よい子わるい子ふつうの子2(仮)

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

日本医師会中川会長のパーティーの話。

何なんでしょうね、あれ。馬鹿馬鹿し過ぎてリンク貼る元気もないのですが、日本医師会の中川俊男会長が、まん防の最中に自民党議員の政治資金パーティーに参加していたという話。しかも、ただ参加していたのではなく自分が呼びかけていたとか。

会場で飲食の提供は無かったと言っていますが、そんなもん分かりませんよね。提供はなくても持ち込みはあったかもしれませんし。

このご時世、みんなが我慢しているし感染症拡大を抑えるための努力をしているのに、医師会の立場ある人間がそれを台無しにするようなことをしていたのは問題も問題でしょう。ふざけんなっていう。こんなん暴動起きても良いレベルですよ。

自民党議員とやらもたいがいで、そんなもん辞めるように言えよと。いやまあ結局ウチの会社もオフラインで業務してるからアレなんですが、公益性のあるものではないのだから自粛すべきじゃないんですか? 社会に要求だけだして、自分に必要なことは辞めないって、政治家の振る舞いじゃ無いでしょ。いや、政治家らしいのかもしれませんが。

いやもー、ほんと勘弁して欲しいですわ。それとも、実際はパーティーやっても良い程度の危機レベルなんですか? それならもう、さっさと宣言解除してくださいよ。

こういう時、しっかりした野党があれば政権交代求められるのですが、野党に任せても良くなる展望ないのがなぁ。

どうしたもんでしょうね、ホント。身命を賭して国民のために働けとは言いませんが、せめて私欲より国益を優先するくらいの自制心のある人がリーダーであって欲しい。贅沢な悩みなんですかね。

咳き込み。

今日、仕事へ行く電車、外回りで昼に乗ったバスと電車、帰りの電車と四つの乗り物全てで、ゲホゲホと止まらない咳をしている人に乗り合わせました。

若い女性と中年男性がそれぞれ2人ずつ。全員スーツでしたを

咳き込み出すと周囲から人がいなくなるのはちょっと面白かったですが、笑いごとではありません。

それらの人たちが少なからずコロナに罹患している可能性はありますし。こういう状況が増えてくると、いよいよ感染爆発も待ったなしなのかなぁという嫌な予感が漂ってきます。

体調悪い人は外出歩かない、というのをもっと徹底して考えて欲しいなぁ。

熱気。

熱くなってきて体力がゴリゴリ削られています。

色々やろうと思っていたけど全然できず。なんか最近、会社と家の往復だけで時間が過ぎてるなぁ。

これはマズいと思うのですが、脱出方法が見つからない。自由になる時間があって、やりたいことをできるだけのお金もあるって大事なことですよね。

結局コロナ対策って軸がハッキリわからんね、という話。

緊急事態宣言、東京都への発令は延長されそうということですが、その割に東京都や国の対策が不徹底なように思います。


manbo

 ▼「「強く言わせていただきます。若者の皆さん、どうぞ遊びに出ないで」緊急事態宣言の延長で小池都知事」(ABEMA TIMES)

 政府が東京都に発出している緊急事態宣言を5月31日まで延長すると決定したことを受け、小池百合子知事は7日夜の記者会見で「コロナは他人事ではない、自分事だ。ウイルスはつけ入る隙をいつも狙っている。改めてステイホームを」と述べるとともに、若者に向けて「“もっと強く言え”と言われたので、強く言わせていただきます。若者の皆さん、どうぞ遊びに出ないで」と呼びかけた。

 また、若者への情報発信について、記者からの質問に答える形で、「若い方々の情報確保の手段は以前とだいぶ変わってきている。届いてこそなんぼ、という話だ。都としても、松尾くんにご協力いただいた(YouTube動画『はじめまして松尾です』)が120万回以上も見ていただけているので、これからも若い方々に届くメッセージの発信を続けていきたい。一方で、街頭アンケート結果の“若いから大丈夫”、“マスクしているから大丈夫”という声を見ていると、まだまだだな、とも思う。若者がカギを握っている。皆さんが行動することが大事だし、メディアの皆さまにも、若者に届くような発信を是非お願いしたい。変異株も出てきている。ウイルスは正しく恐れることが必要だ、という言葉があるが、今こそウイルスに付け込まれるようなことはしないことが、ご自身やご家族の健康を守ることだということを、改めてお伝えしたい」と訴えた。(ABEMA NEWS)

