よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

危機管理。

一見ネタっぽいのですが、割と色々なところで深刻な問題になりそうな話。

 ▼「類人猿ボノボ観察中、事故で下半身まひ 元京大院生が損害賠償求め大学提訴 京都地裁」(産経WEST)
 コンゴ(旧ザイール)の森で類人猿ボノボの行動観察中、ボノボ同士のけんかにより落下した枝にぶつかり下半身まひになったなどとして、京都大の大学院生だった女性(26)と夫が、京都大や担当教授に計約2億7千万円の損害賠償を求め京都地裁に提訴した。18日に第1回口頭弁論が開かれ、京大側は請求棄却を求めた。

 訴状によると、女性は京大大学院で生物科学を専攻。平成27年7月に野生のボノボの行動を観察していたところ、樹上でけんかが発生。落下してきた枝(長さ約90センチ、重さ約11キロ)が頭に直撃して急性硬膜外血腫などの重傷を負い、下半身まひになったとしている。

 原告側は、京大は海外調査の際の事故防止マニュアルを作成すべきで、同行していた担当教授もボノボ調査の経験に基づき安全に配慮すべきだったと主張。京大側は、落下のコースが途中で変わり、直撃は避けられなかったなどとしている。

ネコを電子レンジでチンしたアメリカの女性が、「ネコをチンするなと書いてないのが悪い」と訴訟を起こして勝訴した話なんかもありますけれど、想定されるリスクをどこまで明示する必要があるか、というのはおよそビジネスに関わる人にとって悩ましいところです。

たとえば、朝の学生見守り。そこに車が突っ込んでくる可能性はあるわけですが、そのリスクに対してマニュアルなどが必要なのか。なぜ・どのレベルで「配慮」が必要なのかということに関して、おそらく明確な線引きはできないでしょう。しかし、そうなるといつまでも恣意的な基準を巡る争いがたえないことになります。

そうやって議論していく中でぼんやりとした基準ができあがることがいいのか、無理矢理にでも線を引ききってしまうほうがいいのか。組織運営が楽なのは間違いなく後者なのでしょうが、原則論としては果たしてそれでいいのかという気はしないでもありません。 

まあただ、万一に備えて形の残る「マニュアル」みたいなものは、やはり用意しておいたほうが良いんでしょうね。

ヒステリー地獄絵図

一週間ほど前にパートの方がキレた話をしたと思ったら、今度は別のところで似たようなことが。

うちの社内で、お局様っぽい人の中に2人ほど、感情が爆発しやすい人がいます。

昼休みにちょっと大きな声で話をしていた同僚に、1人の方がいきなりキレました。いわく、「私は仕事してるんだから、ちょっとは静かにしてよ! 気を使ってよ!」。

それを聞いたもう1人の方が、「あんたの声のほうがうるさいのよ! いま昼休みなんだから、喋ってることに文句いわないでもいいでしょ! いちいち叫ぶんじゃないわよ!」

以下、お互いに自分が正しい……と主張しあう展開。罵倒合戦のすえに物別れで決着しました。時間は5分ほどの短い戦いでしたが、緊張感と「またか」というアキラメ感がバリバリで、正直しんどかったです。

どうすればいいのか。どうしようもないんですけど、自分の考えを通すために叫んだり喚いたりするのはまったくもって迷惑なのでやめてほしい。あと、私の周辺にこういう感じで大騒ぎする人が増えてきてるのはどうしてなんだろう。私に自覚がないだけで、類は友を呼んでるとかだったらいやだなぁ。

表現の自由の立場からゾーニング問題について思うこと。

ラノベの表紙が「性的」なのでゾーニングすべきだ、みたいな話があり、それに対して異論・反論が出るといういつもの展開をツイッターで見かけました。

私が見たのは議論がある程度煮詰まった(行き着くところまで行った)あとだったのですが、発端と思しき発言は下のもので、要は元ツイート(削除済み)の方が「性的なラノベの表紙」のサンプルとして挙げている3作品のうち、2つはエロゲー(あかべぇそふとつぅ『母性カノジョ』とルネ『ようこそ!スケベエルフの森へ』)だったというところからオタクのゾーニング主義者に対する反撃が始まっていたようです。



