よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

夢の終わり。

先月、マガスペこと講談社の『マガジンSPECIAL』の休刊が決定しました。

 ▼「講談社「マガジンSPECIAL」、休刊へ

8月1日、2017年1月20日発売の2月号で休刊することを発表した。同誌は「週刊少年マガジン」の増刊誌として、1983年9月に発行を開始した月刊誌。主な連載作品に、東直輝『爆音伝説カブラギ』、川三番地『Dreams』、小林俊彦『ぱすてる』など。84年1月5日発売号で、同誌最多となる45万部を発行。今月の8月20日発売号は5万部を予定している。

それを受けたであろう今月発売のマガスペでは、『Dreams』の超展開が非常な話題に。

『Dreams』は原作七三太朗、漫画川三番地の高校野球漫画で、1996年に週刊少年マガジンで連載が開始され、同誌上に移籍。都合20年69巻(2016年9月25日現在)の長寿作品です。(余談ですが、連載開始から同じ夏を20年間ずっとやってる超スローペース作品でもあります)

 ▼「連載誌休刊の長寿漫画『Dreams』超展開に騒然! 読者も呆然「ヤバい」」(KAI-YOU)

ヤバいヤバいとは聞いていましたが、私も読んで目が点になりました。実際どのようなものかは近所の本屋さんなり電子書籍版なりでご確認いただくとして、私の感想は、ネタではなく「これは酷い」という感じ。

いやまあ、作者のお二人(主に原作の七三太朗氏だとは思いますが)にも言いたいことがおありだというのはわかります。また、同業の漫画家先生からすれば、出版社の横暴に対してよくぞ声を上げたとか、抗議は当然だ、みたいな話が出てくるのかもしれません。連載誌を移籍した経緯も分かりませんからそこに何か事情があるのかもしれないし、20年もの間続けてきた作品が掲載誌の休刊によって打ち切られることのショックは想像することもできません。

しかし、それは読者と関係ないでしょう。

この、過去の久里(主人公)の発言との整合性もほとんど取れないような暴挙、小学生が読んでも何かあったなというのが分かるぶっ飛んだ展開および画(それも途中から急にトーンがかわる)は、誰に向けて描かれたものなんでしょうか。

怒りを表明したければ作品ではなく別の媒体ですれば良い。作品に潜ませるなら、これまで積み重ねてきたものを崩すのではなく、作品を作品として仕上げた上でこっそりと潜ませるのがプロでしょう。こんな、子どもの癇癪みたいなことをされても読者は困惑するばかりです。

特に、雑誌ではなく単行本で購入している層や、これから後5年、10年して読み始める層にとってはいったい何が起きたのか、ということになる(単行本では手直しがあるのかもしれませんが、それなら連載を追いかけている読者を馬鹿にしています)。作者の怒りを表明するのは勝手ですが、読者を巻き込まないで欲しい。

正直、これは一般論ではありません。『風光る』に触れて以来、このお2人の作品が好きであれこれ読み続けてきた(さすがに連載を追いかける情熱は失われていましたが)ファンとしての気持ちが入ってしまっています。ずっと読んできた読者として、馬鹿にされたというか裏切られたというか、こんな話がしたかったのかというか……。

連載が終わるということに対して、寂しさとかそういうものを全く感じなくなってしまったことに対する悲しみみたいなものも含まれて、まあなんとも複雑な気持ちです。

ファンとしての視点を離れれば(つまり内容の整合性とかそういう話をある程度度外視すれば)、おそらくいちばん問題なのはこれで原稿料貰っているということでしょう。とことん自分勝手な主張がしたいなら雑誌に載せなくていいし、その報酬を読者から貰わなくて良いはずです。いっぽう、雑誌に載せて金を取るなら、作品をきちんとしたものにすべきではないか。特に『Dreams』は長寿の看板漫画として雑誌の重要なポジションを占めているのですから、載れば目当てに買う・読む層はいるわけです。そういう責任を放棄しているのがよろしくない。正当な報酬が支払われていないとかそういう話ならボイコットもありだと思うんですが、

