よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

お花見の季節

桜の花が良い具合に咲いていたので、仲間内でお花見をしてきました。花粉症シーズンでマスクを外せないのがなかなか苦しいのですが、ゆっくりと花を見ながらお酒を飲むのも割と良い物です。

今日・明日は天気も良く、気温も暖かいみたいなのでねらい目なのかな。でも今日はあんまり人がいなかったです。絶好のスポット完全独占。本当はもうちょっと後の方が良いのかも知れませんが、近所の桜は綺麗に開花していたし、来週末だともう散っている可能性もありますからね……。

去年、一昨年はお花見に行けなかったので、今年は行けて満足。別に普段と比べて何が楽しいかといわれると、答えには困るけど……風情を楽しんでいるということで。

写真撮ればよかったなあと思いつつ、カメラは忘れてしまい(ケータイもわすれた……)本当に花をみているだけの夜を過ごしました。

ま、そんなところで本日は。それでは、また明日。


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某シナリオライター氏の公表騒動から考えるに

2013年2月15日、諸事情を勘案して当記事のタイトルを一部変更、リード文を書き加えて内容を非公開とすることにいたしました。以前の内容はそのまま保存してありますので、メールフォーム、コメント、Twitter等でご連絡いただければ全文のソースもしくはスクリーンショットをお送りいたします。

コメントや足跡を残してくださった方には身勝手をいたしてまことに申し訳ございません。ご容赦いただけると幸いです

【内容】
某シナリオライター氏のブログの記事に端を発する一連の騒動に対する私見を述べた記事です。

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『DRACU-RIOT!』終了

ドラクリオット00

なかなか進められなかった『DRACU-RIOT!』ですが、ようやく終了。隠しキャラも(あんまり隠れていませんが)堪能できて、なにより。感想とかはまたこれから書きますが、かなりレベル高い仕上がりでした。満足。

ただ、穴も多いというか、アンバランスなところがあって、そこを問題にしようと思えばいくらでも攻撃できそうな感じ。防御力弱いタイプですね。あと、あまり余韻は残らない。良い作品ですけど、ずっと話題にするタイプでは無いかもしれません。

初回特典のシーツ……は使うかわかりませんが、設定原画集はネタバレ含むとのことで封印していたので、いよいよ閲覧してきます。

それでは、本日は短いですが(エロ過ぎて疲れたので)この辺で。また明日お会いしましょう。皆さま、良い夜をお過ごし下さい。

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エロゲーのレビューと字数の話

▼エロゲーレビューの適正文字数はあるのか
あ、先に結論を言うと「ない」ということになると思います(爆)。正確には、スタイルにあわせて自分で決定するものであるから、自分にとっての「最適字数」を検討する参考になるような話をしたいな、というのが今回のテーマ。ここにはもちろん、書き手にとってだけではなく、読み手にとっての字数という意味も含んでいます。

さて、自己紹介にも書いている通り、私は「エロゲー批評空間」さんでぼちぼちレビュー活動なんかをしております。まだレビュー数50作品もいっていないぺーぺーですが、最近、ちょっと悩みがある。それは、字数。1レビューあたりの文字数が増えてきて、どうしたものかなあ、などと悩んでいます。

色々試していたのですが、どうも自分的には4000文字前後が書きやすい。ただ、後で見直すと冗長になっているところなんかがあるので、ブラッシュアップすれば3000文字前後というのが、現状ひとつの目安です。ただ、どうもこれちょっと長いんじゃないかと言う気がしないでもない。

ちなみに、レビューを「一つのテーマについてまとまったことを言うという作業」として考えると、同系統で一般的なものの一つとして、高校で習う小論文というのがあります。

たとえば多くの大学入試の小論文では、800~1200字というのがスタンダードな文字数。ですので(勿論入試の課題文とエロゲー作品では、量がだいぶ違いますが)、内容要約+意見表明で1000文字前後、長くて2000字あたりが(最長と言われたかつての東大後期入試文三の小論文が、1問2400字でした)、一般レベルで意見表明する適切な分量なのかもしれません。恐らく読む側としても、そのくらいが読みやすいのではないでしょうか。