いろいろ読んでいると、更にその数日前から発端となる事態はあったようですが(たとえばこのへんの記事とか)、私が言いたいこととはあんまり関係ないのでそっちのほうは省略で……。

私が見ている限り、この手の議論は以下のようなテンプレ展開で進行します。

①「表現が有害だから規制すべし」という批判
②反論1:有害という証拠がない/2:表現規制はダメ/3:嫌なら見るな
③再反論1:有害性のデータがあるor実際に傷ついてる/2:公共の福祉に反する/3:見ない権利

まああとは水掛け論ですね。上を見ただけで決着つかなさそうな感じしかしません。そもそも権利には対立するものがあるのは当然のことなので仕方がないのですけれど。今回は、この手のゾーニング問題について私が考えていることを、備忘録がてら限りなくシンプルに書いてみようと思います。

まず、私の立場は表現の自由擁護です。ヴォルテールが言ったとされる(実際には違うみたいですが)「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る。」が、一応基本路線に近いです。

なぜならば、表現規制は「怖い」からです。戦前の日本で治安維持法が成立し特高警察が跋扈して、人びとは自由な発言が許されなくなりました。その結果おこされた悲劇を繰り返すことを選びたくないからです。

今回の話で私が強調したいのは、実はこの部分です。私が(また、一部の表現規制反対者が)強固に反対しているのは、公権力の介入をともなう表現規制です。私的な(店舗が勝手にやる)ゾーニングに対しては残念だし反対することもあるけれど、ここでは問題としません。

そもそも憲法というのは、国家が私人の権力を制限する際に国家に対して制約をかけるためのもので、私人同士の争いには適用されないというのが原則(まあ本当にあくまで原則なだけですが)となっています。ですから、表現の自由が守られるべきというとき、守られる主体は国民全体であり、敵は公権力を想定しています。

何が言いたいかというと、性的な表紙を作って店頭に並べることが表現の自由であるのと同様に、「ゾーニングすべきだ」という意見もまた国民の自由な表現ですし、実際に店舗がゾーニングを自主的に行ったとしたらそれもまた自由な表現として保障されるべきだ、ということです。ヴォルテールが語った通り、どちらの意見の肩を持ちどちらの意見を忌み嫌うのだとしても、それを主張することを妨げてはいけないというスタンスが、私の考える「表現の自由主義」です。

本音を言えば、私はエロゲーのポスターがバンバン大通りに並んでいた秋葉原が懐かしいし、ラノベの表紙を性的だとか言って騒いでいる人とは一緒にお酒飲めないなぁと思っています。「あなたの意見には反対」ってやつです。しかし、私人間の争いである限り、その意見を主張したり実践することには権利的な正当性があって認めなくてはならないだろうとも思うのです。それは、相手を受け容れるというよりも諦めるという態度に近いかもしれません。

ちょうど、下の方のツイートが私よりクリアーにその辺のことを整理しておられる感があったので引用します。(ちょっと我田引水感もあるのですが)







権利というのは、快不快や有害無害の基準とは別に認められているものです。私人間であればそれは、私人間同士で自由な解決をはかるべき問題として処理されます。しかし、ここに公権力が介入するとめんどくさいことになる。

たとえば「青少年健全育成条例」で問題になったように、ゾーニングの基準を都が決めるとなったら、都が自由にその基準を動かすことも可能となります。たとえば『デビルマン』はよくて『境界線上のホライゾン』はダメだとなったとき、なぜそう言えるのかだとか、性的な表現と芸術表現の違いは何なのかといったさまざまなことが曖昧なまま話が進むでしょう。

そのこと自体も問題ですが、それ以上に考えねばならないのは公権力にそこまでの力をもたせることの危険性です。治安維持法を始めとする戦前日本の権利蹂躙型施策は、まさにそうやって国家が恣意的な基準を国民に押し付けるシステムから生まれたのではなかったでしょうか? その反省を踏まえて私達は「民主的」に、つまり国民が自ら考え、選択し、実行することを目指したのではなかったでしょうか? 