良い喩えであるかわかりませんけれど、会社の待遇が気に入らないからって電車の運転士が脱線上等の無茶苦茶な運転して良いって話にはならないでしょう。

いや、あと4回連載は残っているのでここからきちんと収束させてくれる可能性はあります。まだ評価を下すのは早すぎるのかも……。「作者がキレている」という事前情報を持って読んだためにそうとしか見えなくなっているだけで、実際にはちゃんと終わらせる流れの中にあるのかも。

そうであることを祈りつつ、様子を見たいと思います。
 

ムスコン?

何やこの記事……。

 ▼「「息子の初体験は私が!」暴走する“ムスコン”母はなぜ生まれる」(ダイアモンドオンライン)

これ、それこそエア取材の記事じゃないんですかと思ったけど、ライターの秋山謙一郎氏はそれなりに名のしれた方ですし、大学教授のコメントもとってきてるんでまったくそういう話がないということはないのでしょう。

筆者が分析に使ってる夫婦間のセックスレスに関するデータも、高齢者を入れてごまかしてるのかと思ったら「2014年9月1日現在満 16 歳から 49 歳の国民男女 3000 人を対象とし」たきちんとしたものだったし(ソースはたぶんこちら)、どの程度こういう層がいるのかはともかく、ガチくさいですね。

しかし、ムスコンなんて初めて聞いたぞ……。チルコンじゃいかんのか(そういう問題ではない)。

「健全な夫婦生活を築きましょう」という主張の背後に見え隠れする、古典的・旧態依然とした男女観/家族観にいささか引っかかりを覚えるとかその辺の話はあるのですが、かつては特殊事例だったこの手の話が問題化するくらいには増えてきたってことなんですかねぇ。それとも、夫婦の数が減って相対的に目立つようになっただけなのか。

ともかくアレですな。「バブみ」とセット販売すれば一気に問題解決の糸口が……。


それはないか。

 

痴漢冤罪対策

痴漢冤罪については色々な「知識」がネットで披露されていますが、「逃げる」が良い選択肢だという話が出回っているのは常々疑問でした。(弁護士の友人などに聞いても、悪手だという返答しか返ってこない)

その辺詳しく述べられたサイトがあったので少し。

 ▼「突然「この人,痴漢です」と言われたら

■ダメなパターン・その1
 
 逃げる。

 最悪です。たとえ,冤罪であったとしても,逃げるのは最悪の選択です。
 本当は冤罪であったとしても,その場にいる方達は「こいつは痴漢の犯人だ」と思っています。むしろ,その場にいる方達は,「あなた=痴漢犯人」と信じているからこそ,あなたを逃がさないようにしています。
 このような状況下で逃げると,「場合」によっては準現行犯として逮捕される可能性があります(刑訴法212条2項1号,4号,同213条。但し,準現行犯逮捕については,後掲の裁判例に書かれているとおり,実務上,幾つかの論点がありますが,裁判例の紹介に留め,割愛します)。

(中略)
 
 そして,任意同行された警察署で「私はやっていない」と否認したとしても(冤罪が真実であるとしても),(1)被害者の供述がある,(2)逃げようとした事実がある,という状況では逮捕状が裁判官から発せられ,逮捕されてしまう可能性が極めて高いと言えます。 

「相手にしない」のが正しいとしても、逃走するのはよくない。その場から立ち去るというのは現実的に難しく、公の場(弁護士の立ち入りが拒否されない場所)で弁護士を呼んで待つのがベスト、というわけですね。

とりあえず電車に乗って移動する男性は、いざというときのために知人・友人の弁護士の名刺(または連絡先)を常に携帯しておくほうがよさそうです。 

実際、災難というのは文字通り突然降って湧くものですからね……。 
 

サッカー誌の闇?