ただ、「一般レベル」と断った通り、専門的に「論」を意識した場合、これは全く物足りない分量。私が大学を卒業(文系です)したのはもう10年くらい前になりますが、当時卒論の基準が最低でも400字詰め原稿用紙100枚、つまり4万字でした。そして修論は、およそその倍。1000字とか、ぺら紙一枚で提出する論文要旨、ないしは研究計画書のレベルです。

もっとも4万だの8万だのは、あくまでまだ未熟な学生にあわせた文字数。学会誌などに投稿する論文の場合、普通もっと短い。長くてもだいたい2万字が相場じゃないでしょうか。これは文字数が少なくなって良かった、と安心するところではなく、「内容を圧縮して密度を高め、2万字で論じきれ」ということ。ハードルはむしろ上がっています。ダラダラした話はできないし、表現も絞っていかなければならない。長けりゃ良いってもんでもないワケです。まあ、当たり前ですね。

言うまでもなく論文とレビューとでは、求められるものが微妙に異なります。論文というのは、その論文に対してまた新しい議論を行うことで研究を進めるのが目的ですから、とにかく一つの論を精密かつ丁寧に進めなければならない。一方レビューの場合、焦点は作品自体に絞られるので、どちらかといえば作品内容が的確に伝わるもののほうが好まれるでしょう。場合によっては、作品の良さをポエムで表現したって良いかもしれません。

とはいえ、何か一つのテーマなり作品なりについて、問いをたてて論を展開し、結論らしきものを導出するのには2万字は要る、という風に考える奴らもいるわけです。かたや2000字、かたや20000字。その差10倍。どちらが妥当かをこの例から考えることに全く意味はありませんが、レビューに関する適正な文字数というのは少し気になっていました。そして恐らくそれは、レビューする側だけではなく、読む側の需要との関係で成立するものでしょう。

もちろん本当の意味で適正な文字数というのを「決定」することは不可能。そんなものはありえないと考えています。しかし、自分なりに「だいたいこのくらいの字数にする」という基準をつくることはスタイル確立という意味で無駄ではない。また読む際にも、自分が求めている情報が載っているレビューを探す助けになるかもしれない。というわけで今回の話になります。

▼点数制紹介系レビューの時代
それにしても、昔と比べると、エロゲーのレビューに求められる内容というのはだいぶ変化――ないしは分化したと思います。昔といっても2000年以前くらいですが。

今の常識では信じられないかもしれませんが、修正パッチですらフロッピー配布。インターネットがあまり普及しておらず、回線だってADSL。ユーザーカードを送って登録しなければ、パッチがもらえずエラーを抱えたままのゲームをプレイしなければならないこともザラでした。余談ですが、「不具合」に対して古参のエロゲーマーが激しい拒絶反応を見せるのは、この辺りの事情も絡んでいると思います。

そんな時代ですから、エロゲーの体験版だってほとんど無かった。CD付きの雑誌に、幾つかのブランドの体験版がまとめて数本収録してあるか、ショップの店頭に体験版CDが置いてある程度。ダウンロード形式の体験版なんて皆無です。それどころか、公式HPだって見るユーザーは限られていました。普段から雑誌を買ったりエロゲーショップに通っている人は良いでしょう。しかし、それにはお金も時間もかかります。また、今ほどエロゲーの認知度が高くありませんでしたから、雑誌を買ったりお店に頻繁に出入りすることに抵抗がある人も多かった。つまり、エロゲーの情報というのがそれなりに希少価値を持っていた。

だから、当時のユーザーがレビューに求める第一の価値は情報に置かれました。体験版がどれほど面白いかという内容的なことが軽視されたわけではありませんが、むしろ「こんな体験版がある」という事実や、スタッフが誰で、ジャンルは何かといった情報それ自体のほうが重視される傾向があったわけです。その具体例として、当時行われていたレビューの一つを下に載せてみます。

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実はこれ、90年代後半から数年間、私が共同運営に参加させて頂いていたエロゲーレビューサイトのフォーマット。まんま載せると問題あるかもしれないので(あと私の黒歴史がバレるのが怖いので)多少レイアウトを変えましたが、いわゆるクロスレビュー採点形式。A~Eの5人の人間が、0点~3点(どうして1~5点とかにしなかったのか今でもよくわかりません)の点数を各項目に振っ、最後はそれを合計するというものでした。

