選べば最も良い施策が期待できるか」で考えれば自民の人になるかなと。積極的に選んだように言ってますが、ぶっちゃけ消去法と言えなくもないですね。要は、一人だけちょっとちがうこと言っていたからです。

比例は民主に入れました。理由は二つ。一つは積極的に、原発対策の継続をしてもらいたかったから。目下継続性という意味では民主がこの問題に対して適任なわけで、ついでに泥船は御免とばかりにやる気のない人は逃げ出したので、まあアリかなと。二つ目は消極的理由で、恐らく自民党が圧倒的に勝つだろうという予測に基づき、「自民党にそこまで全部お任せするつもりはありませんよ」という反対意見を表明するためです。その反対意見の受け皿として選ぶなら第二党でないと意味が無く、維新になるか民主になるか悩んだのですが、維新は「太陽の党」とのゴタゴタがあったのでたぶん大きく伸びることはないだろうという予測に基づき、民主に入れました。結果、民主は大差がついたとはいえ第二党になったので一応読みは当たったかたちですが、それにしたって維新伸びすぎ、民主崩れすぎ。これはちょっと予想外でした……。

ただ、一応自分としては投票でハッキリした意思表示ができたので、その意味では満足のいく投票でした。

あ、最高裁国民審査は岡部氏と大谷氏に×をつけました。岡部氏は表現問題、大谷氏は著作権関係を巡る考え方で私と大きくひらきがあるな、と思ったので。というか国民審査は「白紙で出すと信任」になるので、よくわからない・興味がないという人は「投票用紙を返却することで棄権」するのが一番良いといわれています。

▼自民の「圧勝」は国民の総意なのか
さて、今回自公が「圧倒的多数」をとり、文字通り「圧勝」したわけですが、これをどう考えるか。私としては正直、避けたい事態でした。

東京新聞が12月17日付けの記事で、「有権者は白紙委任したわけではない」と言っていますが、これは正直何を馬鹿なこと言ってるのかという感じです。問題は事実として「白紙委任状」を渡したのと同義になっているという、そっちのほうではなかろうかと。「渡したわけではない」のではなく、「渡すつもりはなかったのに、渡してしまった」ならわかります。いや、渡すつもりあった人も多かったのかもしれませんけれど、少なくとも私には、渡すつもりはなかった。

実際、こんなデータも出ています。「自民の比例得票率、大敗した前回選とほぼ同じ」(讀賣新聞2012年12月17日)必ずしも積極的な自民支持に「転じた」とは言い難い状況もある。

改憲や、あるいは経済的混乱を打開するために「断固たる」改革を必要であると考える人にとっては、この結果は望ましいものなのでしょう。大きな改革を行う為には強い力が必要になるわけで、多少強引にでも政治を引っ張っていくパワーが生まれたということは喜ばしい。

しかし、私はそこまで――つまり、彼らが何をやってもついていきます、というくらいにまで――自民党を信じられるかというと、まったくそんなことはありません。もちろん民主党(特に昔の)よりゃマシだろうなとは思いますが、それはただ「マシ」なだけであって、自民党を積極的に、諸手をあげて歓迎したいというニュアンスでも無い。誰かが言っていましたが、消去法で自民党になった、というほうがしっくりくるわけです。

実際、マスコミ各社の記事や世論調査を見ても似たような傾向は多い。つまり、「他に入れるところもないし自民党」というニュアンスがつよい。そして、もし多くの国民がそう考えていたのだとしたら、今回の選挙にはその「国民の意思」はただしく反映されてはいないと私は考えます。

どういうことかというと、単独で「絶対安定多数」(269議席)を確保し、連立で「圧倒的多数」(320議席)をしのぐというのは、明らかに「自公さんが何をやっても国民はついていきます」という意思表示です。政治不信が騒がれる現状、こんな結果になるのは奇妙といえば奇妙。もちろん、熱狂的に自民党を支持している人も増えているのだとは思いますが、それにしたって前回の選挙から考えると増えすぎです。