人に教えてもらって読んだのですが、すごく面白い記事でした。

実際にインタビューしていないのに、したようにして記事を書く「エアインタビュー」が日本のサッカー専門誌で横行しているのではないか、という話。

 ▼「サッカー専門誌「エア取材」横行か――作家の検証と告発」(Yahoo!ニュース編集部) 

そして、これに対して専門誌の編集長が「反論」を出したことで、事態はヒートアップしているようです。

  ▼「『エアインタビュー疑惑』という捏造記事について

書き手は、サッカーキング統括編集長の岩本義弘氏。さて、この問題どうなるんでしょうか……。

以下、今回の件についての私見です。あくまで現状出ている話からの推測がほとんどですので、真面目な方はスルーしてくださると幸い。


◆結局「エアインタビュー」だったの?
記事のタイトルは疑問形ですが、ほぼ事実であると言っているような内容だと思います。個人的には、捏造かそれに近いことが行われていた可能性は極めて高いのではないかな、という印象を受けました。

「エアインタビュー」告発の記事については、文章構成がうまくてスラスラ頭に入ってくるし、少しずつ「事実」が明らかになっていくプロセスをなぞることができるのでこの記事のままに読むのがベストだとは思うのですが、気になったところを抜き出してみます。

そこで、当該記事を掲載した「欧州サッカー批評」の編集部に質問状を送ることにした。
質問項目は3点。
 
①ルイス・エンリケへの取材が本当に行われたのか。
②行われたのならその詳細を教えてもらえないか。
③ホルヘ・ルイス・ラミレスという人物は実在するのか。

すると、渡辺拓滋編集長から「実際に取材を行っています。取材を行っていないという趣旨で記事にされるのであれば、全くの事実無根です」という返答があった。そして、取材の詳細は明かせないこと、ホルヘ・ルイス・ラミレスがペンネームであることも伝えてきた。

『ワールドサッカーキング』は2016年3月号でも再び、〝ホセ・フェリックス・ディアス〟によるハメスのインタビュー記事を掲載。この号はレアル・マドリー特集と銘打ち、監督のジネディーヌ・ジダンのインタビューも〝ホセ・フェリックス・ディアス〟が行っている。
 
しかし、これらの記事はエアインタビューの可能性が極めて高い。

一般紙を含めてスペインで最大発行部数を誇る、スポーツ紙『Marca(以下『マルカ』)』の記者、ダビド・ガルシア・メディーナは、こう語る。

「ハメス・ロドリゲスは2年間、マドリーにいるが、移籍直後にスポンサー絡みのインタビューを受けて以降、スペイン・メディアの取材を受けつけていない。今も我々は代理人を通じてインタビューを申し込んでいるが、実現していない」

メッシには日本での窓口的な役割を果たしている企業がある。その「フットバリューアジア」代表取締役の今井健策はこう語る。
 
「メッシの取材についてはバルセロナFCの広報を通した場合でも、最終的にはホルヘ・メッシが、取材を受けるかどうか判断しています。その上で、弊社は2008年から日本向けメディアのコーディネーターを任されています。日本の記者、レポーターが取材をする場合はもちろん、外国人記者が日本向けに取材を申し込んだ場合でも、ぼくのところに回ってきます」

つまり、日本での媒体露出については、全てホルヘ=今井ラインが把握していることになる。今井は、「2008年から一度も日本の紙媒体の取材を受けていない」と言い切った。もちろん、「今回のワールドサッカーダイジェスト誌のインタビューもエアインタビューである」と今井は言い切る。

 「ワールドサッカーダイジェスト」では2008年10月16日号から、〈レオ&クンのAmigo Mio〉という連載が存在した。
 
これはメッシと同じアルゼンチン人出身選手のセルヒオ・アグエロの交換書簡という体裁をとっている。2008年10月16日号(No.277)に第1回が掲載されたあと、ほぼ1カ月に1回のペースで連載が続き、2009年7月2月号(No.294)の第10回で一旦終了。2009年11月5日号(No.302)から再開された。
 