たとえば、政府が「竹島という表記以外は認めない。独島という表現は半国家的だ」とか「パン屋は日本の伝統と文化を尊重し、国や郷土を愛する態度を養う目的にふさわしくない」という基準で教科書を「検定」していますが、これがまさに公権力が介入して行われている線引きですよね。判断の基準を国家が持ち、それによって私人が作成したものを制限する。是非善悪、価値の判断基準を私人ではなく国家が保持しているわけです。公的なゾーニングも、これらと何らかわりがありません。

もちろん、何でもかんでも全部自由にはできません。国家や地方自治体に出てきてもらわなくてはならないことも多い。そこはバランスです。しかし、できるならば公権力の介入は少ないほうが良い、というのが私の考えです。

ゾーニングの基準を、私たち国民間の話し合いと合意によってではなく公権力の判断によって決定するということは、たしかに強制力は持たせられるかもしれません。しかし、表現にかかわる部分を安易に公権力に任せるということは、民主主義の根幹ともいえる権利の放棄につながることだと思うのです。表現の自由というのは、それだけ重要な権利です。

というか凄く不思議なのは、児童ポルノ法やヘイトスピーチ法案みたいな、「国家への依存度を高める」系の施策を積極的に擁護するのが左翼系の論者に多いことです。政治的な意味でのリベラリストというのは本来、国家から国民が自由であることを重視し、全体主義のように国家が国民を縛ることを忌み嫌うのかなと私は思っていたのですが……。政治的リベラルを自称しつつヘイトスピーチ法案賛成みたいなことを言ってる人は、どっかねじれてるのかなんも考えてないのかなぁと心配になります。単にリベラルの定義が違うだけかもしれませんけど。

まあその辺の話をし始めるとまた違うことになるのでやめておきましょう。

ともあれそんなわけで、私の考える「表現の自由主義」の立場からすると、ゾーニングをするもしないも私たちが決定しているなら(好き嫌いはあるけれど)問題ない。ただ、そこに公権力を呼び込もうとするのはやめたほうがいい、という感じになるでしょうか。あと、相手のことを問答無用で悪と認定したりするのは、表現の自由とは別のところでお行儀が悪いかなとは思います。

今回発端となったツイートをなさった方は「勘違いだった」と言っておられました。



しかし、意図的だったか勘違いだったかが問題というより、ラノベかエロゲーかという分類をきちんと調べずに議論の俎上に載せたということ自体が、ラノベなりエロゲーなりを軽く見ているということの証左でしょう。私も言うほどきちんとした論者ではありませんから偉そうなことは言えませんけれど、勘違いで無駄な議論をしたという詫びの中には、議論の対象に対して礼を欠いたという反省は含まれていないように見えます。

好悪とは別のところで権利を認めるということは、そういう態度を抑える理性の上に成り立っているのではないかなと考える次第です。

偽装肉

どの国でもこういうのあるんだなーというお話。イギリスで、原料ていない肉を扱っていたようです。

 ▼「英での食肉DNA検査、5分の1超に「未記載」の動物の肉 BBC」(JIJI.COM)
【ロンドンAFP=時事】英国で昨年、スーパーで販売されていた肉製品やレストランの肉料理のDNA検査を行ったところ、その5分の1超に、食品表示ラベルに記載がない動物の肉が含まれていたことが明らかになった。英BBC放送が、英食品基準庁(FSA)に情報公開請求を行って入手した資料で発覚した。

 BBCによると、FSAが2017年に検査した665品のうち145品で使われていた肉の一部、またはすべてが、明記されていない動物の肉だった。検査対象となったのは、レストランやスーパーなど487店舗。