恐らく直接の原因は、政党が分裂しすぎたせいです。そりゃ自民以外に入れようってなったときに候補がいくつもあれば迷う。分散する。こりゃもう、明らかに第三極とかの連繋ミス。自民の比例が前回と同じくらいの得票率であるにもかかわらず、結果がひっくりかえったのはそういう背景があるでしょう。

しかしもう一つ。政党だけではなく国民の側にも問題があるように思われる。それは、国民の多くが選挙制度を通して、どのように自らの意思を国政に反映させるかということに対してあまりにも無頓着なために生じた現象ではないかということです。つまり、「自民が政権をとれば良いとは思う。でも、圧倒的多数はやりすぎだろう」と思う人は、いろんなやりようがあったはずなのですが、そういう手段を「自覚的に」選んだ人が、果たしてどれほどいたか。

要は比例を「自民」と書かなければ良いわけです。もしくは小選挙区で自民以外に入れて、比例では自民にいれるとか。(バランスばかりを元に入れる必要は無く、基幹となる政策への賛否で決めるという態度はもちろん重要です。ただ、そうすれば必ず良い結果になると信じすぎるのは微妙だと思うのですが、どうでしょうか)。

データ的なことを言えば、今回小選挙区で「維新」を選んだ人は相当多かったことがわかっています。もしかつての比例方式なら、だいぶ違う結果になっていたでしょう。(参考:「what_a_dudeの日記」2012年12月17日記事「もし全国1区比例代表ドント方式なら議席配分はどうだったか」)

これはもちろん「制度的な問題」であるわけですが、別の言い方をすれば、現状の制度であればこういう事態をある程度避けられないと言われていたにもかかわらず、その制度内で何とか民意を反映させるような有効な手段を考えなかった国民の問題もあるのではないか、というのが私の問題提起です。実際、選挙制度改革を至上命題として訴えている某党はあんまり注目されなかったみたいですし。おすし。

まあちょっとゴリ押し気味なのは自覚していますが、やはり「完璧な制度」はどこまでいってもあり得ない以上、運用でなんとかするのが重要だと思うのですよね。そして、こと日本の選挙はその運用の部分がちゃんとできていないというか。そんな感じ。

理念的なことで付言すれば、選挙は当選か落選かという「オールオアナッシング」ではなく、「50%賛成」や「70%賛成」を表現することもできる。それが、民主主義という「制度」の活用であると私は思っています。たとえば、落選しても対立候補がもの凄い追い上げを見せたら、当選した候補は「こりゃ迂闊なことをするとそっぽ向かれるな」と危機感を抱くでしょう。その意味では、敗れた候補者への投票も単純な「死票」とはならないはずです。

ところが、高校の政治経済の教科書をひらくと、「死票」は当選しなかった候補に投票して意味がなくなった票、みたいなことが書いてあって、こりゃアカン……と思うわけです。や、単純な語句定義なのかもしれないんですが、それにしても中学や高校で、選挙や民主主義のシステム的な意味を考える機会がなければ、私たちはいつまでたっても投票のバランスを考えて、民主制度を活用することなどできないのかもしれません。

つってもさっき言ったように、今回は反自民の受け皿がもの凄い分散しちゃったんで、ホントにどうしようもなかったかも。

▼自民の「圧勝」は良いことか
先ほども述べましたが、強い改革を推進するためには良いことだと思います。

ただ、私は個人的な立場としてあんまりうれしくない。というのは、私がエロゲーマーだからです。

エロゲー勢はつい最近も、表現規制問題やら児童ポルノ問題やらで国家権力と壮絶な戦いを繰り広げていましたが、結局のところ「少数派」です。他にも少数派というのはたくさんいると思うのですが、そういう人びとにとって、政府が「強く」なることは、じつはあんまり望ましくない。なぜなら、強い政府ほど「少数派」の声が届きにくくなるからです。

当たり前の話ですが、政治家は「支持者」を大事にして政治を行います。支持者の信任を得て国政を担当しているのですから。このとき、もしその政治家の人気が「ギリギリ」だったら、敵を作りたいとはあまり思わないでしょう。下手に藪をつついてネガティブキャンペーンでもされたら、たまったものではありませんから。