「コロナは他人事ではない、自分事だ」といいながら「“もっと強く言え”と言われたので」というあたり恐ろしく他人事という即落ち二コマみたいなスピード展開がすてきな小池知事のコメントですが、それにしても「遊びに出ないで」というメッセージはかなり重たいし、強いものだと思います。

しかし、15日以降の都の方針は次の通りです。

 ▼「東京都、緊急事態宣言延長を受け実施内容を発表 1000平方メートル超の施設は変わらず休業を要請」(AMP)

【期間】
5月12日0時から5月31日24時まで

【実施内容の概要】
新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、人流の抑制を最優先に、以下の要請を実施。

1.都民向け
・日中も含めた不要不急の外出・移動の自粛要請 等

2.事業者向け
・施設の使用停止の要請(休業の要請)
・施設の使用制限の要請(営業時間短縮の要請)
・催物(イベント等)の開催制限 等

都民向けの要請
●日中も含めた不要不急の外出・移動の自粛
医療機関への通院、食料・医薬品・生活必需品の買い出し、必要な職場への出勤、屋外での運動や散歩など、生活や健康の維持のために必要な場合を除き、原則として外出しないこと等を要請

●特に、以下のことについて徹底
・20時以降の不要不急の外出自粛
・混雑している場所や時間を避けて行動すること
・感染対策が徹底されていない飲食店等や休業要請又は営業時間短縮の要請に応じていない飲食店等の利用を厳に控えること
・不要不急の都道府県間の移動は、極力控えること
・路上、公園等における集団での飲酒など、感染リスクが高い行動の自粛

事業者向けの要請等
■施設規模に応じて休業等を要請する施設
1000平方メートル超の施設
休業を要請(生活必需物資を除く)
1000平方メートル以下の施設
休業の協力を依頼(生活必需物資を除く)

なお、全施設について、業種別ガイドラインの遵守等、感染防止対策の徹底を要請。

■休業を要請する施設(遊興施設、飲食店)
●酒類又はカラオケ設備を提供する遊興施設・飲食店:
休業を要請(酒類およびカラオケ設備の提供、並びに利用者による酒類の店内持込を取り止める場合を除く)
特措法施行令第12条に規定される各措置を要請

なお、全施設について、業種別ガイドラインの遵守等、感染防止対策の徹底を要請

■営業時間の短縮等を要請する施設(遊興施設、飲食店等)
●酒類を提供せず、かつカラオケ設備を使用しない遊興施設・飲食店:
営業時間短縮を要請(5時から20時まで)、特措法施行令第12条に規定される各措置を要請
●結婚式など集会場等:
酒類およびカラオケ設備の提供停止の要請、営業時間短縮を要請(5時から20時まで)
また、以下の事項について協力依頼。
・「1.5時間以内」での開催
・「50人又は収容定員の50%のいずれか小さいほう」での開催
・利用者による施設内への酒類の持込を認めないこと

●規模要件(人数上限・収容率等)に沿った施設使用の要請等を行う施設:
規模要件等に沿った施設の使用を要請(人数上限5000人かつ収容率50%等)
営業時間短縮を要請(5時から21時まで)
入場整理等の実施を要請
店舗での飲酒につながる酒類提供およびカラオケ設備使用の自粛を要請
利用者による施設内への酒類の持込を認めないことを要請


全施設について、業種別ガイドラインの遵守等、感染防止対策の徹底を要請。
なお、その他の施設については以下。


●学校・保育所等・大学等
以下の事項について、協力を依頼
・部活動の自粛
・オンラインの活用等

●葬儀場
以下の事項について、協力を依頼
・入場整理の実施
・店舗での飲酒につながる酒類提供およびカラオケ設備使用の自粛
・利用者による施設内への酒類の持込を認めないこと

●図書館
入場整理の実施の協力を依頼

●ネットカフェ、マンガ喫茶など
以下の事項について、協力を依頼
・入場整理の実施
・店舗での飲酒につながる酒類提供およびカラオケ設備使用の自粛
・利用者による施設内への酒類の持込を認めないこと

●銭湯、理容店、美容店、質屋、貸衣装屋、クリーニング店等の商業施設
以下の事項について、協力を依頼
・入場整理の実施
・店舗での飲酒につながる酒類提供およびカラオケ設備使用の自粛
・利用者による施設内への酒類の持込を認めないこと

●自動車教習所、学習塾等
オンラインの活用等の協力を依頼

●イベントの開催制限
・イベント主催者等に対して、規模要件等(人数上限・収容率)に沿った開催を要請
・営業時間短縮の要請
・業種別ガイドラインの遵守等の要請

遊びに出るなと「強く」言うのなら、遊興施設とか規模に関係なく全部休業「命令」を出すべきでしょう。それで、その間の補填をする。それが行政の責任だと思います。

一方、経済を止められないというのなら、遊びに出るなと言わないでほしい。これからも感染はある程度拡大するかもしれないけれど今のところ持ちこたえられる計算だから、引き続きぼんやりとした対策を続けましょう、と言ってほしいところです。