再開の直後、メッシの父親のホルヘと連絡を取り合い、取材を受けていないことを確認した上で今井は編集部に抗議した。

〈レオ&クンのAmigo Mio〉は、2010年1月21日号(No.307)の第14回を最後に掲載されていない。結果的に最終回となった第14回の誌面には、小さく、「(次回は)2月18日発売号に掲載する予定です」と書かれていたが、連載は終了したのだ。

という具合で、「「エア取材」横行か」どころかほぼ確定で後は出版社が認めたら終わりみたいな、処刑執行直前状態に見受けられます。

もっとも、私がサッカー誌をまったく読んでいないためここに書かれていることが事実か判断できないことと、この記事の内容自体がそれこそ「エア取材」にもとづいている可能性があるため、これで確定ですねとは言い切れないのですが、署名記事であることと取材対象の日本人の名前がきちんと出ていることを鑑みればまったくの捏造である可能性は低いでしょう。


◆インタビュー記事のいい加減さ

こういう「エアインタビュー」が掲載される原因について、田崎氏(記事の著者)はいくつか分析しています。

1.責任を曖昧にできる。
こうしたエアインタビューには、取材者、翻訳者、編集部、様々な人間が介在している。そのどこで記事が作り上げているのかははっきりとしない。

これは結構問題で、たとえば今回の件も、「編集部は知らなかった。外注のライターの持ち込み記事だった。騙されて申し訳ない」みたいなかたちで終わらせることができるし、実際そうする雑誌もあるんじゃないかなと思います。


2.お金がないので実際に行くのは難しいが、行ったフリは簡単。
いわゆる出版不況による取材費削減がエアインタビューを助長している面もあるようだ。

まあそうでしょうね、としか言えない……。電話やメールでのインタビューもあるので、捏造はしやすい。本物を手に入れるコストが半端ないのに対して偽物を作るのはきわめてローコスト、しかもローリスクとなれば後者に走りやすいのが人情というわけでしょう。


3.作ってる人がジャーナリストではない(職業倫理意識が低い)。
日本のサッカーメディアには、ジャーナリズムを志したのではなく、サッカーが好きでその世界に携わった人間が多いように見受けられる。

で、これが出てくるわけです。「2」のようなことができてしまうのは、やっぱりジャーナリズムに対する無知と意識の低さゆえである、と。不況がらみの「やむを得ない事情」はあるのかもしれませんが、金のためにジャーナリストとしての魂を売り渡すことについて何も思わないのは、こういう背景があるからだろう、という分析。


4.「エア」であることの証明が困難。
これと同様のことが、海外サッカー専門誌では常習化している可能性がある。
なぜ海外サッカー専門誌では問題にならなかったのか。
最大の理由はエアインタビューの証明が極めて困難だからだ。
監督や選手へは様々なアプローチがある。クラブ経由、あるいは代理人経由、代表招集時、選手と個人的な関係の深い記者によるもの――架空取材であることを証明するには、一つ一つこの可能性を潰していかねばならない。本当にエアインタビューかどうか判断できるのは、本人だけだ。

あとは、「ローリスク」さのオマケ。そもそも取材が困難な対象だからこそ、「取材したか否か」を確認するのも困難で、結果捏造を確認するのも難しくなるという話。実際にやろうとする人も少ないでしょうし。


◆雑誌側からの反論
これに対し、サッカーキング統括編集長の岩本義弘氏が寄せた「反論」はどうでしょうか。

1.事実無根なので相手にしたくもないが、騒ぎが大きくなったので特別にトップシークレットである「取材ルート」を明かすことで潔白を証明する。
本来であれば、取材ルートについては、それぞれの媒体のトップシークレットであり(なぜなら、そこに各媒体ごとのノウハウがあるからである)、たとえ問い合わせがあっても明らかにするものではないが、今回に限り、我々の「無実の証明」のために、それを明かすことにする。