 ただしFSAは、この検査はコンプライアンス(法令順守)違反が疑われる対象のみに行ったもので、「広範な食品業界を代表するものではない」と補足している。

 未記載の肉が見つかった145品のうち約半数は、スーパー3店舗を含む小売店の商品。また50品はレストランで、22品は食品製造業者からのものだった。

 中には4種類の動物のDNAが見つかったり、食品表示ラベルに記載されている肉がまったく含まれていなかったりするものもあった。表示が正しくなかった商品で最も多かったのはひき肉、次いでソーセージ、ケバブ、レストランのカレーだった。

 来年3月に英国が離脱する欧州連合は、2013年に発覚した馬肉混入問題を繰り返さないために昨年、域内全体で食品業界の監視を強化した。13年の事件では、牛肉や豚肉と偽装表示された馬肉が欧州全土のスーパーに大量に出回っていたことが発覚し、数百万人の消費者に衝撃を与えた。【翻訳編集AFPBBNews】
〔AFP=時事〕(2018/09/06-12:22)
かつて、マクドナルドの肉は食用ネズミが使われている……みたいな都市伝説がありましたが、これはおそらくそういう話ではないのではないかと思います。もちろん、ふつうは食べられないようなゼロではないのでしょうけれども、それだったらもっと騒ぎになっているはずですから。

ただ、海外……とくに最近のイギリスでこれはかなりトラブル化しやすい。理由は、宗教上のことです。イギリスはムスリム(イスラーム教徒)が増えてきていますし、一定数ユダヤ教徒もいる。移民政策の都合上ヒンドゥー教徒も。こうした人びとは肉に対して過敏に反応しますから、およそ捨て置いていい問題ではないはずです。

あと、欧米では日本に比べて肉に対する反応が過激だなーと思うことも多く。たとえば先日、フランスのベジタリアンが肉関連店を破壊しまわっているみたいな話がありました。

 ▼「過激な菜食主義者ら逮捕=「肉」売る店次々襲う-仏」(JIJI.COM)

 【リール(仏)AFP時事】フランスでここ数カ月、「肉」を売る店が次々襲われる事件が続き、過激な菜食主義者6人が逮捕された。ファストフード店のマクドナルドや、チーズ専門店、鮮魚店も狙われ、窓が割られ、人間以外への差別「種差別」に反対する文言が壁に書き殴られていた。
 仏警察の12日の発表では、北部リール一帯だけで6人は5~8月、9カ所を襲っていた。残されたDNAや通話記録から警察が家宅捜索を行った。6人は「黙秘している」(警察)という。
 食肉店などの業界団体はこれに先立ち、血に似せた赤い液体を店などにまかれる被害が全国で続出中と警備強化を内務省に訴えていた。最近も、仏北部カレーで菜食主義者が計画していた集まりの横で、不満を募らせる酪農家や店主らの団体がバーベキュー・パーティーを企画。一触即発の事態になった。(2018/09/15-18:24)

背景にあるのは単に肉に対する思想信条だけではなく、政治への不満や人種問題なんかも横たわっていて、その辺複雑に絡み合っての行動になっているんで(BBQのほうは知りません)うかつなことは言えませんが、こういうのを見るとやっぱり憎しみの原因になりやすいんだなぁと感心します。…………肉だけに。

夢のオクスリ

ソースがどうよっていう話もありますけど、面白い記事が。「モルヒネよりも強力で、危険な副作用も依存性もない」鎮痛剤が開発されているとか。

▼「モルヒネの100倍強力で依存性のない鎮痛剤が開発中、サルでの実験に成功」(gigazine)

もと記事のほうきちんと読んでいないのでどのくらい正確な内容かは分かりません。

ただ、そういう鎮痛剤がホントにできたらいいなぁとは思います。

身内が癌で苦しんでいるのを見たら、やっぱり「痛み」を緩和する効果的な手段があってほしいと切実に願ってしまう。命はもうある程度どうしようもなくても、それが失われる間際まで苦しんで泣きながら暮らすというのは、どんな罰ゲームなんだよと思います。痛みで思考がダメになっていくこともありますし。

痛みを効果的かつ根本的に取り除く薬がほんとうにモノになれば、緩和ケアはすごくやりやすくなるんじゃないかなぁと、素人の浅知恵かもしれませんが、考える次第です。
《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
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