5人もレビューする奴がいれば、見に来た人のセンスと合うのが1人くらいはいるだろう。そして、要素に分解することで、見に来た人の好みにあう要素を選んで貰える。なるべくユーザーが自主的に判断できる材料を増やし、徹頭徹尾「購入の参考」になる情報を提供する、というのがレビューの基本コンセプトでした。端的にまとめてしまうと、紹介系のレビューということです。

文章による「感想」よりも、要素分解による「点数制」を重視したサイトは他にも多かったですが、「紹介」という根っこの思想は同じだったのではないかと思います。無機質で表情が出にくい「数字」に評価を託すことで、なるべく評価に客観性を持たせ、データ的に処理できるようにしようとした。

勿論、そんなレビューばかりだったわけではありません。たとえばこの時期流行したレビュー形式の一つに、「対談形式レビュー」があります。そこでは文章形式で内容について詳しい紹介がされていました。ただ、いま敢えて「紹介」と書いたように、あくまで情報提供を目的としたレビューだった、という部分は大差ないと思います。もっとも創作(とくにイラスト)系のサイトで対談形式レビューが採用されていた場合、管理人さんの創作活動が主目的という場合もありましたが、まあ細かいことを言い出すとキリがないので、この当時は「情報提供重視のレビュー」が多かったということで、大ざっぱなまとめとさせてください。

▼批評系レビューの隆盛
しかし、インターネットの普及、回線の高速化にともない、ゲームの情報はどんどんブランドから公式発表されるものが増えてきました。デモムービーや体験版もどんどん配信される。そうなると、これまでレビューサイトが提供していた情報レベルでは、公式に配信されるゲーム情報に太刀打ちできなくなります。グラフィックの質がどうかは、体験版やOHPの画像を見た方が早いし、音楽はデモムービーで確認できる。となると、求められる情報は、公式では見えない内容になります。

くわえて、エロゲー作品自体にも質的な変化が見られるようになってきました。「Hシーン無し」でもクリア可能だった『Kanon』(1999年、Key)の登場に代表されるように、強い精神性を付すような作品も増えた。私見ですが、中でも大きな画期だったのは、『AIR』(2000年、Key)の登場ではないかと思います。複雑かつ難解な作品解釈を巡って、あちこちでかまびすしい議論が行われたわけですが、そのような状況下でレビューに求められたのはこれまでのように客観的な情報よりもむしろ、レビューを読む人が納得できるような「解釈」でした。

ここからゲームレビューは、大略二つの方向にわかれます。一つは、メーカー公式や雑誌の紹介以上に深く突っ込んだ形で作品紹介するという、紹介掘り下げパターン。もう一つは、作品の「解釈」に注力する、いわゆる「批評系レビュー」のパターンです。この際、どちらが優れているとかそういう議論をするつもりはありません。そもそも、目指している方向が違う。

採点・紹介パターンのレビューは、これまで通り購入の参考になることを目指したものです。しかし、「解釈」のほうに舵を切った批評系レビューは、購入後、いかにして作品を楽しむか、というところがクローズアップされていると言えるでしょう。ネタバレ要素を含むレビューなら尚更です。ですから、批評系レビューにとっては単に結論を出すことより、なぜそう思うかや、ある行動や台詞をどのように捉えるか、という過程部分の話が重要になってくる。必然、どんどん文章化――もっと言えば長文化が進みました。読み手に対して提供する情報の変化に伴い、語り方それ自体も変化していったわけです。

以上はかなり大ざっぱな――雑すぎてエロゲーレビューに一家言ある人ならば文句の2、3もつけたくなるであろう――素描ですが、レビューが「購入前の参考」を主とするか、「購入後の解釈」を主とするかに枝分かれしたという基本理解は、それほど大きくハズしていないと思います。

▼レビュースタイルに応じた字数の目安
さてそうなると、レビューが何を目指すかによって(あるいは読み手主体の言い方にすれば、レビューに何を求めるかによって)、適正な文字数のラインというのは変わってくるのではないかと思われます。要するにどんな類のレビューを目指すか、そしてどんな読み手に対してそれを書くか、ということがポイントになるという、きわめて当たり前の結論になるわけですが(長々話をしてきてそれかよ!)、以上を踏まえてもう少し突っ込んで考えてみたい。