えぇ……? 何やらもったいぶっていますが、取材が実際行われたかどうかを証明するのに、「取材ルート」を明らかにしたって状況証拠にしかならないでしょう。ぶっちゃけ、取材時の録音データを出せば一発だと思うのですが(ふつうは録音をするし、何かの際に使う(たとえばその選手の本を出すときなど)ことを考え、録音データはおいそれと消さないはずなので、これだけの回数のインタビューがあれば残っていると思う)。

正直、この反論については微妙な気がします。「あっそう」という感じ。


2.田崎氏の書いている関係者の談話内容は嘘。
田崎氏の記事にあるように、確かに当時、今井氏とワールドサッカーキング編集部の間で、メッシのインタビュー連載についての話し合いは行われている。ただ、この記事にあるように、「こちらの確認不足ですいません」というような回答は全くしていない。

今井氏からの要望は、「今後、メッシの日本でのメディア露出については、メッシの父親のホルヘ氏からの依頼によって、すべて我々が管理することになったので、メッシの連載を取りやめてくれ」というものだった。それを受けてワールドサッカーキング編集部としては、『マルカ』のバルセロナ担当記者であるヘマ・エレーロ・カストロ氏がメッシに直接取材している事実を伝え、「だから、編集部としては、連載をやめることはできない」と回答した。

すると、今井氏は、「メッシのインタビュー連載が続くようならば、ホルヘ氏を通じて、現地での囲みも含めてすべて禁止にせざるを得ない」と主張してきたため、ヘマ・エレーロ・カストロ氏に迷惑がかかってしまうことも考慮し、インタビュー連載ではなく、ヘマ・エレーロ・カストロ氏が取材したメッシのコメントを構成して掲載する形に変更した。

これは結構重要。田崎氏が主張していることが違っているという話で、両者の話が食い違っています。同じ事実の切り方を変えるとこうなったのか、2人の話の中にでてくる「今井氏」が違う報告をしているのか。ここは、それこそ今井氏に問い合わせる必要があるし、そうすれば解決しそうです。検証できる話題としては大きいですね。


3.海外記者はちゃんといる
『ワールドサッカーキング』2016年3月号のレアル・マドリーにおけるジダン、ハメス・ロドリゲス、モドリッチのインタビュアーを務めたホセ・フェリックス・ディアス氏は、『マルカ』で長年(24年間)、レアル・マドリーを担当している記者である。『フットボール批評』の「エアインタビュー疑惑」記事を受けて、氏には3名のインタビュー記事の取材ルートについて、特別にオープンにすることをOKしてもらった。

これも大事な話。田崎氏がメールを送ったけど返事がもらえなかったというホセ・フェリックス・ディアス氏の素性を明らかにし、更に直接コメントをとってきた、ということです。まあ確かに、いきなりメール一本で返事が貰えるとも限らないし、田崎氏も編集部に電話かけてコメントとるくらいしろよと思うところなので、こういう噛み合った話がでてくると非常に良いですね。

ただ、問題はそのホセ・フェリックス・ディアス氏の語った内容のほう……。


4.インタビューは「囲み取材」の再構成
ホセ・フェリックス・ディアス氏が明らかにしてくれた詳細によると、ジダン本人とマンツーマンでインタビュー取材をした上で、ボリューム的に足りないところを、囲み取材及び記者会見のジダンの言葉から補足しているとのこと。もちろん、囲み取材及び記者会見にはホセ・フェリックス・ディアス氏も同席しており、また、そこでのジダンの言葉をインタビュー記事として日本のメディアに掲載することを、ジダン本人はもちろん、ジダンの代理人アラン・ミリアッチョ氏、レアル・マドリーの広報部長カルロス・カルバホーサ氏、そしてレアル・マドリー会長であるフロレンティーノ・ペレス氏にまで了承を得ていると教えてくれた。