ところが、もし圧倒的強者だったら、多少の敵なんかねじ伏せて自分のやりたいことをやるのは目に見えています。独裁者というパターンですね。

むろん、自民も一枚岩ではないからことはそう単純にはいかないにしても、やはりこれまでと比べると圧倒的に強気な戦いができる政府であるということは間違い在りません。また、これだけの成果を残した党代表にはなかなか逆らえないという側面もあるでしょう。首相としても2度目だけに、前回の「反省」を活かそうという意気込みもみてとることができます。議員としても、少数の有権者の声よりも党の命令大事、という人は当然増えるでしょう。

じゃあ具体的に言えばどんなことが想定されるのか。

表現規制問題で、たとえばPTAから「児童ポルノ規制しろ」という話が出たとします。「弱い」政治家なら、これには乗り気にはなれない。なぜなら、PTAの要望はある程度無視しても指示が減るということはそこまで考えられませんが(直接的に不利益が増えるというわけではないから)、下手に表現規制問題にクビをつっこんだら、何千人、何万人の反発を買う可能性があるからです。あるいはもしも、PTAの要望を聞いて規制に乗り出したとしても、そのPTAたちを上回る勢いを規制反対派が見せれば、引き下がる可能性が高くなります。

しかし、1万人や2万人がガタガタ言ったところで関係ないや、という状態になっていたらどうでしょうか。少数派の意見など特に聞く必要も無く、「強引に」改革することが可能となります。このとき注目したいのは、PTA側の要求もまた、通りにくくなっているということです。つまり、1万人のPTAの署名を見せて嘆願しても、その人数の持つ効果は相対的に薄れてしまう。何が言いたいかというと、結果的に規制が行われたか行われなかったかとは別の問題として、自分たちの主張が聞き入れられるかどうかが自分たちの努力より、政治家の好みのほうに左右されやすくなるということです。PTAがどんなに頑張っても、政治家が規制反対派なら聞く耳をもってもらえない。

ですから、私たちのような「少数派」としてのアイデンティティに重きをおき、しかも現実問題としてお国とドンパチやらかしてるような人たちは、本来なら今回のような「圧勝」は避けたほうが、自分たちの声を政治に届けやすいわけです。そして多くの人はたぶん、自分の中に「少数派」な部分を持っていると思うので、保険として政党間の「バランス」を取ることも意識しておいたほうがいいのではないかな、と。もちろん、バランスをとったからといって民主党も規制に賛成、とかなって結局ダメという可能性はあるし、自民一党独占状態でも、党内の意見対立によってバランスをとることは可能だと思いますけれども。

▼若者は投票にいくべきか
いきましょう。

これは単純な話で、少子高齢化が進む現在、ますます「若者」の選挙に占める割合は少なくなっています。実際今後の国政は、ますます高齢者向けの施策が多くなるでしょう。国民全体に利益があることを除けば、ワリを食うのは若者世代ということになります。

この状況を少しでも良くするには、若者が少しでも多く選挙に行き、若い有権者の票の力を候補者に認めさせねばなりません。候補者が、「あいつらのこともちょっと考えないとな……」と思うようでなければならない。もちろん、候補者や高齢者の「おなさけ」で、彼らの役に立つ範囲で「若者を大事に」して「頂く」ことはできるかもしれません。でも、そんなことをして頂いても嬉しいかという話。本当に自分たちのためになる政治・ためになる政策を求める運動というのは、やはり若者たち自身でやっていく必要があるんじゃないかなぁ。涙をこらえて歌うだけでは、余りにも悲しすぎるので。

あ、私も若者ですよ……ね。もちろん。

▼いちばん偉い人へ、いまなにをするべきか
最後はこれなんですが、正直、いま「安倍内閣はダメだ」みたいなことを言っても始まらないと思うんですよね。そういう意見、しょっちゅう見るんですが、一体なにが言いたいんでしょう。はっきり言って、「安倍を選んだお前等はバカだ、これから酷い目にあって反省しろ!」と叫んでいるようにしか聞こえない。ごく一部ですがホントに「自民に投票したヤツはゴミだ」みたいなこと言ってる人もいますし……。それこそ大きなお世話で、そう叫んだから何になるのかっていう話です。