いわゆる紹介系レビューは基本、コンパクトに情報がまとまっていることが求められます。購入の参考にするための資料なわけですから詳しいに越したことはありませんが、アホみたいにリサーチに時間をかけて、いつまで経っても肝心の作品を購入できないというのでは本末転倒。必要な情報をぴしっとまとめ、見やすく整理してくれたものほどありがたいということになります。また、当然複数のデータを参考にするのが前提となりますから、極端な話、一つのレビューで作品の内容を総覧できる必要もありません。あるポイントに関してのみ細かいデータを出すだけで充分価値ある情報となるし、仮に読み手にとって不要な情報であれば勝手に取捨選択してもらえるでしょう。そして、あまり自分と合わないレビューは見なくなる。それだけのことです。

一方批評系レビューは、上述したようにプロセスの提示がポイントになります。紹介系レビューと異なるのは、レビュー側の解釈の結果が読み手の感想と異なっていても全然問題がない、というところでしょう。すなわち、批評系レビューが作品の解釈を深めるためのものであるという視点にたてば、「レビューを読んで他の人が解釈する手掛かりとなる」ことこそ、レビューにとっての本義となるわけです。全く同意できない感想に出会ったとき、なぜこの感想に同意できないかを考え、それが作品を更に楽しむきっかけになる……なんてことはザラ。ですから、批評系レビューの場合は多少長くなっても丁寧に、読み取った内容やポイントを説明することが肝心。それさえ出来ていれば、結論には同意できなくても充分意味があるレビューなのです。

先日紹介した◆lainmistさんのご感想を、再び引き合いに出させて頂きます。lainmistさんはレビューで、ご自身の考えのプロセスを示しておられたからこそ私も反論するきっかけを掴むことができた。いわば私は、lainmistさんのご感想に助けられて自分の読み方を深めることができたわけです。その意味で、賛同はしないけれど参考になるレビューということになります。

これがたとえば、何を根拠にしたかの説明一切無しで「主人公は職人として駄目」とだけ書いてあったとか、あるいは「洋菓子店の描写が浅い」のような《結論だけ》の文章だったら、賛成も反対もできません。もっと厳しいパターンは、抽象的なマジックワードを連発するレビュー。私がかつてそういうレビューの書き手だったので(当時の感想を読むと、大声を上げながら町内を走り回りたくなるくらい恥ずかしいです)、自戒を込めて言いますが、レビューというのは「何となくそれらしい単語」で何か言えた気になって安心するということが非常に多い。「本当の幸福」(本当ってなんだ)とか、「あるべき姿」(あるべきって誰がきめたの)とか、価値をあらわす形容詞なんかには顕著にそれが出ます。あと、以前このブログでとりあげた「リアリティ」なんかは、その代表格かもしれません。

「この作品にはリアリティが無い。だから駄目」というだけの論評は、何か言っているようで、《議論としては》、実はなんにも言えていなかったりします。まず、「リアリティ」という語をどういう意味で使うのか(馬鹿げた虚構に対する現実の意味なのか、目指すべき理想に対する現実の意味なのか)はっきりしませんし――まあそこは文脈である程度理解できるとしても――どの部分で「リアリティ」が無いと判断したのかサッパリわからない。更に、「リアリティ」が無いことは何故だめなのか(逆に、「リアリティ」があると何が良いのか)もわかりません。たとえば、空から女の子が降ってくるというのは、どう考えても非現実的(虚構的)という意味ではリアリティがありません。じゃあ、『天空の城のラピュタ』というのは、リアリティが無いから面白くない作品なのでしょうか? このように考えると、「リアリティが無い。だからつまらない」というのは、論弁的な形式をとっているだけで、批評にはなり得ていないことがおわかりいただけるかと思います。しかし、《結論としては》駄目であるということをはっきり述べている。明確な評価は下しているわけです。だからむしろ、「つまんなかった」「趣味にあわなかった」という結論を述べた、紹介系レビューと考えた方が良いでしょう。

以上を踏まえれば批評系レビューというのは、どうしても一定以上の字数が必要になる。ポイントを絞ってモノを言う、というのは紹介系レビューと変わりませんが、自分が使う語句の意味や判断根拠となる作品の該当箇所を、きちんと説明しなければ成り立たないわけです。そして読む側も、レビュー内容がしっかりしたものほどレビューそれ自体や作品を長く楽しむことができるというメリットがあります。プレイを終えてなお作品を楽しむEXステージだと考えれば、レビューを読むことも含めて長く作品を楽しめるほうがお得と言えるかも知れません。