いやいや、これはいかんでしょ……。「ジダン本人とマンツーマンでインタビュー取材」というのは、たとえばトイレで数秒立ち話をしても「インタビューした」と言い張れるわけで、多くのメディアが同席して「独占」性がない囲み取材の内容や記者会見の談話から勝手に話を作っていいなら、たとい関係者がOKを出していたとしても、雑誌のインタビュー記事と呼ぶことはできないのでは。

そもそも、「独占インタビューみたいな形で載せます」ってことを説明して了承とってんの? という疑問も。「囲み取材の話を再構成していい?」だけなら、そりゃ誰でもOK出すわけですし。どういう経緯かをきちんと説明しないといけないところです。

松阪牛と同じものを食べさせて、同じ飼育方法をとったその辺の牛を、関係者の許可を得て「松阪牛」として売り出していいかというと、やっぱり違う気がするわけで。

「フットボール批評」の森氏(田崎氏のお仲間)が「だから、それをエアインタビューと言うんです」という記事で「囲み取材や記者会見という異なる状況や時系列で発せられた選手や監督の言動を混同してひとつのインタビュー記事として読ませるのは、れっきとした読者を欺く行為である。」と反論していますが、これについては森氏の言ってることがもっともじゃないかなぁ。

ハメス・ロドリゲスのインタビューに関しては、代理人のホルヘ・メンデスの承認を得て、本人へのマンツーマン取材したものに囲み取材のものを一部つけ加えているとのこと(もちろん、選手本人、代理人ともに了承済み)。

やっぱり付け加えてるんですね。とはいえこういうインタビュー記事ってホントにそのまんま載せることは少なくて、本人に確認をとる中でいろいろ変わることがあるのもわかります。一部を付け加えたとかいうのも程度によるとは思うので、問題はどのくらいがインタビュー内容で、どのくらいが付け加えたものか、ということになりそう。

その意味で、この内容は充分な反論になっていないと思います。むしろ、やはり純粋なインタビューではなかったことが明らかになったというべきでしょうか。(というか、インタビュー記事って普通「本人に読んでもらってOKかどうか確認する」ものだと思うんですけど、この記者の人「承認を得て」とか「了承済み」とは言うけど「原稿を本人に確認してもらった」という一番確実な言い方をしていないので、どうも怪しい感は否めません。単に翻訳上の問題なら邪推なんですが)


モドリッチのインタビューについては、クロアチアサッカー協会会長のダヴォル・シュケル氏の協力の下、モドリッチが代表チームの試合のためクロアチアに戻っていた時に、ザグレブのホテルとスタジアムのロッカールームで実施したもの、だそうだ。

これは、実際やりましたという話。証拠も確認できそうです。


5.その他の反論
残念ながら、インタビューカットを撮ることはできない。これには、取材のOKが取れるのが直前のことが圧倒的に多いため、時間的及び経費的にカメラマンを手配できない、という我々側の事情も含まれる。

うーん、もっともらしいような、そうでもないような。お金のことです、と言われるとなんとも言いにくいんですけど、有名選手のインタビューをとれる、という状況になってカメラマン1人手配できないということが、そんなに何度も続くんでしょうか。

きちんとした編集部ならむしろ、最初のうちは失敗していても、回数を重ねるごとに「今回はいけそう」とかいうのが分かって来て、カメラマンを手配するようになると思うんですけど、どんなもんでしょうね。


レアル・マドリーの3名に限って言えば、内容に批判的な内容などが乏しいのは、インタビュアーがホセ・フェリックス・ディアス氏という、レアル・マドリーを取材して24年、もはやクラブスタッフ以上にレアル・マドリーの人間になっている記者だということが大きく影響しているのは間違いない。

それは知りません。読者にとって有意義なインタビューをとれないなら意味ないでしょ。



◆「反論」は反論たりえているのか。
その他、細かい事実誤認についての反論などがなされていますが、これをどう見ればいいでしょう。

私としては、岩本氏のこのコメントは、ほとんど有効な反論になっていないと思います。少なくとも、真正面から田崎氏の議論に向き合ってはいない。

田崎氏の話というのは、日本のサッカー専門誌がいい加減な姿勢でインタビュー記事を載せており、その内容が信頼に足るものではない、という批判です。実際に取材をしたかしていないかという話になるのはそれが一番分かりやすい(典型的な)事例だからでしょう。