建設的な話をしたいなら、安倍政権になることはひきうけたうえで、今後の対応を考えるなり何なりがあると思うのです。

現行政権に対して危機感を煽りたいとか警鐘を鳴らしたいというのならわかります。わかりますが、それならそれで言い方がある。もっと具体的には、「どの層に向けて言うのか」というターゲットの問題を考えないといけない。

もともと安倍政権に批判的な人たちは、いまさらそんなこと言われなくてもわかっています。彼らの同調を得たいだけならなんぼでも叫べば良いけど、それって空しいだけですよね。ツイッターで言えば、仲間内だけでリツイートとお気に入り登録を繰り返して人気者気分を味わっているだけ、みたいな。まったくの無駄とは言いませんが、効果は薄いと思います。

では、安倍政権バンザイの人にぶつけたら? これは当然無意味です。聞く耳もちません。信仰と信仰の衝突。宗教戦争勃発です。不毛のきわみ。

ということは狙いは、「とりあえず自民に投票はしたけど、そんなに深く考えていたわけでもない人たち」のはずです。そういう対象を、どうしたいのか。叱りとばしても反発を買うだけですから、そりゃ味方に引き入れたいのでしょう。引き連れてデモをするとか。しかし、「圧倒的多数」を確保した相手にそういう手が通じにくいということこそ、まずまっさきに認めなければならないことではないのかという気がする。

何が言いたいかというと、もう自民政権を一気に瓦解させるとか、国民を「啓蒙」して反自民にして大革命とかいうのは困難だと思うわけです。現実問題として。ならば、いまの政権の中でどれだけ自分たちの主要な要求を通していけるかということを考えるほうが大事なんじゃないか、と。撤退戦だと言われるかも知れませんが、そりゃもうあれだけ派手に自民が勝ってる時点で、それに抵抗するなら撤退戦です。そこを放置して勝ち負けの戦いをしてもしょうがない。

たとえばですが、自民党の中で自分たちと比較的意見の近い相手を探してリストアップし、彼らの発言力が大きくなるように働きかけるとか、逆にどうやっても絶対無理、という相手を見つけて監視するとか(これはやってる人多そうですね)。高潔な理想を掲げ、叫べば良いというのは立派な「永遠の野党」的発想であって、政治への働きかけを考えるならそれでは済まないだろうと。

実際、そういう活動にすでに移っている方もおられますし、私が見ている以上に多いのかもしれません。自民の悪口と、自民に投票した人の悪口をいってるだけというほうが特殊な例なのかもしれませんが、まあでも、そう言う人の方が目立つってのはあると思うんですよね……。

それ以前に私みたいな口先だけのヤツに何か言われること自体がお嫌かもしれませんが。

なお同様のことは私のように自民に投票した人にも言えることで、反-自民の人が言っている重要なポイントには耳を傾け、自民党政権が舵取りをあやまらないよう注意していかねばならないと思います。

これは綺麗事ではなくて、政府が強い力で政治を運営するようになったのだから、国民の側もある程度一致団結して、その政府のコントロールをしないといけないと思うんですよね。それなのに無駄に対立を煽ろうというのは馬鹿げているし、今回は自民に「乗った」人が圧倒的に多いのだから、反-自民の側は戦略的に多少迂回する必要もあるのではないのかな、と。

……まあそういう器用なことは難しいから、今回みたいな選挙結果になったといえばその通り。

▼じゃあお前は何してんのよという話
これが問題ですよねー。エラそうに講釈たれて、じゃあお前はどうなの? っていう。実際のところ、私は未来への展望をいまのところあまり持っていません。というか安倍政権が実際どう動くかは未知数だし、たぶん実際に大きな動きを取るのは参院選の後ではないかと考えているので、その間の様子を見ながら考えるしかないと思っています。

ただ、今回の選挙の「反省」はある程度しておかねばならないとも思った。そういう意味では私の関心は、民主主義制度について一人一人がもっと意識と知識を持つことになるのかもしれません。私自身まだまだ勉強しないといけないことは山積みですが、そうした問題意識の「実践」として今回のような記事を書いてみた次第です。書きたいことは多々あるし、目配りが行き届いていないところも同様に山のようにあるとは思うのですが、ひとまずここで〆に。