いやまあ、実際にはこのまま継続で何とかなるという読みだけど、それを言ったらみんなタガが外れて大変なことになるから表向きは「厳しい」ことを言っている、ということなのかもしれません。というか、好意的にとるならそれ以外にあり得ないのですが、データ的に見る限りこのままで何とかなるようには思われませんし、国民がこれだけ我慢し苦しんでいるのに正確な情報に基づいて一貫した施策をとらないというのはふざけるなという話になるかなと思います。

学校も休校にはしません(オンラインの「活用」を求めるそうですが)ということですが、小学生くらいの子どもって大人以上に距離感が近いし、理性的な制御もできないじゃないですか。ちょっと知恵がつく中高生くらいになると、自分はかからないと思って油断しているし。そういう人たちがキャリアーになって家庭や電車にウイルスを持ち込み、流行させるってこともあるわけですよね。かわいそうだとかなんだとか言ってないで、そのへんの人の流れも止めるべきじゃないのかなぁ。学校は「遊び」ではないかもしれないけれど、オンラインで授業ができるなら(できない人や学校は仕方がないかもしれませんが)、オンライン強制。対面でやるところは都に申請して、都がホームページに掲載する(非協力的学校、みたいな感じで)くらいやってもいいと思いますけど。クラブ活動は試合やるそうですしね。甲子園とかインターハイとか、それに人生かけてる若者がいるのはわかるんですが、そんな感じで色々OKにしているのが不徹底だと思うわけです。みんなの命や国の経済を天秤にかけて、そこまで重要なのかなって。

まあやるならやるでいいんですよ。そのかわり、やっていい根拠を示してほしい。今の行政の対応って、「ヤバい。ほんとうに駄目、危険」って言いながらあんまり真面目に統制していないように見えます。イベントだって5,000人以下(かつ、収容率50%以下)ならやっていいとかいうのは何故なのでしょうか。8000人だと危険で、3000人だと安心という話ではないでしょう。ネズミ算式に感染者が増えるという原則と、説明されている現在の感染者状況から考えれば、とにかくやっちゃ駄目、というほうがハッキリしていると思うのですが。

それとも、私権を制限しないという方針を貫いているというのでしょうか。でも、事実上制限してますから今更ですよねぇそこは。

なんか対応が不徹底だなーという感じでもやもやします。海外は「有事」の扱いになってるけど、日本は口調が「有事」の割に、やってることは「平時」の延長なんですよね。

とにかく、今の局面を無事に乗り切ることができるよう祈るばかりです。

ふるさとは、遠きにありて。

室生犀星に、「小景異情」という詩があります。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という有名な文句があるので、全部は知らなくても聞いたことくらいはある、という人も多いのではないでしょうか。今日、帰りの電車の中でこのフレーズを聞いたのでちょっとマジな考察の話をしたいと思います。

「ふるさとは~」のくだりは、現在でもよく故郷を懐かしむセリフとして引用されているのを見かけます。ただ、もとの詩を読むとこれが「誤解」であるということがわかるでしょう。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの

よしやうらぶれて
異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや

ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや

OYOYO的な現代語訳は下のような感じになるでしょうか。

ふるさとというものは、遠くにいて懐かしみ
そして、帰れないことを悲しむ、そういうものだったなぁ

もしも、
ふるさとから離れた土地で物乞いになるまで落ちぶれたとしても
ふるさとは、帰ってきてはならない場所なのだ

独りで東京の街の夕暮れを見ながら
ふるさとのことを想って涙ぐむ……
そんな気持ちでいるために
遠い東京へ帰りたい
遠い東京へ帰りたいなぁ
この詩は、そもそも犀星が故郷の金沢で読んだ詩です。山本健吉が伝えるところによると、犀星の親友であった萩原朔太郎は、「東京から金沢を想って詠んだ詩」だと勘違いしていたそうです。そうした誤解もあって、今でも「異郷の地から故郷を懐かしむフレーズ」として、「ふるさとは遠きにありて思ふもの」が使われているのでしょう。

こうした事実を知った大学時代、私はこの詩を、「故郷から離れたい詩」だと読んでいました。犀星は東京で極貧の生活を送り、金が尽きると故郷の金沢へ戻ってきて、また東京へ旅立った。幼少期からあまり良い思い出がなかったようですし、金沢にいるということは犀星にとって「敗北」を意味していたのだろう、と。