岩本氏の「反論」は、取材したジャーナリストのコメントをとっているだけで、その人が嘘をついている可能性はまったく潰せていない。それどころか、厳密な意味でのインタビューではなく、他の一般的な取材に基づいた「創作」が行われていたことを暴露してしまっているわけで、田崎氏の批判の本質に反撃できていないように思われます。

またそもそも、全ての疑惑についてレスポンスができていない。それはまあ、岩本氏の立場から一部にしか反論できないということで仕方ないのかもしれませんがやはり説得力には欠けるような気がします。

細かい事実誤認についてのコメントは、田崎氏の記事の信頼性を落とそうというもので、それはある程度成功している(つまり、田崎氏の記事も完全なものではないと明らかにできてはいる)ものの、本丸に攻め込めてはいないと言えるのではないでしょうか。


◆◆◆

最初のほうに書いた通り、私はサッカー誌を見ないしその手の情報にも詳しくないので、実際の雑誌がどんなもんだったのか、そもそもここで名前の挙がっている雑誌群の位置づけがどんなもんなのか(権威ある雑誌なのか、ゴシップ誌なのか)、また「エアインタビュー」の可能性について既に読み手が指摘していたのかとかは分かりません。

ただ、もし長い間こういう習慣が続いていたのだとすれば、日本のサッカー文化にとって大きな痛手だし、書き手も読み手もいろいろ考えなければならないんじゃないかなと(外野の人間としては)。

このあたりについては、清義明氏がBLOGOSに掲載しているこの話がよく纏まっていると思いますのでご紹介します。

 ▼「『エアインタビュー』問題の本質 -サッカーメディアは「エンターテインメント」か「ジャーナリズム」か 」(BLOGOS)

『あの頃ペニーレインと』という映画があった。ロックの話だが、同じエンターテインメントとして参考になると思う。ローリングストーン誌で仕事を得た音楽ライター志望の青年が、バンドのツアー同行の独占記事を書く。それを手にした編集部は、録音テープがあるのかを問いただし、そのうえで記事チェック担当者はバンドのマネージメントにまでその事実を確認する。その映画ではツアーの途中に本当にあった飛行機墜落寸前のアクシデントをバンドのメンバーが否定してしまったため、青年の記事はボツになってしまう。ようするに、ローリングストーン誌は掲載するインタビューがエアであるかないかを編集部がひとつひとつ確認しているということだ。

こうしてみると、信頼できる実績があろうとなかろうと、取材の事実を確認できないのならば、残念ながら甘いのではないかといわれても致し方ないと思う。そして、これに対して読者がこれはエアではないかと疑いの声をあげることは正当な権利であろう。さらには、その読者に変わって、別のメディアがその疑問を追及していくのもこれまた真っ当なことである。

さて、これまでの話を整理して本件を考えるにあたって、以下のような3つのステータスを設定してみる。

(1)そのインタビューは本当に行われたのか
(2)それはインタビュイーの利害関係者も含めて権利関係をクリアしているものなのか
(3)読者に対して、そのインタビューがどのような種類のものなのかを説明してあるものなのか

今回のエアインタビュー疑惑は、この(1)について疑義を呈している。

そして、それに対して『サッカーキング』の回答は、(1)は事実であるが、(2)はグレー(もちろんまがりなりにも「報道」なのだから、これらの権利を無視することも可能である。ただしこれにより取材先との関係は悪化する)、そして(3)については口を濁すというところなのではないだろうか。

(中略)
 