私のレビューは現状、紹介系と批評系の中間を狙っています。というか、批評空間さんではそういうレビューが結構多い気がする。ネタバレを避けて購入の参考になる情報的価値を確保しながら、一応作品に対する一つの解釈も示す、という形。ただ私の場合は、どちらかといえば批評系寄りに書いています。特に新作でないものについては、今更新しく購入の参考にする人よりは解釈を読みたい人のほうが多いのではないかということで、完全に批評系にシフトさせます。逆にマイナーで他にあんまりレビュー書いている人がいない作品については、紹介よりにシフトさせています。

ただいずれにしても、購入データの参考になりつつ、プレイ後に読んでもそこそこ参考にできるような(同意してもらえなくても、そういう視点もあるのかねと思って貰えるような)レビュースタイルにしようかな、と考えて書いているところ。最初に述べた「だいたい3000字」という基準は、小論文で1テーマについて内容的考察をする2000字前後と、要約・概要説明に求められる800字前後を足した数です。単純な足し算というのは芸がないと思いつつ、目安なのでその辺は適当で。私のレビュースタイルなんぞ心底どうでも良いことだと思いますが(延々話をしてしまってすみません)、この記事の前フリを私自身の話で始めたので、最後はやはり私の話で締めたほうがいいかなーと思って一応してみました。まあレビューする人間なんでその程度に目立ちたがりなのは勘弁してください。

私の話は措くとして、レビューを読む/書く際には、如上の内容をある程度意識すると、スタンスをとりやすくなるのではないかな、と思ったりします。個人サイトやブログ等で突っ込んだ論を展開したい場合は、それこそ何万字になる「大著」が向いている可能性はあります。特に閲覧者がそれを望んでいる場合は尚更でしょう。逆にAmazonレビューなどになると、よりコンパクトな紹介が求められる。読むのに何十分もかかる長い紹介より、一発で興味がわく、あるいは興味を失うような鋭い切れ味ある文章のほうが向いているように思います。

既に書いたとおり、レビューがどうあるべきか、などということは本来言えないし、言うべきではない。ただ、形式が内容に対して意味を持つということは事実としてあるはずです。その辺をもし意識化・自覚化したらどういうことになるかという一例をぐだぐだ書いてみましたが、いかがだったでしょうか(その割に最後が足し算といういい加減さですが)。エロゲーレビューを読んだり書いたりする皆さんにとって、なにがしかの参考にでもなればこれ幸い。……かなりいい加減なことも言っているので、ご批判ご意見あればそこは真摯にうけとめる所存でアリマス。

まだ何か言い忘れている気はするものの、そろそろ長くなってきたので撤退かな。……ブログの記事の「適切な字数」ってどれくらいなんでしょうね(ry。

それでは、また明日。

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レビュー:『水の都の洋菓子店』

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タイトル:『水の都の洋菓子店(パティスリー)』(すたじおちゃお/2012年3月23日)
原画:水上凛香/シナリオ:志村つゆり
公式:http://www.cellworks.co.jp/studiociao/mizu/main.html
批評空間レビュー投稿:済 → ネタバレ無し
定価:8800円
評価:B(A~E)


拙文は批評空間さまに投稿しておりますので、ご関心があれば上記リンクよりご覧下さい。

▼攻略
キャラ選択画面で、攻略したいキャラを選ぶだけです。あ、一応ネタバレ的に麻里は後回しのほうが良いかも知れません。もしくは、全部わかったうえで物語を進めたいなら一番最初。

▼物語
幼い頃、母に食べさせてもらった誕生日のショートケーキ。その余りに印象的な味に魅了された神田純は、菓子作りに打ち込み、とうとうパティシエになってしまいました。幼い頃済んでいた、ヴェニスを模した「水の都」で純が洋菓子店「ロワゾ・ブリュ」をオープンさせるところから、物語は始まります。