今日はリアリティの話続けようかというところ、タイムリーな話題と言うことで選挙に乗っかってみました。一応自民政権で良いとは思ってるんですよ。できれば僅差勝ちが良かったというだけで……。まあ徴兵制は勘弁してもらいたいなあ。エロゲーできなくなりますし。

なんか中途半端につっこんで終わったなぁと思われたらごめんなさい。でもいまはこれが精一杯。

そんなわけで、これにておわかれ。また明日(。・x・)ゝ。


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「リアリティ」なる語を巡って(1) ~私たちは沈黙すべきか

先日、このようなツイートがタイムラインにリツイートされてきました。






私もこれをリツイートしたのですが、諸手をあげて賛成というわけではなかった。逆に、私はこの考えには乗れないところもあるな、と。今回はちょっと鳥山氏のこの発言をたたき台にして、再び「リアリティ」について考えてみたいと思います。

さて、まず鳥山氏のツイートは番号が振ってあることからも明らかなように、一部抜粋です。もう少し大きな話の中でくだんの発言がなされた。というわけでこれらがどういう流れで出てきたかを確認しておかねばなりません。拝見したところ、合計6つのツイートで構成されていました。全文はこうです。

-----
(1)『ガールズ&パンツァー』に否定的なフォロワーさんが散見されるので軽く説明を。まず、戦車と少女というフェチの組み合わせに嫌悪感を抱いている場合は、ストーリーがどんなに面白かろうが、否定的な感情しか湧かないので視聴を止める以外の解消方法はありません。これは異常な事ではなく……
元ツイート

(2)……創作物を見る際に誰にでも起こりうることです。たとえば、私はバンド+少女というフェチの組み合わせがどうしても理解できなかったために、『けいおん!』は十数分で視聴を止めています。そうしないと、今度は自己正当化を始めることが分かっていたからです。完璧な作品がない以上……
元ツイート

(3)……どんな作品でも批判は可能です。前述した『けいおん!』の場合は、バンドを組んだ女の子が全員美人なのは「リアリティがない」とか「画面に女性しか登場しないのはリアリティがない」とか、いくらでもケチのつけようがあるわけですが、そこが嫌悪感の本質ではありません。
元ツイート)

(4)……『ガールズ&パンツァー』の場合も、同様に戦車を初心者の少女が自在に操っているのは「リアリティがない」とか、砲弾が命中しているのに死傷者が出ないのは「リアリティがない」とか、いくらでもケチはつけられますが、そこが嫌悪感の本質かどうかをもう一度再考することをお奨めします。
元ツイート

(5)創作物を批判する際に「必要性がない」とか「リアリティがない」はマジックワードで、自己の嫌悪感を正当化する際に頻繁に使われますが、その一方で批判した作品以上に「リアリティがない」作品を称揚するケースが多く、ほぼ例外なくこの手の批判者はダブルスタンダードに陥ります。
元ツイート

(6)また、その点を指摘されると、自己弁護のために詭弁を繰り返す悪循環が発生します。そうなる前に、自分の「好き・嫌い」の感情を信じましょう。嫌いな創作物を無理に見る必要は全くありませんし、嫌いである理由をひねり出す必要もありません。「嫌いだから見ない」で十分です。
元ツイート

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どうやら、『ガールズ&パンツァー』の作中描写を巡っての話だったようです。

この後、氏は他の方とのやりとりの中で「フェチ」と「リアリティ」を結びつけ、「「リアリティがない」という批判は「自分の強迫観念と一致しない」と同義だと思います」と述べておられるので、氏の言わんとすることはおそらく、次のようにまとめることができます。

作品を批判する際によく持ち出される「リアリティ」や「必要性」(今回の場合は、『ガールズ&パンツァー』という具体的作品への批判)というのは、あくまで主観的な嫌悪感を自己正当化するための客観的装いであって、本質的には意味のない「マジックワード」(※1)にすぎない。作品というのはそもそもやろうと思えばどんな批判も可能であるから、批判自体は成り立つだろう。しかし、それは「嫌悪感の本質」では無い場合がほとんどである。そして、そうした「自己正当化」は矛盾をうむ。なぜなら、もし「リアリティ」の無さが「嫌悪感の本質」だとしたら、この世に完璧な作品は存在しえない以上、その人は全ての作品を嫌悪するか、ダブルスタンダードにならざるを得ないからだ。よって、嫌悪感を中途半端に理論武装するより、素直に「嫌いだから見ない」で良い。

