よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

ホントかな……?

サイゾー先生のこの記事。

 ▼「『蒼の彼方のフォーリズム』spriteが活動休止に追い込まれた理由は「アニメ版の大爆死」」(RAKUTEN INFOSEEK NEWS)
『蒼の彼方のフォーリズム』で知られるエロゲーブランド「sprite」が活動休止を発表し、ファンの間に動揺が広がっている。

 spriteは2010年に設立。同年に発表された『恋と選挙とチョコレート』と『蒼の彼方のフォーリズム』は、いずれもヒット作となり、メディアミックス展開を果たしている。

 spriteが発表した「重要なお知らせ」では、冒頭から「毎年15%と言われている業界縮小、資金調達環境の悪化等、現在置かれている事業環境を総合的に検討いたしました結果」とし、11月発売予定の『蒼の彼方のフォーリズム Perfect Edition / 4th Anniversary Box』を最後に、活動休止することを決定したという。リリースを予定していた『蒼の彼方のフォーリズム EXTRA2 / ZWEI』については制作を中止するとしている。

 発表タイトルがいずれもアニメ化を果たした人気コンテンツを抱えながら、いったい何があったのか。

 業界でウワサされるのは、出資元の環境の変化だ。

「spriteには、レコードレーベルのランティスが出資していました。同社は、もともとバンダイ・ミュージックエンタテインメントの元社員らによって設立された会社でした。ところが、昨年、バンダイビジュアルに買い戻され、法人としては消滅。新たに発足したバンダイナムコアーツ音楽部門の一レーベルになったのです」(業界関係者)

 この吸収合併によって、従来よりランティスが出資していた各事業への余波が懸念されていた。

「そうした中でspriteへの出資も、整理の対象になったのではないか」というのが、業界内でのおおよその見方だ。

 もちろん、ヒットしている作品があれば整理の対象にはならない。spriteの看板タイトルである『蒼の彼方のフォーリズム』には、整理されるだけの理由があった。それが、16年に放送されたアニメである。

「とにかくアニメの出来が悪かったのです。もともと固定ファンが多い作品ゆえに、アニメ化によってさらなる飛躍が期待されたのですが、大爆死という結果に終わってしまったのです」(同)

 一定数の固定ファンがいても、もはや新規の顧客が見込めないコンテンツ。そうなってしまえば、切られるのも仕方ない。

 自らの責任ではなく、アニメの出来の悪さで活動休止を余儀なくされるとは、無念この上ないもの。『恋と選挙とチョコレート』と『蒼の彼方のフォーリズム』ともに、もとのゲーム自体は素晴らしい作品なのは、異論を許さない。今後、新天地で活動を再開することを期待してやまない。
(文=特別取材班)

「出資元の変化~」っていうあたりはそうなのかなと思わせるのですが、『恋と選挙とチョコレート』に対して「ゲーム自体は素晴らしい作品なのは、異論を許さない」ってのはホントなんですかねぇ。特別取材班とやらの眼力に、若干どころじゃない不安ががががが。

まあ、「業界内でのおおよその見方」だからこんなもんかもしれませんけど。 

ハチナイのライブ当選してた話。

ハチナイのライブ当選してました。

hatilive

期限ギリギリでチケ引き換えしてきました。

楽しみです。

浸水

西日本各地で大雨による被害が出ており、被災されたかたがたには心よりお見舞い申し上げます。

さまざまな被害が報告されるなか、山口の旭酒造がダメージを受けたという報せが入ってきました。

 ▼「日本酒「獺祭」の蔵が浸水被害」(共同通信)
 海外でも人気の日本酒「獺祭」を造る旭酒造(山口県岩国市)は7日、豪雨の影響で蔵の一部が浸水するなどの被害を受けたため、獺祭の製造を停止した。復旧作業を急いでいるが、今のところ復旧のめどは立っていないという。