いくら基本がマンツーマンのインタビューだとしても、それに囲み取材、ましてや記者会見の言葉まで入れ込んでしまったら、それは構成されたもので「インタビュー」とは通常言い難いし、質問の一連の流れを読みこんでいくだろう読者の期待を裏切っていることになる。解釈によっては、それ自体で「エア」だと言われる余地は残念ながらあるのではないか。 

以前、くだんの『サッカー批評』がカンゼン社が編集していた時代、サッカーメディアの編集長クラスによる「サッカー界におけるジャーナリズム」というテーマの座談会で、『サッカーキング』の反論を書いた岩本氏は、自身のサッカー誌の編集方針が「ジャーナリズム」でなくともよいということを断言していたことがある。

実際、そのメディアはエンターテインメントとしてのサッカーが編集方針であり、そこには批評性やジャーナリズムというようなものは排除されている。これは別に『サッカーキング』に限らない。ほとんど全てのサッカーメディアのほとんどがそうなのだ。先に、『フットボール批評』のJリーグのクラブライセンス制度の悪しき権力化についての扱った記事に触れたが、こういう真っ当な批判がサッカーメディアが本格的に扱っているのはほとんどない。クラブに対する批判もほとんどない。もちろんジャーナリズムの世界ならばよくある、メディア同士の批判もない。

ところがジャーナリズムの側は批評精神がなければならない。その批評精神が空回りにしないように「インタビュー」というのはこういうものだという倫理がある。取材ソースに対する考え方もしかり。もちろん言った言わないでトラブルになる現実的な理由があるが、ライターすら全面的には信用されてはいない。

一方、スポーツというエンターテインメントメディアの考え方であると、記事は、読者のニーズと取材先とのパワーバランスでつくられるのが当たり前のことだ。芸能メディアではもっとこれが極端だろう。架空のインタビューなどたぶんざらにあるのではないか。もちろん本人も含めた利害関係者がそれでよしとしているからだ。

そもそも、今回のエアインタビューにしても、掲載したメディア側はいかようにでも善意の第三者となることはできる。それはインタビュアーがあげてきたものだから信じるしかない、という理屈だ。しかし、それを読み手から真実ではないのではと言われてもそれは仕方がないことだ。その判断はただ読者に委ねられることになる。

サッカーメディアが、エンターテインメントなのか、それともジャーナリズムなのか、たぶんこの『エアインタビュー』疑惑があるのは、その認識の差が根底にあるからだろう。そして、その差をどう理解するかは、ただ読者の権利となる。その読者が望むならば、疑惑の追及もまた当然の権利となろう。

ぶっちゃけ「エアインタビュー」が事実だとすれば、サッカーファンは出版社から完全にコケにされているわけで、大々的にブチギレしても良いと思います。その辺を考えると、個人的には、サッカーメディアも「ジャーナリズム」に基づいたものであったほうが良いとは思う。とはいえ、いわゆる「机が勝手に喋る」野球のスポーツ誌みたいな楽しみ方もあるわけで、エンタメ要素が高いのも大事といえば大事なのかもしれません。

ジャーナリズムだけがスポーツメディアのあり方ではないですし、よりポピュラーな紙面、一般層を取り込む工夫というのも必要だというのはわかります。専門的に先鋭化していった先にあるのがより優れたものだとは限らないわけで。

サッカーファンの方の思惑はどんなもんなんでしょうね。 

0分は嬉しい。

忙しくてカップ麺に湯を入れて「待つ」時間もめんどくさい……ということが少なからずあるのですが、そんなとき嬉しい味方が登場。

 ▼「待ち時間たったの0分!お湯をかけるだけで出来上がるラーメン」(東京ウォーカー) 

2分や3分とどのくらい違うのかと言われると、まあ言うほどでもないのかもしれませんが、お湯をぶっかけたら即食べられるという手軽さはやはり有難いと思います。

消費期限5日というのが、カップ麺なんかと違って保存食には向かなくて残念ですが、夜食とかちょっと小腹がすいたときのおやつがわりに良さそう。

今度ちょっと試してみたいですね。
 
《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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