※1)…ここでの「マジックワード」は、「バズワード」のような意味で用いられており、Wikipediaで紹介されている「人を動かす魔法のことば」というニュアンスとは少し違うと思われます。

氏の論旨は明快で、私としては同意できるところが非常に多い。まず、「リアリティ」という語が便利に使われすぎている(マジックワード・バズワードである)というのは同意です。この辺りは私自身も、大昔の記事でもちょっと触れたところ。そして拙記事をお読み頂ければ、大略同じような認識をしているにもかかわらず、その時の私の結論が鳥山氏のそれと全く逆になっていることがお解りいただけるかと思います。

物語が創作である以上――というより、ことばで書かれたものである以上、生の現実とは確実に違うモノです。だから、その違いを「リアリティ」ということばで表現するなら、どんな物語に対しても「リアリティが無い」と言えてしまう。すると、何か明確な定義がなければ「リアリティ」という語は何を表現しているか解らない語になる。これはまあ、よくわかります。

現実との整合性だといえばそうですが、その整合性を判断する客観的な基準はないだろ、というのがここでの問題でしょう。それは結局、個人の恣意に委ねられるしかない。たとえば『キャプテン翼』は明らかに物理法則を無視したシーンがあり、それは「リアリティが無い」と言えます。しかし、勝負の興奮や少年時代の心理描写はとても「リアリティがある」と言う人はいるかもしれません。そして、「リアリティが無いからだめ」というとき、その人は無自覚に、「物理法則のリアリティのほうが優先」という選択をしている。この辺に恣意性が垣間見えますね。

そして鳥山氏が述べておられるもうひとつのこと。それは、「自己正当化」でした。自分がその作品を嫌いであるというそのことが、おそらくは先ほど書いた「リアリティ」の恣意性の部分と結びつきやすいのでしょう。自分が気に入らない・嫌いだという直観はその時、「リアリティ」という語の解釈の中に隠蔽され、都合の良い批判ができあがるというわけです。

この分析はまことにごもっともで、ほぼ全面的に同意したいところです。しかし今回問題にしたいのは、その後の部分。すなわち氏が、「嫌いである理由をひねり出す必要もありません。「嫌いだから見ない」で十分です」と述べておられる部分です。

氏の言わんとすることを雑駁……を通りこして超訳風に要約すれば、「嫌いなら黙ってろ」(文字通り黙るという意味ではなく、その感情を無理に別の「嘘」に置きかえるなという意味)でしょう。しかし、本当にそれで良いのか? と私は思うのです。

「リアリティ」という語が「マジックワード」であるというのと同様、「嫌悪」もまた、きわめて多様なニュアンスを含んでいます。たとえば気色悪い虫に感じる嫌悪感と、犯罪者に感じる嫌悪感と、嫌いな食べ物に感じるそれとは、全て同じでしょうか。私の場合、どれも微妙に異なります。

物語が現実の反映ではないというのを伏線にしたつもりなのですが、ことばというのはそもそも現実の切り取りであって、現実そのものではないのですから、私たちの感情そのものを表現することはできません。ならばそれは、「リアリティ」と名指そうが「嫌悪」と名指そうが、大した違いは無いといえば無いわけです。むしろ肝心なのは、そう名指すことによって人が、いったいどんな感情を表現しようとしていたかという内実のほうではないのでしょうか。

鳥山氏はおそらく、「なんのために」そう名指すのかということに注目されたので、「黙れ」という結論になるのだと思います。しかし、私に言わせればそれは思考停止、あるいはもっと酷い思考放棄を招いてしまうのではなかろうかと。ことばを紡ぐ者として肝心なのは、自分の嫌悪がどんなものなのかを突き詰めて考え・伝えようとすることであり、それを読む者は相手が何を伝えようとしているのか、真摯に耳を傾けることではないのでしょうか。