 旭酒造によると、岩国市にある蔵の近くで土砂崩れが発生し、2棟ある蔵のうち1棟に、土砂でせき止められてたまった水が流れ込んだ。また2棟とも大雨の影響で停電しており、冷蔵設備なども動かせないことから、獺祭の製造を全て停止することにした。

こうした浸水被害、農業系のダメージが大きく取り上げられることが多いのですが、産業全般に深刻な被害がくるんですね……。当たり前ですけれど、ニュースにならないところで大小さまざまな影響が出ているのでしょうし、ふつうの生活にもその余波は及んでいるのでしょう。

復旧までのことを考えると気が重くなります。ほんとうに天災って怖いですね。


時代の赦し

本日、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の死刑が執行されました。

オウム真理教による「地下鉄サリン事件」は、私にとって非常にインパクトのある大事件として記憶されています。というか、リアルタイムでこの事件に触れて、無関心だった人というのは比較的少数派でしょう。連日テレビもラジオも新聞もオウム一色でしたので、好む好まざるにかかわらず、情報を流し込まれていたのではないかと思います。

それはさておき、松本死刑囚の死刑が執行されたことで、この事件は「ひと区切り」がついたのでしょうか。

何度かここで書いてきたように、刑罰というのは罪の赦しのためにおこなわれる、という側面があります。死刑が執行されたことで、なにがしかの納得や踏ん切りが、被害者や遺族の胸におとずれたなら。あるいは彼らが松本死刑囚のことを忘れていくきっかけとなったなら、それは死刑に意味があったのだろうと思います。

ただ、それとは別に、社会にとっての意味、ということもあります。

日本は、犯罪を懲役年数や罰金といったかたちで純粋な量に還元してしまえる文化と違う、と私は常々考えています。そして日本における死刑というのは、その人の命をもって償わせるというのではなく(人の命と罪がつりあっていると考えているのではなく)、完全なかたちで社会から追放する――その人の存在を排除する――という意味を持っているのではないかと思うのです。

死刑が執行されたことで、松本死刑囚は、罪をつぐなうことなく排除された。放っておいてもいずれ、オウムを知らない世代が増え、直接の関係者も次第に数を減らし、社会からあの事件の爪痕も記憶も薄れていくのでしょう。それは時代の自然な流れではあるのですが、しかしその前に私たちの手によって、あの事件にカタをつけた。関係者の方々の想いというのがそこに重なるとは到底思えませんけれど、少なくとも日本の社会はこの死刑執行によって、オウム事件を「受け容れがたいもの」として位置づけ、意味づけたのでしょう。

そうして、逆説的ですが、追放されたものとして位置づけることで、ふたたび社会の中に回収したのだと思います。永遠に許さないという赦しが与えられたのかなぁ、と。

窓を叩く雨の音を聞きながら、そんなことを考えました。

最後になりますが、あの事件で亡くなられた方、その御遺族の方、被害に遭われた方々、すべてのみなさまに改めてお見舞いを申し上げます。

回らん話。

疲れがたまって変な時間に寝て、中途半端な時間に起きて遅刻が怖いのでそのまま仕事行って、途中眠くなってやる気も効率もあがらず、仕事が遅くなるから帰りも遅くなって疲れがたまり、そのまま帰宅して倒れるように寝るけど夜中に目がさめて……。

というバッドサイクルに乗ってしまい、どうもこうも仕事が回っていません。かわりに目だけはぐるぐる回ってきて非常にまずいですねー。どっかでリセットしないとなぁ。
《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
 ▼OYOYOの新着レビュー

ご意見、ご感想があればメールフォームからお寄せ下さい。面白かったよ! という時は、彼女に拍手してくれると喜びます。


記事検索
応援バナー(1)
シルキーズプラス A5和牛 『バタフライシーカー』

あけいろ怪奇譚
バナー(3)
『その花が咲いたら、また僕は君に出逢う』を応援しています!
発売中応援作品
メールフォーム
Twitter
応援バナー(2)
『その花が咲いたら、また僕は君に出逢う』を応援しています!




情熱FX大陸