純が店を開くことになった場所は偶然にも、高村光太郎という天才パティシエが店を構えていた場所。そして、この街では光太郎の存在は伝説でした。誰もが口を開けば、彼のつくる素晴らしいケーキについて語り出す。純のケーキは褒めて貰えるけれど、誰も「美味しい」と笑顔を見せてはくれない……。

そんな状態に悩む純でしたが、ふとしたきっかけで光太郎の娘・高村未果と知り合い、彼の「隠し味」が、《人を幸せにする魔法》であったことを知ります。昔の味を求める街の人たちと、職人として魔法を使うことに納得しきれない純。さて、「水の都」で、彼はどんな店を実現させるのでしょうか。

▼感想
批評空間投稿感想 はこちら。以下は、投稿感想も踏まえつつ、書ききれなかった部分や内容の都合上外した部分についてです。

点数的には「C」評価の点数なのですが、お薦め度的に「B」としました。楽しい音楽を聴き終わった後のような気分にしてくれる、とても良い雰囲気の作品です。

とにかく、テキストがキレてる。会話中心なのにしっかり状況がわかる読みやすさもさることながら、ギャグが冴えまくっています。「む、ムッシュ?」「牛若丸と呼ばれた名ショートのことですね」(阪神タイガース吉田義男氏のこと。現役時代のあだ名は「牛若丸」)のように、ちょっと若い人はついていけないんじゃ……というネタも多いのですが、その辺は不自然にならない程度にフォローが入っている(上の例でいえば、「牛若丸と……」あたりが)。ボケ―ツッコミという基本をきちんと踏まえて、しかもマンネリ化させずにネタを展開してくれるので、ネタの豊富さを自慢してユーザーを試すような「元ネタ探しゲーム」になることも無し。キャラのかけあいとして楽しめるのが、非常に良かった。

ただまあ、「ただちに人体に影響を及ぼす確率はかなりゼロに近いなり」とかは、やや不謹慎ネタかな、という気もしましたが。いや、不謹慎なのが悪いというのではなくて、作品の雰囲気的にこのテのネタは入れない方が良いだろうという。なんかもっとブラックな話なら良いのですが。

あとは、直接的な表現が少ないことも良かったでしょうか。私はテキスト系を重視するので余計かもしれませんが、描かれている内容は単純でも、描き方が単純でない。たとえば、次のシーン。
乃梨子 「とりあえず謝っておきましょうよ。怒ってる人がいたら、謝っておくのが私たちの生き方じゃないですか!」 
 「そうだね! 桐野さんも僕もそっちのグループだもんね!」
これ、ヘタをしたら「桐野さんは自己主張しないよね」「マスターもですよね」とかで終わってしまいかねない部分というか、言いたい内容はそういうことだと思います。でもそれを、上のような書き方にするのがやっぱりセンス良い。私はいま、「自己主張」という語を試しに使いましたが、最近は書き手も読み手も、簡単に「それらしい言葉」で感情や状況をまとめようとしてしまいます。

具体例はまあ何でも良いのですが、わかりやすいのは落胆とか。「彼女はとても落胆した」と規定しておけば、それで何か言えた気になって安心する。でも、それって単に概念を先行させているだけで、内容は描写していないんですよね。「主人公の前では笑顔をみせながら、一人になったときに肩を落としている」とか、「周囲にすぐそれとわかるくらい暗い雰囲気をまき散らしている」とか、そういう描写の中にこそ、「どのくらいの程度、どんな気分になったか」が具体的に見える。概念で括ってしまうのは、確かに安定した表現かもしれない。けれど、書き手の解釈と読み手の解釈をぶつけあうだけで、結局そこに物語の世界は拡がらないのだと思います。

上に引用したような掛け合いは、謝ってばかりという自分のありかたをそこまでポジティブには捉えていない乃梨子の自意識だとか、それでも円滑な人間関係を優先する物腰だとか、そういう微妙なもろもろを含んだ、彼女の感情のトータルがうまくにじみ出るようになっている。感情を簡単に言語で括って手抜きせず、態度としてキャラクターを描くというのは、私的にはとてもポイントが高くて(そして世間一般で「深い」と褒められている作品の半分くらいがあんまり好きでないのは、もの凄く安易にキャラや状況を言語で括ってしまっていて、実は全然深さが見えないからだったりしますが)、丁寧にその辺を拾っているこの作品は楽しめたわけです。