ことばというのは、伝えようという意識によって紡がれ、受け容れられるものです。一人で自己完結して構わないなら、ことばなど要らないのですから。ことばに関わろうとする者はだから、交流の可能性に絶望してはいけない。私はそう信じています。

たしかに、本当に中味なんて無い、ただ叩きたいだけで「リアリティが無い」とがなり立てているような感想というのはたくさんあります。むしろ氏の本当の仮想敵は、自分の嫌悪をタテマエで隠すような人ですらなく、そっちではないかという気もする。しかし逆に言えば、その人は少なくとも発言したくなるくらい何かをその作品から感じ取っているわけです。いったんそのことを引き受けて、「リアリティ」なり「必要性」なりということばでその人が言おうとしていたことは何なのか。それをすくいあげることもまた大事なことのはずです。

同時に、発言する側も自分が言いたいことは本当に「リアリティ」ということばに載せて良いものなのか、もっと適切なことばはないか、あるいは何故自分がそのことばを選んだのか等々考えるべきことは多いでしょう。「恋愛のリアリティ」と言うとき、自分は登場人物の心情を重視しているのか、それとも行為(電話の頻度や会話の内容、コンドーム買うか云々)を重視しているのかで、同じ「リアリティ」や「必要」ということばも内実は変化するのですから。

肝心なのは「リアリティという語が自己弁護のために使われている」という政治的背景を暴露することではなく、「中味の無いことばになっているから「リアリティ」という語からはその人の真意が見えない」という認識にたって「真意」を見極めようとすることです。「「嫌いだから見ない」で十分」という結論は、その「真意」へ近づく可能性を放棄しようという態度に見えてしまう。

私は、鳥山氏の「嫌いである理由をひねり出す必要もありません」とは逆に、無理にでもひねり出してみるのが良いと思うのです。そうすれば、矛盾があれば誰かがそれを指摘し、その矛盾によって自分の真意のありどころがより明確になるのですから。「キミの言ってること、こことここで違うよね。どっちが本当に大事なの?」と言われてようやく、自分の言いたかったことに気付くというのはとてもよくあることではありませんか?

鳥山氏は「自己正当化」の卑怯さと不毛さを批判なさりたかっただけで、ことばの内実を突き詰めることを否定してはいない、と言われるでしょうか。たぶんそうなんじゃないかなと思います。あるいは、自己を正当化するのではない、本当のことばを紡げと言っているということなら、私が述べてきたことと同じ(ことばを突き詰めろ)とおっしゃっている部分があるのはもちろんわかります。ですから、私がいま述べていることは既に、鳥山氏への直接的な批判という文脈からは外れかかっているのかもしれません。

けれど、氏の発言の結びはやはりことばからの逃げを宣言するものであるように私には見えてしまった。「嫌いだから見ない」では十分ではなくて、そこから「私の「嫌い」って何だろう? 「リアリティ」がないことかな? その線で説明してみよう……」と語り、他の人がそれを聞いて、「ふーん、そんなもんかね。でもさ……」と考えることのほうを、私は目指したい。どれほど大変でもしんどくても、私はことばによって交流することを諦めたくはないし、それなら「リアリティ」という語が空虚だから語るなというのではなく、その語に実際に込めたかった意味は何なのか、考えることから入りたいなと。

もっといえば、鳥山氏の批判や私の批判もまた、広い意味では自分の感じた「嫌悪」を何か形にしようとしているのではないでしょうか。少なくとも私は、氏のツイートに感じた違和感や不満を語りだそうとしている。そして、氏が私に「嫌いだから見ないで十分」/「好きだから見るで十分」と言われるならば、それに対しては頑なに抵抗すると思います。「嫌いだからこそ(好きだからこそ)語りたいのだ」と。

ちっちゃいブログではありますが、ことばを紡ぐ世界の端っこのほうで生活する身分として、そんなことを思ったのでした。

と、今回は鳥山氏の発言に対する話ばかりになってしまって、肝心の「リアリティ」なる語についてはちょっと踏み込めなかったので、その辺はまた後日改めてやるかもしれません。長くなったので本日はこのあたりで。お付き合いありがとうございました。


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エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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