その考えが完全に間違っているとは思わないのですが、犀星の詩を読み返す機会が何度かあり、ふと「そう単純なものでもないな」と感じるようになりました。

ここからは、完全に学術的な根拠のない想像の話です。

たぶん、東京でボロボロの生活を送っている時、犀星は故郷に帰りたいと思ったのでしょう。その時の故郷は、彼には輝いて見えた。美しい自然、暖かくも懐かしい人びと、素朴な暮らし……。そういった思い出が心を満たし、「ふるさとおもひ涙ぐむ」ようになったのでしょう。

ところが、帰ってきてみると実際にはどうか。美しい自然はただ不便なだけでうっとうしいし、人びとは冷淡だし、暮らしは貧しく単調だし……戻ってきてみると、「ああ、俺はこれが嫌でふるさとから逃げたのだ」ということを痛感したのではないでしょうか。

喜劇王チャップリンは、「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇だ」と言ったそうですが、要は何事も、近づけば欠点が見えるけれど遠くにいるとそれがわからなくなる。犀星の語っていることは、その類の話だと思います。

しかし、だとすれば、彼がいま「都」に帰りたいと思っていることもまた、都から離れているからこそ、そう思えているにすぎないのではないか。そんな疑問が出てきます。犀星は最後の2フレーズで、「都」に「遠い」という形容詞をつけています。「ふるさとは「遠き」にありて思ふもの」なのだとすれば、都もまた、「遠き」にあるからこそ輝いて見えるのではないでしょうか。最初と最後で、ふるさとと都にそれぞれ「遠」という表現を用いた犀星からは、その自覚が透けて見えます。

きっと彼は、都会に戻ったら、またぞろ「都会は駄目だ」と言い出すのでしょう。そうして、「ふるさと」を想い、望郷の念に駆られるのです。この詩からは、そんなみじめな犀星の姿と、どうしようもない心情が浮かんできます。

ただ、そうと解っていながら、犀星は「ふるさと」にこだわった。この詩を私は、「ふるさとが嫌いだから東京に帰りたい」と読んでいたけれど、実はそうではないのだろうなと今は思っています。たぶん彼は、ふるさとをきれいな思い出のまま心に残しておきたかったのでしょう。ふるさとにいてふるさとを憎み、東京に戻りたいと思っているよりは、東京にいてキラキラした故郷を抱えていたい。彼は、ふるさとのために、東京に戻る。だから、「ふるさとは遠きにありて思ふもの」なのです。

ぜんぜん違うのかもしれませんが、昔見た、ものすごく好きだったアニメやマンガがあって、現代にそのまま復刻されてワクワクしながら読み返してみると全然期待していたものと違った。遠くからその作品を想っていたときの、あのキラキラした気持ちに戻りたい。そういうのに似ているんじゃないかと思います。

あるいは、学生時代とか。もう一度戻れと言われて戻ってみたらクソみたいな生活で、とにかく早く抜け出したいと思うかもしれませんが、年をとっていま振り返ると「学生時代はよかったなぁ」と思える、みたいな。


そんなふうに読んでみて、私の中ではようやく何か腑に落ちた感がしました。この詩はやはり、故郷を想って読んだ詩で間違いないのだと思います。

現実をしれば幻滅してしまう故郷だから、せめて幸せな夢を見られる場所で故郷を想っていたい。この詩にあらわれているのはそんな、犀星の非常に屈折した故郷への愛であり、現在の自分に対する否定なのでしょう。

それを、故郷への愛、とストレートに言ってしまって良いのかどうかはわかりかねますが、「ふるさと」を懐かしめる場所に身をおいていたいという犀星の心持ちはなんとなくわかるようになった気がします。

歳をとったってことでしょうか。
《自己紹介》

エロゲーマーです。「ErogameScape -エロゲー批評空間-」様でレビューを投稿中。新着レビューのページは以下。
 ▼OYOYOの新着レビュー

ご意見、ご感想があればメールフォームからお寄せ下さい。面白かったよ! という時は、彼女に拍手してくれると喜びます。


記事検索
応援バナー(1)
シルキーズプラス A5和牛 『バタフライシーカー』

あけいろ怪奇譚
バナー(3)
『その花が咲いたら、また僕は君に出逢う』を応援しています!
発売中応援作品
メールフォーム
Twitter
応援バナー(2)
『その花が咲いたら、また僕は君に出逢う』を応援しています!




アーカイブ(過去記事)
情熱FX大陸