声優さんの演技も良くて、特に金田まひるさん(麻里役)は相変わらず凄い。モノマネやら、急にドスの効いた声になるやらもそうですが、「あー、あの置物売れへんと、私の口が勝手に動いてまいそうやわー。他の店員の前でさっきのエレーヌの言葉言うたらどういう反応示すやろか」のように時折挿まれる浪花の商人口調。ほぼ完璧なイントネーションで、20年関西に住んでいた私でも全く違和感を感じませんでした。……いや、別に関西弁が良いとかそういう話ではなくて、各声優さんの魅力を抽き出せるような、あるいはその声優さんにユーザーが求めているイメージをうまく増幅させつつ、それを良い意味で裏切るような工夫がしてありました。

総じて、面白さが独りよがりにならず、ユーザーを楽しませよう、楽しんで貰おうという姿勢が伝わってきて好印象。

細かい欠点は結構あって、特に共通ルートが長くてダレることとか、逆に必要なエピソードが抜けて余りにご都合主義にしか見えないところとか、盛り上がりそうなイベントが一瞬で終わって余りに呆気ないこととか。まあ共通に関しては、『パルフェ』っぽいシステムを選択した以上どうしようもないっちゃないところですし、イベントのぶっとび具合に関してはそのお陰でテンポの良さが確保されたし、ヘタにくどくなってしまうよりは数段マシだとは思います。ただ、やっぱり必要以上に平坦になってしまった感はあります。

しかし、それを補ってあまりある好展開。「結び」が呆気なくて拍子抜けだ、という評価が散見されますが、私としてはむしろ逆というか、そこにこそこの作品の良さがあると思っています。批評空間さんの感想はそのことをメインに書いたのですが、本作はこの作品が終わった地点から、純たちの本当の物語が始まる、そういう「スタート」を描いた作品になっている。もちろんEDでは「その後」が多少描かれたりもしますが、更にそこから、「水の都」と「ロワゾ・ブリュ」の世界は続いていく。この作品のEDは新しい物語の始まりであって、完成ではない。だから、そういう盛り上がり方になっていると思います。

これで完成、というガツンと強烈な満足を求めていると拍子抜けかもしれませんが、これから先に思いを馳せて胸躍らせるような、そういう終わり方だと言えるのではないでしょうか。

あと、批評空間さんのほうで一部気になる感想があったので、最後にそれだけ。ネタバレになっているのでご注意くださいですが、◆lainmistさんのご感想
エレーヌとオーナーは誰かというやりとり→あっさりとエレーヌがオーナーという場面では「はぁ?」と思わずにはいられませんでした。
日常パートの主人公は良い人だなーでよかったのですが、職人として考えると?がつく感じでした。
これは、たぶんエレーヌと雑誌のインタビューを受けたときの話だと思うのですが、言い争っていたのはどちらがオーナーかではなく、どちらがシェフ(パティシエ)か、です。そして、純が言ったのは「職人として腕が劣ってるのに、シェフを名乗るなどおこがましい」であって、むしろプライドの表現として描写されていたと思います。

あと、「身内票で圧勝」も酷い、ということになっていて、これもエレーヌの最後のところだと思いますが、描かれていたのは「身近なところにある幸せをこそ、皆が求めている」ということではなかったか、と。街の人がちゃんとそういう台詞を言っていますし。

別にlainmistさんのご感想に文句をつけたいわけではありません(それなら、ご本人に直接コメントをつけます)。言いたかったのは私が途中述べた、この作品が「簡単に「それらしい言葉」で感情や状況をまとめようとしていない」ということ。上のような部分を、直接的な感情言語にして語っていたら、おそらくこういう「誤解」は生じないのだろうと思います。でも本作は、そういうわかりやすさは捨てている。だから、そういう意味ではちょっと読むのに気を遣う部分もあるかもしれません。雑に読むとつまらない。

でも、丁寧に読むと結構いろいろ工夫が施してあって、割と楽しめると思います。期待作品がずらりと並ぶ3月~4月の戦線で埋もれてしまうかも知れませんが、それにはちょっと勿体ない、良質な作品でした。これがブランド処女作ということで、次も期待したいですね。

といったところで、本日はこれまで。それではまた明日お会いしましょう。

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《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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